とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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マリオネット・シック 4/6

『よーし早速情報収集するぞおむぎゅぶ』

「はいはい大人しくしてような」

 

 ショルダーバッグに結月をねじ込み、真冬と二人で手芸専門店に入店する。

 ぼすぼすと中からバッグを叩く抗議の音を無視しつつ、ざっと店内を見回すと、生地や布、ボタンなどの様々な品がずらりと並んでいた。

 

「なるほど専門店……あまり見慣れない商品ばかりで目眩がするな」

「わかる」

 

 入った時点でややげんなりとしている真冬の前を歩いて商品を吟味する振りをしながら、ちらほらと見かける女性客を見やる。

 それとなく文字通りに顔色を窺い、魔術を使用した人が居ないかを確認して行く。

 

「……なあ与一。その、魔術……? を使ったやつってそんな分かりやすい顔してるの?」

「してるぞ。魔力が減ると()()疲れるんだ、推定一般人の犯人が個人(おまえら)を狙ったなら、慣れない魔術の使用で心の疲れが確実に顔に出てるはず」

「さっきのお前みたいな感じか」

 

 意図せず例を見せてしまっていたことは置いておくとして、商品を買う気が無いことがバレないように上手いこと店員の目から逃れつつも棚を壁にして歩き回る。

 

 当然のように女性客とすれ違うときにちらりと見られるが、真冬が一緒だからか特に変だとは思われていない。もう暫くうろついて、それでも収穫が無ければ最悪の場合店員に聞くしかないか──と思案した、その刹那。

 

 

 

「────」

「っ……!?」

 

 ぞわり、と背筋に怖気が走る。魔力と修羅場に慣れてきてしまっているからこそ、動かせる右手で腕を掴んでくる真冬が新鮮に映る。

 ()()()()()()()()()()()()()()に僅かばかりの嫌悪感を覚えながらも、異変に気づいていない客と陳列棚に隠れながら怖気の正体を見に行く。

 

「……あいつか」

「犯人見つけたり、だな。おい結月、ちょっと、バッグの隙間から顔だけ出してくれ」

『んもー、なんなの………………お?』

 

 二人でひょこりと顔を出して出入口の方を見ながら、バッグのかぶせの部分を少し持ち上げて作った隙間から結月にも覗き見をさせる。

 入ってきて早々に店員と何かを話し、予約注文していたらしい商品をレジの裏から取り出すのを待っている女性は、遠巻きに見ていてもわかるほどに憔悴していた。

 

『あ────!! あの人!!』

「ビンゴだな、典型的な魔術慣れしてない人の疲労感のある顔だ」

「──あの、どうかされましたか?」

「はいなんでしょうか」

 

 不意に聞こえてきた後ろからの声に、反射的にバッグのかぶせを閉めて結月を隠してなんでもないかのように振り返る。そこに立っていたのは、訝しげな表情を浮かべた店員だった。

 

あいつめ……あー、はい、実はちょっと聞きたいことがありまして」

「……なんでしょう」

 

 何も言れわずとも既に距離を取っていて、『他人ですけど?』とでも言いたげな雰囲気を放ちながら我関せずの真冬に向けた視線を戻し、結月を隠すようにバッグに腕を起きながら続ける。

 

「あちらの女性なのですが……いささか顔色が悪いようで、もしや熱中症なのかと心配になっていたのですが、赤の他人に声を掛けられてもいい気はしないだろうと悩んでおりましてね」

「ああ……あの人は一ヶ月前くらいからあんな感じなんですよ。かれこれ数年前からよく服用の生地やボタンなんかを買ってくれているお得意様なんですけどね~」

 

 レジ前で生地の手触りなんかを確かめている女性を横目に、店員はさらに言う。

 

「ボタンのサイズとかからして人形用なのかな? 服作りに熱心なのは良いことですけど、最近は熱心すぎてちょっと怖いんですよねぇ。言い方は悪いんですが、狂気的ぃ……みたいな? ──あっ、すいませんベラベラと。……あー、一応~~~ですね~~今のはそのぉ~~」

「ははは、今のはご内密(オフレコ)にしておきますよ」

「あはは~すみませんね……」

 

 そこまで言って、店員は誤魔化すようにペコペコと頭を下げながら店の奥のバックヤードにつながる扉を開けて姿を消した。絶妙な位置で話を盗み聞きしていた真冬が戻ってくると、同じタイミングでくだんの女性が店を出る。

 

