「与一さん、リコさん!」
「おー、光冷ちゃん。無事だったか」
【お前たちもな】
クトゥルフを【抑圧】で封印したのち、【韋駄天】と空間操作の併用で空中を跳ねて浜辺に着地した数分後に、光冷ちゃんとウワバミたちが合流する。
「……リコさんは、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……ちょっと口から尊厳が漏れ出そうだっただけで……」
「顔中血まみれですけど!!?」
「出血は止まってますよ……」
固定を解いて下ろしたリコちゃんが口元を押さえてプルプルしているのを見て、光冷ちゃんがハンカチで顔の血を拭う。その様子を横目に、こちらもウワバミに問いかけた。
「ウワバミ、村の方はどうだった」
【ああ、四方八方から大量の魚人に襲われて大変だった。……が、小娘の【霊視】だったか、その力のお陰で被害は最小限に留まったな】
「そうか。──さて、これでこの一件は解決……? でいいんだよな?」
【何をするのが正解なのかは分からんが、時間が戻る切っ掛けである巫女の死と原因である邪神の封印は終わったのだ。まだ何かしろと言われても困る】
「だよなぁ」
などと会話をしていると、少しの間を空けてから、突如としてウワバミたちの体が光り始めた。
「……ウワバミ? なんかお前ら光ってるけど」
【む。……そのようだな】
「────。脱皮?」
【ヘビ人間が脱皮の度に光ってたらとっくの昔に人類に存在を知られているわ】
「ですよねぇ〜」
ウワバミと部下の8匹全員が発光し始め、それを見たリコちゃんが口を開く。
「もしや、元の時間に帰る時が来たのでは?」
【……そうかもしれんな。俺たちはお前たちより前の時間から、お前たちより早く来ていた。戻るにも順番があるのだろう】
「なるほど。とすると、ウワバミたちがこの空間から消えたら次は俺たちってことか」
【だろうな】
こちらの推測通りに徐々に姿が薄れていくウワバミたちを前に、そういえばと質問する。
「元の時間に戻ったら、したいことはあるのか?」
【そうだな……元々俺たちは面倒事から逃れるために放浪していた身だ──が、そろそろ腰を落ち着けるのも悪くない。……山奥に、村でも作るか】
「ふっ。ヘビ人間の安住の地ってか」
【お前たちの時代にまだ俺たちが生きていなら、いずれ会いに来い。歓迎してやる】
「そうだな。そのためにも、ちょっと世界を救わなきゃならないから行くのは遅くなりそうだ」
【────】
完全に姿が消えゆく直前、ウワバミはこちらの言葉にただ、ふっと微笑を浮かべるだけだった。
「……あ、与一さん、光冷さん。お二人もなんか……光り始めましたよ。脱皮します?」
「人間は脱皮しないんだよリコちゃん」
冗談なのかマジで言ってるのかわからないトーンの言葉に返しつつ、光冷ちゃん共々、自身の体が発光し始めたのを見てこの空間から出られるのだろうと思案し────
「与一さん! 『鍵』のことを伝えないと!」
「──あ!! そうだったそうだった。リコちゃん、最後に一ついいかい」
「はい?」
体が薄れ始めた直後、念のためにと、こちらもリコちゃんに声を荒らげる。
「今から80年後くらいに、キミのところにある女が特殊な『鍵』を預けに来る。そのあと、この島に来た俺たちがその鍵を必要としているんだ。……俺たちのことを、そして鍵のことを覚えておいてほしい」
「はあ、まあ、わかりました。──ん? そうなると私は寿命も【抑圧】しないといけなくなるんですかね? ああいや、それは問題ないのか。どちらにせよ海神様の封印を続けないといけないわけですし」
「……なんか、ほんとにごめんよ」
「お気になさらず〜、これが力を持つ人間が力を使うことを選んだ責任ってやつですから」
特殊すぎる異能の行使により疲労が溜まったように、疲れた顔で笑うと、リコちゃんは我々二人に笑いかけながら最後に言った。
「ではまたいつか、お会いしましょう」
「はい、必ず!」
「ああ。また、会いに来るか────
──らな」
ぱちりと、まばたきを一つ。
次の瞬間には、視界が切り替わり、光冷ちゃん共々、二人で踏み出した足が石畳を踏んでいた。
「……光冷ちゃん」
「与一、さん」
顔を見合わせて、言わずとも問いかける。『覚えているよな?』と。
こくりと頷く光冷ちゃんの困惑気味の顔を見ればわかる、ほんの一瞬前まで見ていた光景は、経験は、確かに過去の行いであるということが。
そして、その事実は、【韋駄天】や空間操作、九十九の刀身形成で失った魔力こそが証拠であった。
「──覚えてくれてるといいけど」
「覚えてますよ。だって、この前初めてここに来たとき、私の顔を見て考え込んでましたから」
そう言って、こちらと共に屋敷の敷地内に入り奥へと進む光冷ちゃんは、一手早く目的の人物を見つけたように顔を向ける。
そちらを辿れば、視線の先では、一人の少女が庭をほうきで掃いていた。
「……おや」
白髪の少女はこちらを見つけると、考えるように小首をかしげてから、文字通りに何かを思い出したようにほうきを手にパタパタと駆け寄ってきた。
「これはこれは、このあいだ以来ですねぇ光冷さん。それとも──こう聞くべきですか? 『80年ぶりですね、光冷さん、与一さん』と」
「……!!」
「俺たちの感覚では、本当に一瞬ぶりって感じだったけどね。……俺に振り回されて吐きそうになってたのも覚えているのかい?」
