「…………。お前は、あたしが、殺す」
「やってみなよぉ〜。やれるかな〜?」
「有栖川真冬、冷静になれ」
額に浮かぶ青筋が破裂しそうなほどに怒り狂っている真冬を横目に、無貌の神にリボルバーの銃口を向けたままの秋山が諭そうと言葉を投げかける。
「……ごめん、秋山さん。無理だ。あたしは、与一とその家族の尊厳を傷つけられてもなお冷静になれるほどの大人じゃないから」
しかし、真冬は静かにそう言いながら【
それから【門】が閉じ始めた──瞬間、真冬が自身の足元に開いた【門】へと、白百合が秋山に短く伝えてから、滑り込むように飛び込む。
「私も行きます。他の
「……チッ、仕方ねえ。そっちは任せるぞ」
秋山の言葉に、白百合は閉じきる直前の【門】から出した手をひらひらと振って返してから姿を消した。残された二人と2体は、静寂に包まれた薄暗いフロアの中で互いに顔を見合わせる。
『あの、早速貴重な戦力が減ったんすけど』
「……逆に考えろ、
「あの二人で勝てんのか? っつう話でもあると思うんだケド」
『両方ともある程度は人の道を外れてる力を体内に保有してる側の人間だから、まあ何とかするでしょう。……こうなったからには、私たちも急いでここを脱出するしかないわよ』
ソフィアの言葉に秋山が静かにうなずき、改めて先導するように前を走り始める。
それからあと少しで
「これは……植物のツルか」
秋山たちの視線の先──フロアの奥、ミドリ専用地下畑のある隔壁の向こうから、無数の植物が伸びて壁や天井を支配していたのだ。
そして通路のど真ん中に、一人の女性が白杖を片手にまぶたを閉じて立ち塞がっている。
「──来おったか」
「言乃葉ミドリ、なんで外にいる……?」
「……その声と魔力の波長は、秋山の小僧じゃな。姉者はおらなんだか」
「丞久は別件だ」
「ふん。わかっておる、どうせあのジジイを殺しに行っておるんじゃろ」
まぶたを閉じた女性──ミドリを前にして、秋山は訝しむように警戒しながら再度問いかける。
「お前、なんで自分の『畑』がある部屋から出てきてんだ。そもそも……
「…………。さて、な。なんでわしが部屋から出てるかと言えば、連盟組織の羽虫どもが敵に回ったお主らを始末するようにしつこく言ってきたのが鬱陶しかったから払うため、と言えば信じるのか?」
秋山からの遠回しの敵味方の確認を、ミドリははぐらかしながら肩をすくめて返す。
「もとより、わしは連盟組織の協力者ではない。ただ魔術師の遺体に宿された神格というだけ。──連盟組織の敵でも味方でもなく、お主らの敵でも味方でもない。それが最も互いのためになるとは思わんか」
「────」
黙り込む秋山に、ミドリがまぶたを開き、視力の無い濁った瞳で全員を一瞥するとニヤリと笑う。
「さっさと行け。
「……そうさせてもらおう。行くぞ」
下に向かうための階段がある方へと駆け出す秋山とアビゲイル、【浮遊】でついていく結月とソフィア。二人と2体を見送ってから、ミドリは白杖を釣り竿のように肩に乗せて踵を返す。
「……さて、ここらが連盟組織から出ていくのに良い潮時か。今ごろ外で頑張っているであろう姉者らには悪いが、わしは1抜けさせてもらうぞい」
自虐気味に、クツクツと喉を鳴らすような笑い声を上げるミドリ。彼女は一人静かに植物のツルを操って、辺りの無数の遺体を引きずりながら、自身の『畑』のある部屋の奥へと姿を消す。
「──達者でな、日々を必死に生きる人間たちよ」
──1000年ごとの休息と活動を繰り返す長命の神格、ヴルトゥーム。
残り900年以上も残る活動期間をこれからの彼女がどう生きるかは、まさに、神のみぞ知る。
──地下鉄に繋がる脱出路のある階に下りた秋山たちは、不意に通路の奥から響く発砲音に反応して、走る速度を上げていく。
次の通路を曲がった──瞬間、視界に飛び込んできたのは、資料室の扉を開けて盾にして銃撃を耐えている小雪と白道が、なんとか相手の射撃の合間に撃ち返している姿だった。
扉が銃弾に削られて徐々に亀裂を入れていく光景を見て、秋山は即座に結月を先に行かせる。
「……! 結月!」
『あいよぉう!』
【浮遊】の速度を上げて飛んでいった結月。果たして彼女が【
『お待たせェい!!』
「結月ちゃん!? ……ということは!」
「来たか──秋山クン」
ガガガガガガ!! という連続した銃弾の発砲音。同時に合金板に弾かれた弾が床や天井に跳ねて小さな穴を空け、お返しとばかりに小雪たちよりも更に後方から飛んできた大型リボルバーの強装弾が敵の一人の頭を容赦なく破裂させる。
複数の合金板で作ったドーム状の盾の後ろに隠した小雪と白道の元に滑り込むようにして合流した秋山は、後ろから遅れてアビゲイルとソフィアが来るのを確認しながら問いかけた。
「白道、小雪。細波と白百合とシロはどうした」