「さて……隙を見て殺るか。──じゃない後を尾けるか。いかんいかん先輩の悪影響が」

「縁切っちまえよもう」

 

 一瞬だけ脳裏に浮かんだ物騒な思考を追い出して、鉢合わせないように間を空けてから店を出る。冷やかすだけ冷やかして何も買わない客になってしまったが、どうか許してもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 ──十数メートル離れた位置から荷物を抱えて歩く女性を尾行していると、キャリーバッグから頭だけ出した猫のようにかぶせの隙間から外を見ている結月が小さな声で呟く。

 

『与一、真冬……全部思い出したよ。私、一週間前にあの人に話しかけられて、何か変な言葉を聞いて……それで気づいたらこうなってて、とにかく逃げなきゃって思ってたら家にたどり着いて……でも、体から力が抜けて意識が……』

「それで、俺の魔力を吸って再起動するまでずっと部屋に放置されてたのか」

「……でも、それだと疑問が一つ出てこないか? 結月、お前ってストーカーされてたんだよな? 失踪前に言ってただろ」

 

 真冬の問いに、結月がバッグの中に居るままこくりと頷いて肯定する。

 

「家の場所も割れてんのに、なんで部屋に帰ってきてた人形(ゆづき)を取りに来なかったんだ? 警察が居たにしても、例えば真夜中に忍び込むくらいはやれたと思うけど」

『そんなん私に聞かれても……』

「それも含めて今から聞きに行くんだろ。まあ、薄々察するものはあるけどな」

 

 荷物を抱えて歩いているから──とはまた違う、フラフラとした足取りの女性を尾行して十数分。何度か住宅街の路地を曲がって、彼女はようやくと一軒家にたどり着く。

 

 懐から鍵を取り出す光景を見てから、すかさずその背中に声を投げ掛けた。

 

「どうも、こんにちは」

「……はい?」

「人形のお洋服作りは順調かな?」

 

 気だるげに振り返った女性は、その問いにピクリと眉を跳ねさせて反応する。

 

「……どちらさまですか?」

「おや、酷いなあ。貴女が呪いをかけた子の幼馴染の方はご存じでないとは」

「は……?」

 

 いつでも割って入れるようにしながらも、すっと横にずれて後ろで待機していた真冬を前に出す。その顔を見て、女性は明らかに動揺し、左腕の袖をまくった真冬もまた、無機質な球体関節の腕を見せながら静かに怒りを露にした。

 

「しらばっくれられても面倒なだけだから、単刀直入に言うぞ。呪いを解け馬鹿野郎」

 

 

 

 

 

 ──暑い外で話すのはお互いに辛いからと、警戒を解かないまま部屋に通されて数分。バッグから道具を取り出して手のひらに隠し持ちつつ、テーブルを挟んで立ちながら対応する。

 

 問答無用で()()()()()()専門の警察関係の知り合いに連絡すれば全部終わるのだが、なぜだかそうしようとは思えなかった。自分だけで解決できるから、という思い上がりではなく、根本的に彼女からの敵意を感じなかったからだ。

 

 もしも悪意があって人形化の魔術を使っていたのなら、こうして訪れた人間相手に毒は愚かなんらかの薬すら入っていない茶を振る舞うのはおかしいだろう。魔力の浪費でその余裕すらない、と言われればそれまでなのだが。

 

 

 

「あのね、貴女にはお人形になってほしいの」

「……? …………?? なんて?」

 

 ──などと思案していたところ、目元に濃い(くま)を作り、視線が右往左往し、体が僅かにゆらゆらと揺れている女性は、真冬を見ながらにこやかに爆弾発言をした。

 

「私ね、小さい頃からあれをするなこれをするな、勉強をしろ良い学校に入れ、って。ずぅっとそればっかり言われてきたの」

「へ、へぇ……そう……」

「本当はお人形が好きだったのに、こっそり買ったものは全部捨てられちゃったし」

 

 酩酊しているかのように、言動と纏う雰囲気がふわふわとしている女性。

 リビングを見渡せば、テーブルの上や壁際の棚、他にも至る所に布の山──いや、人形に着せるために作ったのだろう服が大量にあった。

 

 その服の山の中にはちらほらと()()()()人形の箱があることから、疑念が正しかったことを確信し、内心で()()()()

 

「大人になって自由になれて、誰からも邪魔をされなくなってようやく大好きだった人形を集めてみたんだけどね、なんだか満たされなくて」

「……ふうん」

「でね? ある時ふと思ったの。──自分好みの人が人形になればいいのに……って!」

「なんか論理が急カーブして脱線したな……」

 

