「うーい、搬送完了……っと」
「私の魔力で【門】作らせといてなに自分がやりましたみたいな顔してんだ」
「相変わらず多忙っすね」
地下の倉庫に作った【門】を開き、
いわゆるキツネを思わせる、胡散臭さのある細目の長い顔の男を見て、丞久は口を開く。
「なら少しは
「耳が痛いっすねえ。あ、あとイイーキルスが現れるかもって『上』が言ってましたよ」
「は~~~~~?」
ビキッと青筋が額に浮かぶ丞久から視線を外す男。秋山は疑問符を浮かべて問い掛けた。
「イイーキルス?」
「バカデケぇ蛆虫が拠点にしてる、バカデケぇ氷山の形をした移動城塞」
「そうか、マジで現れたら頑張れよ。それたぶん俺が関わったら確実に死ぬわ」
「はぁーめんどくせ~~。……とにかく今回の仕事は終わったし、次の仕事まで数日は休めるか? 与一も連れて帰りに飯でも────」
そこまで言った丞久は、ピクリと眉を跳ねさせて天井を。否、警察署の外に意識を向ける。
「どしたんすか」
「またなんか感知したのか」
「ああ、いや、上で与一が魔力を使ったみたい。【強化】なんかしてなにやっ
──刹那、激しい爆発音と共に、ズズン……と警察署が揺れる。地下の倉庫にまで影響し、丞久たちは不意の揺れにふらついた。
「敵襲か?」
「警察署にぃ? マジならヤバイっすよ」
「……私が先に行く!」
即座に秋山と男は腰のホルスターから拳銃を抜き、丞久は左目に模様を浮かばせ文字通り風のような早さで地上へと駆け上がる。
ものの十数秒で一階に戻った丞久が見たのは、混乱している民間人とそれを落ち着かせている警察官。そして血相を変えて廊下を駆けて行く婦警と、その背中を追いかける後輩の姿だった。
「葉子さん! ちょっと待って……足早いな……流石は現役の警察官……!」
階段をものすごい勢いで上がって行く葉子さんを追いかけて、気がつけば爆発のあった階に到着した。彼女が走る背中と、爆発の衝撃で廊下の壁までもが破壊されている場所に視線を移し、件の現場に近づくにつれて緊張が走る。
「────。そん、な……」
「葉子さん、危ない、で、す……」
部屋に入って数歩のところで足を止めた為にようやく追い付けたのだが、そこは凄惨な事故現場だった。爆発時、不運にも部屋の中に居たのだろう、焼け焦げた二人の男性。
一人は出入口付近で体のあちこちが千切れた姿で倒れており、外が見える大穴の近くにも一人の男性が倒れている。葉子さんはその男性を見て、青ざめた顔でふらふらと歩み寄ろうとした。
「お、お父、さん……?」
「葉子さん、待て! まだ外にはシャンタク鳥が居る、そっちに近づくな!」
肩を掴んで止めようとしたその時、噂をすればなんとやらか。シャンタク鳥は穴の外から中へと降り立ち、こちらを威嚇するように睨む。
そして、シャンタク鳥は、どういうわけか男性──葉子さんのお父さん、すなわち署長を足で鷲掴みにして強く羽ばたいた。
……連れ去ろうとしている? まさかそのために警察署を爆破なんてしたのか?
