とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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愛を込めて、春夏秋冬の花束を 3/4

「くっっっそウゼェこのジジイ! 【潰れろ】ォ!」

 

 喉のチョーカーを引き千切る勢いで外しながら、真殊が全力で【呪言】を撃つと、十兵衛は【韋駄天】による急加速で重圧の範囲から逃れつつ、一瞬で肉薄して彼女の脇腹を蹴り飛ばす。

 

「ごぶっ、っうぇ……!」

「っ、真殊ちゃん!」

 

 コンクリートの床を転がる真殊に心配の声を向けながら、葉子が【召喚(コール)】したトレンチガンから散弾を発砲。しかし、十兵衛の【韋駄天】は即座に周囲の光景を遅らせるほどに反応速度を引き上げ、空中で静止したようにスローで飛来する無数の粒を悠々と避けてから葉子の土手っ腹に前蹴りを叩き込む。

 

「がっ──!?」

「ふんっ──!」

 

 続けて漆黒の魔力を放出させて殴りかかる太陽のパンチも、十兵衛の速度域では児戯に等しい。

 右のフックを避けて2発、左のジャブ2発を避けて4発。1発を避けては倍を返す超高速の打撃が、軽々と放たれる速度にも関わらず、その重さはバイクにでも追突されたような威力をしている。

 

「ぐおっ、ご、がっ……!」

 

 ドンッドンッドンッ!! という鈍い打撃が何発も叩き込まれ、太陽の体を守るように無意識に展開している【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】の魔力がヒビ割れていく。

 

「ン、の、やろ……!」

「遅え。何もかもが遅え」

 

 続けて打つ疲労混じりの大振りの右を避けた十兵衛は、加速して後ろに回り込み、よろけた太陽に蹴りを叩き込んで壁に衝突させる。

 

「もうそろそろ抵抗をやめてもらえるか。俺も弱いものイジメをしたいわけじゃあねえ」

「……げほっ、その弱いものとやらをまだ殺せてないみたいですけどぉ〜〜〜??」

「そこが困りものだな。魔術師ってやつぁ、変なところで妙に頑丈だから困る」

 

 血の混ざったツバを足元に吐きながら煽るように言う真殊に、ため息をついて十兵衛は返す。

 

「面倒になってきたな。……一人ずつ順に頭を潰せば流石に死ぬか?」

「俺らのこと虫かなんかだと思ってねえか」

「…………。さて、先ずは誰だ?」

「せめて誤魔化せよ……!!」

 

 一瞬視線を斜めに上げた十兵衛は、仕切り直すように三人を見やる。

 

 

 ──【呪言】は避けられる、銃持ちは周りを気にしている、やはり一番厄介なのはこの男か。

 

 

 十兵衛は短く思考して、先ず太陽から潰そうと【韋駄天】を、厳密には後の世代用に術式化した【韋駄天】のベースとなった電気信号操作による加速を行おうとした──刹那。

 

「────、来やがったか」

「よぉ、楽しそうなことしてんじゃねえか」

 

 部屋の出入口──ドアすらない長方形の枠組みの外から、ゆらりと、左目を包帯で隠した全身が黒一色の服装の少女が現れる。十兵衛はその姿を見て、警戒心を強めながら問いかけた。

 

「円花、お前……どっちだ」

「あ? これから死ぬやつに言って何になんだよ」

「……娘の(めんどうな)方か」

 

 全身から冷気のような魔力が漏れ出ている円花が、その手に三節棍を【召喚(コール)】しながら部屋に入ると、そこでようやく分かる。彼女を中心に、凄まじい怒気と威圧感が放たれていることに。

 

「時代錯誤の老人には、今ここで短い老い先全部使い切ってもらうとするかぁ?」

 

 握る三節棍からミシミシと音が鳴り、周囲の空間からも軋むような音が響く。そのままカツカツと歩み寄る円花に対し、十兵衛は即座に加速し、背後に回って延髄に全力の手刀を叩き込む。

 

「…………!!」

「──ふんっ!」

 

 首を叩く手刀。けれども十兵衛の手は、皮膚の表面に形成された厚さ数センチの氷に阻まれ、返す刀で振り抜かれる三節棍の先端が、咄嗟に下がった十兵衛の服をかすめる。

 

「こいつ……」

「速すぎて見えなかろうが、事前に急所を重点的に守っておけば初撃は凌げる。……にしても不思議だな、なんでお前は加(・)速(・)し(・)続(・)け(・)な(・)い(・)?」

「──さて、な」

「どうせ元々の持続力が無いか、加齢による肉体スペックの低下だろ。どちらにせよ……ボクが来るまでにコイツラを殺せていない時点で撤退を視野に入れておくべきだったなぁ?」

「ふん。……逃げてどうなる」

「死なずに済む」

 

 さらりと言葉を返す円花に、十兵衛は苦笑する。

 

「それが出来れば苦労はしてねえ」

「気持ちはわかる」

 

 互いに口角を歪め──再度激突。即座に周囲に足元から氷柱を形成した円花が加速による高速移動のコースを絞り、三節棍を振って、当(・)た(・)る(・)場(・)所(・)に速度の乗った先端を置(・)く(・)。

 

「っ、チッ」

 

