かわらぬ挨拶
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魔女たち裁判
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犬神筋/正当復讐信念(同時期)
学生の夏休みが終わり、ちらほらと登校が始まり、秋の涼しさが顔を覗かせる頃。
どうせ暇だろの一言で
「一々俺を巻き込むのやめてくれません?」
「全部終わってから言う台詞じゃねえだろ」
「呼び出されてすぐの時にも言いましたけど?」
助手席であっけらかんとそう言った女性──
「次から秘密結社を潰すなら事前にそう言ってくださいよ……着の身着のままで
「覚えてたらな」
「秋山さん今の聞きました?」
「いや、聞こえなかった」
「この共犯コンビめ……!」
後部座席で腕を組んで座っている男性──秋山さんは、そう言ってすっとぼける。
探偵の丞久先輩と警察関係者の秋山さんはたびたびタッグを組んでいる──本人たち曰く組まされている──のだが、そういえばこの人って何処の組織に所属してる誰なのだろうか。
結構長く付き合ってきているけど、秋山さんはあくまでも警察『関係者』を自称しているだけなのだ。なんか段々怖くなってきたな……
「……そんで、取っ捕まえた下手人ですけど。どこに運ぶんでしたっけ、東京湾?」
「お前も丞久節に染まってきたな。さっき警察署って言ったろ、こっから近いとこでいい」
「ああはいはい」
バックミラーで後部座席をちらりと見れば、腕を組んでどかりと座っている秋山さん──の横に手錠で手を縛られ頭に麻袋を被せられたガタイの良い男が乗せられている。
まあ、顔を隠しているのは、
この絵面だけを見て、果たして犯人を連行していると思う人がどれだけ居ることだろうか。
「警察署にも魔術に精通した人が?」
「ああ。大体のところには事情を把握してる奴とか警察と兼業してる魔術師がニ~三人居る。俺らがスムーズに仕事できんのもそのお陰だ」
「あ~~……証拠隠滅で苦労させられすぎて嫌われてるタイプですよね秋山さん」
「よく分かってんじゃねえか」
──だってあんたすげぇドカドカ銃撃ちまくるじゃん。とは、思いつつも言わない。
「ああそうだ、丞久先輩、今回の件の報酬ちゃんと振り込んどいてくださいよ」
「ちょっと色付けといてやる」
「なんで面倒事を押し付けといて上から目線なの??? ……はあ。こないだのカフェといい、疲れることばかり起きるなあ最近」
「カフェ──駅前のオープンテラスのか?」
「? そうですけど、言いましたっけ」
言っ……た? いや、言ってないはず。……言ってないけど、この二人ならなんか監視してても不思議ではないから怖いんだよなぁ。
「んまあ、色々あったんですよ。幼馴染と元同級生と一緒にカフェに行ったら……ループに巻き込まれて何度も元同級生が死んだりで」
「そんなん最初のループの時点でヨグ=ソトースの仕業だと気づけない方が悪いだろ」
「つーかお前、こっちが村で戦ってたときに裏でおデートしてたのかよ」
「いいご身分だな後輩くんよぉ。私が炎の精に爆撃されてた裏でよぉ」
「こんな醜い嫉妬をストレートにぶつけてくる人たち初めて見たかもしれない」
などと二人揃って眉間にシワを寄せてぐちぐちと文句を言ってくる。人は多忙を極めるとこうなってしまうのか──と考えていると、上着の裏でモゾモゾと動く感触を覚えた。
『…………』
「ソフィア、君はこんな駄目な大人にはなっちゃいかんぞ。健全に育ちなさい」
『…………?』
上着の裏から這い出てきて太もも辺りに乗っかる人形──ソフィアにそう言うと、寝ぼけ眼をしょぼしょぼさせながら「なんのこっちゃ」と言わんばかりに首を傾げつつも頷いた。
「おっ、人形か。さっきも役立ってたなぁ」
『…………!?』
「先輩、雑に扱うと流石に怒りますよ」
「わかってるよ」
不意に先輩がソフィアの襟首を掴んで猫のように持ち上げると、眼前に持ってきてしげしげと眺めた。ソフィアは緊張からか、普段の無口さとはまた違う意味合いで黙り込んでいる。
