とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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正当なる復讐に信念を 3/10

 ワイパーが水気を取り、視界を良好にする。雨粒がガラスを叩く音に、ラジオで流れる流行りの曲。じとりとした湿気に、しっとりとした曲が混ざり、何ともいえない空気が車内に漂う。

 

「……………………」

「葉子さん、何があったんですか」

 

 助手席でずっと項垂れている葉子さんに問いかけると、かなりの間を置いて口を開いた。

 

「……お父さん、いえ。楠木署長と警察官一名は、何者かに爆弾で殺害されたものとして、捜査が始まりました。でも、署長の身内である私が私情で動かない保証がないからと、捜査から外されて、自宅で休めと、言われて」

「ああ……まあ、そりゃあそうでしょうね」

「バッジと拳銃と制服が無い私に、捜査の権限は無い。犯人を探せない。お父さんの仇を討てない。……どうすれば、いいんですかね」

 

 ぽつりぽつりと途切れ途切れの言葉が紡がれる。家族が死んで、犯人が憎い。なんなら殺せるなら殺してしまいたいとすら思っているのだろう。頭の中がぐちゃぐちゃで、考えが纏まらないばかりに燃え尽きたように無気力になっている。

 

 今の葉子さんに魔術や怪物、神格の存在を話したところで余計に混乱させるだけか。

 

 ひとまず時間を空けて、一旦頭をリセットさせないと。とはいえ、いま憔悴しているのも事実だから、何かこう癒しになるものを与えるべきか。甘いもの……いや、今なら大丈夫かな? 

 

「──葉子さん、はいこれ」

「……? これは……お人形?」

『…………!?』

 

 片腕を回して後部座席のバッグに手を突っ込み、中でのんびりしていたのだろうソフィアを取り出して葉子さんの膝にポンと置く。

 いきなり赤の他人の手に収まった緊張と、動いてはならないという状況で、ソフィアはバッグの中でゴロゴロしていただらしない姿勢で驚きながらも固まっていた。

 

「……ふふ、可愛い。それに、暖かい……? 不思議ですね。名前はあるんですか?」

「ソフィアです」

「へぇ~。こんにちは、ソフィアちゃん」

『…………』

 

 変な姿勢を維持しなければならなくなったソフィアの腹筋が耐えられるか見物(みもの)ではあるけど、ごく自然にソフィアに話しかけている葉子さんも葉子さんで少しヤバいかもしれない。

 

 怪物に遭遇し、警察署を爆破され、家族を失い、その捜査も身内だからと外される。一度に色々な事が起こりすぎだ、運が悪いなんてもんじゃない。恐らく心が折れる寸前だと予想できる。

 

『…………?』

 

 その懸念が当たっていたのか、不意にソフィアの顔に大粒の雫が落ちる。それは葉子さんの目尻に溜まって決壊した、彼女の涙だった。

 

「……っ、ぅ……お父、さん……」

『…………!? …………!?!?』

 

 ボロボロと涙を流す葉子さんを前に、ソフィアの視線だけが葉子さんとこちらを高速で右往左往していた。いやあ残念だなあ、いま運転中だからこちらとしては何も出来ないなあ。

 

 おろおろしているソフィアを横目で見守っていると、彼女は意を決したように、葉子さんの手の中で身じろぎして腕を伸ばし、そっと頬を撫でる。一瞬ポカンとしながらも、慰められているのだと察して葉子さんはソフィアを抱き締めた。

 

「大丈夫よ。ありがとうソフィアちゃん」

『…………!』

 

 ソフィアの体は葉子さんの胸にうずま…………男が言うとセクハラかなこれ。まあ、はい。

 ともあれ、なんとかメンタルケアは出来たかと思案して、そっと提案する。

 

「葉子さん、俺に依頼しませんか」

「……依頼を?」

「シャンタク鳥──怪物を遣わした犯人を、お父さんの仇を、探して欲しいって」

「そ、それは流石に。というか探偵への依頼ってそんな……そんな感じでしたか!?」

「これが意外にも、漫画みたいな依頼はちょくちょくあるんですよねぇ」

 

 調子が戻ってきた葉子さんが驚いた様子で聞き返す。普段は浮気調査とか犬猫探しとかもやるんだけどね……最近は割合で言えばこういう一件に関わる方が多いかもしれないんだよね……

 

