とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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連盟組織アウトサイダーズ 3/3

「く、お……っ!?」

 

 最後列、後方側の運転席。そこに座っていた車掌は、きっと何が起きたかもわからないままに、線路の下から飛び出してきた超巨大な『なにか』の大口に呑み込まれ、噛み砕かれて即死したことだろう。

 

 反射的に近くにいたシロを抱えて後ろに跳んだ秋山の立っていた位置までもを食らい、走行中の列車最後列の半ばを噛み砕いて破壊してみせた『なにか』。

 遅れて『それ』を視認した白道と小雪、アビゲイル、結月とソフィアは、驚愕の表情で、高速で這いずり追いかけてくるその姿を見てしまう。

 

「なん、だっ、巨大ミミズ!!?」

「まさか……クトーニアンか……!」

 

 驚きの声を上げるアビゲイルの隣で、電車に迫ろうとしている巨体を見て、白道が思い至る。

 

『クトー……? なんそれ』

「見ての通りの巨大ミミズの怪物だ、連盟組織め……こんなモノまで用意していたとは」

 

 白道が小首を傾げる結月に説明すると、体勢を立て直した秋山に声を投げかける。

 

「秋山クン、こいつの弱点は水だ!」

「いや『水だ』じゃね…………お前だ細波ィー!!」

「え私!? ……あ、そうか【深海の王(クトゥルフ)】か!」

「当の本人が忘れてんじゃねーよ。……そうじゃんコイツあのビルで使ってきてたじゃん」

 

 話題に出されて、青井はようやく思い出し、アビゲイルもまたそういえばと思い出す。

 

「あのとき以来ずっと使ってなかったからすっかり忘れていた。体積も元通りになって本調子だ、早速やろうか。──宿れ、【深海の王(クトゥルフ)】」

 

 ぐぐぐっ、と腕を伸ばして関節を鳴らしてから、青井は力を発動する。

 ──瞬間、彼女の体からゴポリと水が湧くような音が鳴り、続けて肉体の一部である服も含めて、体の表面が海面のようにちゃぷんと波(・)打(・)つ(・)。

 

『今その体に指突っ込んだらどうなるんだろ』

「普通に怒るよ」

『えー』

「さて……地下鉄なのが幸いしたかな、物理的な距離という意味でも──大丈夫そうだね、地下水脈の水を引っ張り上げて、クトーニアンをこの地下トンネル内で溺死させてやれそうだ」

 

 車内で屈んで床に手を当てた青井が、そう言って今なお迫ってくるクトーニアンを見やる。

 

「そうか。……よし、白道。先頭車両の運転席に行って車掌に状況説明をしろ。地下ホームから人を引き上げさせて、この電車の速度も今ぐらいを維持するように伝えておけ。緊急事態だからな、脅せ」

「よし、任せたまえ」

「細波は同じく先頭車両の方で地下水脈を引っ張り上げろ。クトーニアンに直接ぶっかけるより、突っ込んでくるアレに待ち構えて追突させるように、電車の前方で噴き出せるようにタイミングを計れ」

「わかった」

 

 そう言いながら、秋山はM60機関銃を2丁【要請(コール)】して、片方を小雪に投げ渡して弾薬を装填する。

 

「白百合とシロは乗客を前の車両に移動するように誘導しろ、白道は前に行くついでに手伝ってやれ」

「わかりました。シロ、行こう」

「ところで、そこの小娘はどうするんだ」

「……? あ、アタシすか」

「アビゲイル、お前は念のために先頭車両を魔力で包んで、細波の発生させる大量の水から電車を守れ」

「…………。これ給料出る?」

「出ねえよ」

「これが日本のブラック労働か、たまげたなァ……」

 

 さらりと無茶振りを押し付けられて、アビゲイルはげんなりとしながらもトボトボと先頭車両に向かって歩いていく。

 

 その後をついていく白道たちが、当たり前のように拳銃で窓の外に発砲して脅す形で乗客を前に移していく光景を尻目に、秋山と小雪は結月とソフィアを傍らに浮かばせたまま、それぞれの握るM60の銃口を、大口を開けて迫るクトーニアンに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──午後の地下鉄の電車にしては、数が少ないな。と、車掌との話(・)し(・)合(・)い(・)を終えて運転席から先頭車両に顔を出した白道は脳裏で独りごちた。

 

「細波青井、首尾はどうだ」

「上々かな。先ほど駅を通り過ぎたから……次の駅のホーム付近で後方に鉄砲水を起こしてやろう」

「……今更ですけど、地下鉄内で洪水被害を起こすことになるのでは……?」

 

