とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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正当なる復讐に信念を 9/10

「うおっ──ラァ!!」

 

 1階ロビーで弾を撃ち尽くした散弾銃をバットのように振るい、秋山はムーンビーストを打ち据える。続けざまに横合いから伸びるムーンビーストが握る槍を避けると、穂先の付け根辺りを掴んでねじり、奪い取りつつ返す刀で突き刺す。

 

「ぜぇーっ、はぁーっ、このクソッタレガエルどもがよぉ……!」

 

 最後の1匹に突き刺した槍を捻って傷口を広げてトドメを刺し、大きく深呼吸をしながらドカッと近くのベンチに腰かける。

 そうしている秋山の眼前に、出入口を粉砕しながら、先程の異形が勢いよく転がってきた。

 

「【私の勝aaaち! なんで負けたのか明日までに考えといてくださいiii」】

「元気なやつだな……」

「【おーう、秋山も生きてたかaaa。途中から銃声がしなくなったから死んだのかとooo」】

「殺すな馬鹿野郎」

 

 魔力を固めた角を頭に生やした丞久が、もはや入口の体を成していない部分をくぐって施設に入ってくると、転がっている異形に股がって小首を傾げながら口を開く。

 

「【んnnn……やっぱりなんか埋まってんなaaa、魔力の……っつーか、命の塊かaaa?」】

「どういうことだ?」

「【もう既に5回は殺したのに普通に再生しやがったaaa、つまり核になってる何かが命を供給してるってこったなぁaaa……よっと」】

 

 そう言いながら、丞久は不意に仰向けの異形の腹に貫手をすると、ぐじゅぐじゅと肉を掻き分けて──なにかを()()

 それを引き抜いたとき、手のひらに握られていたのは、ドス黒い結晶だった。

 

「【ふーんnnn、きっしょooo」】

 

 顔をしかめて思いっきり握り込み、その膂力で砕く。すると結晶は握り砕いた以上に崩壊し、さらさらと砂のように崩れて消える。

 それに合わせてか、異形の肉体もまたボロボロと崩れ────中から全裸の女性が現れた。

 

「【……おいおいおい、青少年の教育に悪いのが出てきちゃったよooo」】

「ちっ……これ着させろ」

 

 咄嗟に視線を逸らしつつも上着を脱いだ秋山が丞久に投げ渡し、抱き起こした女性にそれを羽織らせる。前を閉じて体を持ち上げ、秋山と入れ替わるようにベンチに横たわらせて、顔を覗き込んで何者なのかと逡巡して口を開いた。

 

「【こいつが例のストーカー秘書か? 哀れだな、好きなやつに捨て駒にされたのかaaa」】

「だが、なんで人間の姿に戻ったんだ」

「【ふうんnnn……ちょっと解除、喋りづれえ」

 

森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】を解除して元に戻りつつ、丞久は女性を見ながら続ける。

 

「強い肉体を得る代わりに姿形が醜くなる……契約的な魔術を使ってた、ってことか。蘇生だの不老不死だのと言ってても、所詮はこのくらいが限界ってこったな。つってもまあ、ただ不老長寿になるだけなら方法は結構あるけど」

「ああ、あるんだな」

「妥協するなら手段は幾らでもあんのに、突き詰めようとするとこうなっちまうんだなぁ。結晶に命を圧縮して肉体を変化させて、寿命と生命力をストックさせる……これも不完全なもんだ、私ならストックが切れるまで殺し続けられるし」

 

 そこまで言って、あっ、と間抜けな声をあげて視線を床──よりもさらに下に向けた。

 

「碌な魔術も武器もねぇ与一じゃ無理だわこれ、さっさと助けにいかないと」

「とはいえ、地下1階と2階にもムーンビーストが居るんだろ。こいつらを全滅させないと外に漏れ出るか下に介入してくるんじゃないか?」

「あー……じゃあ、タイムアタックと行くか。目標は各階30秒……準備は?」

「いつでも」

 

 秋山の返しにニヤリと笑い、丞久はロビーの中央に歩きながら右腕全体にシュブ=ニグラスの黒い魔力を纏うと、静かに振り上げる。

 

「よーい……ドンッ!!」

 

 それからそう言って、足元に拳を叩きつけ、床を粉砕して下へと降りて行くのだった。

 

「あ、俺は階段で行くからなー」

「わぁー……かっ……たぁー」

 

 

 

 

 

 

 

 ──ざんっ、と異形の首に深い切れ込みを入れる。しかし傷口はみるみるうちに塞がり、もう何度目かもわからない致命傷を治された。

 