「その、いいんですか? だってそんな、これは警察官としての捜査じゃない、ある意味で復讐の手伝いをすることになるんですよ?」

「まあ、確かに復讐なんてやるもんじゃないですからね。()()()()()()()()()()()()

「────。いま、なんと?」

あっやべ……なにか?」

「……いえ」

 

 ついポロっと情報が漏れてしまった。

 

「んまぁまあまあ。あ、あれが俺の事務所です。自宅も兼ねてるんですよ」

「はぁ~……私、探偵事務所って生まれて初めて入るかもしれません」

「さいですか」

 

 ──とかなんとか言いつつ、一階部分の駐車スペースのバイクを避けて車を入れ、外階段を上がって事務所に向かう。階段を上がりきって扉が見えるところで、二人の気配に気づいた。

 

「よーいーちーくーん」

「い~~れ~~て~~」

「い! や! だ!!」

「そんな本気の拒絶を……」

『…………』

 

 背中にそれぞれガンバッグと竹刀ケースを背負った男女、言わずもがな秋山さんと丞久先輩なのだが。二人はこちらを見て、いまどき高校生でもそうそうしないノリで言ってきた。……今からでもホテルの部屋2つ取れないかな。

 

 

 

 

 

 

 

「飲み物何がいいですかー」

「じゃあ、紅茶を」

「俺コーヒー」

「私コーヒー」

「満場一致で紅茶ね、はいはい」

 

 与一はそう言って、気だるげに台所へと引っ込む。当然のように却下された秋山は困惑の表情を浮かべて丞久と葉子に顔を向けた。

 

「もしかして俺たちが見えていない?」

「日頃の行いだろ」

「お前にだけは言われたくねえ」

「あの、三人はどういった関係なんですか?」

「とんでもなく大雑把に言うと仕事仲間」

 

 葉子の問いに、さらりと丞久が答える。

 

「私はガキの頃からシャンタク……()()()()()に関わってたけど、秋山は4年前くらいからで、アイツは……5年前くらいに知り合って探偵やらせてる感じだな」

「……いまだに信じがたいですね……あんなバケモノがこの世に実在するなんて」

「不可思議生物を膝に乗せながら言ってるのはギャグかなんかか?」

「え?」

『…………?』

 

 丞久が指折りして年数を数えながら言い、葉子はため息混じりに呟く。しかし秋山にそう指摘されて、彼女は膝に置いて両手で包むように掴んでいるままのソフィアに視線を向けた。

 

 葉子の豊かな胸に遮られて見えない顔を見ようと、手の中から離れて頭の高さまで浮遊したソフィア。そのあどけないキョトンとした表情を見て、葉子は指先で頬をぷにぷにとつつく。

 

「…………この子、ただの自動で動くお人形なんじゃないんですか?」

「まだ警察署の爆発で頭が混乱してんのか」

「いや、ほら、あの……いま流行りの、AI? 的なものを内蔵してるのかと。だって触ると暖かいじゃないですか、中にバッテリーとかモーターとか入ってて…………」

「この状況でその人形が普通なわけねえだろ。そいつ元々は生身の人間だぞ」

「────、────。はい???」

 

 ソフィアと秋山を交互に見て、葉子はただただ混乱する。そこにちょうど戻ってきた与一が、すさまじい顔をしている彼女に声をかけた。

 

「お待ちどうさま……葉子さん?」

「き、桐山くん!? ソフィアちゃんが元は人間って本当なの!?」

「ああはい。それ言っちゃったんですか」

「どういう怪物や神格が居るかを話して非現実に引きずり込むよりかは平和的だろ」

「いけしゃあしゃあと……はい紅茶」

 

 秋山と丞久、そして葉子と自分の分を置いて、与一は二人と向かい合うように葉子の隣に座った。それから紅茶を一口音を立てずに啜る。

 

「……ふう。そうですよ、この子は元人間。とある魔術によって、魔力を燃料に動く人形にされてしまった……と考えられてます」

「? ……確証はないんですか?」

「実は以前、ある人物を追っていた際にその人物が人形にされてしまっていて、事件の解決の際にソフィアを見つけて保護したんですよ。人形にされたもう一人は、俺の幼馴染の同級生で……少し長いけどちゃんと話した方がいいな」

 

 簡潔に要点だけを言うよりは、と。与一は幼馴染の有栖川真冬が人形にされそうになっていたこと、行方不明になった羽田結月が人形になっていたこと、市民が何者かから与えられた魔術を使っていたこと、解決したかと思いきやソフィアを発見し、記憶を失っていたことなどの全てを話す。

