丞久の目には、高速で右回転する鉛弾が3つ映る。的確に急所を狙ったそれが自分の体に迫ってくるのを確認して、彼女は指を差し出す。
そして、くるんと素早く左回転させると、その軌道に合わせて局所的な暴風が巻き起こる。
丞久が逆回転の暴風で速度が緩んだ弾丸を一瞬で掴み────手を広げた時には、完全に勢いを失った
「気は済んだか?」
「──ちっ」
秋山は舌打ちをしながら、渋々といった様子で拳銃をホルスターに戻す。
丞久なら銃弾程度は防げるし、避ければ後ろに庇っている『何か』に当たる。そう考えての行動すら無力化され、同じ事をしても同じ結果になると悟ってひとまず大人しくすることにした。
「それで、君はさっきから誰を庇っているんだい?
「あ? ……お前どさくさでステルス使うなよ」
竹田の問いに振り返った丞久は、何時の間にやら姿を消していたミ=ゴの頭であろう位置を勘で叩く。衝撃で透明化が解除されたのか、スパークの後に姿を現した怪物の姿を見て、秋山の背後から覗いていた竹田の顔が硬直する。
【イキナリ発砲スルトハ……人間トハナンテ野蛮ナ生キ物ナノダヨ】
「人間じゃなくてこいつの頭がアレなだけだ」
「……これは……ミ=ゴ、だったかな」
【ソウダ】
興味深そうな面持ちで、竹田がミ=ゴをしげしげと眺める。反射的に納めた拳銃を再び取り出しそうになった秋山は、警戒心を解かないまま本題に切り込むべく口を開いた。
「で、俺たち観光客組に何を話すつもりなんだ。それは『ここでお前が何をしているのか』という問いに対する返答でいいんだよな?」
【アアソウダ。トハ言ッテモ、別ニ世界征服ヲ目論ンデイルトイウワケデハナイ】
それとなく丞久の体を盾にしながらモニターやキーボードが置かれた方に向かうと、ミ=ゴは鉤爪で器用にカチカチと押して画面を点ける。
そこに表示されていたのは、幾つかの文字列と村のマップ。そして三人の知識で読み取れる文章の一つに、ミ=ゴの目的が書かれていた。
「……人工降雨装置?」
【アノ村ハ暫ク雨ガ降ラナイト困ッテイルラシクテナ。ダカラ、イザトイウトキノ為ニ人工降雨装置ヲ完成サセテオイタンダ】
「これ下手したら人類の歴史に多大な影響与えたりするんじゃないかい……?」
丞久の呟きに答えるミ=ゴの言葉に、竹田が口角をひくつかせながら言う。
その横でモニターのデータを見ていた秋山が、続けざまにミ=ゴに問いかけてきた。
「こんなことを話す為だけにわざわざ俺たちを集めたのか? 無駄すぎるだろ」
【彼女ニ話シテ、帰ッタ彼女ガ話シテ、キミラガ曲解ヤ誤解ヲシタラドウスルンダ。改メテ来テモラッテ二度モ三度モ話スノハ面倒ダロウ】
「それもそうか。……この人工降雨装置だが、雨はどのくらい降らせられる? 例えば記録的大雨のような規模のモノは生み出せるのか?」
【ソレトナク村ヲ滅ボソウトシテナイカ】
「してねーよ。……それで、出来るのか」
秋山の質問に、ミ=ゴは少しばかり考え込むそぶりを見せると、頭──に該当する位置の渦巻き状の何か──を横に振って声を発する。
【無理ダ。装置自体ガソモソモ山ニ不法投棄サレタジャンク品ヲ組ミ合ワセタモノダカラナ、精々小雨ヲ降ラセル程度シカ期待デキン】
「……なるほど。じゃあクトゥグアが仮に招来されてもどうにもならねえのか」
「
秋山の呟きに反応した竹田が口を開き、その問いに頷いてから更に返した。
「俺たちは村の中に居るであろう魔術師がクトゥグアを呼び出せるとは思っちゃいない。ずぶの素人にそんな事が出来てたまるかよ」
「むしろ、私たちが恐れているのは
丞久の言葉に小首を傾げる竹田に、秋山と丞久は顔を見合わせどこまで話すべきかを逡巡すると、仕方ないとばかりに小さくため息をつく。
「とある神格……ヤマンソって言ってな、そいつは────クトゥグア招来に失敗したときに使った魔法陣から出てくる敵性神格なんだよ」
「へえ。そんなのが居るんだねぇ」
「時間を掌握した種族なのに神格の一つも把握できてないってなんなんだお前は」
「イス人にも色々あるんだよ。私は日本食に興味が出てこの時代に居るだけだからね」
【ゾ、俗物……】
あっけらかんと言い放ち、さしものミ=ゴにすらドン引きされている竹田を余所に、丞久と秋山はどこか遠い目をして言葉を続ける。
