とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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愛を込めて、春夏秋冬の花束を 2/4

 丞久の暴走を尻目に階段を駆け上がり十数秒。

 

 四階から七階に上がった辺りで、時間を確認して通路に出る太陽が、階段側を気にしながら葉子と真殊を前に行かせる。

 

「そろそろ20秒か……」

「……つーかそもそも、あのジイさんをあたしらで殺せってのもなぁ。絵面が虐待すぎん────」

「? どうした」

 

 太陽に振り返りながら口を開いた真殊の言葉が途切れる。疑問に思い振り返る葉子と、自身の後ろを確認した太陽は、三人が出てきた階段付近に男──十兵衛が立っているのを視界に収めた。

 

「…………来んの早くね?」

「20秒で三階程度か。遅いな」

 

 そう独りごちる十兵衛。太陽は、彼の脚にバチバチと魔力がスパークしているのを見て、反射的に両腕でガードの姿勢を取りながら叫ぶ。

 

「防御しろ! 来る────

 

 

 刹那、──ッッッドン!! という強烈な衝突音と共に、太陽と葉子、真殊の三人が通路の真ん中で突如として撥ね飛ばされる。

 

「おぶぇあい!?」

 

 肺から空気と共に絞り出されたような声が真殊の口から漏れ、太陽たちもまた、コンクリートの床や天井を跳ね回る十兵衛に順繰りに蹴り飛ばされ、かつてはオフィスだった空っぽの部屋に叩き込まれる。

 

「ぐおっ……!」

「い゛っ、つ……!」

「あででででで」

 

 硬い床にゴロゴロと転がされた三人が起き上がるのを待つように腕を組んで仁王立ちしている十兵衛は、退屈そうにため息をつく。

 

「お互い、人材不足を感じるな。『群』は有象無象だが『個』も我が強すぎて纏まりが悪い」

「……綿貫、十兵衛……」

「なんだ」

「お前、さっき、なんでわざわざ与一の両親の話をあのタイミングで言った?」

 

 膝に手をついて立ち上がる太陽が、怒気のこもった声で問いかける。その全身からは、強い感情に呼応するように、うっすらと炎のように【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】の黒い魔力が迸っていた。

 

「『卵』とお前の相手をするこのタイミングで、あんな話をする理由は無い。春夏秋冬の返答が酷かっただけで、思い返せば確かに必然性は無かった筈だ」

「……さて、無かったと言えば無かったが、あったと言えばあっただろう」

「なんだと?」

「円花──母親の方は、あの通りにデリカシーや配慮の精神がハナから頭の中に存在していない。たとえ重要な内容だろうと、聞かれない限りは答えない」

「……ああ、まあ、確かにな」

 

 大学での一幕も見ているからこそ、太陽はその言葉に納得感を抱いて苦笑する。

 

「なんだかんだと明暗丞久はよく働いているからな。大好きな桐山与一の真相を知らずに不完全燃焼のまま死ぬのも不公平だろう」

「勝つ前提なのムカつくな〜」

「言っておくがここに居る以上はお前も殺すぞ小娘。加減はせんからな」

「うげ、そこは侮っとけよ……」

 

 横から口を出してきた真殊にも、十兵衛は鋭い眼光を向けながら言葉を続ける。

 

「この場に学生の小娘が居る時点で、お前は普通の人間じゃあないだろうが。むしろ一番警戒すべき相手だろどう考えても」

「くそ〜このジジイ全然舐めプしてこねえ」

「それにさっきの速度……まさか【韋駄天】?」

「なんだ、知っているのか」

 

 不意に葉子が呟いた言葉を拾った十兵衛は、一拍置いて合点がいったように頷く。

 

「そうか、ヒカリが居たか。そうだったな」

 

 口の端を歪めるように小さく笑うと、十兵衛は両足に魔力をスパークさせながら言った。

 

「【韋駄天】は俺の固有能力である【電気信号操作】による神経伝達と反応速度の加速の副産物だ。それを術式化してヒカリに教えたのが俺だぜ。だがまあ、あいつはその記憶を俺に消されてるんだけどな」

 

 

 

 

 

 

 

「──で、なんか言う事あんだろ」

「……提案したのは私だけど、許可を出したのは十兵衛だから、私だけが悪いわけではない?」

「そうだけどそうじゃねえんだよバカ野郎」

 

 とある民家のリビング。その一角でテーブルを挟んで椅子に座る同じ顔の少女と女性──春夏秋冬円花と春夏秋冬円花。ややこしい母娘は、互いに顔を見合わせながら会話をしていた。

 

「なんでこんなことになってんだか。ボクの体を使うつもりで、でも使わなくて、今になって乗っ取って、ボク以上のノンデリ発言で丞久をキレさせて……何がしたかったんだよ、あんたは」

「…………。何がしたかったのでしょうね」

「……なんで、与一の両親を殺した」

 

 リビング──を模した、春夏秋冬円花の魂の内側。心の中とでも形容すべき精神世界で、円花は春夏秋冬に問うと、彼女はリビングから見える部屋にあるベ(・)ビ(・)ー(・)ベ(・)ッ(・)ド(・)に視線を移して言う。

 

「あの頃の私や十兵衛は、疲れていたのよ」

「……疲れていた?」

「人間の欲望、怪物の思惑、神の意思。戦いが終わらない。次から次へと厄介な事態が起きては、こちらが疲弊していくだけ。世界の恒久的平和──それを望んでいるのは間違いなく本心だった」

 

 春夏秋冬は円花に視線を戻すと続ける。

 

