とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

34 / 284
犬神筋 2/3

「ちっ、退け!」

 

 生徒を押し退けて中に入りつつ、真冬は手早く警察と救急に通報する。

 死体の傍に屈んで傷口を見ると、体のあちこちに引っ掻かれたような切り傷と、獣か何かに食い千切られたような傷が刻まれていた。

 

「こいつは……」

 

 痛みに驚き、そして苦しんだのだろうということがわかる表情に歪んだまま絶命している姿に吐き気を催しつつも、真冬は死体の近くに、血で作った等間隔の跡が残っていることに気づく。

 

「……?」

 

 それはまるで四足歩行の動物の足跡のようで、赤い点々とした跡は開けられていた窓に伸びているかと思いきやそこで途切れている。

 足跡の主は外に逃げたのか、と思い窓の外に顔を向けた真冬だったが────ふと、違和感に気づく。窓から校庭に移した視線、その先。彼女の目は雨粒を弾く『何か』を捉えていた。

 

「────。は?」

 

 ()()は、間違いなく()()に居る。なぜなら雨粒を弾いているのだから。けれども見えない。なぜなら雨粒が当たり、弾かれたことで、かろうじてその輪郭が分かるだけなのだから。

 

 言うなれば、透明度100%のガラスは見えないが触れば確かにそこにあるし、水をかければ水滴がまとわり付いて異物として認識できるだろう。要するに、()()()()()()()()()のだ。

 

「…………犬、か?」

 

 真冬の目に映るそんな異物は、輪郭だけで考えれば犬かなにかが座っているように見える。

 ただじっと、じっと。『お座り』をして、透明の何かは教室から外を見ている真冬を見る。

 何も言わず、威嚇もせず。ただただ、真冬に見られているから見つめ返してくるだけ。

 

 その膠着状態は、遠くから雨音に混じって聞こえてくるパトカーと消防車のサイレンの音に驚いたように反応した犬が逃げるべく走り去っていった事で終わりを迎える。

 

「様子見とか言ってられないか……?」

 

 真冬はそう独りごちて、与一に連絡をする。繋がらなかったからと留守電だけを残し向こうからの連絡を待とうとしていたその時、校舎の中の、別の方向から新たな悲鳴が響き渡った。

 

「──今度はなんだよ」

 

 慌てて廊下に出て、奥から走ってきた生徒に意識を向ける。教師も一緒だったのか、その女性が、重苦しい雰囲気を纏ったままに真冬たち生徒を見回してこう言った。

 

「……女子トイレで、死体が……発見されました。これから、警察と一緒に皆さんには体育館に向かってもらいますので、走らないように」

 

 

 

 

 

 

 

 ──全校生徒が体育館に集められ、生徒二人が亡くなったことを語られ、暗帝九学園は必然的にしばらくのあいだ休校となった。

 警察に見守られながら自宅登校組が出て行くのを眺めるお昼時の真冬は、寮に帰ろうとしていたところ、校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下を歩いているさゆりの姿を見かける。

 

 どことなく嫌な予感を覚えた真冬はリュックから暇そうにしている結月を引っ張り出す。

 

『んぁ、なに?』

「外に出てさゆりの周りを観察してこい」

『やだよぉ。外雨降ってるし私目立つじゃん』

「じゃあ…………これ被ればいいだろ」

 

 そう言って真冬がリュックの底から別に取り出したのは、しわくちゃのレジ袋だった。

 

『えぇ……』

「人形が空を飛ぶのは超常現象だけど、レジ袋が飛んでるのは異常ではない」

『なるほど確かにその通り。……確かに? ……言うほど確かにかなこれ?』

「はよ行け。──変なのが見えないか、注意深く観察しておいてよ」

『へぇ~い』

 

 一瞬正気に戻りかけた結月は、レジ袋を逆さにしてその中にすっぽりと隠れるように被り、開けた窓から外にふらふらと飛んで行く。

 見送った真冬は踵を返して廊下に出ると、渡り廊下の方へと駆け出す。

 彼女が抱く嫌な予感とは、すなわち透明な犬のターゲットが誰なのか──なのだが。

 