「招来した奴の言うことを聞いてくれたりするクトゥグアと違って、ヤマンソはひたすらに人間に敵意を向ける類いの神格でなぁ」
「2~3年前にも私らの前に出てきたことがあったけど、あのとき何人死んだんだっけ」
「あーあーあー、その話はまたあとで聞くから。兎に角今は『どうやって儀式を潰すか』と『どうやって犯人を捕らえるか』だろう?」
パンパンと手を叩いて逸れた話題を戻す竹田だったが、丞久はさも当然かのように言う。
「そんなん深く考えなくても私がガーっと走って怪しい奴をボコボコにすれば終わるし……」
「──私は今、原始人ではなく現代人と会話を交わしている筈なのだけれどね」
「そいつは4年前に初めてあった頃からそんな感じだから諦めろ」
【急ニ文明ガ崩壊シテモ、ナンカ一人ダケ余裕デ生存シテソウ】
「ボロクソ言うじゃん」
──変に団結しやがって。と独りごちる丞久は、額に青筋を立てながら握り拳を作っていたが、ふと何かを感知して意識がそちらに向く。
チリチリと首筋を撫でる、いわゆる
「────。このタイミングでかよ」
「なんだ? ……信奉者が動いたのか」
「ああ。魔力の反応的に……山頂と村の二ヶ所だな、どうする?」
「よし、お前は山頂に行け。俺が村の方を見に行く。竹田はここで甲殻類と居ろ」
【甲殻類!?】
「それはいいのだけど、連絡手段はどうする。三人でグループ通話でも繋げておくかい?」
手早く指示を纏めた秋山に竹田が問う。すると、ミ=ゴがおもむろに低空飛行してパソコンを引っ張ってくると、画面に話題に出たグループ通話用のアプリを開きながら答えた。
【アプリナラ入レテアル。雨巳トチョクチョクビデオ通話シテイルカラナ】
「お前ら自由すぎるだろ。──そもそもお前とウワバミ村長ってどういう関係なんだ」
【コノ山ノ資源目当テデ訪レタ際ニ良クシテモラッテ、オ互イノ素性ヲ隠ス約束ヲシタンダ】
「へえ」
──意外と真っ当な理由だったな。と内心で独りごちる秋山は、それはそうと声を出す。
「……そんじゃあ、四人でグループ作って電話を繋げておくか。丞久!」
「はいよ。……これでいいかー?」
「おう、繋がってる」
「問題ないよ」
【右ニ同ジ…………ン?】
懐から取り出した携帯で竹田とミ=ゴのIDを登録して代表でグループに招き、通話状態にしてワイヤレスイヤホンを片耳に入れる丞久に、パソコンを操作していたミ=ゴが声をかける。
【……何故私ノ名前ガ『3号』ナンダ?】
「怪物の1号枠と2号枠はもう埋まってんのよ」
【ソッチノ都合ジャナイカ、タマゲタナア】
脳裏に白いカエルを思い浮かべながらそう言った丞久に、ミ=ゴは渋い顔をするのだが、その表情の変化を理解できる者は居なかった。
──出来る限りの駆け足で村に戻った秋山が見たのは、民家から離れた位置にある畑付近にある赤々とした魔法陣と、その中で倒れている男二人。そして、それらを遠巻きに野次馬している村人と、村長・和葉雨巳の姿だった。
「ウワバミ村長」
「和葉で──ああ、秋山殿」
「なにがあった、手短に頼む」
「それが……突然彼らが
「間違っちゃいねえが……ま、
事実ではあるために、和葉の言葉には罪悪感が混じっており声色が弱い。
周りに聞こえるように一文を強調しながらも、秋山はそんな和葉の前に出ると、腰のホルスターから拳銃を抜いて即座に発砲した。
「……駄目か」
突然の発砲音に小さい悲鳴がちらほらと聞こえてくるのを無視して、秋山は舌を打ちながら拳銃をホルスターに戻す。
眼前の魔法陣に向けて撃ち込んだ弾丸は、陣の外周に沿って展開された半透明の光る壁に阻まれて、運動エネルギーを失い地面に落ちた。
「儀式妨害対策の結界……手練れでもたまに使うの忘れてる魔術じゃねえか、珍しい」
「────秋山っ」
「うお」
と、そこに。不意に丞久が男女を担いだ状態で降ってきて、和葉と秋山の近くに二人を落とす。ドサドサと地面に転がる二人は気絶しているのか、その衝撃で目を覚ます事はなかった。
「丞久……ついに殺っちまったのか」
「馬ァ鹿。山頂付近の休憩所に魔法陣刻んでてその中で気絶してたのよ、たぶん自分の魔力も根こそぎ使っちゃってぶっ倒れたんじゃないの。ああ、魔法陣の方は破壊したから安心して」
山を上り魔法陣を破壊して人二人を抱えて村まで戻ってくるのが面倒だったのか、冷めた顔でそう言った丞久。秋山は視界の端で光の壁が接触を妨げる魔法陣を見てから口を開いた。