 そう言いながら、真冬は右手で顔を覆う。それから深いため息をついて、女性に向き直ると、眉間にシワを寄せたまま問い詰める。

 

「──この人形化の魔術は、あんたが元から使える力だったのか?」

「……いえ? 確か……一ヶ月くらい前によく分からないアドレスから送られてきたメールに添付されてたデータがあったのよ」

「それを疑いもせずに使ったのか!?」

「だって……こう書いてあったんだもの、『これは君の望みを叶える力だ』って」

 

 その言葉を聞いて、口に出さずに脳内で情報をまとめて面倒事の気配に辟易する。

 とどのつまり、事件の裏には魔術を他人に受け渡す愉快犯が居ることになるからだ。──全部終わったら先輩に相談するべきだな。

 

「……だから、その力で結月を人形に変えやがったのか、てめぇ……!」

 

 ──ふと、真冬を見ると、その顔は怒りに染まっていた。それもそうだろう、他人の都合で友人が人形になり、今では自分も同じ末路を辿ろうとしているのだから。これまでは出来ていた我慢にも、限界が訪れようとしている。

 

「…………?? 結月? 誰のこと?」

「てめぇが一週間前に人形に変えた女学園の生徒だろうが!!」

「……あ、あぁ~! そう、そうね、確かにそんな子も居たわね。気づいたら居なくなってたけど、でも()()()()のよ、だって今度は貴女が人形になってくれるんだもの」

「──あぁ!?」

 

 その言葉に完全にキレた真冬は、ガタンと椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、今にも女性に殴りかからんとしている。その肩を掴んで止めて、数歩下がらせた。

 

「よせ、真冬。……貴女の境遇には同情するものがあるけど、他人に手を出して一線を越えた罪は償わなければならない。最初で最後の警告です、今すぐ真冬たちの人形化を解いてください」

 

 例えば怪物を召喚する魔術には退散の呪文がセットであるように、種類によっては対となる魔術がある。人形化の魔術にも解除の呪文がセットで存在する可能性がある。だけれども、もし、人形化の魔術が攻撃の類いであったなら──真冬の腕は治せても、結月は元に戻らないだろう。

 

 ……しかし、こうも確信している。こんな事態になるように誘導した黒幕が、人形化の解除の魔術などという都合の良いモノをわざわざこの女性に与えるのか? と。

 

「嫌よ。私は、男に指図されるのが何よりも嫌いなの。『私』を抑え込んで、()()()()にした男の指図なんて、死んでも聞きたくないッ!」

「…………おっとぉ?」

 

 ──そしてここに来て、どうやら地雷を起爆してしまったらしい。敵意の無いふわふわとした雰囲気はどこへやら、同じく立ち上がった女性は、懐から手のひらサイズの拳銃を取り出す。

 

「なっ……!?」

「貴方は死んで。貴女は人形になるまで大人しくしていてもらうから」

「面倒だなあ……」

 

 ため息混じりに隠し持っていた道具──伸縮式の警棒を振って伸ばし、女性と相対する。

 

「……この流れでここまで展開がスピーディーなのは良いことだと思いますよ」

「あら……それで勝とうと思っているの?」

「ええまあ、はい」

 

 とんとんと肩を警棒で叩く様子を見てか、女性は銃を持っている優位性で余裕そうな顔をする。これで相手がまともな思考回路をしていれば、真冬を人質にするなどの行動を取るのだろう。

 

 だが、こういう人が人形にしたい相手をわざわざ傷つけるとは思えない。現に銃口はしっかりとこちらに向けられ、なにかあれば即座に発砲してくるだろうことは容易に想像できる。

 

「お姉さん。貴女は今、魔力の浪費で心が疲弊しているのに、それと同時に超常現象を引き起こせることに対する全能感にも酔っている」

「…………」

 

 ──不安定な状態の彼女に向けてそう言いつつ、隙を突くためにもと心を鬼にして、琴線に触れるワードを選びわざと怒らせようとする。出来るだけ短く、的確に心をえぐるには…………

 

「…………。そんな人が作るから、どの服も出来が悪いんですよ。こんなものを着せられる人形が、可哀想だとは思わないんですか?」

 

「────死ねッ!!」

 

 

 自分で言っていて胸が痛む言葉を耳にして、女性は分かりやすく激怒する。

 その指がなんの躊躇いも無く思い切り引き金を引き、狭い室内に銃声を轟かせた。




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