「何っ回っ殺せば死ぬんだお前はぁっ!?」

【君こそ何回言えば、僕が不死身であると理解するんだ? 不毛な戦いを何度続ける?】

「馬鹿が……完全完璧な不老不死が居るわけないだろ、大方どっかに弱点を隠して、リソースの供給を隠してるってところだ」

【────】

 

 伸縮する指をマチェットで弾き、伸びきった一本を半ばから断ち切ると、切断された指は灰のように崩れ、手の方からずるりと生える。

 

「高がお前ごときの魔術的研鑽で不老不死の魔術が完成するなら、とっくの昔に他の魔術師が不老不死になってるだろうさ。なぁ~~にが不老不死だ、命の選別だ? いい歳こいて中学二年生みたいな拗らせしてんじゃねえぞ馬鹿」

【────君だけは普通の死に方が出来るとおも「はい隙アリ」……なっ】

 

 ハッとしたときは遅く。異形の眼前に、ギルさんの遺体からくすねて隠し持っていた、ピンとレバーが外れた手榴弾が落ちてくる。

 異形が咄嗟に顔を庇った直後に炸裂し、破片をばら蒔く通常のモノとは違うのか、爆発に特化したそれが肉を抉り吹き飛ばす。

 

「よくやったソフィア、無理しちゃダメだぞ。葉子さんの方に戻ってな」

『…………!』

 

 傍らに降りてきたソフィアの手には、手榴弾に付いていたであろうピンとレバーが握られていた。指示の通りにコンテナ裏で銃を温存している葉子さんの方に向かわせつつ異形を見据えると、黒煙が晴れた向こうで異形が立っている。

 

 けれどもその胸と腹の抉れた肉の奥に、黒光りするなにか──結晶が埋め込まれている。その幾つかが、キラリと反射していた。

 

「ふぅ~~~ん? 弱点見っけ」

【ぐっ……人間、風情が……】

「ちょっとイメチェンした人間風情がなぁにを言ってるんだか、ご自慢の進化はどうした? いつになったら俺を殺せるようになるんだ」

 

【強化】を維持しながらもマチェットに魔力を込め、そう言って余裕ぶっているが、まあ正直言ってこれ以上早くなられるとキツい。

 先輩の言動なんかを見よう見まね(ロールプレイ)していても、そろそろ体が付いていけなくなる。

 

 でも弱点が見つかったのなら、なにもここで倒しきる必要もない。先に葉子さんを上に逃がして、丞久先輩が来るまで時間稼ぎに徹していれば────いや、違うか。

 

 ……こんなんだから、貪欲さが無いって呆れられるんだろうな。なるほど確かに、無意識のうちに『自分の力で勝ってやる』という選択肢が頭からすっぽ抜けていた。

 

 だってほら、先輩と違って魔術師として優れているわけでも、秋山さんみたいに卓越した戦闘技術があるわけじゃないのだから。そんな言い訳を重ねて、ふと、視線が葉子さんとソフィアに向く。こんな自分を、心配そうに見ている。

 

「与一くん」

「……なぁんですか」

「援護します、私を信じて」

「────。そんなこと言っちゃうんですか」

 

 真っ直ぐとこちらを見て、力強く頷く。そこまでされて、なにもしないとあっちゃあ男が廃る……といえるほどのプライドは無い、無いが。

 

「──なんか、勝ちたくなってきたな」

「……!」

「射撃の腕に自信は?」

「──動く的に全弾当てられる程度には」

「充分」

 

 再生を優先していたのか黙っていた異形を見据えて、【強化】を瞬発力と神経伝達、反射神経に重点的に割り当てて軽く柔軟する。

 

 クラウチングスタートの姿勢に入り、そして駆け出す。異形もまた両手の十本の指を振るうが、その内の直撃しかねない数本が、背後からの射撃により弾丸で弾かれた。

 

【っ──ふ、ざけ……!】

「まず、ひとぉおつ!!」

 

 残りの指をギリギリで避け、肉が抉れていた時に見えた結晶があった辺りにマチェットをめり込ませ、すれ違いながら思い切り振り抜く。

 硬い野菜を無理やり皮ごと包丁で切ったような感触と共に鮮血が傷口から漏れ、異形は先程までと違って露骨に痛みに耐えるように呻いた。

 

【ぐあっ!? がっ、ぐぅ……】

「────、ん?」

 

 続けてもう1つ……と行こうとして、不意に遥か上の天井辺りからドゴンとかバゴンとか妙な破壊音が断続して響いてきて立ち止まる。

 