 腕で逸らすようにガードしながら、十兵衛が円花を氷柱を蹴り砕く流れでそのまま蹴り飛ばす。しかし勢いが削がれた蹴りは、わざと後方に跳んだ円花の体をふわりと浮かせるように下がらせるだけ。

 

 着地した円花は、ボロボロの太陽たちを見て面倒くさそうに口を開いた。

 

「おい、ボクだけにやらせる気か? 囮くらいやれるだろ、立って動け」

「スパルタだな……丞久2号って感じだ」

「それほぼ侮辱罪だぞ」

 

 太陽の言葉に心底嫌そうな顔で言うと、円花は真殊に視線を向けて小さく指示を出す。

 

「〜〜〜〜、〜〜〜〜」

「……なるほどね。乗った」

「よし。……やるぞ」

 

 首の骨をゴキゴキと鳴らして、円花は三節棍を握り直す。それから太陽も並ぶように前に出て、葉子もまた横に動きながらトレンチガンを構える。

 

「──最終ラウンドだ、行くぞクソジジイ」

「来やがれ、ガキども────」

 

 殺意のみを鋭く尖らせた円花の言葉にそう返した十兵衛は、バチリと魔力をスパークさせて加速し──ズドン! と勢いよく突きだした蹴りを、真(・)殊(・)の(・)胴(・)体(・)に(・)突き刺すようにめり込ませる。

 

「………………げ、ぶっ」

「なっ……下谷!」

「【呪言】使いは真っ先に潰すに限る。面と向かってヨーイドンでこいつを野放しにするわけねえだろ」

「真殊ちゃ――がぁっ!?」

 

 喀血して膝をつく真殊を余所に、十兵衛は続けて速度をさらに上げるように加速を重ね、咄嗟にトレンチガンを縦に構えて銃身でガードした葉子の防御の上から蹴りを叩き込み壁際に吹き飛ばす。

 真殊と葉子が倒れるよりも速く、太陽と円花に接近し全身の輪郭がブレて捉えられないほどの速度でそれぞれを殴り、蹴り、重い打撃を加えていく。

 

【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】の硬質化魔力と【凍れる灰色(アフーム=ザー)】の氷による防御は、先に倒れていく二人よりも長く彼らを立たせるが、それはすなわちサンドバッグで居させる時間を長引かせているにすぎない。

 

「確かに俺ぁもう歳だ。体はガタガタで、能力の長時間使用は負荷が掛かりすぎる……が、今ここで無茶を通してでもお前らは殺し切るべきと判断した」

「づっ、ぐ、ぉ……!」

「舐めんじゃ……ねえ!」

 

 防御しながら体の位置を太陽の陰に滑り込ませ、一瞬止んだ攻撃の嵐の隙間から、円花は冷気を撒き散らすように【凍れる灰色(アフーム=ザー)】の魔力を周囲に放って無理やりにでも十兵衛の動きを止める。

 

「────」

 

 数秒とはいえ猛吹雪のような冷気が部屋を満たし、思わずといったように十兵衛も動きを止めざるを得なくなり、一瞬の静寂が訪れる。

 その隙に太陽は倒れた葉子を拾うために部屋の脇に駆け出し、円花は口から血を吐いて床に倒れている真殊の顔を一瞥する。

 ──バチっと目が合い、そして、真殊の瞳から意志が消えていないことを確認し。彼女が息を吸う動きを見て、十兵衛に向き直り、三節棍を掴んでいない方の手を向けて──ちょいちょいと手招きした。

 

「……この、ガキが」

 

 室内の戦闘の最終局面。十兵衛はその挑発に──乗(・)る(・)。乗ってしまう。真正面から実力で叩き潰す方向にシフトしつつある思考を止める者はおらず、そして、トドメとばかりに強く踏み込んだ足で全力の加速を行おうとした────そのとき。

 

 

「跳べッ!!」「──【沈め】」

 

 

 不意に、円花の声に、血反吐を吐きながら唱えた真殊の【呪言】が重なる。

 

 円花と、葉子を抱えた太陽が床から離れるように跳躍した直後、踏み込んだ十兵衛の足が、沼にハマったようにずぶりと緩んだコンクリートに沈み込む。

 

「────!!」

「【固まれ】!!」

 

 即座に二手目の【呪言】が、床に倒れたままの真殊の口から放たれ、それはコンクリートに伝わり、液状化しかけたコンクリートが再度固まり──果たして十兵衛の両足を封じ込める。

 

「死にやがれ……ッ!!」

「……仕方ねえ」

 

 動けない十兵衛を前に、好機とみて円花が三節棍を全力で振り抜こうと接近しながら体をひねる。加速の解除に足の拘束。──避けられない。そう判断した十兵衛は、両手に溜めた魔力を電気信号に変換しながら、強く手を叩いて拡散させる。

 

「……! ……、…………?」

 

 それからピタリと、円花たちの動きが止まる。振り抜こうとした三節棍から勢いが途切れ、先端の棒がぶらんと宙に揺れる。

 

 数秒、たった数秒だけ。円花も、太陽も葉子も真殊も、ここ数分の出来事が頭から抜け落ちる。

 

 

 

 

 

 ──ここがどこで、自分が誰で、なにをしていたかを、一瞬だけ全て忘れる。

 

 十兵衛の記憶処理能力が土壇場で牙を剥き、それから一拍置いて、無理やり引き抜いた足で改めて加速した彼の蹴りが──全員の体を一度に打ち抜いた。




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