──楠木署長、日下部さん、白人の男の関係性を洗いつつ総合病院と研究施設を調査し、その日の夜中にカチコミするというとてつもないハードスケジュールになってしまった直後。
タコ殴りにされて頭が少しぐわんぐわんしてる奴が運転するわけにはいかないからと、葉子さんに運転席と助手席を交代してもらい、彼女の運転で病院へと向かっていた。
「いやはや……俺だけ無様だったな」
「まったくだ」
「なんて情けない後輩なんだ」
「二度も言うか……!」
後部座席で好き放題言ってくれるな……。
「でも、与一くんはわざと時間稼ぎをするために徹したんでしょう?」
「まあ、はい」
「日和っただけだろ。なんで勝てる戦いで勝とうとしないんだお前は」
「……え、勝て……?」
「勝てるに決まってんだろ、高が軍人ごときを容易く引き裂ける怪物を何回相手にしてると思ってんだ。こいつ一回だけシャンタクとタイマンして普通に勝ったことあるんだぞ」
「あれは運が良かっただけです……」
果たしてたまたま蹴りが首にクリーンヒットして即死させられたのを実力勝ちと言えるのか。というのは置いておくとして、そりゃあまあ、殺すつもりでやれば勝てただろうけどさ。
「あの男もこっちを殺す気が無かったし、勝利条件は外の二人が戻ってくるか情報を確保した葉子さんを逃がすかだったでしょ? 先輩が言った通り、向こうになんの成果も無かったら町中で暴れられるかもしれなかったんですから」
「とはいえ、役目に殉じると決めてやり通せたのならそれで良いのでは?」
「甘やかすなよ楠木葉子」
「優しさが傷に染みるぜ……」
「……? ──!」
バックミラー越しに後ろを見ると、良いこと思い付いた、とでも言いたそうな顔でにやぁ……と顔を歪める先輩がおもむろに口を開いた。
「葉子さあ、つまり、『与一くんはカッコ良かったなあ』って言いたいんだよな?」
「? ──はいっ、そうですね?」
「へ~~~~~そうかい」
「だとよ、可愛い後輩様」
「────」
──何も言わず、キュッとバックミラーの角度をずらして二人を視界から外す。言葉以上の意味で言ったわけではないだろう、にこやかに返した葉子さんが、こちらを見て疑問符を浮かべた。
「どうしたんですか?」
「ニヤケ面の畜生コンビがウザくて」
「は、はあ……?」
「……ところで葉子さん、話は変わる……というかどちらかと言うと戻るんですが」
「なんでしょう」
「あの写真のことです。さっきの男と院長──日下部さん? が知り合いだったことを今まで一度も聞いたことがなかったんですか?」
「…………はい」
赤信号で停車して、待つ時間で葉子さんがポツポツと語り始める。
「父は私に対して少し過保護というか、警察になる──いや、何かしらの危険な行動から遠ざけようとしていたきらいがあるんです」
「それは……当然、娘は大事ですし」
「うちの家庭の場合は、母が私を産んですぐに亡くなったことも関係しているんでしょうね。……とにかく、父は昔話をしたがらなくて、あの人の交遊関係は何も知らないんです」
あはは、と笑いながらそう言った葉子さん。……少しデリカシーに欠けていたか。一度として母親の話題が上がらなかったことに疑問を抱くべきだったな、と頭でドアのガラスを叩く。
「────。んんんんおぉおお」
「ああ、いえ、あまり気にしないでいいんですよ。もう24年も前のことなので」
「
「むしろ親が死んでからがスタートラインみたいなとこあるだろ。俺は居るかすら知らねえが」
「葉子さん急ブレーキ」
「えっ? はい!」
後ろに車がいないのを良いことに、そう指示すると発進した直後の車がガクンと勢いよく前につんのめる。後部座席から鈍い音が二回響くのを確認してから、改めて発進させた。
「あの、今のは何が?」
「いやお気になさらず。……さてそろそろ総合病院に到着するのか、日下部さんが黒幕として、院長とどうコンタクトを……というかどうやって捕まえればいいんだ?」
