とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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愛を込めて、春夏秋冬の花束を 4/4

【韋駄天】

 それは、綿貫十兵衛の固有能力【電気信号操作】による、神経伝達速度向上に伴う反応速度と肉体の運動速度の加速を行う技を術式化した魔術。

 本来の肉体強度と反応速度が一定の基準を超えていないとまともに使えないからと、結局のところ扱えていたのはヒカリのみ。

 その後、ヒカリからさらに与一へと【韋駄天】として加速魔術が伝わっていたが。

 

 ──本来であれば、この力は、十兵衛だけを世界から切り離すような力だったのだ。

 

「っふゥ──────っ……!!」

 

 十兵衛は足を無理やり床から引き剥がした際に付いたままのコンクリートを武器代わりに、真殊と葉子、太陽、円花を、自分以外の全ての速度が遅延した世界で縦横無尽に跳ね回りながら蹴り飛ばす。

 

 その都度、十兵衛の体は強烈な疲労感に襲われる。それもそうだろう、全身の加速とそれに対応するための脳の加速とは、すなわち深い水の中で全力疾走させられているようなもの。

 魔術ではない、ある種の身体能力の延長である【電気信号操作】による加速は、脳(・)が(・)息(・)切(・)れ(・)す(・)る(・)のだ。

 

「さっ、さと、くたばりやがれ……ッ」

 

 瞬間的な記憶操作により、何が起きているかも理解できないまま、バイクに追突されるような衝撃を叩き込まれ続ける四人。恐らく一番厄介であろう【呪言】使いである真殊に狙いを向けて、脳が限界を迎えつつある十兵衛が、加速に加速を重ねて鋭い蹴りを放とうと跳躍した────瞬間。

 

「────」

 

 不意に、ギョロリと。全てが遅い筈の世界で、円花の右目が、十兵衛を捉えた。

 

「な、ん」

 

 続けざまに掴まれた足が、一瞬のうちにバキバキと凍(・)結(・)していき、集中力が途切れて加速が終了すると同時に────コンクリートの床に、十兵衛の体が背中から叩き潰す勢いで投げつけられる。

 

「ごぁっ……ッ!?」

 

 叩きつけられた勢いで凍結していた両足の膝から下が砕け、体のあちこちからメキメキと骨が折れる嫌な音が響き、十兵衛は胃から逆流するように吐血して致命傷を悟って深く息を吐いた。

 

「ぐぶっ……ごほっ」

「好き放題に蹴り飛ばしてくれやがって……だが、【凍れる灰色(アフーム=ザー)】で微(・)妙(・)に(・)下げられた部屋の温度がてめーの脳と体の限界を想定より早く迎えさせていたことには気付かなかったみたいだな」

「……なぜ、俺が敵だとわかった……? あの一瞬で俺が消した記憶は、お前らが俺の顔を見たことがある部分だった筈だ……」

「────。ふん、だ(・)か(・)ら(・)だろ」

 

 円花は十兵衛を見下ろして続ける。

 

「ボクらは綿(・)貫(・)十(・)兵(・)衛(・)を(・)殺(・)し(・)に(・)来(・)た(・)んだぞ? さっきの一瞬でボクら全員の記憶がふっ飛んでお前のことが分からなかったとしても、こ(・)こ(・)に(・)来(・)た(・)理(・)由(・)と(・)目(・)的(・)自体を忘れたわけじゃない。じゃあ……誰だか分からないお前こそが恐(・)ら(・)く(・)十(・)兵(・)衛(・)なんだろうが。とりあえずぶん殴ってから真偽を確かめればいいだけだ」

「…………なるほど。俺も腕と勘が鈍ったか」

「前線から離れて隠れてたらそりゃこうなる」

 

 両足の粉砕、全身のあちこちの強い打撲と骨折。十兵衛は、まるで命がこぼれ落ちるかのように、急速に生命力が低下して行っていた。

 

「……世界の……恒久的、平和……成し遂げなければ……俺は……そのためだけに、ここまで……」

「だったら、なおのこと、お前はボクらに負けたらいけなかったんだろうが」

「…………。春夏秋冬円花」

「あん?」

 

 十兵衛は円花を見上げると、最期に彼女へと──試練を投げつける。

 

「──俺の死をトリガーに、事前に配置した魔法陣に設置した魔力圧縮結晶を燃料にした魔術が発動し、邪神3体が招来されることになっている」

「は? てめ……ッ」

「俺が死ねば邪神が現れる。これもまた、世界中の敵に対する抑止の一つだった。──精々気張れ」

 

