とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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正当なる復讐に信念を 7/10

「いやいやいやいや、ちょっと待ってください。じゃあどうして母が亡くなってから病院を建てたんですか。そこだけが変ですよ?」

 

 発端を知り、けれどもまだ残っている疑問を葉子さんは、そう口にして問いかけた。

 

「変じゃないですよ。今の日下部さんには科学とは遠う、神秘的で、おぞましい、超常的な力があります。科学では救えなかった、じゃあ魔術でなら? となるのは不思議な話じゃありません。魔術が使えるなら、病院を利用して患者を集めることには意味があります」

 

 ……自分で言っていてなんだけど、本当におぞましい発想をするもんだなぁ。

 こういう相手が居るだけで、こちらが魔術師としてマトモな部類なのだと再確認できる。

 

「魔術師は実験をマウスでやりませんよ。それに人の『命』に関する研究ですからね……やるなら当然、人間を利用する方が効率がいい」

「────。効率的な人体実験のために、病院を餌に患者を集めていた……!?」

「く、日下部さん、が、そんなこと、するわけ……そんな、そ、そんな」

 

 ──と、質疑応答する傍らで、井坂さん(ストーカー)がそんな風にぶつぶつと言っている。

 

「井坂さん、日下部さんが今現在、どこにいるかってわかりますか?」

「…………今は、用事があると言って外出してます。緊急なら連絡すれば戻ると……」

「さいですか。となると────よし、葉子さん、撤収しましょう」

「え? は、はい」

 

 思考を纏めて、イヤホン越しに聞こえるようにそう宣言し、二人でコートを裏返して黒い方に変えてフードを引っ張り出す。

 

「井坂さん、俺たちが出ていったら、すぐ警報を鳴らして日下部さんに連絡をして『フードで顔を隠した何者かが院長室に侵入していた』と知らせてください。その時、『片方は葉子と呼ばれていた』と付け加えてくれると助かります」

「……ど、どうして?」

「これ以上巻き込めないので聞かないで。とにかく、絶対に日下部さんに伝えてください。それ以上のことはなにもしなくていいです」

 

 さっと羽織ってフードを目深に被って部屋を出ようとすると、背中に井坂さんが声を投げ掛けてきた。振り返れば彼女は不安そうな顔で、眼鏡の奥で瞳を揺らしている。

 

「…………本当に、日下部さんがそんな恐ろしいことをしているんですか?」

「────。俺はそう確信してます」

 

 一言だけそう言って、改めて部屋を出る。それから病院の裏手に向かうべく廊下を走っていたとき、不意に院内に警報が鳴り響いた。

 

 

 

「さっき、どうして私の名前を明かすように言ったんですか」

「好きな人の娘が敵陣のど真ん中で調査して回ってたら平静でいられないでしょう?」

「すっごいシンプルな嫌がらせ……」

 

 廊下を並走しながら、目深のフードの向こうで呆れた表情をする葉子さん。だ、だって……先輩と秋山さんもこういうことするから……

 

「おまけに普通に逃げられて夜中まで病院と研究施設の両方への襲撃を警戒しないといけない。少しでも集中力を削るのは戦いの基本ですよ」

「『誉れ』の『ほ』の字もありませんね」

「んん~そこになかったら無いですねぇ」

【お前ら漫才やってんじゃねえよ】

「あ、秋山さん。ところでこれ、どこで合流すればいいんですかね?」

【飛び降りろ】

「なんて???」

 

 裏手側に回った辺りで、ざざざっとブレーキを掛ける。反射的に窓の外を見ると、夕方を通り越して暗くなってきている風景が広がった。

 

【今お前らが居る方に車走らせてるから、そこの窓から飛び降りてルーフに落ちてこい。与一なら【強化】があるから5階から飛び降りても……まあ……打撲で済むだろ】

「葉子さんを抱えながらだと打撲じゃ済まないんですけど。ああいえ重いからとかではなく」

「いえ……そこで気を遣わなくても大丈夫ですよ。一応最近計ったら55キロでしたが」

 

 ──そういうことは言わなくていいんだよ! 