しかし、流石に一人でシャンタク鳥を相手取るのはキツいぞ。爆発したのは先輩たちも気づいただろうから、来てくれるのを期待して時間稼ぎに徹すればなんとかなるか。
思考を纏めて、念のためにバッグを床に置こうとしたその時、穴から外へと出ていこうとするシャンタク鳥に、葉子さんが駆け寄った。
「──お父さん!」
「ばっ、かやろ……!」
一歩遅れて走り、シャンタク鳥が鷲掴みにする署長に手を伸ばす葉子さんの腰に腕を回して壁のへこみに指を食い込ませて
あともう少し遅ければ、空を飛べない彼女は地面にまっ逆さまだっただろう。
「っ、ぁ」
「葉子さーん、もう少し冷静になりましょう」
「──なにやってんだお前ら」
「ん?」
ふと聞こえてきた声に頭を上げると、ぶら下がっているこちらを呆れ顔で見下ろす先輩と目が合った。背負っていた竹刀ケースのファスナーを開けて、刀を取り出しながら問いかけてくる。
「先輩~? ちょっと遅かったんじゃ?」
「地下倉庫に居たんだよ。……で、シャンタクか。あれ落とせばいいんだな?」
「はいお願いします」
「えっ」
今まさに警察署の敷地から離れようとしているシャンタク鳥を見据えて、先輩は数歩後退りしてクラウチングスタートの姿勢を取る。
困惑している葉子さんを余所に、先輩は暴風を纏ってスタートを切る。まるで限界まで引っ張ったパチンコで玉を打ち出したかのように、輪郭が線に見えるほどの速度で穴から飛び出すと、速度をそのままに刀を空中で抜刀した。
「まさかっ────やめて!!」
腕の中で宙ぶらりんの葉子さんは、シャンタク鳥へと一直線に跳躍した丞久先輩に言う。けれども言葉は届かず、先輩は馬頭の噛み付きを器用に空中で身をよじる事で避け、流れで一回転しながらその長い首を半ばから両断する。
一瞬で命をも断たれたシャンタク鳥は、羽ばたく動きを止めてその巨体を重力に従わせて落下した。──足で掴んだままの署長と共に。
「……あ、ぁあ」
「葉子さん、口閉じてて。降りますよ」
「え、なっ──えッ!?」
何を言ってるんだ!? とでも言いたげな表情をした葉子さんを無視してぱっと壁に食い込ませていた手を離し、シャンタク鳥を追いかけるように落下。彼女を横抱きにして途中で警察署の窓枠を踏んでブレーキを掛けつつ、出来る限り緩やかに着地した。首に腕を回して呼吸を荒らげていた葉子さんは、地面に下ろされるとふらつきながら近くの車に手を突いて言う。
「……に、二度と……やらないで……」
「善処します」
「そうだ、お父さんは……っ」
グロッキーな顔をシャンタク鳥の落下地点に向けて、葉子さんはふらふらと歩いて行く。後ろを歩くと、首を斬られたシャンタク鳥は、ボロボロと体を崩壊させていた。
その近くに、倒れている署長を見下ろして何かを呟いている先輩の姿がある。
「ふーん……なぁるほどね」
「────動くな!」
「あん?」
「武器を捨てて手を上げろ!」
葉子さんが丞久先輩を見るや否や、腰から拳銃を抜いて銃口を向ける。余裕のあるゆったりとした動きで刀をケースに仕舞う先輩は、片眉を上げて葉子さんに薄い笑みを返した。
「八つ当たりか?」
「……!」
「よくも殺したな、ってか? 違うだろ、この男は……
ギリギリと歯を食い縛る葉子さんを一瞥してから、先輩はうつ伏せに倒れている署長の体をつま先で持ち上げ、仰向けに転がす。
……そう、署長は、部屋の中で見つけた時点で死んでいた。
恐らく即死だったのだろう。少なくとも、体の半分が焼け焦げ、爛れている状態ならば、生きている方が辛い可能性すらある。
葉子さんは気づいていなかったのか? いや、違う。理解したうえで、理解したくなかった。それだけだ。父親の死を受け入れたくなかった……その気持ちは、痛いほどわかる。
「私の罪なんて精々が銃刀法違反と死体損壊ぐらいだろ、だが問題点はそこじゃあない」
「……どういうこと」
銃口を向けたまま、葉子さんは疑問符を浮かべる。それとなく横に立って、銃のスライドを僅かに動かして発砲できないようにしながら、先輩の言葉に続けるように口を開く。
