「与一くんっ、あったよ!」
「おん?」
そう言って戻ってきた燐ちゃんは、両手で大きな果物を抱えている。
「なに、その……なに?」
「これね、バオバブの実だよ。前に色んな国の果物とかを調べてて思い出したの。バオバブの実はビタミンCがオレンジより多くて、カルシウムも牛乳よりあるんだって。だからこれが最適」
話を聞きながら大きめの布を風呂敷代わりにして火炎瓶を包んで持ち、燐ちゃんが抱えている果物──バオバブの実を受け取って、本と薬品と纏めて小脇に抱えて部屋を出て真ん中に向かう。
「そんじゃあ早速、特効薬を作るけど……燐ちゃんにも協力してもらうよ」
「なにを、すればいいの?」
「この本の魔法陣に魔力を注ぐ」
「…………??? ま、りょく……??」
うん、まあ、そういう反応になるよね。
「本に書かれている精神エネルギーを注ぐ行為、これは薬を飲む人数分必要になるんだよ。……まあ〜兎に角、俺の手に燐ちゃんの手を重ねてもらっていい? あとは感覚でやってもらうから」
「う、うん」
ともあれ、床に置いた本にバオバブの実と薬品を接触させるように置いて、魔法陣の上に手を置いて、更にその上に燐ちゃんの手を重ねさせる。
すると、こちらの意思に反して魔法陣に魔力を吸い取られる感覚に襲われる。なるほど、魔術の心得が無いやつでも作れるようにしてるのか。
「あんまり吸われても困るか。……燐ちゃん、頭の中で水道の蛇口を絞るイメージをするんだ。チョロチョロって少しだけ出すような加減をして」
「蛇口を……し、絞る……」
「よしよしよし、出来てるよ」
今後のことを考えて、吸われる魔力は最低限にしておきたいため、俺も魔力を絞って微量ずつ吸わせていく。それから少しして、魔法陣が機動。
注いだ魔力が球状に光り、バオバブと薬品を呑み込み、かざした手と本の間で廻り続け────数分して光は消え、その場にコロンと転がっていたのは、薄紫色の液体の詰まった小瓶だけだった。
「出来た……これが、特効薬……!」
暗い顔を、魔力の消費という慣れない虚脱感で更に青くしている燐ちゃんが、無造作に本の上に転がる小瓶を拾い上げる。
「──燐ちゃん、それをこっちに」
「……? うん」
なんの疑いもなく俺に小瓶を渡す燐ちゃんからそれを受け取り、蓋を開けながら言う。
「実を言うとな、燐ちゃん。俺はヴィーテクを信用していない。あいつは怪しすぎる。あいつの言い分も、都合が良すぎて信用ならない」
「っ! ……そう、だね」
「特効薬と言いながら敵の陣地に作り方の本が置かれていて、材料に樹脂を使い、その事を知っているヴィーテクは始末されずに捕まっているだけ。この状況で、この薬を素直に『樹木化を治す薬』だと、バカ正直に信じるのは、俺には無理だ」
「…………な、なら! ヴィーテクさんを信じたのは私なんだから、わっ、私が毒見するよ」
小瓶を返せとばかりに震える手を差し出す燐ちゃん。この子は本当に、臆病だが優しくて、責任感がある。ただただ、普通の女性なのだろう。
──だからこそ危険な目に遭わせたくない。これが化木人になる薬だとしても、そんなものを飲ませたいと思うやつなんか居ないに決まっている。
「私が飲むよ! ……やめて、お願いだから、私なんかのために危ないことをしないで」
「バカだな。俺が、俺のために。
恐らく二人分の薬が入った小瓶の、半分の半分……4分の1くらいを呷ると、不思議と液体が喉を通って胃に落ちる感覚を覚える。
──薬を、飲んだ。そう自覚した次の瞬間、俺の全身に激痛が駆け抜けた。
「……っ、ぐ、ぁ、がっ……!?」
「与一くん!?」
