とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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シナリオ製作者:さんだー様


犬神筋 1/3

『まっふゆ~、授業終わったし帰ろかえろー』

「誰も居ないからってはしゃぐなバカ」

『なぁんか機嫌悪くない?』

 

 夏休み(はちがつ)も終わり、登校が始まってから数日経ったある日の放課後。どことなく、結月から見ても有栖川真冬の機嫌は悪かった。

 

『ああそっか。最近与一と会えてないもんねぇ、()()()秘密結社? を潰してくる? とかなんとかってなんか嫌そ~な顔で言ってたけど』

「…………」

『真冬ってそ~ゆ~とこ分かりやすいよねぇ』

「う・る・さ・いっ」

『んぎゃ』

 

 自分たち以外誰も居ないのを良いことに、頭上でグルグル回って煽りながら飛んでいる結月。真冬は彼女の体を鷲掴みにして、教科書やノート、筆記用具を入れたリュックに押し込んだ。

 

 シャッと勢いよくファスナーを閉めて抗議の声を無視しつつ、真冬はそれを背負って廊下に出ると、パラパラと季節外れの雨が窓を叩く音が耳に入る。湿気でどことなくモサッとしている気がする髪を掻いて、彼女はため息をついた。

 

『あーけーてーよー!』

「…………ちっ」

 

 くぐもった声の結月にボスボスとリュックを中から叩かれ、声が聞こえる程度にファスナーを少しだけ開けると、真冬の長髪を隠れ蓑にしてリュックから顔を外に覗かせながら言う。

 

『寮に戻ったら何する? スマブラ?』

「結月は無駄に強いからヤダ。……いやマジで、その大きさ(30センチ)でコントローラーにへばりついてる状態のプレイでよくあんな動きさせられるよな」

『私のカーヴイイ……は最強だからねぇ』

「じゃあ勇者で即死運ゲーしていい?」

『ダメに決まってんでしょーが!!』

「あたしらでやると、あたしの即死運ゲーとソフィアのジャッジ9擦りが始まって与一が速攻でストック消し飛ばされるから大変だよな。そこから結月だけ勝つ辺りは凄いけどさ」

『ひ、他人事……』

 

 そうしてやいのやいのと会話しながら階段を下りると、真冬と結月はふと1年生の教室から聞こえてくる笑い声を耳にする。

 

 

 

『……うえ』

「ちっ」

 

 けれどもその声を聞いて、二人は揃って渋い顔をする。その笑い声が、少なくとも友人同士で談笑し合う過程のモノではなく、他人を嘲り下に見る、馬鹿にする態度が透けて見えるからだ。

 

「結月、黙ってろよ」

『アイアイサー』

 

 そう言った真冬は、結月がリュックの奥に引っ込むのを確認してから、ガラリと不意打ち気味に勢いよく教室の扉をスライドさせる。音に驚いた三人の女生徒と、三人に囲まれていた一人。有り体に言えば、それはいじめの現場だった。

 

 一人の少女は見るからにおどおどしていて、真冬ですら「なるほどそりゃいじめられるわ」と納得してしまえる雰囲気を醸し出している。

 しかしてそのまま大股で歩き、真冬は少女の腕を引きながら言った。

 

「──こいつ、借りてくから」

「はぁ? あんたなに……言って……」

 

 リーダー格らしい気の強そうな少女が、一方的な物言いに反論しようとするも、その語気を(しぼ)ませて行く。それもそうだろう、真冬の身長は170台であり、尚且つ見上げた先にあるのは不機嫌さを隠そうともしない威圧的な眼光。

 

「あ? 文句あんの?」

 

 不良が染めているのとはまた違う天然のブロンドヘアーが真冬の威圧感を増し、彼女たちはもはや何も言い返すことができなかった。

 

 

 

 

 

 果たして引っ張られる形で現場から連れ出された少女に、真冬は問いかける。

 

「で、さあ」

「はっ、はい!?」

「あんた寮住み? 自宅登校?」

 

 するりと手を離して隣り合って歩き、自然と下駄箱に向かう傍ら、真冬は少女と会話する。

 

「あっ、えっと、り、寮……です」

「あの三人は」

「……確か、自宅登校、です」

「ふーん」

『…………ん~?』

 

 靴に履き替えて、二人は寮への帰路を歩く。開いたビニール傘をバチバチと雨粒が叩き、少しずつ雨足が強くなっていることに辟易しつつ、ちらりと少女を見れば視線が合い逸らされる。

 

「別にあたしはいじめないって」

「えっあっ、いえ、その……ごめんなさい」

「怒ってないけど」

「…………ごめんなさい」

「……はぁ」

『重症だなぁ~』

 

 結月のぼやきは、雨音に掻き消されて少女には届いていない。それから寮に戻り、傘を傘立てに挿して寮長に挨拶し、二人はロビーのテレビで天気予報をぼんやりと眺めていた。

 

「こら真冬ちゃん、スカートのまま足組んじゃだめよ~はしたないじゃない」

「っす」

 

 ロビーの近くを通った寮長の言葉を受け流しながらニュースを聞くと、どうやら数日前に()()()()雨が降ったことが原因で天気が少しおかしくなっているらしく、最近の季節外れの雨もそれが原因なのだろうと推察されている。

 

 雨の所為かこの場には真冬たちしかおらず、膝の上に乗せたリュックの隙間からテレビを覗き見している結月を余所に、少女はおもむろに口を開いて自己紹介を始めた。

 

