「……なんでまだデパートに普通に人が居んだよ」
「情報規制や【人払い】が満足に出来ていない……のでは? 連盟組織もごたついていそうですし」
二人が咄嗟に逃げ込んた先のデパート内には、いまだに視界に何十人と人がごった返し、右に左にと動き回っている。
外での戦闘音や異常事態を把握していないのか、ひとまず傷を誤魔化すためにと、パーカーを【
「とりあえず……腕を縛りましょう。紐は……あー、無いですね。……仕方ないのでこちらで」
と言って、白百合は手のひらに隠すように小さい糸切りバサミを【
「おい普通に汚え……いぃっででででで!!?」
「我慢してください……よっ」
「オアーッ」
血の流れを止める勢いでギチギチに縛り、痛みに顔を歪める真冬を無視して、白百合は自身の髪で片結びして固定した患部のガーゼに血が滲むのを見た。
「……ひとまずの応急手当はしました。ちゃんとした治療はまたあとで全て終わってからですね」
「はぁ……今世界救うために戦ってるメンツの中で一番死にかけてんの、あたしだったりしそうだな」
「いや与一さんでは?」
「…………。まあ、確かに」
流血と痛みで頭が少しぼんやりしてきている真冬の言動に呆れ顔を向ける白百合は、ふらつく彼女を庇うように歩いてエスカレーターに乗って続ける。
「──真冬さん」
「わかってる」
ふと、青い顔をしている真冬に白百合が問いかける。短い問答の中で、二人の視線は一瞬だけ、自分たちと民間人を挟んだ数段下からついてきている謎の男女を捉えてすぐに戻される。
「……ダル。なんでここにきて別勢力が混ざってきてんだよクソが」
「お口が悪い。……気持ちは分かりますがね。まったく、無貌の神だけでも手に余っているというのに」
片や、血が抜けて物理的に頭が冷えている魔術師。片や、その気になればいつでも思考回路を冷徹に切り替えられる魔術師。真冬と白百合の二人は、言葉にせずとも次の行動を決めて、エスカレーターを登りきってすぐに手近の服屋に入り込む。
二人がついてくるのを確認して、真冬と白百合は一度顔を見合わせてそれぞれが二手に分かれる。
「……!」
その動きを見て、男女は少し驚いてから、それぞれを追うように同じく二手に分かれて駆け出す。羽織った上着が脱げないように右手で襟を掴みながら小走りで移動する真冬は、ちらりと背後を見て、追ってくる男が懐から消音器付きの拳銃を取り出して銃口を向けてくるのを一瞥した。
「チッ」
舌打ちしながら咄嗟にハンガーラックに隠れるように頭を下げた瞬間、プシュッという短い音と共に撃ち込まれた弾丸が、近くのマネキンに穴を空ける。
ラックに銃口を向けたままの男は、無数の服を吊るした業務用ハンガーラックに体を隠した真冬がいつまで経っても姿を現さないことに違和感を覚え、不審に思いながら近づき──バッと身を乗り出す。
しかし、そこには真冬は居なかった。
「……!!」
移動した形跡もなく、姿だけが消えている。その光景を見て、男は周囲をキョロキョロと見回し、ぶわんと背後に開く【門】に振り返り────
──カシュッ、と。首に鋭い何かが通り抜け、一拍遅れてドロリと血を流す。
「余計な手間ぁ取らせやがって」
首の痛みに声が出せず、力が抜けて膝をついた男が最後に見たのは見たのは、首に糸切りバサミが突き刺さって絶命している仲間の女の襟を掴んで雑に引きずっている白百合と、そう言いながら右手につまんでいた
「……これ、どうします?」
「更衣室に突っ込んどけ、見つかって騒ぎになるまでの時間が稼げればそれでいい」
魔力で鋭利に【強化】した、落ちていたポイントカードの角で首を切り裂かれる──というあまりにも間抜けな死に方をした男と白百合が始末した女の死体を二人で更衣室に押し込みカーテンを閉めると、真冬はくらりと目眩がしたように足をふらつかせる。
「大丈夫ですか?」
「……猛烈にレバニラが食いてえ」
「完全に血が足りてない人の感想ですね」