 

「……なる、ほど。時々ネットの掲示板などで陰謀論めいた話をしていると聞いたことがありましたが、あながち嘘ではなかった……と」

 

 自分の常識の裏で起きていた非常識な事件、非常識な力、ソフィアがその被害者であったことなどを含め、葉子は落ち着こうとして紅茶を口に含む。彼女の言葉に、与一が丞久に問いかけた。

 

「ネット民に魔術の存在バレてるじゃん」

「記憶処理魔術って対処法わりとあるからなあ。極論、魔力が多いやつは無意識に抵抗(レジスト)しちゃうし、それこそ頭にアルミホイル巻いてると防げちゃったりするんだよな」

「えぇ……」

 

 穴だらけだなあ、と呟く与一は、それはそうと世界の真実を紅茶と一緒になんとか飲み込もうとしている葉子へと言葉を投げ掛ける。

 

 

「……それで、葉子さんはどうするんですか。警察として捜査できない以上、俺たち探偵……とは名ばかりの魔術関連暴力装置に依頼して探りを入れるのが適当だと思いますけど」

「なんだ、復讐か? いいねえ、親殺されてんだからそれぐらいやらなきゃなあ」

「秋山さんちょっとうるさい」

「うべ」

 

 丞久に頭を殴られる秋山がつまらなそうに黙り込むと、葉子は申し訳なさそうに言う。

 

「──警察として捜査できないとしても、犯罪者を放置してはいけない。だから、探偵の桐山くんに頼ってでも、という考えがある。けれど私の心には、家族を奪った犯人を殺してやりたいという怒りが沸き上がっているんです」

「……そうですか」

「すみません、頭を冷やしてきます」

 

 ソフィアをテーブルに乗せてからソファを立ち上がり、葉子はそのまま外へと歩いていった。ため息をついて、与一も立ち上がる。

 

「……俺が行きますよ」

「俺か丞久が説得してやろうか?」

復讐肯定派(あんたら)に任せたら扇動されたキリングマシーンが生まれちゃうでしょうが」

 

 そう吐き捨てて、与一はポールラックに引っ掻けていたジャケットを掴み、同じく玄関から外へと向かう。扉を開けて横を見た先の階段に腰掛ける葉子を見つけ、その隣に座った。

 

 

 

「これ羽織ってください、夜は冷えますよ」

「……ありがとうございます」

 

 葉子の肩にジャケットを羽織らせて、与一は一拍置いて口を開く。

 

「すいませんね、魔術師とかその関係者って基本的に道徳倫理が終わってるので」

「……それは、貴方も?」

「まあ人のことは言えないかと」

「……ふふ、冗談ですよ。桐山くんはいい人です、あの二人も、貴方に甘えてるのかと」

「いい迷惑だ」

 

 くすくすと笑う葉子に苦い顔をする与一。彼女は秋口に雨が重なって冷えた空気に身震いし、羽織ったジャケットを体を包むように着直しながら気になったことを問いかける。

 

「あの、桐山くんは、復讐したことが……?」

「葉子さんも結構ぶっ込んできますね」

「あっ、ご、ごめんなさい」

 

 話しても良い内容かと逡巡しつつも、与一は仕方ないかと小さく息を吐く。

 せめて、葉子が妙な行動に出ないように、自分の行動が反面教師になってくれれば──と。

 

「────。そうですねぇ、今から12年前……10歳の頃かな。俺はあのとき、両親と一緒に温泉宿に泊まってました。そんなときに、無貌の神っていうめちゃくちゃヤバい神の信奉者がスタッフと客に襲いかかったんですよ」

「っ、どうして……」

「招来の為の魔力集めと生け贄集めを同時にやるためですね。まあそれで、スタッフと客は俺以外全員死んで、その魔術師はいざ招来の儀式をやろうとしたんですが……俺がそこで初めて魔術に目覚めて、従属させてた怪物と魔術師をぶち殺して、温泉宿は火災で燃え尽きて……終わり」

 

 軽く言いはしたものの、想像するだけで精神が削られそうな事態を経験したことは、葉子ですら察するにあまりある。

 

「復讐は良くない、なんて言われがちだけど、厳密には『したところでスッキリするとは限らない』……って感じですかねぇ」

「だから、私もやらないべきだ、と?」

「いやいや、俺はモデルケースの1つですから。それにあのとき俺があの魔術師を殺さなかったら、無貌の神が招来されていた可能性もあるんですからね。ある意味世界を救ったんですよ? 虚しいけど、誇れるところもありました」