 思わず全員で見上げたその視線の先に、ビシビシと亀裂が走り、一拍置いて天井が爆発したように炸裂し、二人の人物が降ってきた。

 

「生ぃぃぃきてるかあああ?」

「そろそろ来ると思った……」

 

 呆れたような嬉しいような、『ああ、勝ったな』という安心感が無条件で湧いてくる、その人物。黄色いレインコートを纏った先輩と拳銃を握る秋山さんが、数十メートル上から落下してくる。そしてこちらを見るや否や、声を荒らげた。

 

「体内の結晶を狙え!」

「それはもう知ってます!」

「まぁじぃ!?」

 

 自由落下で降ってくる二人──のうち、先輩が暴風を纏い速度を緩め、抱えられた秋山さんがほどよい高さからコンテナに着地し、先輩は一旦異形から離れたこちらの隣に降りる。

 

「……ふぅ~~ん。ちょっとは成長したか」

「まあ、ちょっとだけなら」

「その辺の謙遜は変わんねえな。……ギルバートはどうした?」

「死にました」

「ああそう」

 

 ちらりと向けた視線の方を見て、先輩が血溜まりの中に沈むギルさんの死体を一瞥して短く返す。冷酷、というわけではなく、むしろこの人は内心でかなりキレるタイプだ。

 

「戦況は?」

「日下部蓮司は力に呑まれて暴走……というよりは人格が増長してる状態、それと胴体に結晶が幾つか埋まっていて、1つ潰しました」

「そうか、手短に言うとあれが不死身のギミックだ。命を圧縮して埋め込みストックしてる」

「……道理でこの異形が下品に見えたわけだ」

「上の異形の方はストーカー秘書だった。結晶を引っこ抜いて砕いたら戻ったが、複数個接続してるこいつが戻れるかはわからんな」

「──そうかよ」

 

 ふつふつと、怒りと共に不快感が湧いてくる。なんだかんだと崇高そうにほざいていながら、結局は命を冒涜していたわけなのだから。

 

「──与一さん、明暗さん、秋山さん」

「葉子さん?」

 

 戦闘能力が特にヤバい二人が降ってきていよいよ迂闊に動けなくなった異形を前に、コンテナ裏に隠れていた葉子さんが、ソフィアを肩に乗せて神妙な面持ちで近づいてくる。

 

「……もう、殺してあげましょう」

「依頼主の注文(オーダー)がそれなら、従うまでですよ」

「ふぅん。良いのか? お巡りさぁん?」

 

 マガジンを交換してスライドを引いて、それから疲れきったような微笑を浮かべて言った。

 

()()()()()()()()()

「そうかい、だとよ探偵くん」

「はい? はあ、まあ、わかりました……?」

 

 いったい何がどうして「だとよ」なのかは知らないが、ひとまず頷いておく。

 ともあれ、改めて異形に向き直ると────なんか、なんか……スリムになってる。

 

「……ダイエットした?」

【人間共が……数的有利ごときで勝った気になっているのか? ベラベラとお喋りしている裏で、僕は更なる進化を遂げたぞ! より小さく、より速く、より鋭く……!】

「へぇー、そう。小さくて速くて鋭いのは私も一緒だからなあ、おそろだな?」

【ほざけ──っ!!】

 

 ボンッ、と空気が炸裂したような音と共に異形がその場から姿を消し、辺りの壁やコンテナからダンッダンッと踏み込む音だけが響く。

 

「最近面白い実験してるんだよねぇ、【黄衣の王(ハスター)】と【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】を併用しつつ魔力の比率を変えるんだけどさ」

 

 特に気にした様子もなくそう言うと、先輩はレインコートを着たまま……つまり【黄衣の王(ハスター)】を起動したまま、シュブ=ニグラスの黒い魔力を手足に纏わせて、異形と同じようにその場から姿を消す速さで駆ける。

 

「こうすると、速さを維持しながら腕力も確保できるんだよ──ねッ!」

 

 辺りからドップラー効果で声が右から左、左から右へと流れて行き、その刹那、空中でドバァン!! と大砲か何かを発射したような轟音が奏でられ、異形か落ちてくる。

 

【がっ、ごぶ、ごほっ……!?】

「わかんねぇかなあ、これから何が始まるんだと思う? 蹂躙だよ。そうら足掻け足掻け」

【くっ……きさま「はい遅い」

 

 着地と同時にすらりと刀を抜き、先輩は立ち上がった異形の両足を切り落とす。

 ガクンと力が抜けたように膝をついた異形は足を再生させるが、それよりも早く──それとなく回り込んでいたこちらのマチェットの刃が背中から生えるのを目にするだろう。

 

