とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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無貌は母親の顔で無邪気に嗤う 3/3

「あのクソ神を止めろォオォオオ!!!」

 

 なりふり構わず声を荒らげた真冬が即座に【虚空渡り(ヴォイドウォーカー)】を起動して、その中に白百合が狐火を大量に発射する。

 吹き抜けを挟んだ向かいに居る無貌の神の頭上に繋がれた【門】から流し込んだ狐火が降り注ぎ、爆発を起こすが、煙が晴れれば無傷のまま。辺りには焼け焦げたムーンビーストの死骸が落ちていて、一瞬のうちに盾にしたのだろうと察せられた。

 

「私を向こうに。ここは任せます」

「頼んだ。【虚空渡り(ヴォイドウォーカー)】!」

 

 改めて足元に【門】が開かれ、自由落下でその場から姿を消した白百合が、向こう側に着地して魔力球を自身を軸に回転させながら尻尾を鋭く尖らせて槍のように突き出しながら無貌の神に迫る。

 

 それを見届けてから、真冬はふらりとふらつく足を右手で強く殴るように叩いてから、ギンと周囲を睨み状況を把握し──周囲の敵一人一人に空間操作をぶつけて処(・)理(・)を始める。

 

 ムーンビーストに銃を乱射している武装集団の片腕や片足、一般客に襲いかかり手足を千切ろうとしているムーンビーストの持っている槍と胴体。それらを全て『ズラし』た空間に巻き込む形で切断し、一度に大量の死体を生産すると、真冬は苦い顔で呟く。

 

「……もう手加減とかしてる場合じゃねぇんだ。悪く思うなよ……」

 

 青い顔で通路と吹き抜けを隔てる手すりにもたれ掛かり、周囲の喧騒に耳を傾ける真冬。彼女はデパート内のあちこちにムーンビーストの魔力を感じ取り、面倒くさそうに表情を歪めた。

 

「────。クソっ、全部は救えねえぞ……!」

 

 上の階、下の階、今いる階層の別の店内。あちこちに喚び出されたムーンビーストが、嬉々として人間を拷問している。

 辺りから聞こえる無数の悲鳴に、ミシリと木製の手すりの縁を強く握り、疲労と魔力の消費で負荷が掛かった肉体のあちこちから響く悲鳴を無視して、近くのムーンビーストから順に処理を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「つまるところ、私は挑戦者(チャレンジャー)が好きなんだ。キミや、有栖川真冬のような人間は好ましいが……あいつらみたいなのはダメダメだ」

「その気持ちは理解できなくはありません、が。私はあなたが好ましくありません」

 

 魔力球と狐火を飛ばし、槍状に尖らせた尻尾を伸ばし、ムーンビーストを盾にする無貌の神に迫る白百合がそう言葉を交わしながら駆けている。

 器用にも後ろを見ずにバックステップで距離を取り続ける無貌の神は、何度目かの召喚により手元に喚び出したムーンビーストを鷲掴みにして白百合に投げると、続けて槍を作り出して移動方向を反転。

 

「つれないなあ」

「っ!」

 

 高速回転する魔力球と爆発する狐火で退かしたムーンビーストの影になっている視覚から、シュッと鋭く槍が突き出され、急ブレーキを掛けながら逸らした顔を掠めて頬に一筋の傷を作る。

 

「そぉ〜うら、そらそら」

「っ、くっ……づぁっ!?」

 

 突き出し、払い、薙いでから振り下ろす。更には穂先で引っ掛けた通路の消火器を弾くように飛ばし、白百合が避けた先には蹴りが飛んでくる。

 九つある尻尾のうち二本で受け止め、下がりながら残りの尻尾でクッションを作り体を支え、緩やかに後退して床に足を置くと、白百合は苦々しく無貌の神を見据えて口を開いた。

 

「そうまで戦いを挑む人間が好ましいのであれば、与一さんに協力してあげればよかったではありませんか。どうして連盟組織に従っているのです」

「ああー、それはね、単純に『ここ』にペースメーカーみたいに爆弾がくっついてるから。逆らうと爆発するようになってんの」

 

