とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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正当なる復讐に信念を 5/10

 据わった眼差しのまま一歩踏み出した与一の肩を、丞久ががしりと掴む。

 かなりの力でないと止められないのか、彼の肩からはミシミシと音がする。

 

「与一、深呼吸を一回して、楠木葉子を見ろ」

「…………」

 

 与一は辛うじて冷静さが残っていたらしく、言われた通りに深呼吸を挟み、首を曲げて葉子を見る。彼女の不安そうな瞳が、与一の頭に正気を取り戻させることに成功した。

 

「…………。大丈夫、頭を冷やしました」

「お前のやることは?」

「──葉子さんの信念(せいぎ)の味方」

「よし、そっちは任せるぞ」

「はい。葉子さん、案内頼みます」

「……! はい、こっちです!」

 

 葉子と二人で屋敷の中に向かった与一を見送り、それから律儀に待機していたムーンビーストたちに視線を戻しながら、丞久はうなじに回した手を頭上を経由してそこにないフードを被り、着ていた上着をレインコートに変える。

 

「【黄衣の王(ハスター)】……私らを分断するための駒か、誰から使い方を学んだのやら」

「先に飛んでる方(シャンタク鳥)を落としてこいよ、こいつらは俺が削っておく」

「残しとけよ、私いまかなりキレてるから」

「だろうな」

 

 フードでちらちら見え隠れする額には、破裂寸前とばかりに青筋がビキビキと浮かんでいる。

 ──過保護だな。と独りごちて、秋山は外国製のセミオート散弾銃を片手に、左手でホルスターから拳銃を引き抜いてハッキング弾をムーンビーストたちに向けた。

 

「ダゴン秘密結社を潰したときも手数が足りねえって言いながら、1号と2号(ムーンビースト)を呼ばずに与一を呼び出した。あいつの経験にさせるためでもあり、ムンビを見せたくなかったんだろ」

「……あいつは無貌の神の信奉者とそいつが操ってたムーンビーストに両親殺されてるんだぞ、出来る限り見せたくはねぇでしょ」

「親バカならぬ師匠バカだな」

「はっ、いつまでも弟子(こうはい)は可愛いもんだ」

 

 ニヤリと口角を歪めて、丞久は暴風を纏う。魔力の動きに反応したムーンビーストのうちの1体が彼女へと持っていた槍を投げたが、その槍は掠りもせず壁に刺さり、投げた個体は顔があるはずの部分をぎゅむっと踏まれる。

 

「なるべく家々には当てるな!」

「無茶言いやがる……」

 

 そう言い残して、丞久は上空を飛び回るシャンタク鳥に向かって跳躍した。

 

 

 

 

 

 

 

 ──外の戦闘音を聞きながら、なるべく音を立てないように廊下を歩く。先程までの怒りは鳴りを潜め、思考回路は正常である。

 

「……みっともない姿を晒しました」

「そんな、気にしてませんよ」

「俺もまだまだだ、仇と同じ種族の怪物を見たくらいで冷静さを失うとは」

「じゃあ……あんな怪物が、かつて与一くんのご両親を……?」

 

 こくりと頷いて肯定しつつ、それはそうと廊下を歩きながら疑問を覚える。

 

「──だからこそ、いまだに妙だな、と思うことがあるんですよね」

「と、言いますと?」

「だってほら、不思議じゃありません? 『高が10歳のガキがどうやってあんな大きさのバケモノカエルと大の大人を殺せたんだ?』って」

「…………。私には魔術師の強さの基準、みたいなものがいまいちわからないのでなんとも言えないのですが……誰かに助けられたとか?」

 

 まあ、助けられた覚えはある。とはいえそれも殺し終わって宿が大炎上してる時に、仕事で偶然にも近くに来ていた真冬のお父さんが保護してくれたというだけであって。

 

 ……あの時手足がグシャグシャになってた記憶があるし、単純に初めて使った【強化】の出力を間違えてリミッターが外れただけ……か? 