「はて、なんのことやら」
おどけたように視線を逸らす、老成した雰囲気の少女──リコちゃんは、にこりと笑っていた。
「お二人の目的はわかっていますよ、例の『鍵』のことでしょう。ちゃあんと覚えていますからね、灰色髪の変な女性が渡してきたんですから」
【ほぉう。その変な女性とは私のことかね】
と、そんな言葉とともに、腰の魔法陣を起点に取り憑いているグレイがぬっと現れ、空中に腰掛けるように体を傾ける。それを見たリコちゃんは、こちらとを数回交互に見てから言った。
「…………。与一さん、お祓いに行かれては?」
「久しぶりに言われたなそのセリフ……」
「──と、これですこれ」
改めて屋敷に案内され、居間のテーブルの近くに座り、リコちゃんが持ってきた木箱を見やる。パカっと開けられれば、その中には、見覚えのある──テレビのリモコンサイズの銀の鍵が納められていた。
「グレイ、これか?」
【ああ、間違いない。生前の私が彼女に預けた時空間操作用の銀の鍵だ】
「そもそも生前のあなたはなぜ私にこんなものを?」
【予備を誰かに預けておきたかったんだけど、時間と余裕が無くてね。とりあえず無害そうな奴に渡しておくか……くらいのノリで預けた、はずだ】
「あなたが死んだ原因、その慢心からでは?」
【はっはっは、違いない】
呆れ顔のリコちゃんが見上げた先でふよふよ浮いているグレイはともかく、銀の鍵を確保して上着の内ポケットに突っ込んでおく。
「そういえばリコさん」
「なんですか?」
「クトゥルフは丞久さんが始末して、こうして鍵を預かっておく必要もなくなって。言ってしまえばもう【抑圧】の必要が無くなってしまったわけですが……今後はどうされるんですか?」
「まぁ〜〜〜……別に死にたいわけでもないですし、寿命の【抑圧】は続けますよ? ただ、両肩の荷が降りてスッキリしてますからねぇ、そのうち東京観光でもしに行きましょうか」
「わ、わりとアグレッシブだった……」
杞憂もなんのそのとばかりに今後の予定を立てるリコちゃんに、役目から解放されたことを心配していた光冷ちゃんですら圧されている。
「ああ、でも、今は本島の方で大変なことになっているんでしたっけ。世界の危機だとか」
「そうなんだよねー。俺はこれからこの鍵で卵を孵さないといけなくてさ」
「わざわざ強力な魔法の道具で孵す卵ですか。大きそうですねぇ」
「そりゃあもう、世界を呑み込むサイズさ」
「はぇ〜……」
あまり比喩にも誇張にもなっていない皮肉を口にしつつ、呑気に出してきた熱々のお茶を飲み干してから立ち上がり、【門】を開くための魔力を出しながら光冷ちゃんに言う。
「光冷ちゃん、悪いんだけどキミは──「私は、ここに残りますね」
──最後まで言い切る前に、光冷ちゃんが遮るようにそう言って、こちらを真っ直ぐ見据える。
「私の【霊視】も剣術も、この先の戦いには通用しないでしょう。私には膨大な魔力や神の力をどうにかする能力がありませんから」
「……俺はこれまででキミが役に立たないと思ったことも、この先で思うことも無いよ」
「わかっています。これはただの、適材適所ですから。それに、これまでの事態をリコさんに説明する必要もありますから」
自身の役目を理解したような、後悔の欠片も無い真っ直ぐな瞳。光冷ちゃんはこちらが罪悪感を抱かないようにと、そう決意してくれているのだ。
「ええ、そうですね。私には聞く権利がありますとも。なにせ80年も待ち続けたうえ、与一さんたちが勝つための逆転の鍵を預かっていたんですから」
「そうか。……そうか。わかった、ここは任せるよ光冷ちゃん。全部終わってから迎えに来る」
「はい。お気をつけて!」
「行ってらっしゃいませ〜」
【行くぞ、桐山与一。鍵の操作は私がやらないと、キミには細かい調節が出来まい】
そう話しながら魔術を行使すると、ぐにゃりと庭の一角が歪み、【門】が開いて『向こう』と繋がる。二人に見送られながら、こちらもまた【韋駄天】を起動して、勢いよく飛び込んでから【門】を閉じた。
「グレイ! 『卵』のところに行く前に寄り道する予定がある!」
【予定?】
「大学に集まれなかった協力者に、『卵』のある建物やその周辺を射程範囲として狙撃してもらえる位置で色々と組み立ててもらってるんだ」
山頂の屋敷から一転、【門】の向こうである空中に身を投げ出し、足の裏辺りの空間を固めて踏み込み、【韋駄天】による加速でピンボールのようにジグザグに宙を跳ねながら言うと、こちらの体から離れられない都合で同じ速度で宙を滑るように飛んでいるグレイが片眉を上げて訝しむように問い返す。
【……まさか、
「その通り。お前が顔合わせするとちょっと気まずいであろう御仁だよ」
【なら……少しのあいだ引っ込んでおくか】
「流石のお前でもそういう反応するんだな」
少しばかり嫌そうな顔をするグレイが魔法陣の中に引っ込むように消えるのを横目に、こちらも【韋駄天】の速度を上げる。
『卵』──
空中を駆けるこの体の節々がブルブルと震えているのは、きっと、寒さの所為だけではないのだろう。
果たして他のチームの行動も上手いこと進んでいるのだろうかと、そんなことを思案しながら、こちらも目的地へと急ぐのだった。
『続』
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