「三人は先に、横から回り込む形で地下鉄に繋がる通路を開ける作業をしてもらっている」
「で、私と白道さんが囮になって彼らを釘付けにさせていたわけですね」
ようやく一息つけた、と言わんばかりにホッとしている二人に、そういえばと秋山が続けて聞く。
「お前ら……ナイの後釜で招来された無貌の神には会ってないのか?」
「えっ、なんですかそれ」
「……ナイの後にまた招来された無貌の神? 私たちはそんなことを聞かされていないぞ」
「────。上の階で大量の連盟組織メンバーが殺されていた、お前らはそれを知らないのか」
「と言われても、私たちずっとこのフロアで耐久戦してたので、上で何が起きたかとか知りませんもん」
小首を傾げる小雪の横で、白衣の裾を床に付けるようにしゃがんでいる白道が少し考えてから言う。
「キミが突然ここを出て外に行ったあとにこうなったことと、上の階でそんなことになっていた事実と、無貌の神が再召喚されたことを考えるに……もしや今、結構不味いことになっているのかい?」
「そうだな。与一曰く、明日世界が滅びるらしい」
「桐山与一が、そんなことを?」
「ああ。なんでも、明日の昼頃からこの時間まで戻ってきたらしいぜ」
そう言われて、白道は思考を巡らせる。それから即座に、
「────。なるほど、未来で私は死ぬのか。だから時間移動で戻ってこられず、その事を知らない」
「…………そうみたいだな。姫島琴巳とかとつるんでるイス人──竹田は与一と同じ時間から戻ってきているから、お前は死んだと考えていい」
「まあ、確かに、この状況では死ぬ確率の方が高いわけか。納得感は、あるかな」
考え込む白道を横目に、手元でカチャカチャとライフルのマガジンに弾薬を込めている小雪が、頬に汗を垂らしつつ口を開く。
「与一くんはどこぞの丞久さんと違って変な冗談は言わないでしょうし、マジで滅びるってことですよね。秋山さん、止める手段はあるんですか?」
「さあな。今まさに与一たちが外で行動中だ、あいつらに任せてこっちはこっちでこの施設から逃げることを最優先に考えるべきだろうよ」
「それはそう。……と、助っ人も来たことですし……やりますか」
弾を込めたマガジンをライフルに装填し、秋山にポイッと投げ渡してから、小雪はスーツの中からドロリと無形の落とし子を漏出させて、半円状に形成して盾のように固めて腕に固定する。
「おおよそでいい、白道、敵の数は?」
「フロア自体には数時間前までは六十人近く居て、現在……半数は減らせている」
「十分だ。……小雪、前に出ろ。結月は合金板をファランクスみたいに組んで俺を囲え、ソフィアはアビゲイルと白道と一緒に距離を空けてついてこい」
『りょ』
『わかったわ』
小雪から投げ渡されたアサルトライフルのレバーを引いて弾薬を送り、それからグリップをしっかりと握って、ドーム状に張られた合金板の隙間から銃口を相手側に覗かせて──声を荒らげた。
「行け!」
「はいっ!」
声を合図に、ドンッという発砲音に追従する形で、小雪が素早く前に跳ねるように駆け出す。
ドッドッドッ!! ドドドドドン!! と、セミオートのアサルトライフルから凄まじい速度で弾丸が吐き出されていき、1発1発が的確に連盟組織側の戦闘員たちに着弾していく。
そして、そちらに意識が割かれた次の瞬間には、小柄の身で懐に潜り込んできた小雪の強烈な殴打が、連盟組織特製の防弾スーツの上から体を跳ね上げる。
──幼い背丈に似合わない打撃力は、小雪の体内を血液の代わりに流れる無形の落とし子がアシストした結果であり、更には全身の血管を流れる落とし子という怪物の質量が、拳銃やサブマシンガン程度の弾丸をほぼ無傷で弾き返していた。
前から飛んでくる弾丸、すぐ近くから飛んでくる殴打。最初の合図以降、目立った合図や掛け声すら無いままに、互いの攻撃が当たらないようにしながら互いの攻撃を当てやすいようにサポートし合う二人。
「おぉおらァい!! よっっっくも散々バカスカ撃ち込んでくれたなこんちくしょおォーう!!」
『……この兄妹ヤバ〜〜……』
──秋山兄妹が明暗丞久に次いで危険視され、こういった状況下では特に警戒するようにと強く言われていた理由をようやくと理解しながら、彼らと敵対することを選んだ連盟組織のメンバーたちは、次々に意識を闇へと落としていくのだった。
「歯ごたえがねぇな」
「いざ攻めに転じればこんなもんですか」
撃ちきったライフルを、何度も交換したマガジンと同じように床に捨てた秋山と、落とし子を体内に収納する小雪が、気だるげに血溜まりの上で呟く。
継続的な戦闘で何度も行った【
「……少しばかり無貌の神を相手してる二人が心配だが、あいつらがどこに空間移動したかわかんねえしどうにもならん。細波たちと合流して、俺たちは先んじて戦線から離れるぞ」