 

 階段に座った姿勢で膝に肘を付け、手のひらに顎を置いて前屈みになる与一は、懐かしむように向かいの建物を見ながら小さく笑う。

 

「いいですか葉子さん。俺は、貴女の中にある、家族を奪った相手に復讐してやりたいという感情は正当だと思っています」

 

 与一は首を傾げて葉子の顔を見ると、優しく、しかし同時に力強く言った。

 

「それを踏まえたうえで、明日改めてどうしたいのかを聞きますよ。大丈夫。俺は貴女の信念の──()()()()()()()の、味方です」

「私なりの信念……正義……」

「よっこいしょ、それじゃあ戻りますか」

 

 立ち上がって尻の土埃を払い、事務所の扉を顎で指す。葉子もそれに従って立ち上がると、ジャケットの襟を掴んで、頬を寄せてぐっとまぶたを閉じてからおもむろに口を開く。

 

「──()()くんは、私がどんな選択をしても、受け入れてくれますか?」

「ん? そりゃまあ、もちろん」

「────。わかりました」

 

 葉子はその即答に、嬉しさと申し訳なさの混じった何とも言えない表情をする。

 二人で事務所に戻ると、室内から刺激的な匂いとともに、ずるずるずるずると何かを啜る音が聞こえてきて、与一がため息をついた。

 

 

「……先輩、秋山さん。人んちで勝手に食べるカップラーメンは旨いですか?」

「めっちゃ旨い」

「安心しろ、限定品は避けた」

「そういう意味じゃないんですけど」

 

 市販のものをずぞぞぞと啜る二人を横目に、与一は葉子とぼんやりテレビを眺めていたソフィアを連れて台所に歩みを進める。

 

「まったく、腹減ってるなら言えば作ったのに」

「あ、怒るところはそこなんですね」

『…………』

「葉子さんとソフィアは何食べます?」

『…………!』

「ソフィアは中華がいいのね」

「じゃあ、チャーハン……とか?」

「材料は……あるな。そうしますか」

 

 びし! と冷蔵庫にぶら下げたボードの『和・洋・中』から『中』を指差すソフィア。

 それに同意しつつ提案した葉子の要望に従って、与一が手際よく調理した。

 

「──あの、炊飯器のお米を全部出した辺りで聞くべきだったんですけど、普通の皿二つに大皿一つって、どれが誰の分なんですか」

「俺と葉子さんが普通の方、ソフィアが大皿」

「大皿を!? ソフィアちゃんが!?」

『…………!』

 

 余裕だとでも言いたげな顔で親指を立てるソフィア。とりあえずと葉子に大皿を持ってもらい、与一が二皿を自分で持ち、台所から戻ろうとしたとき、なぜかカップ麺の空箱を手にした丞久と秋山の二人とばったり鉢合わせる。

 

「二つ目もらっていい?」

「俺も」

「……好きにしていいよもう」

 

 どうやら調理の音に満腹ではない腹を刺激されたのか、二人揃ってお代わりを要求してくる。もう好きにすれば良いんじゃないか? というげんなりとした顔をする与一に、葉子が言った。

 

「……二人が戻るの待ってから食べますか」

「与一くんが甘えられてるの、そういうところが原因なんじゃないでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 ──鍋に水を入れて火にかけている秋山は、傍らでしゃがんでいる丞久に言われる。

 

「そいつの中の正義の、味方。ねえ」

「あん?」

「与一の『正義の味方論』。まあご立派なもんだが、修羅の道だよなぁ」

「……あー、そういうことか」

 

 逡巡して、秋山がなるほどと頷く。

 

「与一が味方したそいつの正義が例え人を殺すことだったとしても、『それはダメだと思うからやっぱやめる』は通らない。仮に楠木葉子が本件を平和的に解決しても、あいつ絶対どっかでやらかすぞ。私の勘がそう言ってる」

 

 丞久の言葉に、秋山は黙り込む。何も返ってこないことに疑問を覚えた丞久が首を向けた。

 

「なに黙ってんだ?」

「いや、なんつうか……どのカップ麺食べよっかな~っていう動きをしながら良いこと言ってる絵面が面白くて笑いそうになってた」

「…………。うるせー」

 

 

 

 そのタイミングで、鍋の水がボコボコと沸騰し、話題を中断させるのだった。




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