「とりあえず病院の院長室に向かってから、居たか居なかったかで二択に分岐だろ」
なぜか顔を押さえている秋山さんが言い、同じくなぜか顔を押さえている先輩が続ける。
「日下部は十中八九、旧研究施設で魔術を用いた『命』の研究をしてる──とすれば、魔導書を手に入れたのと私らが夜中には突入すると宣言した以上は研究施設に籠っている可能性が高い」
「────。はいはい、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するいつものね」
「……与一くん? それはつまり行き当たりばったりってことじゃないですか?」
「はい」
「『はい』!?」
実際、昨日の今日で敵の喉元に迫ろうとしているのだから、実はもう既に行き当たりばったりで行動していたりする。言わないでおくけど。
「この際だから断言しておきますけど、俺はこのまま院長室なりに向かったときに本人が居たら、気絶させて誘拐してどこかに連行して葉子さんが殺すのか否かの決断を待つことにしますよ」
「…………!」
「とはいえ相手も馬鹿じゃないだろうから、戦いは旧研究施設で行われるでしょう。
「それは────、警備を分散させられる?」
「大正解」
──もし日下部さんが魔術に自信があるなら、警備は間違いなく病院に集中され、自分が研究施設で迎え撃とうとするだろう。なぜなら魔術師は基本的にプライドが高いから。
お情けで魔導書を手に入れ、夜中に襲撃するぞと宣言され、そのうえ病院の奥への侵入を許してしまったらどうなるか? 当然、何がなんでも守ろうとするだろう。──自分の
などと考察していると、視界いっぱいに大きな建造物が映り込む。件の病院、日下部総合病院が眼前にでかでかと存在していた。
「……着きましたけど、どうします? 駐車場に入って裏手に停めますか?」
「いや、先にお前らだけで侵入しろ。後から俺たちで脱出経路になりうる裏手に車を回す。……それとこいつを持ってけ、全員に声が届く」
一旦病院手前の道路脇に停め、車を降りながら投げ渡されたワイヤレスイヤホンを受け取る。秋山さんは、そのまま別の携帯で電話を掛けながら続けて口を開いた。
「院長室がどこにあるかを把握できたら合図しろ、行きだけなら俺の上司が1分だけ疑われない程度にお前らが映らないようにカメラハッキングしてやるから、全力で部屋に滑り込め」
「なんで帰りもやってくれないんですかね」
「意訳すると『お前らの為にやるのはなんかヤだ、俺が行くなら帰りもやる』ってよ」
「上司さんが秋山さんの事をめっちゃ好き、以外の情報が伝わってこないんですけど」
「冗談は
秋山さんが心底嫌そうにげんなりとしているが、正直スッとす──ではなく。
……もうかれこれ夕方であるため、ここからは迅速に動かないと夜中までに休息を挟めない。
「帰りにはわざと院長室から出ていく不審者──与一と葉子の姿をカメラに晒して警備を割かせる説得力にさせる。顔を隠したいからこれを上に羽織ってちょうだい」
「なにこれ、普通のコート?」
「表はそう。裏っ返すと真っ黒のフードつきコートになるから帰りはこっちに切り替えて」
「おー、すごい」
言われた通りに裏返すと真っ黒のコートとなり、襟の辺りに収納スペースがあって、そこに手を入れるとフードがずるりと現れた。
「用意周到ですね……」
「なぁにお前もじきにこうなる」
「普通に嫌ですね……」
呆れと驚きの混じった声色の葉子さんに先輩があっけらかんと言う。
ジャケットを脱いで、元に戻したコートを羽織り、内ポケットに入っていたソフィアをダッシュボードの上にそっと乗せておく。
「こっちで待っててね」
『…………』
ソフィアはこくりと頷いてじっとしていた。指で頭を軽く撫でてやり、意識を切り替える。
「──さて、やるか」
「与一」
「なんですか」
イヤホンが落ちないように調整し、いざ向かおうとしたとき、ふと先輩が声を投げ掛けた。
