「封印、開始──!!」
その言葉と共に、アザトースの体に巻き付いた無数の魔法陣が、ギチギチギチッとその身を締め上げ、思いつく限りの物理法則を無視するかのような動きで──圧縮され縮んでいく。
上から手を翳してアザトースを圧縮していく少女──春夏秋冬円花。彼女は激しい動きをした直後のように玉の汗を浮かべながらも術式を行使して、全力で抑え込もうとしている。
「……与一ぃ、どけ、てめぇ」
もはやこちらに出来ることはなく、ただ、彼女が封印を成功させるかどうかを見届けることしか出来ない。そう考えながら、下から聞こえる呪詛を耳にして体をよじってその場から退く。
「ったく、師匠を尻に敷くたぁ偉くなったもんだなこのバカ弟子野郎……」
「すいませんね、世界の危機を救ってたもので」
「けっ」
いまだに足元で潰れたカエルみたいに伸びている雅灯さんを回収して影にしまいつつ、気を抜けばそのまま意識を失いそうなほどの魔力消費と疲労と怪我の三重苦に体を痛めながら、アザトースと円花さんを見上げて──その決着をこの目に収める。
魔法陣に押し込められ、圧縮され。その身を小さく、小さく小さく縮めていき、やがてアザトースは、5キロの米袋くらいの大きさの『卵』になった。
とんっと軽やかに着地した円花さんは、その卵を抱えて、こちらに歩いてくる。
「円花さん。……春夏秋冬さん? どっち?」
「お前らボロボロじゃん、おもしろ」
「ああなんだ、円花さんか」
「こいつも人のこと言えねえだろ……」
たったの一言でどっちなのか確信できることあるんだ……と軽く引きつつ。
こちらもまた、ボロボロの円花さんとその手に抱えられた『卵』を交互に見やる。
「それ、どうするんですか」
「そりゃあボクの中に取り込み直すだけだろ。……よっと」
こちらの問いにあっけらかんと返した円花さんは、抱えていた『卵』を、胸に押し付ける形で体内に吸収してしまう。直後にドクンと心臓の鼓動のように、彼女を中心に凄まじい魔力が反応するが──いかんせん、その勢いは少しばかり弱い。
「……チッ、お前ら仕事しやがって」
「仕事したことを怒られるの理不尽じゃない……?」
「このクソガキはそういうとこあるからな」
「お前こそ人のこと言えねえだろ、丞久。……ったく、仮にアザトースの魔力が削れてるとしても精々6割くらいは残せてると思ったもんだが……感覚で言えば4割くらいしか残ってねえじゃねえか」
……ああなるほど、アザトースの魔力を固めた『卵』は、円花さんからしたら無尽蔵の魔力を生み出すエンジンだったわけで。
その出力が6割減というのは、確かに苛立たしいと思うのも無理はないだろう。
というかシンプルに実力6割減でもあるのだ、連盟組織の力が落ちた今後を考えると大変なことになってしまったかもしれない。
「ま、過ぎたことは仕方ねえ。減った魔力はその他で補えばいいだけだ」
「ポジティブですねぇ」
「……そうでもない」
「ん?」
こちらの言葉にそう返すと、円花さんは一度、先輩の方をちらりと見る。それから一拍置いて、まるで親に叱られる事を恐れる子供のように視線を右往左往させると──決心したのか見上げてきた。
「──与一。ボクの、ボクたち『春夏秋冬円花』の罪を、聞いてくれ」
「……罪?」
「お前の両親が死んだのは────」
──あれから時間も過ぎて、気がつけば肌寒さを覚える時期になっていた。
「──『関東で起きた首都直下型地震と、それによる集団幻覚について』……ねぇ」
連日ニュースで騒がれている事件。あの日各所で起きた戦いの被害は、死者数十人、重軽傷者数百人の大規模な結果となり、深い爪跡を残している。
──曰く、地下鉄のトンネル内に巨大な穴が空き、更にはあり得ない動きで地下水脈が噴き出した。穴の中からはミミズのバケモノが現れ、車両を破壊していた……とか。
──曰く、デパート内でテロリストが銃撃を行い、死者が出た。何人かはカエルのバケモノに四肢をねじ切られて殺された……とか。
──曰く、ビルの周囲にタコの巨人とレインコートを纏う触手、巨大な火の玉が現れた……とか。
──曰く、宇宙のような色をしたサナギのバケモノが建物を破壊して回っていた……とか。
それらは民間人の撮影した映像と共に語られていたが、その殆どは幸か不幸か、このネット社会では皮肉にも真面目に受け取られることはなく不謹慎なディープフェイクとして流された。
けれども病院には、重軽傷者とはまた違う、
「さて……到着っと」
あの一件から暫く経ったある頃、こちらは何やら用があるらしい先輩に呼ばれて、向こうの事務所──すなわち明暗探偵事務所に招かれていたのだ。
事務所の入口に近づくと、待ち構えていたかのように間を置かずにガチャリと明け放たれる。
「……入れよ」
「あ、はい」
中から出てきたのは、いつぞやの先輩のように左目を眼帯で隠している長い黒髪の少女──円花さん。彼女に連れられて中に入ると、リビングのソファには家主の丞久先輩……と。
「あ、与一
「真殊ちゃん? ……先輩ってなに??」
先輩の向かいに置かれたソファには、どういうわけか真殊ちゃんが座っていた。
「そのことでお前を呼んだんだ。まあ座れ」
「あっはい」
丞久先輩の対面に座り、横には真殊ちゃん。先輩の横に円花さんが座り、咳払いを挟んでから先輩はあっけらかんと言い放つ。
「えー、このたび。そこの下谷真殊は私に弟子入りしました〜〜〜。お前も先輩になったわけだな」
「よろしゃす」
「…………。考え直そう!!??」
「こいつぶっ飛ばされてえのか??」
「第一声がそれなんすね」
「そりゃそうだろ、丞久の弟子なんて金積まれてもなるもんじゃねえよ」
こちらが思わず声を荒らげると、先輩と真殊ちゃんと円花さんが順に口を開く。
いや、いやいやいやいや。弟子入り!? よりにもよって!? 丞久先輩に!?!?