「いじめっ子が翌日死体で発見されました……と来れば、トイレで死んでたのが誰かも想像はつくし……次の狙いはアイツだろうな」

 

 昨日の出来事、そして今日の犠牲者。これらを組み合わせれば、誰が事態の中心人物で、狙いが誰なのか、というのは必然的に絞られる。

 相手(ターゲット)も同じ結論に至ったのだろう。真冬が渡り廊下にたどり着いたとき、さゆりの眼前には、彼女をいじめていた三人組の内の一人────否、最後の犠牲者が現れていた。

 

「──さゆり! あんたが二人を呪い殺したんでしょ!? 私知ってるんだから!」

「えっ……そんな、しっ、知らない……」

「母さんに聞いたわ、あんた()()()なんでしょ! それでいじめてた二人を呪い殺して、今度は私も殺すつもりなんでしょ!?」

「ち、ちがっ、違う……」

 

 剣呑な表情で鬼気迫る勢いの少女は、そう言いながら歩みを進め、さゆりもまた恐怖から手を胸元で握り締めて言われていることが理解できないとばかりに数歩後退りする。

 

 その行動が癪に障ったのだろう。苛立たしげに歩み寄り今にも首を絞めに行こうとしている少女を見て、さしもの真冬でも止めに入らなければ不味いと判断した。だが、その刹那。

 

「──づっ!?」

「…………えっ?」

 

 伸ばした手を、少女は反射的に引っ込める。まるで熱湯に触れてしまったかのような反応をした少女だったが、その指先を。指先があった場所を、呆然と眺める。危うく危害を加えられそうにさゆりですら、何が起きたかわかっていない。

 

「は? ……え? わた、し、の、指……」

 

 一拍の間を置いて、駆け寄った真冬を含めて三人は惨状を視界に納める。

 少女の指は人差し指や中指が半ばから千切れており、宙を舞った血液を追って廊下の窓際に視線を辿らせると、そこには指が浮いていた。

 

「──おい、ここ、三階だぞ……?」

 

 浮いていた指は見えない『何か』が咥えているのだと察する真冬だったが、ここが三階でなおかつ屋内であるために、雨という可視化の手段が無いことに思い至る。

 そして『何か』が、グチャ、パキパキ、と千切った指を咀嚼して呑み込み、指は消滅。──いや、透明な生物の透明な臓物に収まったことで見えなくなったのだろう。

 

「……ぁ、づ、ぁあっ……!?」

 

 自分の指を食い千切られ、虚空に消える光景を見ていた少女は、遅れて自覚した焼けるような激痛を堪えて体を丸め、涙と汗でぐちゃぐちゃの恐怖に歪んだ顔をさゆりに向けると。

 

「…………この、バケモノ……っ!」

 

 そう吐き捨てて、真冬の横をすり抜けて走り去っていった。追いかけようにも、既に階段を駆け下りていて追いかけようがない。

 残された真冬は、ため息をつきながらさゆりに近づきながら口を開いた。

 

 

「あー、まあ、なんだ。大丈夫……じゃないよな。どうしたもんか」

「……私の、所為なんですよね」

「いや違う」

「だって、あんな……犬神筋なんて、()()()()()()()()()()……」

「あん?」

「────」

 

 さゆりの言い分は、まさか本当だったなんて、とでも言いたげな感情が含まれていた。

 

「さゆり、これだけ答えてくれる? 犬神筋とやらの話は知っていたけど、自分が()()だったとは思ってもいなかった?」

「…………うん」

「そうか。一旦あたしの部屋に行くか、話を纏めたいし専門家のアドバイスも欲しい」

「せ、専門家?」

「ん。──ああ、そうそう」

 

 真冬はおもむろに渡り廊下の窓を開ける。一瞬だけ吹いた強風に煽られたのか、レジ袋が舞い込んでくるのだが、その袋はまるで意思があるかのように浮かび上がり二人の目線まで浮かぶ。

 そして、レジ袋をひっぺがした中からは、ゴスロリ服を着た30センチ程の人形が現れる。

 

