「
「こ、い、つ、クソうぜぇ……!!」
コンクリートジャングルの一角。鋪装されたアスファルトの上で、無数の紅い槍と白黒の魔力球が飛び交い、その中心で女が三人、得物を振るう。
「そもそもポケットから手を出していないじゃありませんか」
「冷静に突っ込んでる場合かァ──っ!」
「そうだぞぉ〜……って危なっ」
雨あられと道路に降り注ぎ、街路樹や車を破壊していく槍と魔力球のそれぞれを縫うようにしながら動く無貌の神は、視界の端でひしゃげたトンファーを捨てて両手を鳴らす真冬を見やる。
──刹那、位置の入れ替えで真冬と入れ替わった先に飛んできた自身の飛ばした槍を見て、咄嗟に自身との間に展開した魔法陣から、頭がイソギンチャクのカエルのような怪物を召喚して盾にした。
「チッ、またかよ……!」
「ふっふーん。
槍が複数突き刺さり即死した眷属──ムーンビーストを雑に投げ捨てて、空けた手に槍を作り出し握ると、無貌の神は二人から距離を取る。
改めてトンファーを【
「……攻め手に欠けるか」
「
「カウンター前提かよ。まぁそれしかないか」
都合数回の打ち合いを経て、真冬の思考からは熱が取れてきている。怒りのあまりに秋山たちとの戦力の分断を行なってしまったが、今では逆に、自分と白百合の二人とトレードであの場から無貌の神を引き離せた事は僥倖だったと確信していた。
「──それにしてもさぁ〜、キミ、有栖川真冬だっけ。
「あ゛ぁ??」
「沸点が低すぎる……落ち着いてください」
共闘している仲間の沸点の低さに狐の耳と尻尾を不安そうに揺らしながら、六尺棒で真冬の動きを遮る白百合は、曲げた指の関節でコンコンと自分の額を叩く無貌の神の顔を見てため息をつく。
「知ってるかい、連盟組織は
槍の穂先でカリカリとアスファルトを削るようにもて遊ぶ無貌の神が、驚愕の事実に唖然としている二人に更に言葉を続ける。
「だけど、まず最初に素体にした父親の方に宿った
「与一の父親……龍一さんのことか」
「そう。桐山龍一。アレは……組織の駒として使う分には普通にダメだな、あまりにも自我が強すぎる。招来して宿した無貌の神をして、その影響を強く受けたほどに、ヤツの精神は、人間としても魔術師としても『格』が大きすぎた」
「……龍一さんらしいな」
「それからお次は与一さんの母親の方を、ですか。あの組織はどうにも度し難いですね」
「それについては、自分のことながらに同意するよ」
槍の半ばを肩に置くように担ぐ無貌の神が、呆れたように苦笑する顔をする。二人は彼女の人間のような部分を初めて見て、小さく警戒心が緩む。
「……それで、あいつの母さん──悠花さんの自我は消したのか?」
「そりゃそうでしょ。流石の連盟組織も反省して改善するくらいはするよ。まあそんなわけだから、私を説得したら桐山悠花の自我が戻って和解できるかも〜とかは考えない方がいいよ、そのつもり無いから」
「ふん。だろうな、戻せないとわかれば、もう加減する必要は────」
【
比喩でもなんでもなく、
「っ……!? なんだ今のは……!?」
「妙な魔力が、世界に…………
「──おっと、『卵』が孵ったな、これ」
「孵っ……与一が鍵を確保して計画を進めたのか」
ぶわりと風のように、異質で異常でおぞましく、『なにかがおかしい』としか言いようのない奇妙な気配が、世界に突如として現れた。
無貌の神がポツリと呟いた言葉を拾う真冬が合点がいったように独りごちり、ふと、無貌の神の後方にある異物を視界に捉える。
「────。なんだ、あれ」
真冬の言葉に釣られて、白百合と振り返った無貌の神が顔を上げる。その視線の先にあったのは、マンションの屋上に鎮座している──『なにか』。
それはのっぺりとした流動体が人間の姿になろうとしているようで、或いはなんらかの動物の姿になろうとしているようで。それは、彼女たち『人間』が、『
「おうおうおう。親父殿が随分とイメチェンしておられる。人のこと言えないケド」