手から滑り落ちた小瓶が割れ、床に広がる。傍らに崩れ落ちて膝を突くと、全身の激痛と共に無数の羽虫が血管を駆け巡るような嫌悪感を抱く。
なんとか意識を繋ぎ止めて、立とうとしたが、そこでわかる。──体が動かしづらい。
「与一くん、与一くん! ごめ、ごめっ、んなさい、私の……私の所為で……わ、たし、の……」
「あ゛ぁ〜〜大丈夫、大丈夫。ただまあ、なんだ。これで、確定したな。これこそが樹木化薬だ」
ボロボロと大粒の涙を流す燐ちゃんに支えられながら立ち上がれば、体のあちこちがギシギシと軋む。関節を無理に動かせば痛みが走り、体の内部に本来存在しない『層』が重なっている感覚。
「そこそこ、長いこと色んな経験はしてきたけど……体が樹木になる経験は初めてだな」
「与一くん……ど、どう、したら……」
「……次の部屋に行こう。恐らく
燐ちゃんに扉を開けてもらいに行かせつつ、俺も体を引きずるように急ぐ。
関節が少し固まってるから走るのは無理だが、辛うじて早歩きくらいの速度は出せそうだ。
「っだぁ〜〜しんどい、ここにうちの事務所の従業員が居たら、『一発芸、老後の与一』とかなんとか言いながら笑ってるぜ」
「この状況でそんなこと言いながら笑うのは普通に最悪だよ……!?」
「それはそう」
などと言いながら、扉の向こうに体を滑り込ませるように入ると、そこはまたしても奇妙な部屋だった。部屋の中央に、蒼い機械。それだけ。
機械には手の形のように窪んだ操作盤があり、これを使えば帰れる……のだろうか。
「────」
「……? 与一く……っ!!」
燐ちゃんの方に向き直り、それから視線を機械に移す。それだけで、彼女は俺の言いたいことを察したのか、苦い顔をして涙を浮かべ、首を振る。
「……燐ちゃん」
「──ダメだよ」
「燐ちゃん」
「いやだ。……やだよ、与一くんを置いて帰るなんて、そんなのできない……!」
自分だけで帰る気は無いと言わんばかりに、壁に寄りかかり自重を支える俺の手を握る。
柔らかい手のひら。きっと向こうには、樹木化で硬くなった手の感触が伝わっているのだろう。
「キミが怯えたあの扉の先に行くつもりだ。敵が居るとして、守りきれるか怪しい」
「それでもいいよ。ここまで来たんだから、進むのも、死ぬのも……一緒がいい」
真っ直ぐと、俺を見据えて。燐ちゃんは、決意したように言葉を続ける。
「もうどうしようもない私が今できる唯一の善行は、与一くんを助けること。それすら出来ないまま私だけが帰ったって、
「…………!」
違和感。燐ちゃんに存在した、幾つもの違和感。なぜ、暗くなってしまったのか。なぜ、怯えながらも逃げないのか。なぜ、ここで俺を助けることに固執するのか。……今にして思えば、ヴィーテクの言葉を信用したのも、そうすれば
この子は、自分が助かるために行動していたわけじゃなかった。燐ちゃん、キミは────
「──わかった。一緒に行こう。もしかしたら特効薬自体は別にあるのかもしれないし、それに……先に帰したところで、俺がきっちり敵を始末できなかったら、今度は一人きりの燐ちゃんが狙われる」
「……! 与一くん……!」
「さ、早く行こう。俺が走れないから移動にも時間が掛かっちゃう」
──やろうと思えば、というか俺が丁寧に説得すれば、燐ちゃんは帰ってくれるだろう。
だが事情が変わった。この子を一人で帰らせるわけにはいかなくなった。
まあ、仕方ない。ここから先、燐ちゃんには傷一つ付けさせないようにすればいいだけだ。
決意も新たに、俺と燐ちゃんは蛍光灯の部屋から最初の部屋に戻り、先に進むのを一度諦めた──重力が不安定な部屋に向かう。