「お前に足りてない、それが原因で強くなれない理由がなんなのか、わかるか?」
「…………。さあ?」
「貪欲さだ。何がなんでも強くなりたい、自分の手でこいつに勝ってやろう、っていう貪欲さがいまいち足りてないんだよ」
「何がなんでも強くなりたいとか考えて不味い方に舵を切った連中とさんざん殺し合ってきたら貪欲さも薄れると思うんですけど……」
「なんて情けない後輩なんだ」
「三回も言った……!?」
「もういい、さっさと行け。しっしっ」
「いててて」
無駄に綺麗なフォームで尻を蹴り飛ばされ、痛みに悶えながらも葉子さんを連れて病院に向かう。あとでトイレで曲がった鼻を戻しとかないとなあ、と考えていたからか。
「……その生き方を続けて死ぬのは、お前じゃなくてお前の周りの人間だぞ」
──そんなことを先輩が呟いていたことに、気づくことはなかった。
【あーとー15秒~】
「耳元でカウントダウンするのやめろ!」
「お、落ち着いて与一くん!」
「んんんおおおおピッキングはそんな得意じゃないんだってばぁあああよいしょお!!」
カチリ、と錠が開き、道具を懐に戻して素早く院長室に忍び込む。
なんともいえない焦燥感にバクバクと唸る心臓を押さえ、一度深呼吸を挟んだ。
明らかに楽しんでカウントダウンしてた秋山さんにはなんらかの天罰が下ることを祈る。
「…………よし」
「犯罪行為を見逃すどころか荷担……私、警官なのにどんどん落ちぶれていきますね……」
「落ち着いて聞いてください葉子さん、これはまだまだ序の口です」
なんならこの後研究施設にカチコミするし場合によっては殺人罪も追加されるからな。
ものすごい顔をしている葉子さんを尻目に、誰もいない院長室の中を見回すが、特に何か妙なものが置かれているというわけではない。
……これ見よがしに魔導書が棚に飾られていたらそれはそれで驚くけれども。
「居ないとなると、やっぱり旧研究施設の方がアタリか──おっ?」
院長が使う豪華そうなデスクを見ると、一つの写真立てが置かれていた。
それは、ファイルに挟まっていた例の写真と同じ、青年が三人並んでいるモノだった。
「……やっぱりか」
「やっぱり?」
「最初の爆破の時点で引っ掛かってたんですよ。『これ、わりと感情的な犯行だな』って」
だってそうだろう。もっと理性的であったなら、男の言うように爆薬は脅迫に使うべきだ。ひっそりと、署長だけを脅せばいい。
実際に爆破して死人を出してこちらの警戒度を上げるリスクを取るほど切羽詰まっているとは思えないし、こうして写真を手元に置いたままで関係性を匂わせるのも危うい行動だろう。
──つまり。
「愛憎拗らせタイプ……か?」
「ものすごい情けない名前ですね」
「やることはえげつないんですけどね。……三人の間で共通点があるとして、元研究者の院長がこんなことをやるほどの強い動機……」
【おい、推理してるところ悪いが、上司からのありがたい情報だ】
「はい?」
イヤホンの向こうから、どこかノイズ混じりの秋山さんの声が聞こえてくる。
【その部屋から盗聴器の電波が出てる】
「と、盗聴器……!?」
「おいおいおい、これ第三の敵がいるパターンじゃないだろうなぁ」
ここに来ての第三勢力は潰すのが面倒だからやめてくれ……と思いながら、デスクの下や引き出しの裏に手を這わせる。
そして、指先が木製デスクのつるりとした指触りとは別の物体に当たり、それを剥がすと手のひらに黒い正方形の機械が転がった。
「お、盗聴器~~大発見」
「──あなたたち、何をしているの!?」
と、そんな言葉が重なるのは同時だった。顔を上げれば、葉子さんが振り返れば、そこにはワイシャツにスカート姿の眼鏡の女性が扉を開けた状態で立っていて────その目は盗聴器に向く。
「……!! あっ、そ、それは……!?」
「──あのですね、その反応は、犯人しかやらない類いの反応なんですよ」
……第三勢力は、院長のストーカーでしたとさ。そんなことある……?