 

「って、仕事中にする話じゃないか。書斎はこの先ですよね?」

「はい、ここを曲がって一番奥です」

「右手側は居間か。居間の方からも書斎に行けるみたいだし、念のために俺も畳の下とか探ってみようかと思うんですが────」

 

 ──案内していた葉子さんの肩に手を伸ばす。意識を向けた居間から、ほんの一瞬音がして、片手の指を口許に当ててジェスチャーする。

 

「んー、判断が一手(おせ)ぇ」

「──誰だ!」

「葉子さんもう少し静かに……」

 

 不意に聞こえてきた男の声。

 

 葉子さんはホルスターから拳銃を抜きながら片手で縁側の廊下とを隔てるふすまを勢いよく開け放つと、居間のど真ん中に置かれたテーブルを挟んで壁側に、一人の男が座っていた。

 

「怪物が居るなら敵も魔術師に違いない、と思い込んだな。俺が気配を消してたのは技術であって魔術じゃねえ。ようこそお客様」

 

 その男は地毛なのだろう短い金髪を揺らし、白人特有の顔をこちらに向ける。その手元には、湯気の立つ湯呑みが置かれていた。

 

「……俺たちが来るまで待機してたのか?」

「いやいや、俺だって探し回ったんだぜ。あと探してないのは()()の書斎だけ」

「ああ、なるほど、探させて見つかったやつを奪えばいいってことね」

「正解」

 

 びし、と人差し指と中指を伸ばしてこちらにニヤリとした笑みをする男だが、隣に立っていまだに拳銃を向ける葉子さんが訝しむように問う。

 

「父を呼び捨て……どういった関係なの?」

「──まあ、タメの友人だよ」

「署長さんお幾つでしたっけ」

「50代後半です。貴方が同年代というには……」

「若すぎる、ってか? 魔術ってのは便利だよなあ。身どころか心まで若返ってやがる」

 

 ──そう、眼前の男は、署長さんと同い年(タメ)と言うには若すぎるのだ。パッと見でも20代後半……いや若々しい30代くらいに見える。

 

「元々うちのボスが魔術の研究をしてたってのもあるんだけどなぁ、ある時あのバケモノ共を操れる魔術を使えるようになってたんだよ。()()()……とか言ってたか?」

「第三者の介入……ってことか」

「さあなあ。俺はあいつの手足だ、やれと言われたことをやるだけ……だけど、まさか警察署を爆破しやがるとは思ってなかったな」

「──!!」

 

 銃口で狙いを定められながらも余裕そうにしている男に、葉子さんが声を荒らげた。

 

「っ、事故だったって言いたいの!?」

「いや、俺は()()()()友人を殺すこたねえだろって却下したんだよ。用意した爆薬だって、遊吾が魔導書を渡さない時のための脅迫用で爆破させる気は無かった。それをボス……アイツが、独断でシャンタクと【隠蔽】まで使って強行した」

「あんたとボスとやらでスタンスが違うって言いたいわけ?」

「それも少し違う。アイツは魔術を抑止力とした日本の半永久的平穏を目指していて、その脅しの手段として『命』に関する魔術の研究をしていた。俺はそれに付き合ってただけだ」

 

 ──いやぁもう既にアウトじゃないか? ……と言わなかっただけ偉いと思う。

 命、命か……男が若返ったのもその産物か? なら怪物の従属は方向性が違う……として、なんだ、与えた魔術師に唆されたのかな。

 

「葉子さん、書斎に行って探してきて下さい。ここは俺が請け負います」

「っ、でも」

「早く」

「……はいっ」

「おっ? よし、やるか」

 

 指示通りに書斎に向かった葉子さんを横目に、茶を飲み干して立ち上がった男がザリザリと畳に擦らせるようにテーブルを脇に退かす。

 

「ソフィア、一緒に探してきて」

『…………!!』

「は? うおっ、なんだそれ!?」

 

 内ポケットから飛び出して葉子さんについていったソフィアを見て、男は驚愕する。

 ……人形に驚いた、ということは、ここ最近のこちらの動向は把握できていないのか。

 

 ともあれ、万が一にも書斎に立ち入られないようにここで足止めしなければならないのだが。

 

「一応提案するけど、大人しく待っておく、って選択肢は無いんだな?」

「あぁ? おいおい、なにを情けないこと言ってやがる。鍛えてる野郎が二人……殺ることは一つに決まってんだろうが……!」

「とか言いながら仕込んでるナイフも拳銃も使わないって、無礼てるのか?」

 

 男の懐の僅かな膨らみと独特の金属臭で武装しているのは理解している。

 しかし男は、ファイティングポーズを取りながらあっけらかんと言った。

 

「んなもん無粋だろうがよ──!!」

「め、めんどくせぇ~~~~っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ──与一の心の底からの叫びを聞きながら、隣の書斎に入った葉子は、遅れて入ってきたソフィアと共に本棚を漁っていた。

 

「め、めんどくせぇ~~~~っ!!」

 

「与一くん、頑張って……」

『…………?』

「ソフィアちゃん、本棚の上の方とか見てもらえる? 何かあったら持ってきて。重かったら落としてもいいから、無理はしないでね」

『…………!』

 