──さっきも役立ってた。というのは、ダゴン秘密結社が所有していた船の中で、浮遊できるのを利用して懐中電灯で上から照らしてくれていた時のことを指しているのだろう。
「人形……人形、ねぇ。確かに関節は球体だが……肌に触れば暖かい。これ人形ってより──」
「はい?」
「──うんにゃ、なんでもねえ」
「はあ、さいですか。そういえば秋山さん」
「なんだ?」
丞久先輩が、ダッシュボードの上に飾られてる太陽光で動く……あの……踊る花のアレの横にソフィアを置くのをちらりと見つつ、赤信号で止まったのを良いことに後ろに意識を向ける。
「人形化の魔術の件、どうなってます?」
「…………。あー、はいはい。アレな」
「捜査進んでないとか言わないでくださいよ」
「──厳密には少ししか進展してない、だな」
窓の外を見ながら、言葉を選ぶように逡巡する秋山さんは、一拍置いてから口を開く。
「あの魔術のメール……便宜上『電子魔術』と呼ぶが、アレには人形化
「それはまた、どうして」
「俺の上司なら解除できる場合は死刑囚を引っ張り出して──いや、この話はやめるか」
「こわ…………」
さらりと恐ろしいことを言われながらも、青信号になったためにアクセルを踏む。しかしそうか。解除の魔術は無く、開発も難しいと。
「あとは、そうだな。あのメールの発信源を調べていたんだが──少し厄介な事態になった。……発信源は外国からだったんだよ」
「────。具体的にどこから?」
「さあな。ヨーロッパのどっか、ってところまでは絞り込めたけどそこで詰まってる」
「国内ではない、かぁ」
……これは、つまり今気にしたところでどうにもならないということか。
普通に考えて、いきなり外国の一般人に人形化などという危険極まりない魔術を与えてきた相手をヨーロッパの中から探すのは無理だ。
と、あと少しで警察署に到着するという辺りで、どうしても我慢できずに欠伸が漏れる。
それを横目で見ていた丞久先輩が、呆れたような声色で口を開く。
「くぁ、あふ」
「おいおい、事故るなよ」
「いやあ最近眠りが浅くて」
「もしかして寝てる間にドリームランドにでも行ってんのか?」
「そんな先輩じゃないんだから」
「私だってそんな頻繁に行くわけじゃねえから。……週2回くらい?」
「常連じゃん」
ドリームランド常連客の丞久先輩が現実どころか夢の中ですら多忙であることに気づいてしまったが、これはそういう理由での欠伸ではない。──魘されるのだ、頻繁に見る悪夢に。
何度も何度も、何度も何度も何度も、
そんな状態が、あのループ以降、まるで戒めだと言わんばかりにずっと続いていた。
「……はーい到着しましたよー」
「おうお疲れ。軽く仮眠したら?」
「俺と丞久だけで
「はいはい」
丞久先輩と秋山さんが変なところで優しいのもまた不気味である。
とはいえ、仮眠でも眠れば悪夢を見るわけだから、寝るよりは体を動かす方がいい。
……これ、敵拠点から強奪してきたある種の盗難車だから警察署に駐車するのは不味いのでは? と思いつつも、ひとまず車を駐車場に置いて、バッグにソフィアを隠して表に出る。
「さて、コーヒーでも飲むかな。ソフィアは何がいい? 甘いやつ?」
『…………!』
相変わらず無言のソフィアだが、被せの隙間からにゅっと出てきた小さな手が親指だけを立ててグッドサインを作る。1いいねを獲得。
そうして自販機を探そうと車から離れた直後、警察署の入口の方で揉めている声が聞こえてきた。まさか先輩たちかと思いそちらに向かうと、そこでは婦警さんが浮浪者を相手にしていた。
「……仕方ないか」
一旦様子見しようかと思ったけど、タイミング悪く周りに他の警官が居ないために、事態が悪化する前に止めに入ろうとする。
「っ、落ち着いてください!」
「──とっ、鳥! 鳥が! 鳥がぁああ!!」
「……鳥取?」
だが、その様子は尋常ではない。近づこうとすると婦警さんはこちらに警告した。
「そこの人、危険です! 離れて!」
「そうも言ってられないでしょうに」
「翼ッ、翼が、影を! 影が、ぁあぁあ」
小汚ない身なりの男──ホームレスか何かだろう──は、目を血走らせて、鳥がどうのこうのと喚き散らしている。その異様な光景には、どことなく見覚えがあった。