「……!! あれが、外宇宙の神の、魔力……?」
「気持ち悪い形してるなあ。なるほど、親父殿の魔力を無理やりこの世界に──この世界という枠組みに押し込むと、ああいう『形とは呼べない形』になっちゃうわけだ。新発見だね」
無貌の神は背後の遥か後方で孵化された『卵』の中身のおぞましさに嫌悪感を露わにしつつも、それはそれとして、即座に思考を切り替え呑気に隙を晒している二人に向けて大量の槍を生成する。
「はい隙あり。──曼荼羅」
「や、べ……っ、白百合!」
「しまっ────」
等間隔に生成され、無貌の神の背後で花のように展開した大量の槍が、その穂先を二人に向けた次の瞬間には高速で射出されていく。
既に【
「仕方ねえ、向こうのデパートに逃げ込むぞ。あたしとお前を服屋のマネキンと入れ替え「キミの入れ替わりってさぁ、手を鳴らさないといけないんだっけ」
車には穴が空き、空間固定の盾には亀裂が走る。防御を突破されると判断した真冬が、即座に両手を勢いよく合わせて音を鳴らそうとしたそのとき、言葉と思考に割り込むように、耳元で無貌の神の声がした。
「てめ──」
「じゃあとりあえず、左手貰おっかな」
そんな軽い口調と共に、無貌の神の手が真冬の左手首を掴む。咄嗟に尻尾を鋭く尖らせて突き刺そうと伸ばした白百合の攻撃を避けて、辺りの邪魔な槍を消しながら後方に下がると、無貌の神は何度目かのニヤリとした嫌な笑みを浮かべて口を開く。
「判断が遅れたら不味いことになっちゃうぞ〜」
「あ? …………っ、ぐ……!?」
彼女の発言の真意を探るよりも早く、ふと、真冬の左手に異様な激痛が走る。
白百合と二人して痛みを発する左手首を見ると、その直後、真冬の左手は、意思に反して可動域を逸脱する強さで折れ曲がり始めた。
「づぁっ、が、ぁあぁあ゛あ゛!!??」
「真冬さん!?」
バキバキバキバキ、と気味が悪いくらいに軽快な音を立てて、左手の指が曲がり、手首が捻じれ、その勢いは左前腕まで伸びていく。
指の関節や手首の折れ曲がった骨が皮膚を突き破り、出血する事態に耐えながら、真冬は即座に最適解を理解して白百合に言った。
「ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……!! ぐっ、この、やろ……っ、しっ、しら゛、ゆ゛り……! 今すぐ、あたしの……左腕を、切り落とせ!!」
「なっ……!?」
「早く、しろ゛……!! 肘関節まで無くなったら、あとで困る……っ!!」
「────。っ!!」
額に脂汗を浮かべながらも、力強い眼光で睨む真冬に、白百合もまた覚悟を決めて頷く。
続けて傍らに生成した魔力球を生地を薄く伸ばすように潰して、丸鋸めいた形状にさせて縁を鋭利にさせながら高速回転させていくと、ひとりでに折れ曲がっていく真冬の左前腕と左肘の中間に狙いを定める。
それから、躊躇えば余計に手間取るからと、白百合は全力で高速回転する円盤を地面に叩きつける勢いで振り下ろし──ザンッと切り裂いた。
「──ぐぎ、ぃ……っ!!」
一瞬の痛み。左手の折れ曲がっていく痛みから解放されたその一拍後に、今度は腕を切り落とされた激痛が、脳にガンガンと頭痛までもを響かせる。
「真冬さん、離脱しますよ!」
足元でなおも折れ曲がり続けていく左手が、やがてピンボールサイズの肉塊に成り果てるのを見届ける前に、白百合が僅かに
「……ふぅ〜ん。あの流れと感情で逃げられるんだ。損得勘定はちゃんとしてるタイプなのカナ?」
何もせずじっとしていた無貌の神は、煙が晴れた奥に居ない二人に感嘆するようにそう言うと。
「それじゃあ、お次は私が鬼の番だ。よーし、頑張って捕まえちゃうぞ〜〜」
一転、カラカラと乾いた笑い声を上げながら、地面に点々と続く鮮やかな赤色を追って、近場のデパートの自動ドアをくぐっていくのだった。
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