 ぐっ、と握りこぶしを作り、ソフィアはふわりと天井付近に浮遊する。

 

「それにしても、お父さんのタメならどうして私は何も知らされていなかったの……?」

 

 ふと湧いた当然の疑問と、続けて沸き上がる何とも言えない不安感。

 それはすなわち、父もまた、『何か』に荷担していたのではないかという邪推。

 

「っ、そんなわけない。私は……警察官(おとうさん)の背中に憧れたのに……」

『…………!?』

「ひゃっ!?」

 

 頭の中で嫌な思考が渦巻いたとき、突如葉子の足元に厚さ4センチほどの箱が落ちてきた。

 思わず飛び退いて反射的に上を見ると、落とした張本人であろうソフィアが、勢いよくブンブンブンブンと高速で首を横に振っている。

 

『…………!! …………!!!』

「だ、大丈夫よ。次は気を付けてね」

 

 そう言った葉子が落ちたそれを拾い上げると、板のような箱は本を収納しているケースだったことがわかり、それがアルバムであることも、彼女は一目見て理解した。

 

「……アルバム」

 

 時間は限られている。それはわかっているが、それでも──と。ぺらりと開く。中には幼い頃の笑顔の自分と、ぎこちない笑みを浮かべる濃い顔付きの男性のツーショット写真がある。

 

『…………?』

「ん、そう。この人が私のお父さん。……そういえば、前にこの書斎で……」

 

 写真を見て、何かを思い出したのか、別の本棚の一番下にある本を全て引っ張り出し、その後ろにある壁──のへこみに嵌め込まれた金庫へと手を伸ばしてダイヤルを回す。

 

「あった……小さい頃にお父さんが『何かを隠すようなやましい事はしないつもりだけど、もし何かを隠さなければならなくなったらここに入れる』って言ってた金庫! 暗証番号は────」

 

 そこで区切り、それから一拍置いて、金庫の中からカチリと解錠の音がした。

 

「暗証番号は、私の誕生日……」

 

 しみじみと呟く葉子は、開けた金庫の中に手を伸ばす。確かにそこにある物体を掴んで引っ張り出すと、そこにあったのは一つのファイルと異様な雰囲気の一冊の本だった。

 

「よし、与一くんの援護に──」

「ぐへぇあ」

『…………!?』

 

 葉子がファイルと本を手に踵を返した刹那、居間側と繋がっているふすまを突き破って、間抜けな声と共に何者かが本棚にぶつかった。

 

「よ、与一くん!?」

「ぜぇー、はぁーっ、い、意外と苦戦した……」

 

 居間の方を見れば、拳を振り抜いた姿勢から直立に体を戻す男が息を切らしていた。

 崩れた本棚に収まっていた本の山から起き上がった与一の目元には青アザが浮かび、曲がった鼻の穴からは血が垂れている。

 

「まだ立つのかよ……タフな奴だな、なんか段々気に入ってきたぞ」

「うるせー。最初の数秒で時間稼ぎに徹した方が良いと思って戦い方切り替えたんだよ」

 

 与一が【強化】で意図的に痛覚を鈍らせつつ骨と筋肉を硬くして防御に徹していたことなど葉子にとっては露知らず、数歩前に出て彼女とソフィアと男の間に立ち塞がりながら言った。

 

「…………葉子さん、外に逃げて二人と合流してください。流石に()()()()()相手にこの場で殴り勝てると思ってるほど自惚れてません」

 

 顎にも数発貰っていたのか、ぐらつく視界と思考を繋ぎ止めながら言う与一。その言葉に返答したのは、『誰』ではなく、轟音を奏でて吹っ飛んできた玄関の扉だった。

 

「……おいおいおい、あの数のムーンビーストとシャンタクを倒したのかよ」

 

 

 

 廊下を踏み鳴らす足音が居間に向かってきた。ギシギシと床が軋み、ひたりとふすまの縁に指が置かれ、ずいっと顔が覗き込まれる。

 現れたのは、刀を握る黄色いレインコート姿の丞久と、散弾銃を構えた秋山だった。

 

「呼ばれてないけどジャジャジャジャーン。私に苦戦させたかったら最低でも5倍は用意しな」

「俺は1.5倍が限界なんでやめろ」

 

 場の雰囲気がピリピリとしたものに変わる。丞久の視線が男から与一、葉子の手にあるファイルと魔導書に向かい、呆れ気味に言う。

 

「……なんつう情けない後輩なんだお前は」

「うーん返す言葉も無い」

「さぁて~~~? この場で一番強いのは私だから、発言権は私にあるわけだが~?」

 