 拳銃を片手に問いかける白道を一瞥してから足元に視線を戻す青井に、白百合が席に座りながら呆れ気味に口角をひくつかせて問えば白道が言う。

 

「私たちのうちの誰か、或いは全員がターゲットになるように調整された個体の可能性は高い。アレから逃げるためにと私たちが外に出たとしよう、するとどうなる?」

「…………。まあ、あの巨体が地下(ここ)から上に出てきたらそれこそ災害ではありますが……」

 

 白道の解説にため息をついて、オオカミ形態に戻り足元でぺたんと伏せているシロを片手間で撫でる白百合に、青井が言葉を続ける。

 

「それに、確実にクトーニアンを殺すなら地下トンネル内を水で満たして奴を溺死させるのが確実だ。アレを地上で倒すとするなら、大雨を降らせるか大量の放水車を用意する必要があるからね」

「いちおーは生物の範疇ってワケかい」

「そういうことだ。……そういえば、アビゲイルと同じ側で行動するのは、ヒカリと結託していたとき以来かな。元気にしてたかい?」

「今まさに無くなりつつある」

 

 白百合の隣に座ってぐったりとした様子のアビゲイルに、青井は問いかけながら苦笑する。

【深海の王(クトゥルフ)】を起動しているからこそわかる、アビゲイルの体から大量に放出されている魔力の塊は、現在進行系で列車を包むようにコントロールされている。それを単独で行えることと負荷がかかることは別の問題であり、酷い空腹と熱中症が同時に発生したような青褪めた顔をしている彼女と同じくして、顔に出さないだけで青井の負担もかなりのものだった。

 

 ──異能で地下水脈に干渉できることと、膨大な質量の水を線路内にぶちまけるためにと引っ張り上げることは、別の問題だからである。

 ともあれ、青井は現状を客観視して、自分のら(・)し(・)く(・)な(・)さ(・)が面白くて笑みを浮かべた。

 

「……ふ、まさか、我々がこうして無辜の民を守るために怪物に立ち向かうことになるとはね」

「私もただオオカミの研究をしていただけだったんですがね。……クロは大丈夫かな……」

「まあ、各々の文句はここを突破してから秋山クンにぶつけてやろう。──そろそろ準備をしてくれ、地面の揺れと銃声がこちらに近づいてきた」

 

 視線を斜めに上げて口角を歪めていた白道が、後方から断続的に響くけたたましい銃声が先頭車両の方へと近づいてきていることに気づき、青井に短く伝える。それからガラリと誰も居ない2両目とを隔てる扉を開けると、2両目を挟んだ3両目の奥から、二人と2体が後退りしながら機関銃を掃射していた。

 

 ひたすらに大して効いていない射撃を繰り返すことでクトーニアンを挑発し、苛立たせることに成功していたらしく、潰されていく車両から逃げていた四人のうち、秋山が一度顔を後ろに向けてから白道に向けて声を荒らげる。

 

「……! 白道──ッ!! 先頭車両の前方100メートル先から後方に水が流れるようにさせろ! 乗客にはどこかに掴まるように伝えておけ!!」

「──!! わかった!」

 

 3両目の車両から2両目に移るべく後退し続ける秋山と小雪と結月とソフィアから視線を逸らし、白道は先頭車両の運転席付近に戻り青井とアビゲイルに向き直り指示を飛ばす。

 

「細波青井、先頭車両の前方100メートル付近から水を噴き出させて後方に流すようにしてくれ。アビゲイルクンも先頭車両と2両目だけを全力で魔力で覆ってくれ。……各自! どこかに掴まって頭を下げておけ! 今からこの車両は激しく揺れる!!」

「よし、行けるぞ!」

「アタシも行けそうだ」

 

 膨大な魔力を用いた2つの行動。大量の水を引き上げる行為と、車両を魔力で覆う行為。それらを実行した────その瞬間。

 

 ゴゴゴゴゴゴ……!! という轟音と共に、先頭車両の前方で、レールを下から持ち上げるかのように鋪装された地面が盛り上がり、一拍遅れて温泉が湧いたかのような勢いで水が溢れ出す。

 津波のように電車の方へと──そして、車両ごと秋山たちを噛み砕こうと大口を開けていたクトーニアンへと殺到し、ドンッと車両が大きく揺れて、車内のほぼ全員の意識を一瞬のうちに刈り取っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「────。ぐ、げほっ……」

 

 ぴちょんと水滴が顔に当たり、秋山の意識が戻る。起き上がった彼は、自分たちの乗っていた電車がちょうど駅のホーム付近で停車していることに気が付き、【要請(コール)】したバールでひしゃげた扉をこじ開けた。

 

「……アビゲイルが居なかったら死んでたなこりゃ」

 