怪物を見てしまって精神に負荷が掛かりすぎた一般人にそっくりなのである。
「──おっと」
いっそ気絶させてあげた方がいいかと思っていると、男はそのままガクンと力を失ったように倒れる。頭を打つ前に駆け寄って支えるが、どうやら気絶してしまっているようだった。
「……い、いったい何が……」
「あー、婦警さん。中に運んだ方が?」
「あ、ええ、そうですね、案内します」
何が何やら、といった風に困惑している婦警さんに問いかけると、困惑したままに頷く。
ひとまずと男を抱え上げ、彼女の案内で警察署の中に向かった。
「よっこいしょ。……この人どうします?」
「起きたら何を言いたかったのか聞き直すことになるでしょうね、まだ錯乱しているようだったら救急車を呼ぶことになる……かも」
「さいで。ああ、俺は桐山与一です。こんな格好ですが探偵やってます」
「これはご丁寧に、私は
男をベンチに下ろして寝かせると、婦警さん──葉子さんはこちらに質問してくる。
「……ん~まぁ~、警察関係者の捜査に協力してまして……えー、今はその人たちが戻ってくるのを待ってる感じですかね」
「なるほど」
「──葉子さんは、さっきの男が言ってた鳥とか翼って、なんだと思います?」
「わかりません、何かクスリでもやってるのかと思ったけれど、顔色は普通なんですよね」
ちら、と気絶したままの男を見て葉子さんが言う。それはこちらとしても分かってはいるのだが、どうにも、違和感が拭えなかった。
「鳥、翼、影……超巨大な鳥が出たとか?」
「ふふ、まさか。そんな生き物は日本には居ませんよ、外国であれば……ハゲ鷹なんかがそう見えなくもないでしょうけれど」
「ですよねー」
何を言っているんだとばかりにクスクスと上品に笑う葉子さん。まあ、大抵の場合はそういう反応になるのも無理はない。まさかそういう怪物なら居ますよ、とは言えないのだから。
「はぁ。あ、ちょっと外行きません? 俺もともとコーヒー買おうとしてたんですよ」
「そうでしたか。すみません……よかったら奢らせてください」
「いやいや、むしろなんか1本奢りますよ。いつもお勤めご苦労様です」
「えっ、いやそれは……」
葉子さんはこの提案に、少しばかり申し訳なさそうなそぶりを見せつつも、おもむろにいたずらっぽく微笑を浮かべて口角を緩めた。
「それは…………。い、いいですか?」
「ふ、どうぞどうぞ」
わざとらしく頷いて、葉子さんを連れて外に出る。小雨が鬱陶しいが、自販機で飲み物を3つ買って屋根のあるところに戻り、自分と葉子さんのコーヒーを渡して1つをバッグにねじ込む。
中からモゾモゾと身動ぎする感覚があるから、ソフィアもひっそりとジュースを飲んでいるのだろう。頼むから溢さないでくれ……
──と、のんびりとコーヒーを飲みながら数分ほど軽い談笑をしていたとき、葉子さんが不意にため息混じりに相談のような話をしてきた。
「実は、最近少し悩みがあって────ああいえ、すみません。市民に警察が愚痴なんて」
「お気になさらず。俺なんかで良ければ愚痴っちゃっていいですよ」
「……貴方は、不思議な方ですね。探偵だからでしょうか、相談
「相談されるのが仕事ですからねぇ、その言葉は探偵冥利に尽きますよ」
手元で中身の残った缶コーヒーを弄ぶ葉子さんが、それから一拍置いて口を開く。
「実は、私はこの警察署の署長の娘なんです」
「……なるほど、コネを邪推されてると」
「はい。だからこそ人一倍の努力を欠かさないようにしているんですけれど……」
はあ、とため息を一つ。
「最近、分からなくなってしまって」
「分からない……というと?」
「世のため人のためにと警察官になったのに、今の私は我が身可愛さで努力をしている。本末転倒というか、何かを間違えてるというか」
話を聞いていると、ソフィアが飲み終えたのか、空のジュースのペットボトルがバッグの被せの隙間からニュッと出てくる。
葉子さんに見られないように素早く引き抜いてノールックで自販機横のゴミ箱に投げると、スポンと穴を通って綺麗に収まった。
「葉子さんが、一番最初に警察官を目指すことを決めた理由ってなんですか?」
「────。それ、は」
「俺は、子供の頃に両親が
突然の自分語りが重かったのか、葉子さんは目を丸くして驚いている。
