与一たちと大学で別れた丞久一行は、大人数で乗れる車で、綿貫十兵衛──連盟組織トップの殺害をするために春夏秋冬円花の案内で目的地へと向かっていた。その道中、丞久は後部座席の更に後ろの収納スペースに向けて声をかける。
「そろそろ出てきたらどうだァ」
「え?」
「は?」
後部座席で間を空けて楠木葉子と共に座っている夏木太陽が、すっとんきょうな声を上げる。遅れて後ろを見ると、そこには──見覚えのある金髪の少女が気まずそうに隠れていた。
「…………。…………。下谷!?!?」
「あなた、いつからそこに!?」
「……ッスゥーー、ドモッスゥーー」
汗を垂らして視線を逸らし、下手くそな口笛をひゅーひゅーと口から漏らす少女──下谷真殊。
彼女は運転中の車の中で、一番後ろのスペースから後部座席へとのそのそと這い出てくる。
「それで、どうしてあなたがここに?」
葉子がシートベルトを付けさせながら問いかけると、流れで真ん中に座らされた真殊は横の太陽に視線だけを向けながら言う。
「あたしの力は役に立つだろうなぁ〜と思ったんで、つい?」
「……本音のところは?」
運転しながらバックミラーで後ろを見る丞久にそう聞かれて、気まずそうな顔から一転して膨れた顔で不満を漏らし始めた。
「だってぇ! 光冷は与一さんと一緒に行ったのにあたしだけ留守番はズルくないすかぁ!?」
「そりゃお前、あの島への案内役は二人も要らねえからな」
「やだやだやだ! あたしも戦いたいもぉん! 【呪言】で敵をぶっ飛ばすんだもぉん!」
「ワガママを言う分にはまだ年相応なのに内容が邪悪すぎる……」
シートベルトをつけられながらジタバタと暴れてる真殊の発言に葉子がドン引きするなか、真殊を挟んで葉子と反対に座る太陽がため息をつきながら言う。
「あのなあ、俺たちは遊びに行くんじゃねえんだ。……これから敵を殺しに行くんだぞ?」
「……? いやまあ分かってますけど」
「────。なにぃ?」
「出来るか出来ないかで言えば、あたし、
「な、ん……」
あっけらかんとした態度で、キョトンとした顔で。真殊は、不思議そうに太陽に言葉を返す。
「ン〜なんつーか、太陽さん的にはあたしとか光冷にはフツーの生活してて欲しいんでしょうけど、与一さんに頼らざるを得ないレベルの異常事態に巻き込まれた異能者って時点でもうカタギには戻れんのよね」
「…………そういうもんか。まあそうか、こういう事情に関しては俺も人のこと言えねえわな」
「よくよく考えたら、私たちって丞久さんと違って巻き込まれて魔術師をやってるんでしたね……」
「いや私も巻き込まれた側なんだけどな??」
太陽に続く葉子の言葉に、運転しながらの丞久が苦笑しながら言う。
「生まれから育ちまで生粋の魔術師なのはこの中じゃこのアホだけだ」
「……誰がアホよ」
「娘の体をスペアにするつもりだったアホがアホじゃなかったらなんなんだよ。バカか?」
「…………」
助手席に座る
「んで、あの解体予定の廃ビルでいいんだな?」
「ええ。十兵衛はあそこに居るわ」
街外れにある、解体予定のオフィスビル。無機質なコンクリート肌の建物の近くに停車すると、丞久たちは車から降りて中へと進入する。
「……この期に及んで連盟組織トップの能力をいまいち把握してないのが痛いな、記憶操作しか使えないやつがこんなとこでお前を間違えるわけねえんだからもう一癖くらいあるんだろうが……」
「さあ、ね。私もあいつに記憶をイジられてるみたいだからわからないわ。ああでも、記憶操作の対策が1個だけあるのよ」
「おい春夏秋冬。私はてめーに『先に言え』って何回言う羽目になるんだ?」
「仕方ないでしょ、聞かれてないことを話すのは得意でも好きでもないんだから」
「人間社会を生きるのに向いてなさすぎだろ。お前より娘の方がまだ社交性あるぞ」
剥き出しのコンクリートで空気が冷えるような感覚を覚える中で、階段を上がっていく途中。思い出したように春夏秋冬は言う。
「十兵衛は短期間のみの瞬間的な記憶操作を行えるのよ。つまり、このあと戦闘中に
「それ、なんか対処法あんのぉ?」