 トントン、と片手で心臓付近の胸を叩いて笑う無貌の神は、それから一転。

 握っている槍を別の柱に固定されている消火器へと投擲し、突き刺さった消火器からは、消火用の粉が噴出して白百合の視界を一瞬遮る。

 

「小賢しい真似を……!」

 

 白百合が尻尾で風を起こし、粉を散らす──が。不意に、ぐじゅりと、異物が腹に深々とめり込む。

 

「でも、意外とこ(・)れ(・)が効く」

「────、──っ、ごぼっ」

 

 視線を下ろせば、そこには無貌の神が握る紅い槍。腹に突き刺さった槍が、倒れた白百合を更に深く貫き、床に縫い留める。

 

「ぐっ、が、ぁあ゛ぁ゛……っ!!?」

「そこに居ろ。あとは有栖川真冬だ……が」

「──よう、クソったれ」

 

 腹から発せられる強烈な痛みと焼きごてを押し付けられたような熱さに、白百合の視界がチカチカと明滅する。それを見下ろしていた無貌の神が振り返れば、そこには、目や鼻から血を垂らしている真冬の姿があり、その見た目通りに、体が発する生命力は弱々しいロウソクのように揺らめいていた。

 

「死にかけだなあ、私が小突くまでもなさそうだ」

「ちょいと迷惑客にお灸を据えてたからな、今どきのクレーマーは暴力的でいけねえ」

 

 ぜえはあと荒い呼吸をしている真冬。けれども、血涙を垂らすその瞳からは意志が消えていない。

 ──無貌の神は嗤う。なぜなら、挑戦者の強い意志が好きだから。しかし、もう真冬には打(・)つ(・)手(・)が無いとも分かっているからこそ。背後で槍を無理やり引き抜いて立ち上がる白百合を尻目に、右手をだらりと下げて真冬を見やる。

 

「キミたちはよくやった。『個』として特別強い(イカれてる)わけではないにも関わらず、私の想定をやや上回る程度には頑張った。──だから、もう終わらせてあげよう。これも招来による契約の範疇なもんでね」

 

 そう言って、無貌の神は真冬に向かって駆け出す。十数分前に真冬に行った【萎縮】の魔術を、今度は胴体に当てる。それで終わり。

 振り被る右手──をフェイクに、本命は左手。もう自(・)身(・)の(・)手(・)を(・)叩き合わせる事で行う空間置換が行えない、瀕死の真冬に、避ける手段は無い。

 

 油断は無く、慢心も無い。100人中100人が無貌の神の勝ちを確信する状況で、唯一そんな彼女が犯したミスが、致命打となっていた。

 

「終わりだ、有栖川真冬……!」

「ああ。……て(・)め(・)ぇ(・)の(・)負(・)け(・)だぜ」

 

 振り被った右手に意識が向く真冬。無貌の神のその右手は下げられ、直前で左手が跳ね上がり、真冬の胸元に当たる────直前。

 

 

 

 ──パン! という乾いた音。

 

 

 

「──ちょうどいい所に、叩きがいのある手があるじゃねえか。なあ、無貌の神」

「…………。ああ……なるほど……」

 

 真冬の声が、背後から届く。真冬が立っていた位置には、白百合が立っている。

 無貌の神の胸には、薄く伸ばし鋭く尖らせた尻尾が纏われた白百合の貫手がめり込み、指先が背中から見えている。

 

 手(・)を(・)叩(・)く(・)事で行われる空間置換(いれかわり)。

 ──ただ、それが、真冬の両手でなければならない理由は無い、というだけの話だった。

 

「……ごぼっ。……はははは、フェイクに使った右手を逆に使われるとは……ね」

 

 ずぼっ、と引き抜かれた手という支えを失い、無貌の神は背中から仰向けに床に倒れる。

 血まみれの右手を振るっている白百合を見上げた無貌の神は──彼女の腹が焼(・)け(・)て(・)い(・)る(・)ことに気が付き、引き気味にクツクツと笑い声を漏らした。

 

