──2016年12月21日20時頃。そこそこ長い付き合いとなる探偵・
「与一様、与一様っ」
「うん?」
「その、瑞名、慧? という方は、どのようなお方なのでしょうか」
俺の後ろをついてきている二人のうち、好奇心で問いかけてきた少女が隣まで歩幅を合わせる。
そんな少女に、後ろを歩いている女が鼻で笑いながら代わりに答えた。
「碌でもない探偵だぞ。毎回毎回、厄介な依頼を持ち込んでは面倒なことになって、気づいたら敵の相手を押し付けられてて、気づいたら目的のブツを確保して我先に脱出を図るような馬鹿野郎だ」
「まあ、度し難い……」
「あんまり変なことばっか教えるな。瑞名さんは……まあ、良いところはあるよ。ほら、別に悪事を働いてるわけじゃない」
「大抵の人間はそうだろ」
女が呆れ気味にため息をつく。
「これから初めて会う人間の印象なんて自分の感性で判断するもんだ。俺とかこいつの意見だけで判断しないようにな? ──
「はい、わかっております」
そう返事をして、少女──イデアはふわりと笑う。イデア。それはまあ、彼女の愛称みたいなもの。
本名はアリア・イデクボ。日本生まれ日本育ちの……クォーターってやつだっけ、イギリスとフランスとイタリアと日本と……ってな感じでごちゃごちゃ血が混ざっているらしい。
アリア・イデクボ。
…………。本当に、しっくり来すぎている。まるで、初めからそういう名前でした、と言われたら納得できてしまう程度には。
「ま、それはさておき。そんじゃあさっさと行こう。20歳2人が夜に15歳を連れて居酒屋に行こうとしてる時点でわりと不審だ」
「もし職質されたら全部押し付けて逃げるから」
「いやぁ〜それは、死なば諸共ってやつだぞ」
振り返って、後ろ歩きしながら女を見やる。人型ゴリラもとい女は心底ダルそうな顔をしているが、それもそうだろう。
「瑞名さんの頼みだって言われた途端に逃げようとしやがって。探偵事務所の従業員が所長を差し置いて逃げられると思うなよ。なあ、
「前金50万って言われてなかったら何が何でも逃げてたからな。北海道とかに」
ケッ、と吐き捨てるように言う女──明暗丞久は、瑞名さんのことがあまり好きではない。
何故なら、彼の依頼で向かった先でトラップが起動したら大体の割合でこいつが被害に遭うからだ。去年も何メートルか吹っ飛んで頭から落ちてたからな。……なんで生きてるんだよって話なんだけど。
「ところで与一様、くだんの……『夜叉』なる居酒屋はどちらに?」
「もうちょいかな……お、あそこだ」
新橋駅から歩いて10分。他の居酒屋や人混みをするするとすり抜けていくと、丁度店前の看板を仕舞っている女性が、扉に『貸切』のプレートをぶら下げているところに出くわして、向こうも俺たち三人の接近に気がついたのか顔を向ける。
「……あ。タイミングばっちり」
「こんばんは〜、白ちゃん。瑞名さん来てる?」
「もう来てる。ほら、寒いし早く入って」
ガラリと扉を開けて先に中に入っていくのを見送ってから、こちらも中に入る。すると、カウンター席で足を組んで座っている男性が、手招きするようにグラスを持つ手を軽く上げて口角を緩めた。
「おぉう、もう始めてるぜぇ〜」
「まだ始まってすらいないんですけど。今日は酒盛りをしに来たんじゃないんですよ」
「そうだったか?」
「前金50万貰ったまま仕事内容も聞かずに帰っていいって言うならとんぼ返りしますけど」
「冗談だ冗談。ほら座れよお前ら」
カラカラと氷を揺らしながら笑う男性──瑞名慧。ひとまず彼の近くに座ると、白ちゃんはこちら側に背を向けて台所で皿を洗い始めていた。
「で、今日は新入りの顔見せもしに来たのか? お嬢ちゃんは……初対面の筈、だよな?」
「ええ、はい。わたくし、与一様の事務所でアルバイトをしております。──アリア・イデクボ、イデアとお呼びくださいませ」
「おう、俺は瑞名慧だ。よろしくな。……しかし与一お前、本当に女の知り合いしか居ないな?」
「別にいいでしょその話は」
まったく、と小さくボヤいて、居酒屋の店内が珍しいのか辺りを見回すイデアを横目に、我関せずと白ちゃんに酒を注文しようとしている丞久をメニュー表で引っ叩いてから本題に入る。