「あっ、私、犬養さゆりです」

「ん。あたしは有栖川真冬」

『そして私は羽田結むぎゅぶ』

「……? いまなにか」

「気のせい気のせい」

『ぎゃんっ!?』

 

 シャッ! とリュックのファスナーを閉めて自分の体を死角にして床に落とす真冬。少女──さゆりは、そんな彼女にふと問いかけてくる。

 

「……どうしたら、いじめられなくなるかな」

「知らないよ」

「…………だ、だよね」

 

 ある程度予想していたとはいえ、バッサリと切り捨てられてさゆりはシュンとする。

 真冬もまた流石に罪悪感を覚えたのか、逡巡してから言葉を続けた。

 

「ま、あたしも昔はいじめられてたんだけど」

「そう、なんですか……?」

「結論から言えば、いじめてくる方を排除しましたーっていう話だからな」

「ええっ!?」

 

 すっとんきょうな声で驚くさゆりを見て、真冬はそれとなくニュースのボリュームを上げる。

 

「中学の頃にとうとう手を上げられて、それで幼馴染の……兄貴分が居るんだけど、流石にウゼーからって相談したらまぁ、色々あってあいつが弁護士雇って警察巻き込んで問題をめちゃくちゃ大事にして最終的にいじめてた方が県外に追放されましたとさ、っていう話。ヤバイでしょ」

「う、うん」

 

 真冬との会話を挟み、今も尚おどおどしているさゆり。ふと、彼女は疑問を抱いた。

 

「あんた……さゆりはさぁ、やり返してやりたい、とか思ったことはないの?」

「────。な、ない、です」

「ふーん」

「……実は、その……お母さんから、ずっと言われてきたんです。『人を恨んではいけないよ、悪いことが起きるからね』って」

「その教訓があんたを守ってくれてるようには見えないわけだけど」

「それはまあ、はい。……でも、やり返せば良いってわけでもないかなって……」

「ふーん」

 

 気だるげに視線をテレビに戻す真冬。

 ──ダメだなこりゃ。と考える程度には、その興味が殆ど失われていた。それからリュックを背負い直して立ち上がると、真冬はさゆりの肩をポンと触って背中を向ける。

 

「なんかあったら、あたしに相談しな」

「あっ、はい。ありがとうございます」

 

 歩きながらヒラヒラと背中越しに手を振ってその場を去ると、部屋までの順路の途中で結月がリュックの中から真冬に話しかけた。

 

『もっと相談のってあげたら?』

「『助けてほしい』っていう願望が無い奴に親切にしてやるほど暇じゃない。……ああ、でも」

『?』

 

 ガチャリとドアを開けて室内に入り、リュックから結月が出てくるのを確認してからベッドにそれを投げ捨てながら続けて言った。

 

「やり返してやりたいとは思ってないらしいけど、一瞬言葉が詰まったから、たぶん考えてはいるんだと思う。()()()()()()()()()()()

『なぁにそれ』

「強迫観念かな。わからん。ただなんとなくだけど……自分が他人を恨んだら良くないことが起きる、ってのを信じてる……みたいな?」

『親の言い付けを真に受けすぎてるだけじゃないのぉ? 内気なのもその所為だったりして』

「あり得なくはない」

 

 リュックを放り投げたベッドに寝転がる真冬を横目に、結月は当然のようにテレビに繋げたゲーム機を起動する。ふよふよと浮遊する体でコントローラーを抱えながら、ふと問いかけた。

 

『……あ、そういえばさ~』

「ん?」

『さっき外に動物居た?』

「はぁ? ……いや、女学園の敷地内にって事なら、そんなの居なかったけど」

『そっか。──いやぁ、だって変な足音が聞こえたからさ。()()()()って、()()()()()の』

「────」

 

 緩い喋り方とは裏腹に凄まじい動きでカチカチとスティックやボタンを操作する結月の言葉に、真冬は考えるそぶりを見せる。

 むくりと起き上がってリュックに手を突っ込み携帯を取り出すが、件の幼馴染──与一に電話を掛けようとして指の動きを止めた。

 

『ん? 電話しないの?』

「……あいつも忙しいだろうし、そもそも女子校の問題に男の首を何度も突っ込ませる訳にもいかないわ。一先ず様子見しとこう」

『そっか。んじゃあ対戦やろーよ、全キャラ中の半分のVIP入り終わったから休憩したいし』

「勇者使っていい?」

『えっやだ』

「じゃあLでロケット頭突きするか……」

『エンジョイ勢特有の脳死B技連打やめろ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 ──翌日。いつものように荷物に紛れ込んだ結月に呆れながらも登校した真冬だったが、日常は絹を裂いたような悲鳴に打ち砕かれた。

 

「……なんだ?」

 

 上履きに履き替えた真冬が即座に悲鳴が聞こえた方向に向かうと、そこは前日のいじめの現場となっていた教室で、腰を抜かしてへたり込んでいる生徒と野次馬は、廊下から教室を見ている。

 

「────。嘘だろ」

 

 高い身長を活かして後ろから同じように教室を覗くと、そこにあったのは、白い制服を赤色に染め血の海に沈んでいる少女の死体で。

 そして、見間違えでなければ。血の海に沈む、少女の驚愕と苦悶に満ちたその顔は。

 

 

 

 

 

 ──紛れもなく、前日この教室でさゆりをいじめていた、三人組の内の一人だった。




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