後ろをついてきながら階段を上がる真殊の問いに、春夏秋冬は更に続けた。
「瞬間的な記憶操作の方は、言うなれば暗闇で突然フラッシュを焚かれたようなもので、やがて視界が慣れるのと同じように少し待てば元に戻るわ。ただ、その『少し待てば』の部分で殺されるかもしれない」
「んー、で?」
「簡単な話よ。突然記憶に隙間が出来たその瞬間、今ここにいる私たち以外の『誰か』をとにかく最短最速でぶっ飛ばせばいいの。もしかしたらそいつが、偶然にも十兵衛なのかもしれないでしょう?」
「……脳筋すぎねぇ〜??」
呆れた声色の真殊には何も返さずに、春夏秋冬はそれだけ言って丞久と並んで先頭で階段を上がっていく。十階建てのビルの四階まで上がった辺りで、ふと、丞久たちは通路から届く魔力に反応する。
「居やがるな」
「いつでも武器を抜けるようにしておきなさい」
春夏秋冬が先頭を歩き、そのすぐ後ろを丞久、さらに後方に太陽と葉子と真殊が並んで通路を歩いていく。すると眼前に、本来は窓ガラスがはめ込まれていたのであろう部分から外を眺めている老人がいた。
見た目は50代ほどのスーツの中高年だが、足腰の体幹がしっかりとしている立ち振る舞いからして、かなり
「──来たか。余計な奴が何人か居るみたいだが、まあいい」
気配に気づいて、男は言葉のあとにゆったりと顔を動かして丞久たちを見据える。
「十兵衛。私から『卵』を奪って何がしたいの。アレは春夏秋冬円花の体という器でないと抑え込めておけないのよ」
「顔を合わせるなりそれか。……アレは使うわけではない。現代における核兵器と同じだ、アザトースの魔力を固めて作った『卵』は、ただそこにあるだけで、十分な威嚇になるからな」
「……何が言いたいわけ?」
訝しむ顔をする春夏秋冬に、中高年の男──綿貫十兵衛は狂気的なまでに、いっそ清々しいまでに純粋で清らかな瞳を向けながら言った。
「俺はこれから──この国を、全ての魔術師や邪神や怪物を押さえ込む抑止力にする。昔から俺の目的は変わらない。日本の恒久的平和……ただそれだけだ」
「その過程で何人死ぬと思ってんだお前コラ」
「些末な犠牲だ。仮にこの件で一万人が死んだとしても、俺と『卵』の力で平和を築けば、その後の百年で倍以上の人間が増える。問題あるまい」
「仮に犠牲側に私らや私らの知り合いが入ってるなら、それは止める理由になるだろうが、バカ野郎」
淡々と語る十兵衛に、丞久もまたあっけらかんと言葉を返す。
「とりあえず『卵』は与一が孵化させに行ってる。あとはてめーをぶち殺してハッピーエンドだ」
「与一……? ああ、桐山与一か。お前の──明暗丞久のお気に入りだな。……そうか、なるほどな」
丞久の言葉に、十兵衛は何かを察したように小さく頷くと、そういえばと春夏秋冬に問いかける。
「時に、円花。お前は……桐山龍一と桐山悠花を殺害する計画を立てた当事者が自分である話は、もうそいつらにしているのか?」
「…………」
「────。あ゛ァ?」
刹那、空間がギシリと軋むような威圧感が丞久から放たれる。彼女を中心に辺りのコンクリートに僅かなヒビ割れが出来るなか、十兵衛の言葉を聞いてその後ろで葉子が困惑気味に口を開く。
「与一くんのご両親が死んだのは……旅行先で無貌の神信奉者の魔術師に襲われたからだったはずでは」
「そいつを雇って差し向けたのが、当時娘を作ったばかりの頃の円花だ」
葉子の問いに、十兵衛はさらりと返す。彼女の反応を見て、十兵衛は、春夏秋冬がその事実を伝えていないことを暗に理解して視線を向ける。
「……言ってないのか? この話はお前がするべき話だったというのは俺でもわかるもんだがな」
「…………。『卵』の対処とあなたを殺す作戦のなかで、
「いや嘘やん……」
「こいつ、マジか」
キョトンとした声色で、春夏秋冬は必然性を問う。その光景を前にして、後ろで真殊と太陽がドン引きする直後、誰の耳にも聞こえるような──ぶちりという、堪忍袋の緒が切れる音が響いた気がした。
「……おい、丞久、待て」
「──太陽、上の階に向かってくれ。十兵衛の相手はお前らに任せる」