 

【警察として鍛えてるならそのくらいか。そろそろ決断してくれ、問題! タスクくんが時速80キロで走らせてる車に17~20メートル上から着地するにはあと何秒で跳べばいいでしょーうか?】

「漫才やってんじゃ……いやちょっと待って運転してるの先輩の方なの!?」

「それだと不味いんですか?」

「…………良い思い出がないくらいには」

 

 具体的に言うと、人が買った新車を先輩が山の中でかっ飛ばして半端に顕現したシュブ=ニグラスを撥ねた結果、殺せたけど車も死んだ……という。うん、この話はもうやめよう。やめやめ。

 

「って話してるうちに時間が押してるな。窓開けて……じゃあはい、葉子さん。いいですか?」

「え? ────あ、はい。失礼します」

 

 窓をガラガラと開けてから、葉子さんに面と向かって両腕を広げる。一拍置いて察した様子で一歩近づき、こちらの首に腕を回してからタイミングを合わせてピョンと跳ねた。

 

 背中と膝裏に手を回し、落とさないように支えると、首元に顔を近づけた葉子さんが問う。

 

「……重くないですか?」

「【強化】で筋力も上がるし、別に10キロの米袋を5個抱えるのとは重量バランスも違いますから。……なんで女性ってそう体重を気にするんですかね? 先輩はそういうのないんですけど」

【じゃあ丞久は女じゃないんだろ】

「すっげぇ暴論」

 

 いやまあ、先輩はちゃんと生物学的に女だけれども。──と、窓を開けたからか、遠くからギャリリリィ! と勢いよくドリフトしている音がして、その音の正体がこっちに近づいてくる。

 

「……口閉じてください。いきますよー」

「っ……!!」

 

 ぎゅっ、と首に回された腕に力が加わり、口を閉じる葉子さんを見て、窓から数歩下がってから────駆け出す。窓の枠を足場に、縮めたバネを飛ばすように跳躍し、一瞬の浮遊感ののちに臓器が浮くような感覚と共に体が落ちる。

 

「んんんんんんんん!!?」

「この感覚は慣れないなぁ……」

 

 絶叫マシンを数倍酷くしたような落下の感覚と共に、視界の端から凄まじい速度でこちらに向かってかっ飛ばしてくる車を見る。

 

 どことなくデジャヴのある荒々しい運転は、しかし落下の予想地点目掛けて走らせているのか、目測でも問題なくルーフに着地できるだろうとは察せられる。……られる、けれども。

 

「……これ着地と同時に慣性で屋根の上転がって地面に落ちるやつでは?」

【問題ねえ、丞久がキャッチする】

 

 どうやって──と聞くよりも早く、ぐんぐんと地面が近づき、そして割り込んできた車のルーフに両足でズダァン!! と轟音を奏でながら着地するも、予想通りに体はぐわんと後ろに置いていかれそうになる。せめて葉子さんだけはと衝撃を請け負おうとしたとき、体を鷲掴む【何か】によってルーフの上に固定された。

 

「うっ、お、おおっ」

「【おoooい、大丈夫かaaa?」】

「……あの、先輩? ですよね? なんか声にエフェクト掛かってて聞き取りづらいんですけど」

 

 ブロロロロ、と走り続ける車の上で風を感じながら、我々二人をルーフに固定している黒い魔力。それは無数に枝分かれした枯れ枝を束ねたような見た目と質感だが、実際に触れている部分から感じる質感は鋼鉄のように硬い。

 

「【うちの黒山羊(クソガキ)に感謝しとけよooo」】

「あ、はい。ありがとうございます?」

 

 クソガキくんちゃんが誰かは知らないけど、これ魔力の質からして神格の類い……というか何度か戦ったな。シュブ=ニグラスか? 