──葉子さんに扉の鍵をかけさせて前に立たせ、デスクの前に出たこちらとで、眼鏡の女性……院長秘書・井坂ことりさんを挟む。
「…………あの、この事は黙っていてほしい……と言いたいんですけど、あなたたちは、こんなところで何をしていたんですか」
「強かだなこの人。……簡潔に言うと、日下部院長が警察署の爆破事件の重要な関係者だと疑わしいんですよ。なんなら犯人だとすら思ってる」
「院長はそんなことをする人じゃ──」
「ええ、わかってます。とはいえどうも……理由があっての
井坂さんは不法侵入者のあんまりな物言いに、しかし冷静に対応するように返す。
「……なにが、聞きたいんですか?」
「犯行に及ぶとしたら、明確に切っ掛けになりそうな事態が起こったことはなかったか……とか」
「っ、やっぱり院長が犯人なんて……いや、でも、そういえば」
「そういえば?」
「あっいえ、なにも……」
「盗聴器、警察に提出しちゃおっかな~」
「話します」
「……む、ムゴい」
交渉とはこうやるのだ。……ふと、井坂さんは少し考え込むそぶりを見せてから言った。
「──日下部さんは、隣の研究施設の研究者でもかなり上の立場の人だったんです。でも
「あ、意外と長い付き合いなんですね」
「……まあ、日下部さんは憧れですから」
「盗聴器仕掛けるくらいですもんね」
「ヴ」
調子に乗らないように適度に締めつつ、言葉の続きを催促するようにちらりと見る。
「……研究者時代の人と話したことがあるんですが、日下部さんはかつて、ずっと命の研究をしていたそうです。マウスを使った寿命の引き延ばしや、死にかけのマウスをどれだけ生き長らえさせられるか、とか。でもある時から……そう、実験の方向性がおかしくなっていったみたいで」
「おかしく、と言いますと?」
「──生き返らせる、すなわち……生物を蘇生する、という方向に、命の扱い方が変わっていった……とか。でも結局、研究も上手くいかずに病院を建てて施設の方は閉鎖した」
「なるほど。方向性が変わったのはいつ頃だった、なんかは聞いたことが?」
「間違っていなければ、
──なるほど、なるほど。いや、本当になるほどとしか言えない。最悪な想像をして、それが正解であるという確信を持ってしまう。
しかし重要なのは、それほどの行動を起こすに至った経緯だ。元々『命』を題材にした研究をしていた人間だったとして、その方向性が歪んだ、日下部さんにとっての大事件があったはず。
「ストー……井坂さん」
「今すごい不名誉な呼び方しました?」
「お気になさらず。で、ですね。井坂さんに聞くのは酷なことかもしれないんですけれども、日下部さんって恋人とか妻とか居ました?」
「ヴ」
「心臓押さえてないで答えてください」
この人ちょくちょく精神ダメージ食らってるな……。よろめいた井坂さんは、なぜか息を切らしてぜえぜえとしながらもなんとか言う。
「い、居ませんよ……少なくとも妻は。でも……
「分かっていながら盗聴器仕掛けるってそれはそれですごいっすね。ちなみに盗聴器はいったいなんのために仕掛けてたんです?」
「えっ。…………録音して目覚まし時計のアラーム音にしたり……とか……」
「こわ~~~」
「────」
眼前の──井坂さんから見て後ろの──葉子さんなんか、フレーメン反応を起こした猫みたいなものすごい顔でドン引きしてるもの。
たぶん警察手帳と手錠があったら即逮捕されてるんじゃないか?
「日下部さんに……好きな人……好きな人……かあ、はぁ、あーあ」
「トドメ刺すようで悪いんですけど、もう薄々分かりきってる答え合わせしていい?」
「…………え? ああ、はい」
「どうも。──葉子さん、確認するんですけど、葉子さんのお母さんって、24年前……貴女が産まれたときに亡くなったんですよね?」
「……はい、そうですよ」
「死因がなんだったか、覚えてます?」
自爆して立ったまま項垂れている井坂さんを横目に、扉の近くで見張りをしている葉子さんに問いかける。彼女は昔のことを思い返すように頭を傾げながらおずおずと答えた。
「確か、元々あまり体が強くない人だったらしくて、私を産んだあとの衰弱が合わさって、持病が悪化してしまってからすぐに……」
「──日下部さんの研究の方向性が変わったのは26年前、葉子さんのお母さん……署長の妻が亡くなったのは24年前、病院を建てて施設を閉鎖したのは23年前……何か、分かりませんか?」
「────!! ま、まさか……!?」
「何が魔術を用いた平穏を目指してるだよ……完全に私怨と私情丸出しじゃないか……」
ようやく理解したのか、葉子さんは井坂さんの隣にまで歩いてきてこちらに顔を向ける。そんな二人に、この事件の発端を説明した。
「……恐らく、いや確実に。日下部さんは貴女のお母さんが好きだったんですよ。寿命を延ばす研究や死にかけてからも生き長らえられる研究をしていたのはお母さんのためで、研究を蘇生の方向性に切り替えたのは、貴女を産んだら死んでしまうとわかっていても諦めきれなかったからだ」
「──そういう、ことだったんですね」
「ミ゛」
合点がいったように、葉子さんは頷いて衝撃的な情報をなんとか飲み込もうとしていたが。その横で、井坂さんは致命傷を負うのだった。
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