とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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『愛を込めて、春夏秋冬の花束を 2/4』をまだ読んでいない方は、先ずはそちらからご一読ください。


とある探偵たちと外なる神話事件簿 2/4

「──せいっ!」

 

 風を纏う小柄な少女──蓮枯深月が、大学の通路で連盟組織の戦闘員に鋭い蹴りを叩き込み床に叩き落とす。直後に後ろから回り込むように弧を描いて飛んできた札が、戦闘員の首にある首(・)輪(・)に巻き付き、『解』の文字を浮かび上がらせ爆(・)弾(・)を解除した。

 

「っふう、これで大丈夫です」

「うい、お疲れさんです琴巳ちゃん。【召喚(コール)】っと」

 

 片手間で【召喚(コール)】したロープで戦闘員の手足を縛り、空き教室に投げ込む。

 その作業を、深月たちは、与一たちが行動に出たあとから延々と繰り返していた。

 

「ったく、味方は組織内で運用、反対派は首に爆弾付けて鉄砲玉っすか。悪趣味っすねぇ連盟組織も」

 

 以前に組織内に招かれ訓練したこともあるからこそ、現状のおぞましさに深月は顔をしかめる。

 

「──終わったかい?」

「あ、はい。ひとまずは」

 

 と、そこに物陰から顔を覗かせる女性──竹田が声をかけてくる。琴巳が反応すると、竹田と一緒に隠れていた蛇神が、彼女の被るベースボールキャップの上に寝そべりながら続いた。

 

『お疲れ様〜、リオンちゃんたちと合流しましょっか。向こうも片付いたでしょうし』

「っすね。……にしても、こうもわらわらと出てこられると流石に疲れますねぇ」

「こっちに人員が割かれれば割かれるほど、秋山クンたちの仕事が楽になるんだ、頑張りたまへ」

「いやあなたも手伝ってくださいよ」

「私は非戦闘員なんでね」

「竹田さんは本当にあまり戦えないので……」

「あまり、ってことは戦えはするんすよね?」

「はて、どうだったかな」

 

 深月の問いに誤魔化すように視線を斜めに上げる竹田に呆れながら、仕方なく二人は竹田と蛇神を連れて他の仲間と合流しに行く。

 それから合流予定の空き教室に向かおうとした──直後、入ろうとした扉が、中から発生した爆音の衝撃波で吹き飛ばされた連盟組織戦闘員に破壊される形でひしゃげて破壊された。

 

「……永律陽(エーリッヒ)さぁん、加減してくへませんかね。危うく巻き込まれそうだったんすけど」

「そんなもん当たる方が悪い」

「っすか。……他の皆さんは?」

「あ〜〜〜……そろそろ来るな」

「え??」

 

 つい、とエーリッヒが指を向けた先の壁。そちらに目を向けた深月たちは、一拍遅れて破壊された壁の向こうから、両手に気絶した戦闘員の襟や足首を掴み引きずってくるヒカリの姿を見た。

 

「──戻ったぞ」

「私の通う大学がどんどんめちゃくちゃになっていくのやめてほしいんすけど???」

「どうせ暫く休講になる」

「破壊してる本人のセリフじゃないんすけど???」

「琴巳、『解』を頼む」

「あ、うん!」

「無視されたんすけど???」

「うるせえなこいつ」

 

 苛立ちを隠せなくなってきている深月に短くエーリッヒが返しつつ、それとなく窓の外を見やる。遅れて壁の向こうから出てきたリオンが手に握る刀身のような鋭利な金属を魔力に分解すると、今いるメンバーが全員無事であることを確認してホッと息を吐く。

 

「ひとまずの襲撃は乗り越えましたね。向こうも向こうで、こちらに人員を割く余裕がなくなってきているんだと思います」

「つまり、探偵たちの戦いも佳境に入ってるってことか。それに……空気がピリついてる、なにかヤバいのが居るっぽいが────」

 

 エーリッヒがそう口にした──瞬間、音ではない、けれども確かに目には見えない『なにか』がパキリと割れる感覚をその場の全員が覚える。

 

「……! なんだ、今のは」

 