「それで、今回の依頼は?」
「そうだな。その前に……と」
「……写真?」
瑞名さんが懐から取り出したのは、赤い目に明るい茶と赤の中間くらいの髪の少女が撮られた写真。
「この子は
「あぁ〜……去年の6月に起きた、男女28人の行方不明事件でしたっけ。被害者の会も作られてたけど……もう忘れられてますよね」
「アレだろ、なんか優秀そうな奴らばっか居なくなったとかで、被害者には関係性があるとか言われてたけど、結局いまだに解決してないやつ」
「???」
瑞名さんの問いに、俺と丞久が答えてイデアは頭に疑問符を浮かべている。
と、その事件の内容を思い出したところで、別の事件もあったことを思い出す。
「確かそのとき、同時期に……えー、名前なんだっけ……そう、
「そういやそうだな。ま、それは例の事件とは別ってことになってるからあんま気にすんな。で、だ。東風谷雪は行方不明事件の被害者なんだけどなぁ、ちょっとばかり最悪なことに、彼女の両親が居なくなった娘を探す過程で事故死しちまってんだ」
「ほーん」
「まあ……それは、悲しいですね……」
「東風谷夫妻……もしかしてあれですか、目黒区で起きた乗用車とトラックの衝突事故」
俺が言うと、瑞名さんが頷く。……そうか、『東風谷』っていう苗字になんか聞き覚えあると思ったら、あの事故の被害者夫妻だったのか。
「まあそんなわけで、お前らには東風谷雪の捜索をしてほしいわけだ。本人が生きてるなら連れてくりゃいいし、そうでなくても重要な情報だけでも手に入れられればヨシ、ってことで依頼主と契約してる。成功報酬は前金にプラスして更に200万だ」
「俺たちそれぞれに?」
「それぞれに」
「はあ。それはまた大盤振る舞いな」
俺たち全員に既に150万出してるのに、本人を連れてこられなくても情報だけあれば良いとして更に600万? なんというか、こう、そこはかとない危険を感じて素直に首を縦に振れないのだけど。
「それだけ依頼主にとっても重要な存在ってことだろ。そもそも依頼主誰だよ」
「言えるわけね〜だろーが。名前とか諸々は明かさないでくれって頼まれてんだから」
「ケチくせぇなぁ」
カウンターに肘をついて、間に座るイデアと俺を跨いで瑞名さんを見やる丞久は、当然の返しをされる。それから瑞名さんは、手近に置いてあった荷物から3つの分厚い封筒をカウンターに置くと、俺とイデアと丞久の前に器用に滑らせて置いた。
「とりあえず前金の50万だ。ちゃんと揃えたけど、あとで念の為に各自で数えときな」
「どうも。それと、東風谷雪ちゃんの捜索に関しては、どこからやればいいですかね」
瑞名さんが報酬の額を間違えたことは無いからその辺は信頼している、ということで表に出しっぱなしはアレなので封筒を仕舞いつつ問う。
「ああそうそう、そのことで明日、光山大学のとある教授と話をするんだ。今回の誘拐事件を独自に調査してる奴だから、いい情報貰えるかもしれねえ。お前らも来るだろ? 昼の12時30分に新木場駅前で待ち合わせて、13時に大学って感じになるが」
「構いませんよ」
「よし。ってことで、今日は解散解散。店はこのまま閉めるまで貸切にしとくことになってるから、呑みたきゃ呑んでいきな」
「はい。お疲れ様でしたー」
「おつ」
「お疲れ様でした、瑞名様」
彼も彼でやることが多いからか、若干慌ただしく席を立ち帰っていった。
さてこのあとどうするか……と悩むと、隣に座っていたイデアが俺に封筒を渡してくる。
「え、なに?」
「わたくし、お金はアルバイト料だけで十分ですので。こちらは与一様がお使いください」
「あー…………わかった、これは預かっておくから、必要だと思ったら言いな? たぶん今回の依頼はわりと長引くと思うから」
「……そういうことでしたら、わかりました」
「要らねーってんなら、別に私らで折半でも良いけどな。……と、折角だし呑んでくか。白ぉ〜なんかオススメのやつ出して」
本人が良いならとやかく言わないけど、まあ今は預かるだけにしておこう。
そんなやり取りを余所に、丞久が皿洗い中の白ちゃんに注文をすると、彼女は少し考えてから開いてる日本酒の瓶をドンと置いた。
