未確認飛行物体、UFO、呼び名は色々あるだろうけど、兎に角これは乗り物だ。入口がある。
そう思って探してみれば、木々に覆われた出入口が隠されている。……というよりは、長い年月で埋もれちゃった感じだろうか。
「……せ、狭っ」
「気をつけてね与一くん」
しかしいざ入ろうとしてみれば、そこそこ狭い。大人一人分でギリギリだぞ。
「樹木化が進んでる状態でこの入口を歩くのは流石にキツいっ……ふんぬぬぬぬぬにに……!」
多少苦労しながらも入口を抜ければ、中は逆にかなり広い。外から見たときは25メートルを超えているくらいに見えたが、恐らく山脈に埋もれた部分も含めるとそれ以上の大きさだったのだろう。
中に入れば、視界に広がるのは近未来的な機械や装置。これらは明らかに人知を大きく逸脱した技術力の塊なのだが、よく見ればどれもこれも風化していたり故障していたりで使えそうにない。
「このUFO? みたいな乗り物って、もしかして大昔に墜落してきた、とかなのかな」
「劣化具合からして、そうかもね」
奇妙な光景にやや興味が勝っている燐ちゃんの呟きに反応しつつ、先に進む道を探る。
少し歩きながら周囲を確認していると、やがて階下に繋がる階段を発見した。
「……なるほど、この先か」
ぞわりと肌を撫でる悪寒。この階段の先に、俺たちをこんな目に遭わせた黒幕が居る。
周辺の機械を眺めていた燐ちゃんを手招きして、ゆっくりと降っていくと、降りきった先の部屋には重厚な扉が設置されていた。
なんらかの魔術的な幾何学模様の描かれた扉。恐らくこれが、『なにか』の放つ気配を薄めてくれているのだろうと察せられる。
「この嫌な感じ……何が、居るんだろう」
「さあねぇ。ただ、書斎で見たあの2冊の狂気的な文章から察するに、居るんだろうね。いわゆる『神様』ってやつが」
「神様……」
その呟きは、何に対する感情なのか。燐ちゃんの複雑な心境の声色は意図的に無視して、俺は頑丈そうな扉をゆっくりと押し開けた。
「……なるほど。化木人が信者なら、神も樹木ってか。驚いたな。
──中は、広く、白い空間になっていた。そしてこの空間に何があるかは、入ってすぐに一目で分かる。神だ、化木の神が居たのだ。
白い部屋の一角を侵食するように黒い樹木が根を張り巡らせ、そうした樹木の一部の塊を神座とするようにして、文字通りに神が座っている。
10歳にも満たない幼い少女にも見える
顔にあたる部分は暗闇で構成され、たまたま
例えば、イエス・キリスト。例えば、ゴータマシッダールタ。例えば、アッラーフ。
人類が崇めるどんな神よりも悍ましく、恐ろしく、神々しく、邪悪な存在だった。
続けて、それを直視した燐ちゃんが、目を見開いて体を震わせる。……中てられたか。
「ひ、ぃ……はっ、はぁっ……!?」
「燐ちゃん、気をしっかり保って!」
「いっ! っつ……あ、ありがとう」
咄嗟に背中を叩いて、気付けに軽く痛みを与えることでシャンとさせる。ここまで来て怖いので帰りますはもう通らない。殺るか、殺られるかだ。
燐ちゃんを連れ、最奥の端っこを陣取る『神』の方へと歩いていけば、ふと『神』が座る神座の背後──樹木の陰から何者かが現れる。
【驚いたな。そんな体で、よもやこのような場所にまで到達するとは】
「……お前は、電車の……?」
その人物は、体を黒い服で覆い隠し、顔をフードで隠した、俺たちを攫った男だった。
「……っ! よ、与一くん!」
「ん? ……うげ、挟まれた」
この白い空間の真ん中辺りまで来たことで、出入口と『神』側の両サイドから挟まれた。
ついでに言えば、出入口側に立つ化木人には、なんというかこう、見覚え? がある。
「お前、ヴィーテクか」
【────】
「えっ、ろ、牢屋から出られたの!?」
「そりゃ出られるでしょうよ最初から敵なんだから。……どうせあの魔法陣もフェイクだな」
【クックックックッ。最初から敵、の部分は間違いだな。ヴィーテク・ラースカは君たちと同じで元人間、そいつの語った話は
フードの男が続ける。
【ヴィーテクは確かにブラチスラヴァから連れてきた人間だった。ただし、1929年にね】
「87年前……ねぇ」
「そ、そんなっ、じゃあ、義理の娘さんは……」
【娘の話は、ヴィーテクに語らせた嘘か真か。仮に事実だとしても、もう居ないだろうねぇ】
カラカラと乾いた笑い声を上げる男。背後に立つヴィーテクは何も言わないのか、言えないのか、定かではないが……今言えることは一つ。
「お前、雪風燐をピンポイントで狙ったな」
「…………えっ!?」
【当然。身辺調査をし、孤独の身であることを確かめた。さらに気が弱く純粋で騙しやすい。だからヴィーテクを使ったんだ、雪風燐だけに伝わる言語としてチェコ語を使えるからね。彼の言葉に嘘は無いのさ。ただ、本当のことも言っていないだけ。言わされた嘘を彼自身が本当だと思っているだけ】
「……うっ、うぅ……」