 続けてエーリッヒが疑問を抱いて周囲を見渡すと、その直後に、彼女が纏う神格の魔力──【音階の王(トルネンブラ)】が勝手に解除されてしまう。

 

「ん……!?」

「永律陽さん、どうしたんすか。なんで【音階の王(トルネンブラ)】を解除して……」

「私じゃない。トルネンブラが、勝手に中に引っ込んだんだ。……こいつ、怯えてる……?」

「音の塊の神格が怯えるってなんすか!?」

「──!! 皆さん、窓の外を!!」

 

 トルネンブラの自主的な異能の解除。そして、それを上回る異常事態に、ふと琴巳が大声を張る。

 釣られて外を見やると、大学の外──遥か遠くで、奇妙な生(・)物(・)が蠢いていた。

 

 宇宙色の虫の蛹。そうとしか言いようのない物体を見て、彼女たちは、突然背中に氷を入れられたような怖気が駆け抜ける感覚に身震いする。

 

「──あれが外宇宙の神の魔力……受肉したアザトースの魔力だ」

「お父さん?」

 

 そんななか、近くの椅子に座り、痛む足を休ませているヒカリが呟き、琴巳が驚いたように聞く。

 

「じゃあ、与一さんはあんなものと戦わないといけないの……?」

「そうなるな。……それと、琴巳は他人事じゃないぞ。事情と状況は違うが、俺はアレとほぼ同じモノをお前の中に招来したことあったからな」

「あの時のやつがアレなの!!??!?」

 

 あっけるかんと言い放つ父親に、琴巳は驚きと怒りと呆れと困惑の混ざった悲鳴のような声を上げる。

 

「あとは、アザトースはトルネンブラの……なんだ、親玉みたいなものだからな。その魔力が現れたから、ビビって引っ込んじまったんだろ」

「そういうことか。……ちょっと待て、現(・)れ(・)た(・)?」

 

 ヒカリの言葉に違和感を覚え、エーリッヒが困惑気味に口を開く。

 

「さっきまでは見えていなかったことと、あの『なにか』が割れる感覚……もしアレがアザトースの魔力で【人払い】が破壊されたモノだとしたら──」

「……いま、ここら一帯で、ほとんどの民間人に受肉したアザトースの魔力が見えてしまっている?」

 

 エーリッヒに続いた深月の言葉を横目に、エーリッヒは引っ込んだトルネンブラの魔力を無理に引き出して周囲の音を聞く。

 

「……予感的中だな毛玉。マズイな、【人払い】が取っ払われたせいで、そこら中の人間がアレを見てしまっている。……大パニックだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──悲鳴、喧騒、辺りで人が怯え、叫び、逃げ惑う。アザトースの魔力は連盟組織が張っていたのであろう【人払い】を容易く破壊し、そのおぞましい姿を白日の下に晒してしまっていた。

 

「っ──こっちを見やがれ!!」

 

 固定した空間を足場にした空中軌道で下から回り込み、白刃を振り上げて体をカチ上げる。続けて横合いからの先輩のハンマーが巨体をぶん殴り、目的地であるシセルたちが居る方向へと弾き飛ばし、その体をゴロゴロと転がす。

 

 その『ゴロゴロ』で人が居なくなった辺りの建物を砂場の城を崩すように倒壊させていくわけだが、あそこに人が居たらと思うとゾッとする。

 

 ────。いや、もしかしたら、もう既にそれなりの人数が巻き込まれて死んでいるのかもしれない。しかし、そのことに気を病む時間も余裕も無く、嘆く暇をアザトース当人が与えてくれない。

 

「ふぅ……これ、削れてんのかァ??」

「どうでしょうね、ただ……体感の話ですけど最初よりほんの少し軽くなってる気はします」

「マジで体感の話じゃねえか。この巨体の重量が数キロ変わったからなんなんだって話だろ」

「なにをおっしゃいますか。それはつまり俺たちの攻撃で削れている証拠でしょう」

 

 空中に着地したこちらがそう言えば、先輩は少し考えてニヤリと笑い、羽ばたきホバリングしながらハンマーを握り直す。

 

「言うようになったじゃねえか。確かになァ。ひたすらぶん殴って、レールガンぶちこんで……春夏秋冬か円花かどっちかが来るまでリソースを削り続けるしか出来ねえんだ。やるしかねえならやるだけだ」