 気絶している小雪のスーツのポケットに結月とソフィアをねじ込んで、襟首を掴み引き摺ってホームに引っ張り出してから、振り返った秋山は呟く。

 

 大量の水に押し潰されそうになった2両しか残っていない電車は、力を込めた空きペットボトルのように大きくヘコんでいる。アビゲイルが居なければ──と思わず呟くだけの被害に留まっているのを外から確認してから、秋山は先頭車両側に移動して先ほどと同じように扉をバールでこじ開けた。

 

「白道、細波! アビゲイル! 白百合、シロ! 生きてたら返事しやがれ!」

「……う、お……」

「──! 白道!」

 

 民間人と荷物があちこちにひっくり返っている車内。その一角に倒れていた白道が、秋山の声に反応して意識を取り戻し、おもむろに起き上がる。

 

「秋山、クン……」

「しっかりしろ、他の奴らも起こすぞ」

「あ、ああ……衝撃が、想定以上だったようだ……」

「全くだ。ったく、バカでけえ怪物退治だの神殺しだのは俺らの仕事じゃねえっつーの」

 

 疲労で回らない頭と気だるい体を動かして、秋山と白道は気絶している細波たちをホームに引っ張り出して、頬を平手打ちして無理やり意識を覚醒させていく。続けて乗客である民間人たちを一人ずつ慎重に救助しながら、そういえばと白百合が問う。

 

「あの、クトーニアンは一体どこに……」

「水に呑まれて、トンネルの奥に流されて行っちまったみてえだな。騒がしくねえってことは、まあ、死んだんだろ」

「これで生きていたらもうどうしようもないな。私にまた【深海の王(クトゥルフ)】を使えと言われても困るよ」

 

 やれやれ、と頭を振る青井が、そう言いながら乗客の女性に肩を貸してホームのベンチに座らせる。巻き込まれただけの民間人である彼ら彼女らは、自分たちが危うくクトーニアンに殺されるところだったことを、そして秋山たちが怪物を倒してくれたことを理解しているからこそ、余計なことを言えないでいた。

 

「…………。あー、クソ、連盟組織がこれから壊滅することになっちまってるから、もう市民に対しての記憶処理とかが出来なくなっちまうのか」

「大規模な隠蔽が出来なくなる、と考えると……彼らにはただ黙ってもらうしかなくなるね」

 

 ハッとした様子の秋山に、白道が続く。その会話を聞いていたアビゲイルが、続いてふと質問する。

 

「外では外宇宙の神の魔力を受肉させてそいつボコって弱らせて封印する流れになってんだよな? ってとこは、今の状況みたいに外の人たちにその光景見られるってことなんじゃねーの?」

「…………。あー、あー。もう知らん。今日一日で日本の大都会の一角で無数の天変地異が発生して明日にはネットで大騒ぎになること確定したけど、ンなことはもう知ったことじゃねえ。俺の管轄外だ」

「あ、諦めた」

 

 アビゲイルの質問に、秋山は心底面倒くさそうに髪をガシガシと掻いて、深いため息をつく。

 

「有栖川真冬たちが無貌の神を相手してて、丞久たちは連盟組織トップを殺しに行ってて、与一が『卵』の受肉をして戦闘……となると、援護が必要なのは……与一か丞久チームだが────」

 

 連盟組織から脱出し、救助対象も無事。一旦の目的を果たして、次の行動の方針を決めようとした──直後、懐に入れていた防水の携帯がメールを受信してバイブレーションする。

 

「──誰だ?」

 

 いまだ気絶している小雪の頭を強めに引っ叩きつつ片手で携帯を取り出してメールを確認した秋山は、その内容に表情を訝しむように歪めた。

 

「秋山クン? 誰だったんだい?」

「……へっ、誰だと思う。なんとびっくり、あ(・)の(・)春(・)夏(・)秋(・)冬(・)円(・)花(・)か(・)ら(・)だ」

 

 秋山の言葉に、問いかけた白道も驚いたように目を見開く。それから彼は、内容を確認してから画面を消した携帯をしまい直して、目を覚ました小雪を抱えてホームから地上への階段に向かう。

 

「白道、ここを任せる」

「ああ、構わないが……何があった?」

 

 階段を上がる直前、気だるげで面倒くさそうな顔を崩さないままの秋山に問いかけると、彼は白道に向き直って嫌そうに口角を歪めてから言った。

 

 

 

 

 

「──クトゥルフとクトゥグア、ハスターが顕現したらしい。とあるポイントにハスターを誘導するから、楠木葉子と合流してレールガンで狙撃してほしいっていうメールが届いた。座標のオマケ付きでな」

 

 ──秋山たちの戦いは、後少しだけ続く。

 

『続』




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