 首を動かしてルーフから下を覗くと、この魔力の固まりは、後部座席の中を経由して開けられた窓から外へと伸びていたようだった。

 

「この黒い……何かは、なんなんですか」

「これが魔力ってやつですよ。本来のはもう少し神秘的……視覚化されるとしたら淡い色合いなんで、これは先輩のが特殊すぎるだけです」

 

 神格の魔力の操作……この人どんどん人間離れしていくなあ。と思いながらも、葉子さんと一纏めにされる形でぎゅうぎゅうと魔力の腕に押さえ付けられながら、この場から離脱するのだった。次の信号で止まったら下ろしてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 ──それは、与一と葉子が逃げた数十分後の出来事。女性……井坂ことりは、院長室でどことなく若さのある、しかし放つ雰囲気は高年のそれである男性に事情説明を終わらせていた。

 

「……あの、先生」

「────。なにかな」

「その、侵入者の、言葉なんて、真に受ける必要なんかないと、思うんですけれど」

 

 眼鏡の奥で視線を右往左往させ、指先は緊張でモジモジと忙しなく動く。

 白衣を着た男性……日下部は、白髪混じりの黒髪を空調で揺らして彼女の言葉を待った。

 

「先生は……ほ、本当に、危険な実験をしているんですか? 病院を建てたのは、患者を実験台にするためだって……う、嘘ですよね?」

「────。そうか」

 

 口角をひくつかせて、冗談めかして井坂は言う。事実として、彼女はきっと、冗談だと言ってほしいのだろう。そんなことはない、うちの病院はいたって健全な医療機関だ、と。

 

「そうか」

 

 与一から「これ以上巻き込めない」と言われたのに、それを信じきれなかった井坂にとっての不運は、日下部を無条件で信じきって盲信していたこと。そして幸運なことは────

 

「井坂くん」

「は、はいっ」

「今までありがとう」

「…………え?」

 

 ──もう二度と、同じミスをする機会は訪れないことなのだろう。

 日下部の手が機敏な動きで井坂の首に伸び、続けて聞き慣れない言語での詠唱が始まる。

 

 薄れ行く意識のなか、井坂が最後に見たのは、怒りでもない無表情の日下部の、しかしどことなく憐憫を孕んだ瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──病院から逃げ出して十数分、我々四人と1体は、離れたところにあるお高いビジネスホテルに宿泊していた。お金は先輩持ちである。

 

「……二人部屋に四人で宿泊ってわりと無茶振りだったのでは。受付の人困ってましたよ」

「でも札束をちらつかされちゃあ、なあ? けっきょく金には勝てんのよ」

「先輩ってさぁ、仕事のときに必ず一回は悪どいとこ見せる決まりでもあるの?」

「ねぇが?」

 

 嘘だあ……。

 

 ともあれ、ここで夜中まで待機するのだから、さっさと仮眠を取りたいのだけれども。

 

「あの、明暗さん。二人部屋を取ったのはいいんですけど、どうしてツインじゃなくてダブルを選んでしまったんですか?」

「ベッドが2個ある方ってどっちだっけ……と思ったんだけど、2択を当てれば良いだけだから勘で選んだら普通に外した。マジでごめん」

「えぇ……」

 

 ふと問い掛けた葉子さんの顔が、どんどん『この人大丈夫なのか?』という訝しむ時のそれになって行く。みんな同じこと思ってるよ。

 

 それはそうと、二人並んで寝る用のベッドが1つ。これに……なに、成人男女四人で寝ろと。無理じゃない? せめて女性陣に使わせるべきか? いやギリギリ行け……無理じゃないか? 

 

「これどういう順番で横になればいいんだ……というか大の大人四人が寝るようには出来てないから両サイドがはみ出ちゃうじゃん」

「お前と葉子でいいだろ。私と秋山はそこの椅子に座って寝るから」

「先輩って男女で分けよう、っていう考えが脳の常識を司る部分に無い人?」

「今一番疲弊してる奴が偉そうじゃん。歳上の言うことは聞いとけよ」

「1歳年上なくらいで目上ぶるのはみっともないからやめた方が良いですよ」

「────」

 

 そこまで言って、不味いと思ったときには既に遅く。ひゅんと風が吹いたかと思えば、先輩は既に背後に回り込んでいて──刹那の内に意識を刈り取られるのだった。

 

「ふんッ」

「んぐゅ」

 

 この手の人間に……正論をぶつけるのは……やめようね……! 