「桐山龍一は民間人側の在野の魔術師にしては強すぎた。そして、その感性も一般的で、まず間違いなく組織的な行動は出来ない人間。良くも悪くも自分を中心に置いて、手の届く範囲の友人知人を守る程度にしか自主的に戦わない……そういう人間だった」

「その辺は与一とは逆だな。──いや、そうなる切っ掛けの一つが両親の死、だったのか?」

「…………」

 

 机に肘をついてため息をつく円花の言葉に、春夏秋冬は黙り込む。

 

「で、厄介だから殺したのか」

「そうなるわね。……あの頃の私たちは、連盟組織側に呼び込めそうにない在野の魔術師は始末したほうがいい、という考えが強かった。だから私自身、彼らを殺すことは賛成側だったし、十兵衛も賛同した。そうして計画を実行し、夫婦を始末した──けど、誤算だったのは息子が生き残ったこと。……いえ、魔術師に覚醒して、雇った魔術師を殺せてしまったこと」

「そこで与一まで殺そうとすれば、魔術師を雇って民間人を殺害していたことが周りにバレるからか」

 

 円花の推察に、春夏秋冬は頷く。

 それから椅子の背もたれに預けるように体を逸らし、深くため息をついて続けた。

 

「それもあったけど……、…………。まあ、ね」

「あん?」

「……そのあと、私はこの家で、赤子の大きさに成長したあなたと暮らしていたのよ」

「ボクと?」

 

 春夏秋冬の視線に釣られて、円花もまたベビーベッドに置かれた部屋を見やる。

 

「私自身は子育てなんてしたことがないから、基本的には連盟組織のメンバーに世話をさせていたのだけど、そのときはたまたま誰も居なくて、でも……あなたは泣き始めた」

「そりゃ赤子なら泣くだろ」

 

 呆れ顔の円花にそう言われて、春夏秋冬もまた困ったように視線を斜め下に向けて言葉を返す。

 

「私はあやし方なんて知らなかったわ。とにかく最低限の知識でとりあえず抱き上げて、それからあなたは私を見上げて……笑(・)っ(・)た(・)の。私はあなたの笑顔を見て────不思議と、涙が溢れて止まらなかった」

「……ふうん」

「スペアのつもりで育てていたあなたは、生きている。そんな当たり前のことに、そして──自分のしたことの間違いに、その時ようやく気づいたわ」

「都合のいい奴だな」

「ふっ、まったくね」

 

 自虐気味に口角を歪めて笑い、春夏秋冬は言う。

 

「結局ね、私には人間らしい感覚や感性や感情といったものは無いの。そんなんだから、最後には連盟組織に敵だと認定されて、狙撃されて死んだ。……でも、あなたには『これから』がある」

「…………。なにを、するつもりだ」

「私は死人。娘の体をこのまま使うつもりは、無い。だからあなたに返すわ。押し付ける形になっちゃうけど、あとのことは任せていいかしら」

「……いや、まあ、そりゃ、願ったり叶ったりだけど……あんたはどうなるんだよ」

 

 模した部屋のテーブルに置かれた紅茶を一口飲んで、春夏秋冬は円花を見据える。

 

「あなたの魂の奥底に沈んだ意識は、二度は浮上しない。まあ……事実上の消滅ね」

「…………、なん、だよ。それ……」

 

 言うことは言い終えたとばかりに席を立つ春夏秋冬に続いて、円花が慌てて席を立つ。

 

「ふざけんな、勝手すぎるだろ!」

「ええ、そうね」

「別にいいだろ死人が傍に居たって、与一なんか何人悪霊やら神霊やらを連れてると思ってる!」

「アレはアレ、これはこれ。私は罪人で、もう死んでいる私にこれ以上の償いは出来ない。……私がもう二度と表に出てこないという罰こそが、かろうじて、あなたたちへの償いになりうるのよ」

 

 声を荒らげる円花に、春夏秋冬は淡々と返す。円花は困ったように眉をひそめて、口から漏れる吐息が胸の奥に渦巻く激情を必死に抑えていた。

 

「っ、っ〜〜〜、ぁ〜〜〜っ、そう、じゃ、ねえ…………っ、そうじゃ、ねえんだよ」

 

 思わずテーブルの脇に回って、円花が春夏秋冬の腕を掴む。ビックリした様子で目を丸くする春夏秋冬が円花を見下ろすと、彼女は言う。

 

「ボクも、与一も、親が傍に居てくれれば、それだけでよかったんだ。それ以上なんて望んじゃいなかったんだよ……!!」

「……そう。……ああ、やっぱりダメねぇ。私、そんなこともわからないんだもの。どうあがいても、親をやるのに向いてなかったみたい」

 

 その言葉を皮切りに、精神世界である二人の居場所が──かつて春夏秋冬と円花が暮らしていた家を模した世界が崩壊していく。

 

「だって、どうしてあのとき私の目から涙が出てきたのか、今でもわからないんだもの」

「……バカ野郎。ンなもん、単純に、命に対する愛情があんたの中にも存在したからだろ」

「────」

 

 あっけらかんとした返しに、キョトンと目を丸くしたままの春夏秋冬が驚いて。それから何かの納得をしたかのように、掴まれていない方の手を円花の頭にポンと置いて────

 

「なんだ、そんな簡単な話だったの。……ほら、ね。私って親をやるのに向いてない。……円花は、人を愛せる人になりなさい。私みたいになっちゃダメよ」

 

 ──そう言って、初めて、春夏秋冬は円花に柔らかく笑いかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──意識が浮上する。コンクリートの床に座っていた体をほぐすように、ゆっくりと立ち上がり、あちこちの関節をバキバキと鳴らすと、春夏秋冬円花は頬を伝う涙を拭った。

 

「……じゃあな、母さん」




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