「脅されてるとかなの?」
「お前そろそろしばくぞ」
「落ち着いてくださいよ、与一先輩。弟子入りに関してはあたしの方から頼んだんすよ」
それこそ問題じゃないの!? と反射的に叫びそうになり、ひとまず口をつぐむ。いい加減にしないと話が進まない、ここはこちらが大人になろう。
「……というと?」
「んやぁ、まあ、ほら。今回までのあれやこれやで、あたしは気づいちゃったんすよねぇ〜。【
「……そんなぶっちゃけることある??」
あははー、と軽く笑いながら、真殊ちゃんはそんな事をカミングアウトする。
「で、普通に考えてこんな思考の人間がこんな危険な異能を持ってんのってヤベーじゃないすか」
「まあ、まぁ〜〜〜、そうだね」
「でも、あたし自身【呪言】を我慢して生きるのはたぶん無理。むしろ我慢した分どっかで爆発しかねない。なので考えたんすよ、『あたし自身を鍛えつつあたしのことを押さえ込める実力者ってこの人くらいじゃね?』ってな感じで」
「最初は私も『いや与一んとこ行けよ』って思ったんだけどなぁ、流石に考え直したわ」
「なんで???」
丞久先輩が真殊ちゃんを見てから、ため息混じりにこちらを見て呆れたように眉をひそめる。
「お前、真殊が暴走した時に、グーでぶん殴ってでも止めるとか躊躇いなく出来るか?」
「────。いや、ぁ〜〜、まあ、うーん……」
「って悩む時点で、お前にゃ弟子をしばくような適性は無ぇ。つーわけで、私の方で真殊を預かって、扱いは二番弟子ってよりかは単純にお前の後輩ってことにしてるわけだ」
そこまで言われてしまうと、返す言葉が無い。なるほどなあと合点がいったように頷くと、先輩は一転してテンションを上げながら声高に言う。
「ま、報告はこれだけ。ンで、こっからはぁ〜〜〜? 仕事の時間でぇ? ごじゃいまァ〜〜〜す!!」
「いえェーーーーい!!」
「ボクはこいつらのこのテンションに振り回されてるんだ、ここで逃げ帰れると思うなよ」
「ウーーーーン」
死ぬほど面倒くさそうな顔をする円花さんに逃がしてもらえそうになく、こちらも結局、先輩に巻き込まれて仕事を手伝うハメになった。
来て早々に出かける準備を始めながら、先輩は状況説明を始める。
「連盟組織は『組織』として人員が削れすぎたのもあってロクに動けねえ。ヒカリが脚の完治を条件に事実上のトップとして働いちゃあいるが、再建には時間もかかる。……で、周りの
「なるほど。とどのつまり
「そ。いつもの。いつもの、悪者退治だ。やれ世界の危機だ組織の運営だと小難しいことに巻き込まれちゃあいるが、私らの本分は探偵なんだぜ?」
上着を着込む先輩が、そう言って振り返りながらニヤリと笑う。
その隣で、暗い灰色のワイシャツの上に結局黒いコートを羽織っている円花さんが言葉を続ける。
「ボクも今は、ガタガタの連盟組織に居るより丞久んとこで遊撃隊として動き回ってる方がいいと判断されてな。今はこの事務所に寝泊まりしてる」
「……真殊ちゃんは?」
「いやあたしは実家っすよ」
「ああそう……ちなみに言っとくけど、この人普通に休日に学生を働かせることにも躊躇い無いからね」
「…………。マジ?」
「俺がそうだった」
「……マジかぁ……」
こちらの無表情での返しを見て、本気だと理解したのだろう。そこで真殊ちゃんは口角をひくつかせて先輩を見る。先輩も先輩で、ようやく気づいたのかとばかりに口の端を歪めて笑っていた。
「……世界を救っても、その後のやることはかわらないんだもんなぁ」
これまでも、これからも。探偵としての人助けと、魔術師としての戦いは、続いていくらしい。
──親を殺され、魔術に目覚め、探偵に誘われて。怪物を殺し、神を倒し、人を守り、人を守れず。
こんなへなちょこ探偵と、バケモノ探偵が紡ぐ──『とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿』は、202X年9月30日を以て、ひとまずの終わりとする。
『完結』
第六部、及び『神話事件簿編』完結。
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新シリーズ・神話叙事詩編→11月投稿予定。
舞台は、2016年まで遡る。