「先輩は意外と周りを見てるからな、ちゃんと……俺が居る方に落としてくれたんだよ。さて、あと幾つ結晶がある? 2つ目も潰したぞ」

【ぐぅうぅっ、はな、れ、ろォオ!!】

「おっと」

 

 背中に向けて放つ裏拳をマチェットを引き抜きながら避け、そしてそこに秋山さんと葉子さんの拳銃の弾がありったけ撃ち込まれた。

 

「ソフィア、こっち来い!」

『…………?』

「マガジンだ、楠木葉子に渡せ」

『…………!』

 

 片手で胴体にバスバスと当てながら、片手でソフィアを呼んで懐から同じ拳銃ゆえに互換性のある自分のマガジンを渡す秋山さん。

 

 ソフィアもきちんと物陰を経由して葉子さんの方へと戻り、それを見送りつつ、怒りで精度の落ちた触手のようにうねる指を片手間で捌き、その隙を突いてさらに先輩が刀で一閃。

 

 小気味良いパキンという音がして、異形の体内で3つ目の結晶が砕けた。続けて秋山さんの射撃が別の場所に着弾し、4つ目も砕ける。

 

【な、ぜだ……なぜ、僕は……不老不死に、なれた……はず、なのに……】

 

 あっさりと死にかけている異形は、自分だけがボロボロになっている現状が受け入れられないかのようにうわ言を呟いている。ここまで情けないと、なんというか、こう……どちらが日下部蓮司の本性だったのやらとすら思えてくるな。

 

「……他人から奪うだけの力の、何が不老不死だ。自分だけの力でなってから言えよ」

 

 けれどもまあ、それはもう知りようがないのだろう。そう言いながらまだ斬っていない部分にマチェットをめり込ませ、硬い材質の物体があるのを確認してぐりっと捻り内部で割る。

 

 バックステップして離れつつ、手応えを感じる。これで5つ、あのとき見えた結晶は全て割れたことだし、もう無いはず……だったが。

 

【死、ねな、いィィィィ……!!】

「まだ動くのかよ……! 結晶は全部砕いた──いや、まだどっかにある……?」

「こいつのサイズと結晶のサイズからしてあと1つだ! あるとしたら────」

 

 こちらに続けて口を開いた先輩と顔を見合わせ、どこにあるかを察した刹那。

 異形の胴体がぼこりと膨らんだかと思えば、周囲に散らばる我々を無差別に攻撃するように、無数のトゲに変形させて射出してきた。

 

「おっとっと」

「危ね……っ!?」

 

 最低限の動きで避けながら再度肉薄する先輩に倣いつつも数発が服を掠め、当たりそうな奴だけをマチェットで逸らして走る。この攻撃そのものが、追い詰められている証拠であり、もう胴体に結晶が無い証拠なのは明白だった。

 

 であるならば、異形が曲がりなりにも人間だったならば、最後に守ろうとするのは何処か? 

 

「よいぃぃぃち!!」

「わかってます!」

 

 両側から挟むように接近し、残りの魔力をマチェットに注ぎ込みながら密度の上がったそれに飛び込み──トゲを潜り抜けて振りかぶる。

 反対でも同じように刀を振りかぶった先輩がトゲの波を避けきって、全く同時に双方から刃を首に滑らせる。ここに来て土壇場で()()()を体が理解したのか、今までとは比べ物にならないほどに滑らかに、異形の頭を上へと斬り飛ばした。

 

 くるくると回りながら上に飛んだ異形の生首。そしてそこに、ダンッと1発の銃弾が撃ち込まれる。吸い込まれるように飛んでいったそれは、異形の眉間の更に奥────脳に着弾した。

 

「…………埋めるなら、そこですよね。だって貴方も結局は人間だから。意思があるなら、絶対にそこを最後の砦にすると思いましたよ」

 

 続けてもう1発。空いた穴にホールインワンした銃弾が、脳を──否、頭の中に隠していた最後の結晶を撃ち抜き、破壊する。

 

【────。み、どり……】

「さようなら、意気地無し」

 

 その言葉を最後に、異形の頭は、胴体は。先程とは違う様子でぶくりと膨らみ、輸血パックを破裂させたように赤色を辺りに撒き散らす。

 

「……確かに、どれだけ正当性があろうと、どれほどの信念を持って行動しても。復讐を果たしたところで、スッキリはしないですね」

 

 ホルスターに拳銃を戻しながら、ポツポツと呟いて。床に広がる赤色を見ていた葉子さんは、頬に一筋の涙を溢しながら言った。

 

 

 

「──じゃあ、帰りましょうか」




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