 カラカラとした軽い笑い声混じりではあったが、その声を皮切りに、ズンッと重圧が掛かったかのように空気が重くなる。

 

「よし、取引だ。お前んとこのボスが『何処所属の誰』なのかを明かすなら、魔導書はくれてやる。儀式でもなんでもやりゃあいい」

「!? ──何を言って」

「……ああ、なるほど。それ俺もちょっと考えはしたんですよ」

 

 当然の提案に、葉子は手の中の魔導書を庇うように下がる。だが、合点がいったのか与一がその提案の理由を理解して頷いた。

 

「与一も同意見だったか。……厄介なのはこいつを手ぶらで帰らせた結果、次こそは情報を手に入れなければってなりふり構わず暴れられることなのよ、なら何らかの成果を持ち帰らせて少しでも大人しくしててもらった方がいい」

「……それ敵側の俺の前で言うことか?」

「なんか堂々と『お情けで魔導書貰って帰って来た』と報告するような奴には見えねえし」

「…………。わかった、わかった」

 

 両手を上げて降参のポーズをする男は、ため息混じりに続ける。

 

「──あんたらなら、アイツを……日下部を止めてくれるかもな」

「日下部? ……いててて」

 

 鼻を押さえながら葉子とソフィア、男と共に居間に戻ってきた与一が問い返す。

 

「日下部総合病院って知ってるか? 旧研究施設が横に残ってて印象的なんだが」

「……私も一応知ってるわ、その施設で寿命を延ばす研究をしていた人が隣に建設された病院で院長を始めたって話題になった……とか」

「そう。まあ、アイツはその研究施設を買い取っていまだに使ってるんだけどな」

「そりゃ何に……あっ、ふーん」

 

 葉子の解説を聞き、与一は察したように息を吐く。それから丞久の目配せを見て、仕方ないとばかりに振り返って葉子に手のひらを向けた。

 

「はぁ……葉子さん、そっちのおどろおどろしい本を渡してください」

「……敵に渡してしまって大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。そこの倫理ストップ安探偵はともかく、俺の事は信じられませんか?」

「おい」

「────。その言い方は、ズルいわ」

 

 与一の顔を見て、葉子は表情を一瞬くしゃりと歪めて、微笑を浮かべて本を渡す。

 それを更に渡されて受け取った男は、二人を見て口角を緩めていた。

 

「……なんすか」

「いや、今の遊吾に見せたかったなぁと思ってな。じゃ、俺は逃げさせてもらうぜ」

「は、はあ」

「おーおー好きにしろ、ただし、今日の夜中には突入するつもりだから覚えとけよ」

 

 与一と葉子を見てニヤついていた男に、しっしっと手を払う丞久。

 果たして縁側から外へと逃げて行く男の背にそう言って、それから四人と1体の居る居間にはなんともいえない静寂が訪れた。

 

「んで、そっちのファイルには何が入ってんだ? 警察署長の集めた情報だ、無駄足ではないと思うが……ちょっとテーブル寄せるか」

 

 散弾銃を片手に握ったまま、秋山が脇に寄せられたテーブルを引っ張り真ん中に置く。

 葉子が手元のファイルを開いてテーブルに広げると、新聞の情報を切り貼りしたコラージュや、独自に調べたのだろう魔術の存在を確かなものとする情報が広がる。

 

 そのどれもに共通しているのは、『命』や『蘇生』、『不老不死』というワードが散らばっているというもので、それらの紙の間から、ふとぺらりと何かが落ちた。

 

「……写真か。あれ、これ……」

「与一くん?」

『…………?』

「あの、これさっきの男ですよね」

 

 拾い上げた与一が写真を見て、隣に立っていた葉子とその肩に乗っているソフィアが覗く。

 中に写っているのは、三人の青年が並んでいる光景。真ん中の青年が笑顔で両隣の肩に腕を回し、それぞれは鬱陶しそうな顔をしている。

 

「こっちは……もしかしてお父さん?」

 

 真ん中の青年は、間違っていなければつい先程まで与一が殴り合っていた白人の男で、両隣のうちの片方を指差して葉子が言う。若いが、顔付きや面影は残っているのだろう、彼女は一目見て、その青年が若かりし頃の父だと理解した。

 

 ならばと、反対の青年を見て、与一は消去法で何者なのかを言い当てる。

 

「じゃあ、こっちが例の……日下部さん、ってことなのかな。昔馴染みの、友人だったのか」

 

 そう言って、与一がなんとなく写真を裏返す。するとそこには、一文が書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

『必ずお前を止めてみせる』




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