 心底疲れ切ったような顔を、ふっと緩ませて。綿貫十兵衛は、その瞳から光を喪わせた。

 

「身勝手なボケジジイが……まあ、ある種の妄執だな。自分は世界平和のために戦っていると本気で信じ込んでいた、って感じか。──チッ」

 

 舌打ちをしてから、加速中に何発も蹴られた際の全身の痛みを堪えて、円花は遅れて記憶を取り戻しながら起き上がる太陽たちが、同じように全身の痛みに顔をしかめる様子を見ながら携帯を弄る。

 

「……よし。メール送ったしなんとかなるか」

「っ、春夏秋冬、終わったのか……」

「ま、そんなとこだ。そんでもって更に悪いニュースだ、このジジイが死に際に爆弾投下しやがったから、ボクはそいつらをぶち殺しに行く」

「待て、俺たちも……っぐ……」

 

 円花の言葉に行動を起こそうとする太陽が、ふと膝をつく。それを見た円花も呆れ混じりに口を開く。

 

「頑丈な方だからってボコられ過ぎだ。そこの重傷者と一緒に待機してろ。代わりにこいつを借りる」

「……!? え、私ですか!?」

 

 真殊を一瞥して太陽に指示を出すと、円花は葉子の襟首を掴んで片手間で傍らに【門】を開く。それから葉子を引っ掴んだまま、その【門】の向こうへと、飛び込むように入っていった。

 

「……慌ただしいやつだな。下谷、大丈夫か?」

「げべぇ……いやぁムリムリ、肋骨何本かイってるっぽいっす。息するだけで死ぬほど痛え……」

 

 

 

 

 

 

 

「お前はそっちで狙撃準備して待機してろ!」

「のぉわぁあぁあぁあぁ!?」

 

【門】の奥──空中に躍り出た円花は、さらに作った別の【門】に葉子を投げ込む。

 その向こうにあるビルの屋上にゴロゴロと転がり着地する葉子を見届けてから【門】を閉じると、円花は視線の先に立つ巨躯──クトゥルフを見やる。

 

「あっちにはクトゥグア……あとはハスターもビルの隙間からチラッと見えたな」

 

 空気をゴウゴウと肌で感じながら、円花は顔を動かして右目で周囲を確認する。【人払い】も無く、辺りには人の気配。──連盟組織が崩壊しつつあり、そういった部分が機能していないことを察する。

 

「クトゥグアはナイに乗っ取られてた時に使ったからわかるが、爆発までは時間がある。ハスターで追い込み漁するためにも先ずは……あのタコ野郎を始末して、ハスター追い込み、最後にクトゥグア……か。ナイアルラトホテプが居ないのはなんでだ……? ナイが居たから『席』が空いてなかったのか……?」

 

 四大元素になぞらえて、水をクトゥルフ、火をクトゥグア、風をハスターとするなら地にはナイアルラトホテプが該当する。この場に『ヤツ』だけが居ないのは何故かと思案しつつも、居ないなら居ないでその分楽か? と脳裏で独りごちて落下していく。

 

「【凍れる灰色(アフーム=ザー)】、からの【召喚(コール)】【召喚(コール)】【召喚(コール)】【召喚(コール)】【召喚(コール)】」

 

 全身から冷気を放ち、片手に刀を【召喚(コール)】し、さらに背後に2本4本8本16本と倍の数の刀を【召喚(コール)】していき、一振り一振り全てに強烈な冷気を纏わせクトゥルフに接近。

 

「全部含めて5分も掛からねえ、瞬殺だ……ッ!!」

 

 獰猛に笑い、円花は落下速度を上げる。接近に気づいたクトゥルフが彼女を見上げ、拳を突き出す──が、【浮遊】で操作される背中の刀たちが、まるでミサイルのように高速で飛翔し、トトトトトンッ! と軽い音を立てながら首から股ぐらまでを等間隔に縦に突き刺さり、込められた冷気を解放。

 

 パキィ────ン! と瞬時に首から下が凍結し、それから遅れて落下してくる円花の握る刀による一閃が、スパンと軽快にクトゥルフの首を斬り落とす。胴体は砕け散り、首から上も道路にゴトンと落ちて転がり消滅し始めるのを見て、円花はビルとビルの間でそれらを見ているハスターにグリンと首を向けた。

 

「次はてめぇだ、レインコート野郎!!」

 