男の言葉に、燐ちゃんは涙を浮かべる。真っ直ぐ悪意をぶつけられたからか、化木人にされたヴィーテク・ラースカが加害者であり被害者でもある哀れな存在だと思ったからか。……両方だよな。
「じゃあ、俺を巻き込んだのは偶然か」
【ああ。あの電車にたまたま乗り合わせていたからね。もしものバックアップ用さ。事実、キミは雪風燐を庇って薬を飲んだようだし】
俺は、おまけ。そりゃそうか。探偵兼ステゴロ特化の魔術師なんて普通に考えてこんな計画に巻き込みたいとは思わない筈だ。
【……ところで、雪風燐は薬を飲んでいないみたいだね。アレは自分の意志で飲まないと効果を発揮しないのだが……まあいい。こちらも余裕がない、無理やりにでも飲ませて仲間入りさせよう!】
一歩、一歩と、男は俺たちに歩み寄る。それ以下の遅さでヴィーテクもにじり寄り、いずれ捕まってしまうだろうことは確実。だがその前に、どうしても確認しないといけないことがある。
「ひっ……!?」
「あ゛〜、最後に一つだけ聞くことがある」
【ふむ。なにかな】
「化木人から人間に戻す手段。本当の意味での特効薬、みたいなものは無いんだな?」
【…………。
──はい、
薬は、無い。でも
「じゃあ、さようならだ」
俺は持っていた布をほどいて、中から火炎瓶を取り出し、瓶に挿して飛び出た布を床に向け、くすねておいた金属片の先端も床に押し当てた。
この乗り物は、金属で出来ている。この場の材質も足音と感触で確かめたから間違いなく金属製。ぶつけて、無理やり擦れば──火花が出る。
「楽に死ねると思うなよォ!?」
【なにっ────】
火花が布に染み込んだ無水エタノールに移り、ボワっと着火。即座に体への負担を無視した全力投球を叩き込めば、避ける間もなく男に着弾。ボンッと爆発的に炎上し、炎が男の体を包み込んだ。
「無水エタノールは揮発性が高い、おまけにアルコールの濃度も高いからな。スピリタスを火炎瓶の材料に使ったのとなんら変わらん」
【ぐあああああああ!!?】
悲痛な叫び声と共に、服が燃え、中から化木人が現れる。妙に動きがノロいと思ったら、こいつも化木人のうちの1体だったのか。
「おぉ〜程よく乾いた木はよく燃えるなぁ」
「うわぁ……」
「燐ちゃ〜ん? この状況に追い込まれたのは誰が原因だっけ?」
「……化木人さんです」
「俺は悪くないよな?」
「…………ソウデスネ」
「だよなぁ?」
燐ちゃんの顔が複雑な感情を表現したかのように苦笑とドン引きの混ざった表情をしているけど、こちらとしてもフラストレーションが溜まっているのだから、これくらいは許してもらいたい。
UFOの下の階、この白い空間はかなり広いため、火炎瓶で燃やしてもすぐに酸欠になることはない。それに周囲は金属製で延焼するモノが無い。
俺たちを捕らえるためにと呑気に近づいてきた男は背後の『神』──樹木から離れてくれたから、勝手に一人で燃えててあとは死ぬだけ。
更についでとばかりに、もう一つの火炎瓶にも火をつけて、俺は背後の化木人──ヴィーテク・ラースカにも投げつけた。
「ついでにお前も食らっとけヴィーテクぅ!!」
【なっ、やめ──ぐわぁああああああ!!?】
「こいつ日本語喋れるじゃねえか!!!」
「ひ、酷い……何もかもが酷い……」
「いや酷いのはこいつら──よし今のうちに『神』の元に行くぞ燐ちゃん、必要ならアレも燃やす!」
「なんか、ヤケになってない……?」
──そりゃヤケクソにもなるさ。少しずつとはいえ、樹木化は進行しているのだから。特効薬は無い、しかし別の手段で治す方法はある。
その方法は恐らく……一つしかない。だからこそ、『神』に近づかなければならないのだ。
「か、体が
「っ! 時間がもう無い……!?」
「これ、思ったより、ヤバいかもなぁ」
化木人よりは早いが、常人よりは遅い歩み。燐ちゃんに支えられながら化木人たちの『神』の方へと向かえば、案外なんの障害もなく辿り着ける。
フードの男だった化木人は木炭になったし、ヴィーテクはまだ死んでないが炎に包まれ動けない。他の化木人がこの乗り物に侵入してきているとしても、1体1体はノロいし入口も狭いから問題ない。
「これで、誰の邪魔もされないな」
二人で『神』の眼前に立てば、その異質さを間近で眺めることになる。少女の姿を真似ただけの邪悪な神。直ぐ近くで信者が焼かれても微動だにしない神。恐らくこいつを殺せば、体を治せるかもしれない。可能性の話でも、やるしかないのだ。
「さて、相手が相手だ。こっちとしても手加減なんか、出来……な、い…………」
「…………。──!! 与一くん、これって」
部屋に入って、反応がなく。信者を燃やされても、反応がなく。近づかれても、反応がない。ここまで近づいて無反応、この時点でおかしい。
しかしその疑問に、近づいたからこそ気づくことが出来た。なぜ無反応を貫き通しているのか。それは、ただただ単純な理由である。
──『神』は、
お気に入りと感想と高評価ください。