 

 

 

 

 

 ──ガクンと意識が落ちた与一を担ぎ上げた丞久は、彼の体をベッドに投げ捨てた。

 器用にも真ん中やや右寄りに投げられて仰向けに転がった与一は、端から見れば普通に眠っているようにしか見えないだろう。

 

「何事も暴力で解決するのが一番だ」

「な、なんてことを……!?」

「まあ待て、なにも私がただ暴力的な人間だからこうしたわけじゃあない」

「嘘つけ」

 

 椅子に座って備え付けのテーブルにバラした銃のパーツを広げ、メンテナンスをしながらも秋山が短く言う。その対面にどかっと腰掛けると、丞久はドン引きしている葉子にベッドの縁に座るように指をくいっと下げてジェスチャーした。

 

「そいつの顔、見たか?」

 

 丞久は横目で気絶した与一と、その枕元に猫のように丸まって眠るソフィアを一瞥しながら言う。体をよじって後ろに向き、言われた通りに顔を見た葉子は、言わんとしていることに気づく。

 

「……あれ、顔の傷が、()()()()

「青アザも鼻の骨折もずっと【強化】で自然治癒力上げて回復させてたんでしょ。どうせ夜中にもう一戦やるんだから、このタイミングで寝かせないと魔力不足で戦力にならんのよ」

「そう言えば良かったのでは?」

「言って素直に聞くかよ。まあ、葉子経由で伝えれば寝てくれたかもねぇ」

 

 カラカラと笑う丞久だったが、そんな彼女は、一転して葉子に真面目な顔をする。

 

「葉子はさぁ、このあとどうすんの」

「この、あと……?」

「日下部センセがクロだと断定して潰しに行くわけだけど、あんたは署長サンの敵討ちがしたいわけでしょ。殺すにせよ逮捕するにせよ、もうカタギの世界のお巡りさんじゃいられないあんたは、全部終わったあとどうするわけ?」

 

 そう問われて、葉子は口ごもる。本来であれば警察が何日何十日と時間をかけて進めていく問題をトントン拍子で解決して行くあまりに本人ですら忘れかけていたが、これは与一が依頼された、楠木葉子が敵討ちするための任務だった。

 

「ま、そこに良い再就職先が転がってんだから難しく考えなくていいんじゃない?」

「……私に探偵助手になれ、と?」

「与一の近くに誰か居てくれると助かるからねぇ。強制はしないけどさ」

「その発言に圧を感じますよ……」

 

 口は笑ってはいるが目は笑っていない丞久の笑みに引きつつも、葉子はそういえばと気になったことを逆に質問し返した。

 

「明暗さんと秋山さんは与一くんが弱いと思っているみたいですけど、強くなる手段はあるんですか? それが私でも行えるものなら、やってみたいなあ、とは思うんですけれど」

「…………ん~~~~~、まあ~~~、教えても問題ないか? 簡単にできる事じゃないし」

「非魔術師の俺に聞くなよ」

 

 カチカチとパーツを組み直す秋山が我関せずと視線すら向けなかったが、眉間にシワを寄せる丞久の威圧感にため息をついて続ける。

 

「ちっ……楠木葉子でも簡単に戦えるようになったり与一が強くなれる手段は大きく分けて3つ。1つはアーティファクトや魔力が付与された武器を使うこと、丞久の刀がその典型だ」

「怪物は銃弾なんかの威力を最低限に弱める皮膚なんかを当然のように備えてるから、結局棒で殴るか魔術を撃つかしかないわけ。そこにハッキング弾が登場して戦局も変わったんだけどねぇ」

 

 ガンバッグに銃を仕舞った秋山は、葉子を見ながら指を2本立てて口を開く。

 

「2つ目は魔術を覚えること。ただこれにも適性ってもんがあってな、丞久みたいに色んな魔術をそつなく使える奴も居れば、与一みたいに1つしか使えない奴もいる」

「魔術……。それはやっぱり、こう……なにか儀式をしないと使えないんですか?」

「いや、必要なのは普通の勉強みたいなもんだ、今すぐは無理だが時間があればお前でも使えるようになる。そして3つ目だが────」

 