こちらとしても重すぎるからあんまり語りたくないし、思い出すのも嫌なんだけど。
「俺が探偵をしている理由はシンプルですよ。人の力になりたい、ただそれだけ」
「…………」
「貴女はどうですか」
「私は……私が、警察官に憧れた理由は──」
そこで区切って俯いた葉子さんに釣られて下をちらりと見たとき、ふと、地面に射した影に視線が向かう。続けて小雨が遮られていることに気付いて、下げていた頭を上げる。
「────。嘘だろ」
視線の先にあったのは。いや、
ばさりばさりと羽ばたいて警察署の上空を旋回する巨体のその顔は、翼竜のようなシルエットに反して、なぜか馬と同じだった。
「……? 何かあるんですか?」
「見えてないのか……!?」
雨宿りしていた所から出て上を見上げる動きに釣られてか、葉子さんも同じように見上げるが、彼女には見えていないらしい。つまり【隠蔽】で姿と気配を消しているということだ。
ひとまず葉子さんにも情報を共有すべく、肩に触れて手から魔力を流し、一時的にでも彼女の感覚を
「これで見えますか」
「えっ────、えっ、なっ……!?」
「落ち着いて、アレは周りには見えてないから騒ぐとこっちが目立ちます」
「っ~~~~!!?」
「しーっ、叫ばないで」
叫びそうになった葉子さんの口を肩に置いていた手で塞ぐと、手のひらの向こうで押さえ込んだ小さな悲鳴が伝わってくる。
もう片方の手で静かにとジェスチャーしてそれにこくこくと頷くのを見てから、そっと手を離して改めて二人で上を見た。
「……シャンタク鳥がなんでこんなところに? 先輩が気づいてないってことは、相当魔力をつぎ込んで【隠蔽】してるな……?」
「しゃん? ……あの、もしかしなくても、何が起きてるのかご存知ですよね?」
「まあ、はい。とはいえ俺より詳しい人が署内に行ってるので、一旦そっちに連絡をいれた方が良いですね。あの動きからして、明らかに誰かの命令で動いてる…………ん」
ぐるぐると警察署の上で旋回しているシャンタク鳥を見ながら、バッグから携帯を取り出そうとして、その鋭い爪のある足に何かを掴んでいることに気づく。
【強化】で視力を上げて何を掴んでいるのかを確認しようとして、それよりも先に、葉子さんが小首を傾げながら小さく言った。
「──なにか、箱のような……」
「素で見えるんですか? 目良いですね」
「視力2.5が自慢なんです」
「すげー……」
いや本当に凄いな。どことなく自慢気な葉子さんを横目にシャンタク鳥を見れば確かに足には箱が握られており、まるで──でもないだろう。あれはどう見ても、誰かの指示を待っている。
「……これは、本当に先輩か秋山さんを呼んできた方がいいな」
そんな言葉を口にした刹那、シャンタク鳥の動きが変わる。旋回していた筈のシャンタク鳥が大きく羽ばたいたかと思えば、さながらブランコを勢いづけるように体を波打たせて────掴んでいた箱を放り投げた。
何を投げたのか、何が入っているのか、何が目的なのか。何一つ分からないが、けれども嫌な予感だけは脳内でアラームを奏でている。
「伏せろ!!」
「──っ」
そう言いながら、即座にしゃがんだ葉子さんとバッグを庇い壁になるようにシャンタク鳥に背中を向けて、【強化】で体を頑丈にし、嫌な予感に従って衝撃に備えると。
「……づ、ぉ」
警察署を揺らす衝撃と共に、凄まじい轟音が耳に響く。辺りには警察署の壁だったモノが瓦礫となって散らばり、爆発の発生源を見上げれば、部屋の一角からモクモクと煙が立ち上っていた。
「うおお、聴覚弱めといてよかった……。葉子さん、大丈夫ですか」
「っ、え、ええ……」
敢えて【強化】の応用で聴覚を弱めて爆発を聞き取りにくくしたのが功を奏し、元に戻せば耳は正常になった。葉子さんの腕を掴んで立たせると、彼女は調子を確かめるように頭を軽く振り、それから煙の上がった部屋を見て────
「……!! お父さん!!」
「え? あっちょ、葉子さん!」
──血相を変えて、混乱の渦中にある警察署の中へと駆け出すのだった。
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