ものの数分で数十人を殺し尽くした二人は、白道とアビゲイル、結月、ソフィアを連れて、脱出路のある方向に向かって状況説明をしながら通路を駆ける。
「とは言っても、少なくとも秋山クンは桐山クンたちの援護にでも向かうんだろう?」
「……まあな。敵は連盟組織のトップに、外宇宙の神の魔力と来たもんだ。あいつらだけでどうにかなるとも思えねえ」
「連盟組織のトップ、か。殆どの組織メンバーが顔も名前も知らないとされる『例の人』だな」
「なんか居ないけど居ることになってるとか、実は襲名制とか、色々と邪推されてますよね」
「綿貫十兵衛って言うジジイらしいぞ」
「はぇ〜……実在したんですね」
あっけらかんと明かされた正体に驚嘆する小雪に呆れつつ、秋山は視界の先──通路の奥で電子ロックで閉じられた頑丈な扉の近くで小型のデバイスを操作している女性たちと、その側で暇そうにしている少女を見つける。
「──おや。秋山クンと他一行の皆さま」
『態度が露骨ゥ〜〜〜』
いち早く気づいて振り返った女性──細波青井の言動に呆れる結月だが、秋山はその姿を見て眉をひそめる。何故ならば、明らかにサイズが違うからだ。
「お前、なんかデカくなってねえか??」
「ああ、ほら。私はショゴス・ロードとしての質量を物理的に削られて隔離されていただろう。今回の一件で、白道香織がこっそり強奪してあった『私』を収めていた密閉ケースを返されたんだよ」
「……便利な体してんなぁ」
「まあ、仕方あるまい。彼女の戦闘能力は必要だ」
「あとで改めて返せとか言われても返さないよ」
ふふん、と満足げに鼻を鳴らす青井を余所に、秋山は姿を見るなりくっついてきた少女──シロの頭をガシガシと撫でながら、電子ロックと格闘している別個体の白百合に声をかける。
「あとどれくらいで開きそうだ?」
「いえ、もう開きます……よしっ」
「よくやった。……お前らの具合はどうだ?」
「大丈夫ですよ、戦えない私と、無茶を捺せられないシロは、皆さんが優先的に庇ってくれたので」
「そうか」
ピピピ、という電子音と共に開かれる扉の奥に意識を向けつつそう質問した秋山は、非常灯で照らされた薄暗い扉の奥を見やり、全員に一瞥してから先へと進むように入っていく。
連盟組織とを繋ぐ脱出路の1つ──地下鉄に繋がる通路を歩くと、暫くしてから鋪装された空間に躍り出る。足元に張られた金属のレールと、周囲の長いトンネル。そこは間違いなく地下鉄であり、連盟組織という巨大な監獄からの脱出を果たした証拠だった。
「ンで、このあとはどーすんスカ」
「とりあえず電車で一駅分離れてから地上に脱出、俺はバイクで与一たちの居る方にUターンだな」
「ひとまず車内で休息しよう、緊張しっぱなしでそろそろ足腰にキそうだ」
「貧弱ですねぇ白道さん。運動しないからー」
「肉体労働は趣味じゃないんだよ小雪クン」
念のためにと端によって歩く秋山たちが、そんな会話をしながら歩を進めていけば、やがて地下鉄のホームを視界に収める。
当たり前のように線路の方から上がってくる秋山一行という異常な集団を視界に収めつつも特に何も言わない市民たちを横目に、彼らもまた下手に反応しないようにと黙り込む。
互いに無反応を決め込んでから、次の電車が到着するのを待ち、最後列に全員で乗り込み、ガタンと動き出す動きに釣られて重心が揺れる感覚を味わい、それぞれが緊張をほぐすように息を吐く。
スーツの男と女、白衣を着た女性たち、なぜか空中に浮かんでいる人形、パーカーとジーンズというラフな格好の女、獣の耳と尻尾を生やした少女。異質にも程がある集団としてチラチラと見られる視線を我慢しながら──ふと、秋山がわずかな疲労と眠気から座って閉じていたまぶたを開く。
「────ん?」
「どうかしたかい、秋山クン」
隣に座って自身のふくらはぎを揉んでいた白道が、秋山の反応を見て口を開く。秋山もまた、席から立ち上がり、最後列の更に後ろ──反対側の運転席に近づいて、外を覗き込む。
「地面が揺れてる」
「電車の揺れではないのかい?」
「いや、全然違う。感じないか? 揺れが徐々に……大きくなって────」
と、外に意識を向けていた秋山と、後方の運転席に座っていた車掌だけが、その光景を見た。
電車を追うようにして、レールを剥がすようにして、地面の中から、トンネルをギチギチに満たすような凄まじい質量の『なにか』が飛び出してくるのを。
「────なん、だ……!?」
凄まじい質量の『なにか』。それは、秋山の疑問に答えるようにして、大口を開いて──電車の最後列に食らいつかんとして飛び掛ってきた。
「っ……!? 逃げろ!!」
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