「はい、瑞名が呑んでたやつの残り。まだ半分以上あるから呑んじゃって」
「わーい」
「雑……」
「あ、と。すみません。お手洗いはどちらでしょう」
「そっち行って右」
「どうも。少し席を外しますね」
続けてトイレに行ったイデアを見送った白ちゃんは、俺の方を見て目尻を細める。
「あのねぇ、与一くん」
「なんだよぉ」
「流石に未成年はダメよ」
「そういうのではない……!」
「じゃあ、どういうの?」
こりゃ、イデアを連れてきたの失敗だったか? と思いつつ、確かに説明は必要かと思案。
「どっちかと言えば……保護者? あの子、前にこいつと一緒に別件で漁村に行った時に……武装した半魚人どもを素手で解体しててさ」
「…………。うわ」
「とんでもねぇ怪力だったからな。私と与一を足して割らなかったくらいの」
「それで、保護したわけ?」
「そそ。で、なんか知らんけど妙に懐かれちゃっててね。よく分からんけど、なんでも俺と出会うために産まれてきたんだとさ」
「運命的じゃない」
「磯臭い運命だなぁ」
イタズラっぽく笑う白ちゃん。既に
──白ちゃん。
なんというか、魔力の質と量が文字通り桁違い。たぶんなんらかの神格の力にアクセス出来るレベルの実力者だろう、というのは肌で感じ取れた。というか明らかに何らかのアーティファクトであろう膨大な魔力が込められた腕輪を着けているし。
……なぜそんな実力者がこんなところで居酒屋のバイトをしてるんだ……??
「ん? なに?」
「いや、俺は誰かと付き合うとか考えてないけど、やっぱ恋人が居るのって楽しいもんなの?」
「幸福よ」
「即答した……」
「即答かよ……」
据わった目と真顔で即答するくらい、かぁ……!
「キミみたいな男こそ、恋人とか支えてくれる人、みたいなのが必要だと思うんだけど」
「って言われてもねぇ」
「好みとかないの?」
「どぉ〜〜〜せ男なんておっぱいデカいか従順な女なら大体好きだろ──おぼぼぼぼっぼぼぼ」
「はいはい黙ってようね〜〜」
丞久から酒瓶を奪って、口に中身を流し込んで黙らせる。いやまあ間違ってないんだろうけど。
「俺のタイプ、かぁ〜。考えたことなかったな、冗談でも『白ちゃんがタイプ!』とか言ったら彼女さんに殺されるだろうし」
「そりゃ、ね。死んだ方がマシな目に遭わされて何時間も苦しんでから改めて殺されるわよ」
「尚の事ダメじゃん。……タイプねぇ。やっぱ料理できるとか? そうでなくても、出した料理を平らげてくれる子ならまぁそれでいいかな〜って感じだけど、なんだかなあ。あんまり興味ないんだよなぁ」
そもそも学生時代ですら恋愛の『れ』にすら行ってないどころか掠りもしなかったわけで、今さら誰かと恋愛して結婚して──なんてイメージ湧かないんだよね。桐山家は俺が末孫なのだった。
「──戻りました。何を話していたんですか?」
「ん? 俺に恋愛は縁遠い話だなってね」
「まあ。わたくしがおりますから、そのような悩みは抱える必要が無いのでは?」
「そりゃあどうも」
ハンカチで手を拭きながら戻ってきたイデアの言葉を躱して、それから丞久に流し込んだ酒の残りを俺と白ちゃんで割って飲み干してお開きとする。
さて、明日から仕事か。行方不明事件被害者の少女・東風谷雪の捜索、あるいは情報の確保。
どうせそれだけで終わることは無いんだろうな、という嫌な確信を抱きつつ、俺は酔い潰れた丞久を引き摺って事務所まで戻る。
「それでは与一様、お休みなさい」
「はいお休み。丞久はその辺に置いとくか」
「んぐぇ……ンゴゴゴゴゴ……」
借りてるアパートよりこっちのが近いからと泊まっていくことにしたイデアをソファに寝かせ、丞久は廊下に放置する。
馬鹿は風邪引かないし大丈夫だろう。たぶん。
「……あ。明日、暫く店に寄れないかもって燐ちゃんに連絡入れないとなぁ」
俺も寝室のベッドに寝転がって、そう独りごちる。まあ、せいぜい3日か4日くらいかな。そんな風に推測して、まぶたを閉じる。
──しかしまさか、ここから年末までの長い戦いが始まるとは、誰も予想していないのだった。
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