ふわふわしているのと樹木化が重なり非常に動きにくいが、なんとか奥の扉にたどり着き、ガチャリと開け放つ。中には別の部屋があるのだろう、と身構えていたからこそ、俺たちは面食らった。
「え、えっ、えぇっ!?」
「山……に囲まれた、森林地帯って感じか。まさか、外に繋がってたとは」
俺たちが居たのは、山の中にある建物の中だったのだ。周囲を見回せば、濃霧に覆われた森が広がる。遠目にある四方から囲む山脈と、近くを流れる小川、遡るように上流に視線を辿らせれば────
「っ、ひっ」
「…………
居る。気配で分かる。分かってしまう。分からないままで居たほうが良かったと思えるような存在が、この先に居るのだと。
──そいつと対峙せねば、この体を元には戻せないだろうということも。
「燐ちゃん、怖いかもしれないけど、先に進むしかない。一緒に来てくれるかい」
「…………。うん、大丈夫。行こう」
最初と違って決心している燐ちゃんに腕を引っ張ってもらいながら、出せる限界の速度で早歩きみたいにのそのそと移動した。
それから奥へ進めば進むほど、森の中──周囲から、明確な敵意の籠もった視線を感じる。
「ひぅ……よ、与一くん……!」
「気にせず歩いて、動きが遅い。このまま急げば十分に振り切れる」
無数の、という表現ですら足らない夥しい量の視線。そのうちの幾つかの気配がゆったりとした動きで、草木を掻き分けて俺たちに近づいている。
──が、ここで不運が一つ。
山奥の『なにか』を辿って歩き始めて20分頃。不意に、燐ちゃんの真横の茂みから樹木で出来た手のような物体が伸びてきたのだ。
「きゃっ!?」
「下がれ! っ……耐えろよ俺の体……!」
咄嗟に掴まれていた左腕を振って燐ちゃんの体を下がらせ、【強化】の魔術を起動しながら右手を裏拳のように振るう。
──バゴォン!! と小気味よい音が森に響き渡り、茂みの中から襲いかかってきた化木人は、正しく枯れ木のように木っ端微塵に破壊される。
「っぐぎっ、げべぇぇ……っ」
「だ、大丈夫!?」
続けて俺の体にまでダイレクトに、それこそ木を砕けるレベルの衝撃が跳ね返り、体のあちこちと一緒に内臓を痛めたのか口から血が溢れ出る。
薄々察していたけど、どうやら俺の体は、樹木化した部位を『俺の体』だとは認識していないらしい。その所為で、【強化】で底上げした膂力に、木に変異した部分が耐えきれなかったのだ。
「い、急ごう、一発でここまで跳ね返るとなると、良くて3体くらいしか殺れない」
「や、やらなくていいよ! 最悪の場合は私が与一くんをおぶってでも行くから……!」
「……くっくくく。そりゃあ、頼もしいね」
本人的には本気なのだろうが、身長差と体重差ではこの子が潰れるだけ。笑うだけで体の奥で痛みが訴えてくるが、いい気付けにはなる。
他の視線の主──恐らくこの森と同化している大量の化木人から逃れるために早歩きを再開してさらに10分。果たして最奥に辿り着いたのだが。
「な、なに、これ」
「……なんだろうねぇ」
俺たちが見上げた先にあるのは、一つの巨大な乗り物。パッと見でも数十メートルは優に超えていて、威圧感を放つ、いわゆる未確認飛行物体。
なぜこんなところにUFOがあるのか、という疑問よりも強い奇妙な確信。
この物体の中に、『なにか』が──俺たちが感じ取っていた『
「……じゃあ、行くか」
「うん。中に、入ろう」
──ここまで来た以上、俺たちを追う化木人の気配が近づいていることも考えれば、もう引き返すことは出来ない。二人で顔を見合わせて、言葉にせずとも、向かう先は同じだった。
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