【浮遊】で操る刀をビルの外壁に突き刺し、そこを起点に【凍れる灰色(アフーム=ザー)】の冷気を伝播させ、空中に氷のレールを形成していく円花が、それを足場にハスターを追いかける。

 

 黄色いレインコートのような皮膚で全身を包み隠し、その下から無数の触手を覗かせるハスターは、暴風を纏って高速移動して後ろから迫りくる円花から逃げている。円花もまた、後ろから刀を飛ばしては刺さった箇所に花のように氷を生成してはハスターの動きを抑制し、逃げる方向を絞っていく。

 

「────よし、やれそうだな」

 

 ビルからビルへ、隙間から隙間へとジグザグに飛んでいくハスターを見た円花は、途中で移動コースを変えてハスターを追うのをやめるように、【重力制御】でビルの外壁に着(・)地(・)して屋上に駆けていく。

 自身を追わなくなった円花を確認するようにちらりと背後を見ながら前に飛んでいたハスターは────ズドン!! と、とてつもない衝撃が自身に突き刺さる感覚を覚えて空中で動きを止められる。

 

 

「──予定ポイントで待機して数分、ドンピシャだったな」

 

 

 視界の端の、マンションの一室。民間人が異常事態を理解して逃げた部屋の窓から銃口を覗かせている男──秋山が、小型レールガンのスコープを覗きながらそう独りごちていた。

 そして、1秒遅れで2発目と3発目──別のポイントで待機していた小雪と葉子の小型レールガンから撃ち込まれた鉄球が深々と胴体と背中に突き刺さり、ハスターの体がぐらりと揺れて落下し始める。

 

「──【部分顕現:クトゥルフ】」

 

 そして、そんな声が、頭上から届く。

 

「てめぇの大嫌いなタコを味わえよクソったれ」

 

 ハスターが見上げた空中から、ハスターを見下ろす円花が、その腕にギチギチとタコの足のような触手を纏い、巨大な鉄拳を形成して──落下の勢いを加えた強烈なストレートを叩き込む。

 地面と触手の鉄拳に挟まれたハスターは、ドゴォ!! という鈍い打撃音と共に叩き潰され、形容しがたい体液を撒き散らして即死する。

 

「……これでまた『席』が空いたな、使わせてもらうぜ。【部分顕現:ハスター】」

 

 死亡を確認した円花は、即座にハスターの力を行使。全身に風を纏うと、身軽になったその体で、重力に逆らうように飛び上がって加速する。

 そのままクトゥルフの時のように無数の刀を背後に【召喚(コール)】して【凍れる灰色(アフーム=ザー)】を重ねて発動し、冷気を得物に纏わせていく。

 

「ようクトゥグア……アフーム=ザーは確かてめぇの子供だったよなぁ?」

 

 暴風と冷気により周囲の温度を低下させながら高速で飛翔する円花は、反して周囲の温度を急上昇させていく巨大な火の玉──クトゥグアを見据えて速度を上げながら言うと、開花した花のように周囲に広げた冷気を纏う刀たちを飛ばして、いまだに片手に纏う触手の鉄拳を凍らせながら振り被る。

 

「親不孝モノが押し通らせてもらうぜェ!! ──おぉおオォオオォオオオッ……らァッ!!!」

 

 先導して飛ばした刀の冷気が解放され、クトゥルフと同じようにクトゥグアという火の玉が冷凍されていき、そこに飛び込んだ円花の拳が、凍らせた傍からクトゥグアのその身を粉砕させて行く。

 

 ──そうして、やがてクトゥグアの全身が凍結し、昼間の空中に花火のように氷の粒を爆散させた。

 

「──っ、おっとと」

 

 勢いのままに空中を飛び、タンッとビルの屋上に着地した円花の腕からクトゥルフの触手が解除され、同時に【凍れる灰色(アフーム=ザー)】も解除されて冷気が散る。

 

 一拍遅れてどっと汗が吹き出すのも構わず、円花はまだ【部分顕現:ハスター】が使えることを確認すると、大急ぎである方向へと飛び立つ。

 

「残りは受肉したアザトースの魔力の再封印だけ……もう一仕事だ、耐えろよボクの体──!!」

 

 親の罪、そして組織の罪。それらが引き起こした、とある探偵の不幸。

 全てに決着をつけ、償い、前に進むために。幼い体に無理をさせながら、円花は真っ直ぐ──最終決戦の場へと急行するのだった。

 

 

 

 

 

『続』




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