「丞久、丞久……丞久! よせ、堪えろ!」
ゆらり、と。丞久の体の表面から湯気のように魔力が揺らぐ。その両手には漆黒の魔力で形作られたスレッジハンマーが握られ、異常を察知して振り返った春夏秋冬を眼前に捉えて極めて冷たく言い放つ。
「──クソ円花、ぶっ殺してやるよ」
「【
春夏秋冬が即座に生成した分厚い氷の壁────を、飴細工のようにハンマーで殴り砕いて、丞久は春夏秋冬がガードに使った腕の上から全力で振り抜き、真横の部屋に殴り飛ばす。
「がっ──!?」
コンクリートを砕いて殺風景な部屋の中に叩き込まれた春夏秋冬を追って、据わった冷徹な眼光の丞久が中へと向かう。
それを見届けてから、十兵衛はゆっくりと太陽たちを見て僅かに呆れたような顔で言った。
「報告連絡相談がなってないからああなる。……さて、こうなったら仕方ない。……20秒だけ待ってやる、可能な限り上の階に向かえ。このあと俺が追いついたらそこで戦闘開始だ」
パンパンと手を叩いて行動を促す十兵衛は、それから部屋の中でハンマーを振り回し続けている丞久と、殴り潰されまいと回避し続ける春夏秋冬を眺めており、ハッとして太陽が声を荒らげる。
「とにかく行くぞ、今は俺らでどうにかするしかねえ! 走れ!」
「メインアタッカーが的確に潰されてんの最悪すぎるんすけど!?」
「今は……二人が冷静になるのを待つしかないですよ、行きましょう!」
慌てて踵を返す三人が、階段に向かって背中を向ける。それを一瞥してから、十兵衛は頭の中でゆっくりとカウントしながら丞久たちを見やる。
──なぜなら、この一連の動きが
カウントしながらも、丞久と春夏秋冬を注視する十兵衛。──少なくとも、演技には感じない。春夏秋冬からは事前に打ち合わせをしてあった様子は無いし、丞久の殺意は間違いなく本物。
「──20秒。行くか」
きっちりと秒数を数え終えて、十兵衛は、太陽たちを追うために──その場から一瞬で姿を消す。
一瞬前まで立っていた所には、コンクリートに深々と出来た足跡だけが残されていた。
──十兵衛が太陽たちを追った直後、ハンマーを春夏秋冬の頭に叩きつけるスレスレでビタッと動きを止めた丞久が、得物を魔力に霧散させる。
「作戦成功ぉ〜。これで十兵衛の目から私を外せたな、このまま私は与一に協力しに行くぜ」
「……明らかに私のこと殺すつもりだったじゃない」
「そりゃあ、な。ほんの5秒前までは、マジでてめぇの頭を潰したトマトにするつもりだったわ」
「え」
額に浮かべた青筋が破裂しそうになりながら、一度深く呼吸を挟んだ丞久は言う。
「てめぇが与一の人生をめちゃくちゃにぶち壊した張本人だった事については、絶対に許すつもりは無ぇよ。でもな、今は春夏秋冬の罪の是非を問う場合じゃねえんだ。私は大人だからな、そういう激しい怒りは一旦横に置いておけるんだよ」
「破裂寸前の風船みたいに魔力を膨らませておきながらよく言うわね」
「第2ラウンドがご所望か? てめぇおい」
呆れと怒りを混ぜた顔でため息をつく丞久は、【
「……与一はお前のことを恨みはしねえ。最後には許しちまうだろうよ。……だから、私みたいなのが怒るしかねえんだ。てめぇも曲がりなりにも人の親なら、いい加減てめぇの子供と話をして決着つけやがれ」
「────」
その言葉を最後に、丞久はビルの外へと飛び出し、強く羽ばたいて凄まじい速度で飛び去っていく。残された春夏秋冬は、一瞬考えるように止めていた足を動かして上に向かおうとして────
「あ、ら?」
ガクン、と。足から力が抜ける。──最初の丞久の一発。アレだけは、本気の全力の打撃だった。【
「……やれやれ、演技なら、最初から最後まで当てるフリに徹底してほしいものね……」
壁に背中を置くように座り、春夏秋冬はため息混じりに言葉を紡ぐ。
「まったく……少し、少しだけ休んだら……すぐにフォローに回らないと……」
うわ言を呟いて、春夏秋冬は、ぐったりと項垂れるように意識を失った。
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