「……お前どうやって結界の中に入った?」
「あん? いや、入ったんじゃなくて近くの地面ごとひっくり返して陣と術式を乱しただけ」
「すっげぇ
「言われなくてもやるっての」
首の関節を鳴らしながら魔法陣に近づいて、丞久は地面に指をねじ込もうとして屈み────その直前で、ふと光の壁が消失した。
「お?」
誰も、何もしていないにも関わらず、独りでに
「────。秋山ッ!!」
「気絶してる奴を投げるな……うおお重い!?」
刹那、丞久は反射的に魔法陣の内側で倒れていた男二人の服を掴んで、後方に立っている秋山の方へと放り投げる。受け止められたかどうかの確認をする暇も無いまま、彼女は頭と耳を守るように腕で覆い、続けて周囲に別の光が溢れた。
「全員伏せ
ジリジリと強い直射日光を浴びているような不快な熱さがどんどん強まり、そしてそれが、周囲に浮いていた熱の塊たちが膨張するに従っての現象であると丞久が理解して口を開いた瞬間。
──秋山と和葉、その他村人たちの眼前で、丞久をターゲットとした爆発が連続で起き、閃光と衝撃が彼女の姿を包み込んだ。
「っ……!」
「た、丞久殿!?」
土埃が舞い、衝撃と熱気が散らばる。思わず顔を背けてしまう熱さと共に村の中の気温がむわりと上がり、異常事態に村人たちは悲鳴をあげることも逃げることもできない。
爆発の中心に居た丞久の姿は煙に紛れて見えず、けれども原形を留めてはいないだろうと誰もが予想するなか、少ししてそれも晴れ──
「──ああビックリしたァ!」
「た、丞久殿!?!?」
「まあ、あの程度じゃあなぁ」
件の丞久は、さも当然かのように無傷で立っていた。驚愕する和葉の横で分かっていたと言わんばかりに呆れた表情をする秋山は、合計四人の魔術師を近くの
「丞久! あと何回耐えられる?」
「この威力なら10回は余裕」
「死ぬ気で耐えろ、銃を取ってくる」
そう言って宿の方へと走っていった秋山を尻目に、丞久は体から漏れ出た漆黒の魔力を、自分の体を軸に周囲に循環させながら呟いた。
「……ったく、この状況になってようやく手ぇ貸す気になったのか? 寝坊助が」
「【うえee、耳Gaキンキンsuる……」】
「私はお前の声で頭がキンキンしてんだよ」
ゴンと額を小突く丞久の側頭部には、魔力が固まって何かしらの動物の角のようなモノが伸び、左目の瞳孔だけが長方形に変わる。
土壇場になってようやく【
「クトゥグアかと思ったら炎の精、ってのは……儀式に失敗してこうなったのか。はたまた──本人たちがクトゥグアを呼ぶつもりの儀式で出てきたのがこいつらだった、とかか?」
「【よーsuるNI?」】
「『この事態の黒幕は円花説』が補強されたな。このおちょくられてる感には覚えがある」
──
「竹田、3号! 状況は把握してるな?」
【ああ、この甲殻類くんが村にも監視カメラを仕掛けてくれていたお陰でね】
【甲殻類……。マアイイ、トイウカ、アノ爆発デヨク無事ダッタナ】
「なら話は早い、さっき言ってた人工降雨装置を起動しろ。そっちでも見えてるだろうけど召喚された炎の精の数が多すぎる」
【え? ──うわっなんだこれ!?】
カメラを熱感知に切り替えたのか、村の中に蔓延る炎の精の数を把握したらしい竹田のすっとんきょうな声が耳元で響く。
小さな核を中心に炎を纏う数十センチの塊が100を超える数も存在する現状、仮に丞久の魔力という誘蛾灯が無かったら、炎の精は散り散りに飛び回り、民家や森を焼いていることだろう。
【構ワナイガ、人工降雨装置デ雨ヲ降ラセルニモ時間ガ必要ダ。ソレマデ耐エラレルノカ?】
「あん? 問題ねえよ、なにせ────」
そこで言葉を区切る丞久の背後に、1匹の炎の精が近づく。
そして爆発せんと炎を膨張させようとした刹那、核に穴を開けて消滅し、一拍遅れて遥か遠くから、ターンという破裂音が炸裂した。
「
【もっと褒めてくれてもいいんだぜ? ──前に二歩、それから左に体を曲げろ】
「あいよ」
グループ通話越しの秋山の指示に従い、丞久が体を曲げると、一番近くに居た炎の精が破裂する。宿の方向に顔を向けて視力を強化し目視すると、民家の屋根で寝そべる秋山が、こちらに
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