『──呼ばれてないけどジャジャジャジャーン。最強可愛い結月さんだぞぉ~』

「…………?????」

「この通り、奇妙な超常現象は経験済みだ。あたしも、その専門家も、少なくともそこいらの霊媒師よりかは頼りになるぞ」

 

 自分の境遇、透明な怪物。そこに更に自動で動き回る人形という奇怪な存在が加わり、さゆりのキャパシティは、限界を迎えつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──寮に帰り、真冬の部屋に通されたさゆりは物珍しそうにキョロキョロと見回す。

 

「……あ、げ、ゲームとかするんですね」

「それ全部結月が遊ぶやつ。隠すの大変だから一個だけって言ってあんの」

『まーまー座りたまえよ~』

 

 呑気にそう促されておずおずと勉強机のイスに腰かけると、その傍らのベッドに座る真冬が、不意に鳴った携帯の画面を見て二人に喋るなという人差し指を口に当てるジェスチャーをする。

 それから二人にも聞こえるようにスピーカーにした電話の向こうから、男性の声がした。

 

【──もしもし、真冬。大丈夫か?】

「ん。……大丈夫って?」

【テレビ見てないのか、またニュースになってるぞ。『暗帝九女学園で生徒が二名死亡』って。すぐテレビ点けて見てみな】

 

 男性──与一にそう言われて、一番テレビの近くに居た結月がリモコンを小さな指で押す。するとニュースでは今まさに今朝の凄惨な死が事件として扱われていた。

 

「んー、いま見た。まさにこれ関連に巻き込まれてるん……だけど…………」

 

 真冬は本題に入ろうとしていたが、切り替わった次のニュースに目を丸くする。

 テレビの中は、警察署の一角が爆破されてモクモクと煙を立ち上らせる光景を映し出す。

 

「……『昨日の午後、■■警察署で爆発事故。部屋にいた警官一名と楠木遊吾署長の死亡が確認されました』……まさかとは思うけどさ」

【…………。ん~~~、あ~~~。そう、今ちょっと、俺もその件に関わっててね。黒幕を取っ捕まえるために事務所に署長の娘さんとヤクザ──もとい先輩二人も揃ってるところだ】

「ああ、そう……いやそれ以上はいい余計な話を聞いて巻き込まれたくない」

【懸命だなあ。それで、なんだっけ】

「──その生徒二名死亡の件なんだけど、犯人は人間じゃないのよ」

【……もう少し詳しく。あ、葉子さんそこのメモ帳取ってください。そうそれ、どうも

「ん?」

【はい、いいよ】

 

 電話の向こうのさらに小声というのもあって後半の言葉が聞き取れなかった真冬は、小首を傾げつつも与一からの了承に言葉を続ける。

 

「まず、死んだ二人は()()……とある生徒をいじめてたやつらで、昨日その現場も見てるんだけど、翌日もとい今日の朝に二人とも死んだ。その犯人は…………見えない犬みたいな怪物だったのよ、外でなら雨粒を弾くから見えるけど屋内では完全に無色透明」

【────。そいつは血を吸った?】

「いや、それこそ犬っぽい。四足歩行で、大きさは小型犬くらい、数は……」

『さっき()()()()()()()()()の見えたけど、3匹は居たよ~ん』

【透明で犬みたいな3匹の怪物。どっかで聞いたことあるな……】

「ああそうだ。いじめてた奴は三人組で、最後に……襲われた奴が犬神筋とか呪いとかそういう事を言ってたんだけど、どう?」

【────。あー、あー。なるほど】

 

 向こうで顔を手で覆っているのであろう動作を察しつつ、真冬は与一の言葉を待った。

 

【犬神筋、ね。それなら──えっなに】

「……与一?」

いやいやいや、あいつまだ高校生…………えー、えー。うーん……真冬すまん、探偵の筈なのにヤクザみたいな雰囲気の人に脅されてるからヒント出すのナシになった、本当に悪い】

「は???」

 

 電話の奥から聞こえてきた、第三者からの問いに返事する与一の声。それから一転して、彼の言葉は情報提供を拒絶するものだった。

 