青い顔に脂汗も垂らして、真冬はふらふらと服屋から出る。ついていく白百合がそれとなく周囲に視線を回すと──二人に近づいてくる、フードで体格と顔を隠した複数人を視界に収めた。
「……真冬さん、また来ましたよ」
「…………。ふぅー、仕方ねえからもう一回服屋に戻って各個撃破する────」
心底面倒くさそうに、真そう呟きながら白百合と同じように背後に視線を向けようとした真冬は、前からも同じように、複数人の顔を隠した人物が現れるのを。──その懐から、消音器も何もつけていない
「【人払い】もしてない所で何出してんだ!!」
「っ……!!」
真冬の怒声を聞いた白百合は、即座に【
──直後、自身と真冬の眼前に展開されたズレた空間の壁に、前後から撃ち込まれた無数の弾丸が着弾していく。ガガガガガガ!! という轟音が響き、弾丸が四方八方に弾かれて壁や床に穴を空け、さしもの客たちも異常事態を理解して逃げ惑い始める。
「くっ、おぉお……っ! こい、つらァ……! 連盟組織のゴタゴタとかあたしらの分断を知って、漁夫りに来やがったな……ッ!」
「……不味いですね、この状況にあの無貌の神が混ざってこないわけがない」
──そう。二人の敵は、前後の武装集団だけではない。この場に逃げ込む原因である無貌の神が来ていないわけがなく、そしてこうした戦闘音を聞けば、来ないわけがなかった。
銃声と悲鳴が辺りに響き渡り、撃ち込まれ続ける銃弾が途切れないようにとマガジンの交換するタイミングを交互にズラされ、逃げる隙が出来ない。
相手は距離を縮められないが、真冬と白百合も距離を取れない。迂闊に動けば、逃げ遅れて物陰から動けないでいる民間人を巻き込みかねないからだ。
「っ──不味い、そろそろ、持たねえ……っ」
やがて、徐々に固定した空間の『ズレ』という壁に亀裂が入り始め、二人を銃弾から守る盾が壊れようとしている。
「…………。いざとなったらお前だけでも逃がす」
「何を言って……そんなことさせるわけが」
「うるせえ。あたしの実力・経験不足でこうなった所もあるんだよ、自分の尻は自分で拭ける」
貧血と魔力の消費、体力の消耗。それらの疲労が重なってますます顔色が悪くなっていく真冬が、いよいよそんな覚悟をした──そのとき。
「────。あーあ、面白くないなあ」
不意に、その場の全員が。──文字通りの全員が、そんな言葉を耳にする。続けて毛穴に冷水を流し込まれたような凄まじい怖気が全身を駆け抜け、襲撃してきた武装集団ですら、思わず銃撃をやめるほどに、動きを強制的に止められた。
「面白くないんだよねぇ、
その声の主──
武装集団、真冬と白百合、一般客。それぞれの銃声も悲鳴も喧騒も無理やり止ませる威圧感が、ただ一人──人間の姿を使う神から放たれている。
「私も、前の無貌の神も、きっと、人間の必死さを気に入っているんだ。個人的には……さ、血反吐ぶちまけながらでも前を向いて、心折れようとも歩みを止めない。そういう人間が好きなんだと思う」
十数メートルは離れた位置からの、けれども耳元に届くような透き通る声色。
恐怖が真夏の夕方に伸びる影のように這い寄り、しかしてどこか聞き入ってしまう、そんな声には──確かに、
「だからこそキミらはダメだ。連盟組織が睨みを利かせているうちは縮こまって、監視の目が無いと見るや調子に乗り始める。全くもって面白くない。だってキミらは──必死じゃないんだから」
──だから。
そう呟いて、無貌の神はニコリと嗤う。
「だから、今から必死になってもらおう。今から有栖川真冬と、白百合と、キミらを、全員殺すつもりで攻撃するから。だから、必死に、死ぬ気で、全力で、全身全霊で、抵抗してくれると嬉しいなあ」
──口の端が裂けんばかりに、三日月のような笑みを浮かべて。果たして無貌の神は、デパート内の至る所にある影から、大量の
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