「あの一瞬で、私にバレないように、う(・)め(・)き(・)声(・)す(・)ら(・)出(・)さ(・)ず(・)に傷口を焼き焦がしたのか。恐ろしいやつだ」

「……死ぬほど痛かったし、気を抜いたらそのまま気絶しそうですけれどね」

「…………。ははははは。やれやれ、完敗だ」

 

 胸に空いた穴からボタボタと血を流しながら、無貌の神はおもむろに起き上がると、手すりに背中を預けるように座り直してから真冬を見た。

 

「真冬」

「あ?」

「ご褒美をあげよう。最期に話をしてあげなさい」

「……は??」

 

 そう言うと、これまでで見たことがないほどの、そして見たことのある穏やかな笑みを浮かべて、無貌の神はその紅い瞳を黒色に変えて一瞬、カクンと頭を下げて──改めて持ち上げる。

 

「……づ、いっ、つつつ……」

「────。まさ、か」

「……ごめんなさいね、二人とも、お互いに穴空けたり空けられたりしちゃって……」

「…………悠花さん?」

「……ええ、久しぶりね。真冬ちゃん」

 

 顔を上げたそこに居たのは、間違いなく与一の母親。かつて息子を遺して夫と共に死亡した、桐山悠花その人だと、真冬は確信していた。

 

「どういう、ことだ……!?」

「無貌の神様はね、招来されてすぐに、クローンとして複製された私の体を乗っ取った瞬間に全てを察して、不思議と同情でもしたのか、面白半分なのか……私の人格を消さなかったのよ」

 

 心臓を失い、死にゆく体で、ヒュウヒュウと空気が漏れるような呼吸をしながら、無貌の神──否、悠花は真冬と白百合を見上げる。

 

「与一は、元気にしてる?」

「…………うん。元気すぎて、いま、外で世界を救うために外宇宙の神の魔力と戦ってる」

「あら、まあ。……意外と、私と龍一さんが居なくても大丈夫そうで、安心したわ」

「……そうでもないよ。きっと、生きてたらもっと楽しそうな顔してると思う」

「そう? ……そうだと、いいなあ」

 

 真冬よりも青白い顔になっていく悠花は、真冬と白百合を交互に見て、ふっと笑みを浮かべる。

 

「あの子のこと、お願いね。与一は……優しくて……優しすぎて、余計なお節介までしちゃうだろうから、真冬ちゃんたちみたいな人に、手綱を握っててもらわないと、どこかに行っちゃうから」

「うん。……うん、わかってる」

「お任せください、お母様。私たちは、これまでもこれからも、与一さんの味方ですから」

「────。ああ、そっか……よかった…………」

 

 その言葉を最後に、悠花はまぶたを閉じる。足先から、指先からボロボロと姿を崩していき、やがて全身が、灰のように崩壊して──消えていった。

 

 

 

 残された二人は、示し合わせたように互いの顔を見て、コクリと頷き──ヨロヨロとふらつきながらエスカレーターに向かい、デパートから出るために下っていく。

 

「……与一んとこに行くぞ。あんなわけわからん神との戦いに混じって何が出来るかはわかんねぇけど、横から何かを一発かますくらいは出来んだろ」

「ですねぇ。……それにしても、あの流れで私に槍を突き刺しながら内(・)臓(・)は(・)避(・)け(・)て(・)い(・)た(・)辺り、なんだか無貌の神の手のひらで踊らされている気がしますが」

「実際、そうなんだろ。あいつ自身、爆弾付きの人間の体で働かされててイラついてた可能性はある」

「やれやれ、死傷者の出る試練をこの現代社会で我々に押し付けるのはやめてほしいのですがね……」

「まったくだな」

 

 うっかり意識を手放さないようにと、他愛のない会話で思考を繋ぎ止める二人。

 そんな真冬と白百合は、瀕死の体を引きずって、最終決戦の場へと足を運ぶのだった。

 

 ──最後まで、最期まで、出来ることを探し、戦い続ける。それこそが長年、無貌の神が愛し期待してきた人類の姿であるのだと、無自覚に証明していることには、ついぞ気づかないままに。

 

 

 

 

 

『続』




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