「なんでシャンタク鳥は署長の死体を持ち去ろうとしたか、ですね」
「──あ? 署長?」
「ついでに言うと葉子さん……この人のお父さんだったりします」
「…………あー、あー。そう」
流石の先輩にも罪悪感を抱く感情は残っているようで、少しばかり申し訳なさそうに視線を逸らす。葉子さんはそれを見て、一つ深呼吸を挟みながら拳銃をホルスターに戻した。
「お父さんの…………遺体、を、持ち去ろうとした……理由?」
「なんでシャンタクを使ったか? それは人に顔を見られると不味いから。なんで爆弾なんて使ったか? それは署長サンを確実に殺したかったか、或いは派手なパフォーマンスをしたのか」
「それで、どうして署長の死……遺体を持ち去ろうとしたかなんですよねぇ。爆弾まで使ったってことは、生きたまま連れていこうという考えは無かったってことですよね」
「────。あっ」
そう言ったとき、先輩は何かを思い付いたようにこちらを見てくる。
「例えば、署長サンが何らかの重要な情報を持っていたとする」
「はあ」
「だが署長サンはそれを語らない。敵が居たとして、そいつはその情報が欲しい」
「ですね」
署長の遺体を見て、先輩は続けた。
「記憶を忘れさせたりぼかしたり思い出させたりと、脳をいじる魔術はわりと豊富にある。『生きている人間の記憶を忘れさせる魔術』があるなら、『死んでいる人間から記憶を抜き取る魔術』だって存在していても不思議じゃあない」
「必要なのは情報を持っている体であって、死んでいても問題はない……と?」
そう仮定すると、なるほど確かにこんな大惨事を引き起こした理由も合点がいく。
【隠蔽】で見えないシャンタク鳥に爆破テロを起こさせ、混乱している隙に遺体を持ち去る。そうまでして手に入れたい情報なんて、どうせ碌でもないだろうことは想像に難くない。
そこまで考察していると、消防車と救急車のサイレンが聞こえてくる。当然だが誰かが通報したのか、爆破事故ということもあって相当数こちらに向かってくるのがわかった。
「とりあえず葉子さんは警察としてこの件に関わるとして、一通り落ち着いたら合流し直す……ってことでどうでしょう」
「……えっと、合流……というと?」
「あんたは署長サンの娘なんだろ? ならこの事件が解決するまでは私らと居た方がいいぞ、敵も死体の回収に失敗したとなれば娘を狙うだろうな。
あっけらかんと言った先輩に、葉子さんは驚愕の表情を向けて返す。
「いや、そんな、私は何も知りませんよ!?」
「さあね、敵もそんな事情は知らない。もし捕まってみろ、知らないことを吐けと死ぬまで拷問されるのは確実だからな」
「っ……」
「あんまり脅さないでくださいよ。……じゃあ俺はあそこのコンビニに駐車して待機しとくので、葉子さんは捜査に参加してきてください。丞久先輩はどうします?」
「私は秋山連れて一度離れる。お前の事務所で待ち合わせってことで」
「え~~……まあ……いいですよ」
正直に言うと先輩と秋山さんは事務所に入れたくないんだけれども、葉子さんの護衛をしないといけないとなると贅沢は言えない。
それから一旦全員別れて、念のためにと葉子さんが署内に向かうのを見届けて一人で
数十分か、一時間か。視界の端で煙の上がる警察署を横目にぼんやりしていると、助手席の方に人影が動いてそちらに意識が向く。
「葉子さん? …………うぉおっ!?」
葉子さんが来たのかと思い、窓の外を見る。そこには確かに彼女が立っていたのだが、警察の制服から私服に戻っていて一瞬誰かと思うほどに雰囲気が違った。それになにより────
「…………桐山、くん」
「だ、大丈夫ですか……!?」
──その瞳が、絶望のドン底に叩き落とされたかのように黒く濁っていたのだ。
それに驚いて体を跳ねさせたのも、仕方がないと思ってもらいたい。
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