「ですねぇ。あとはまぁ……なるべく人の気配がしない方向を経由して目的の道路までぶっ飛ばさないといけないわけですけど────」

 

 目測であと数百メートル。先輩の【風神龍(イームーロン)】による機動力と破壊力も加われば、押し込むことは出来る。しかし問題は、まだレールガン本体が完成していないこと。それはシセルからの通信が来ないことこそが証拠となっていた。

 

【人払い】が無くなって周りに人が居る状況。恐らく既に犠牲者は出ている。これ以上は増やしたくない、押さえ込む手段はほとんどない。ここから先は工夫と我慢比べの領域になる……と。

 

「……やるしかないならやるだけ、でしたっけ」

「与一、腹ぁ括ったか?」

「はい。とにかく目的の直前道路までぶっ飛ばして、あとは流れで!」

「それでこそだよなァ〜〜〜!!」

 

 こちらが空中を蹴り、先輩は強く羽ばたく。機動力で下に潜り込み、白刃とハンマーで巨体を浮かし、更に殴り飛ばして上空に飛ばし、体が悲鳴を上げる速度で加速して回り込み側面に斬撃と打撃を同時に叩き込む。そうして吹っ飛ばし、ものの数十秒で目的の道路まで押し込むことには成功する。

 

 ──問題は、ここから……ッ!!

 

「雅灯さん! 【悪神の手(イゴーロナク)】でアザトースのあの図体を押さえ込めますか?」

【どうでしょうね……発動は出来ますし、押さえ込むことは出来るでしょうけれど、稼げる時間はそう多くありませんよ】

「少なくていいんです、全員でとにかく、数秒でも多く稼ぐ時間を刻んでいけばいい!」

 

 アザトースを先輩に任せて、いったんビルの屋上に着地してから問いかけると、雅灯さんの霊体が影から出てきて考え込む。

 

【……わかりました。それと、工事用の強力なライトを【召喚(コール)】してもらえますか】

「え? ああ……空中都市の件以来で登録しておいてくれってせがんでたやつですか。はいどうぞ」

 

 雅灯さんとのリンクが切れ、彼女が単独で動けるようになってから、こちらも言われた通りに工事用のライトを【召喚(コール)】して渡す。それを手に屋上から飛び降りた雅灯さんを見届けてからアザトース付近で飛び回る先輩に視線を向ける。

 

 ──そこで、異変が起きた。

 

「……!? 先輩! 避けろ!!」

「あん? ────っやべやべやべ!!?」

 

 アザトースの体がぶるりと震えた直後、蛹のような体から、ぐにょりと手のような物体が伸び、そしてその手には、剣のような形状の──そう、武器だ。武器を握って、それを振りかぶっていた。

 

 こちらの声を聞いて咄嗟に避けようとした先輩だったが、振り抜かれた剣状のアザトースの体の一部が叩きつけられ、一瞬で音の壁を突き破る速度で殴り飛ばされ、先輩がビルの壁を貫通してさらに後ろのビルの中に突っ込んでいき姿を消す。

 

「せ、先輩────っ!!?」

【……位置につきました。押さえ込みます!】

「っ、頼む、雅灯さん!」

 

 先輩なら、まあ……死んでは……いない、と思う。しかしすぐには動けないだろうと思案すると、雅灯さんの声と共に、路地裏から放たれた強烈な光が、アザトースの近くにあるマンションの壁に彼女の影を大きくさせるように照らし出す。

 

【──さてはて、私でどれだけ時間を稼げるのやら……【悪神の手(イゴーロナク)】!!】

 

 雅灯さんがそう唱えた──瞬間、マンションの壁一面に工事用ライトで照らされ広がる彼女の影から、ぞわりぞわりとおぞましい動きで、おびただしい量の病的に白い腕が何千と伸びてくる。

 

 果たしてそれら全てが、宇宙色の蛹──アザトースの体に絡みつき、巻き付き、その場に固定するように動きを止めてみせ、けれども1秒と持たずに腕一つ一つがぶちぶちと千切れていく。

 

 

 

 ──戦いは、着々と、終わりに近づいていた。




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