『ちょいちょいちょーい! ノーヒントは駄目だって! こっち死人出てるんだけど!?』

【こっちも味方に刃物突き付けられてるんだよ! 言いたくても言えないの!】

『なんで!?!?』

 

 指示通りに黙っているさゆりですら状況に困惑し、眉間にシワを寄せる真冬の代わりにリアクションする結月が声を荒らげる。

 

「……あ、もしかして自分で情報探れってこと? あんたが答え出すのは駄目って話?」

【そうなの? ──うん、どうやらそうらしい。せめて口で言ってくれませんかね

「……ああ、じゃあ、うん。図書館とかで古い文献でも探せば見つかるだろうし、そっちも忙しいんでしょ? あとはこっちでやるから」

 

 今現在、どうやら与一は警察署爆破の事件を追っているらしく、こちらにまで気を回していては互いのためにならない。向こうにいる彼の仲間はおそらくそれを案じているのだろう、やり方は強引だが、真冬はそれに乗ることにした。

 

【それと最後に一個だけ。かつて万丈寺っていう寺で異形の怪物を退治したという話があるんだけど、たぶん犬神筋と関係があるかもしれないし、寺自体は普通にあるし知り合いが活動してるから、情報を集めたらそこに行きな】

「ん。ありがと」

【寺の住職には俺の名前を出せば()()()()()()()。──けど、見た目のインパクトが凄いから驚いちゃだめだぞ】

「? ……わかった」

 

 なんのことやらと疑問符を浮かべる真冬に、最後の最後で与一は付け足す。

 

【あっ最後って言ったけどもう一つ、その透明の犬が生徒を殺した件だけど、その手の怪物ってのは人間とは感性が違うんだ。だから、例えば『ちょっとムカつく相手に仕返ししてやりたい』と思ったことを歪んで解釈すれば……】

「……『殺してしまえばもうムカつかないだろう』……とでも考えるってことか?」

【かもね。もし仮に本気でヤバイと思ったらもう一度連絡してくれ、15秒もあれば先輩に【門】でそっちに飛ばしてもらえる。じゃあ今度こそ頑張れちょっと刃先が首にめり込んでるから】

 

 それだけ言って、与一は最後だけ早口になりながら改めて通話を切った。

 

「…………」

「…………」

『…………』

 

 一瞬、静寂。

 

 なんとか正気に戻った真冬が、何度目かも忘れたため息を付いて締め括る。

 

「どうせ休校で暇になるんだ、さっさと図書館と……万丈寺、だったか。そこに行こう」

「えっあの、大丈夫、なんでしょうか。見えない犬が……襲ってきたら」

「あの見えない犬っころ共は、恐らくだがさゆりに危害を加えるか、さゆりが危害を加えたいと思わない限りはなにもしてこない」

 

 やれやれといった雰囲気でリュックの中の筆記用具と教科書を出して、携帯や財布だけを残し、もぞもぞと結月がリュックに入る。

 手慣れた様子で準備をする真冬たちに、さゆりは呆けたような顔で言った。

 

「……慣れて、ますね」

「あん? まあな、変な出来事には慣れてるな」

「ああ、いえ、その……私を、いじめていた人が、死んだじゃないですか。私、まだ……少し……怖くて、気を抜くと、変になりそうで」

「────」

 

 ()()()()()()。と、真冬は脳裏で冷静に独りごちる。よく見れば、座っているさゆりの腕はカタカタと震えている。当然だろう、怖いのだ。

 

 自分にまとわり付いている怪物の所為で人が死に、傷ついた。そしてそれは、自分が思わず抱いてしまった反抗心を反映したから。

 恐怖、そして罪悪感。それ以上に────冷静沈着な真冬の対応に疑問を覚える。

 

「──あんたが正しいよ。これは、単純に、あたしが変なだけなんだから」

 

 

 

 

 

 

 

『最初は驚くし、焦るよ。でも最後には慣れちゃうんだ。そうしないと生き残れなかったから』

 

 記憶には残っていない、壮絶なループの中で言われたとある言葉を、本人も自覚しないままに想起する。何時の何処の誰の言葉かは知らないが、確かに、と真冬は自虐気味に笑うのだった。




お気に入りと感想と高評価ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。