 秋山はちらりと丞久を見る。彼女は視線を斜めに上げてから、与一がちゃんと気絶したままであることを確認して口を開いた。

 

「んー。3つ目は一番手っ取り早いが一番やらない方がいい手段だな。簡単に言えば、神格と契約するか、呪物を取り込むかだ」

「神格……つまり神様から力を貰う、ってことですよね? じゃあ呪物……というのは?」

 

 その言葉に、丞久は分かりやすく説明するためにと視覚化した黒い枯れ枝のように伸びた魔力を手のひらにうにょうにょと浮かべて言う。

 

「『神格の体の一部、或いは神格と契約した人間の体の一部』のこと。これはまあメリットが莫大なのよ、相性が良い呪物を取り込めば単純に魔力が乗算で跳ね上がるし、魔力の上昇に伴って身体機能も強化される。でもデメリットも相応にあって、下手したら逆に呪物に取り込まれて死ぬ」

「すごいさらっと言いましたね……」

 

 真顔であっけらかんと口にしたが、丞久は魔力を消して自虐気味に口角を歪めて続ける。

 

「私が言えたことじゃねえけどな。ガキの頃に神格に力を押し付けられてこっち側に身を置いてるわけだから、成功例が何言ってんだって話だ。ちなみに私が指切り落として与一の口に突っ込んだらあいつは確実に爆発して死ぬ」

「しないでくださいよ?」

「しないわ。……あ、3つって言ったけど4つ目もあるな、液状の怪物を体内に入れるやつ」

「────。なんですか、それ」

 

 思い出したようにそう言った丞久に、葉子は眉を潜めて聞き返した。

 

「無形の落とし子っていう液体型の怪物が居るんだけどねぇ、そいつを人間の体液を抜きながら交換するように注入すんのよ。全体の6~7割を落とし子に置換して、はい完成~ってわけ」

「……それこそ、死ぬのでは?」

「そりゃあな。適合しなきゃ落とし子に体乗っ取られて内側から食われて、肉体をキグルミにされて終わりだ。少なくとも……私と秋山が知る限りでこの方法で適合した奴は一人しか知らん」

 

 ──居るには居るのか。と脳内で独りごちる葉子は、パンパンと手を叩く秋山に顔を向ける。

 

「いつの間にか初心者への授業になっちまってたな。そろそろ休息した方がいいだろ」

「それもそうだな。おら葉子、さっさとベッド行け。暗くしてまぶた閉じときゃ寝られるだろ」

「えっ、いやでも、与一くんが……」

「ッフゥ~~~~腕が鳴るなぁ~~!」

「あっはい寝ます、寝ますから」

 

 指の骨をパキパキと鳴らす丞久の爛々とした目に嫌な予感を覚え、葉子は腰かけていたベッドの真ん中の方に移動していった。

 

「し、失礼しま~す……」

 

 料金が高いビジネスホテルなだけあってか、ベッドは柔らかく、それでいて柔らかすぎず、寝転がる体がほどよく沈み、体重が分散して疲労感が抜けて行く感覚を覚える。

 

「電気消すぞ」

「うーい」

「……はい」

 

 秋山の言葉に二人が肯定して、直後にパチンとスイッチが切られて電気が消える。

 やがて四人と1体の静かな呼吸の音だけが室内に木霊し、葉子の思考は渦を巻く。

 

 すなわちそれは、果たして日下部は復讐するべき存在なのか、ということ。

 

 もしも日下部にも信念があったのなら、そのためにやむを得なく父の命を奪わなければならなかったのなら。逆に、私怨でこんなことをしたのなら。決断しないといけないのに、ここまできてまだ悩み続けている自分が情けない。

 

「…………」

 

 無意識に、ごろんと寝返りをうつと、傍らの温もりに触れる。ずっと昔、幼い頃──こうして父と一緒に眠っていたことがあったなあと。

 そんなことを考えながら、葉子は暗闇に意識が溶けて行くのを感じ取りながら、だらりと伸びた与一の腕に額を擦り付けるのだった。




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