とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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脳と記憶を繋ぐものは 2/3

「さて、どうしたもんか……流石にこんなやつを相手にする想定はしてねぇぞ……」

 

 曲がり角の陰に隠れるように座って、秋山はそう言って拳銃の残弾を確かめる。

 顔を半分だけ出して覗き込むと、視界の奥には、通路を塞ぐほどの──とまでは行かなくとも身の丈程はある液体生物が数匹蠢いていた。

 

「そりゃあ、あのデカいやつ1匹だけなわけねぇよな。生態不明、残存数不明、弱点不明……こちらが唯一分かってるのは……」

 

 床を滑らせるように、チャーリーから奪い取った携帯やその辺の欠けたコンクリートを転がすと、音に気づいてそれらを取り込んで体内で溶かし始める。証拠隠滅を兼ねつつも、どれを溶かしどれは溶かさないのかを確かめようとしたが。

 

「スマホもコンクリも溶かす、恐らく酸性かそれに近しい体液を内包していることだけ。金属プラスチックセメントなんでもお構い無しってことは、チャーリーも今頃消化されてるだろうな」

 

 ──化けて出るなよ。と小さく呟いて、ルート取りを確認するように通路を見渡す。

 

「デルタとエコー……は死んでても不思議じゃないが、ブルーは生きてるだろうな。まあ、ローリスクで殺せるチャンスは幾らでもあるか? あいつらにとってもこの状況は未知の筈だ」

 

 そう独りごちる秋山は、ふと液体生物の近くに消火器が置かれていることに気がつく。

 

「──よし」

 

 決心して角から拳銃を突き出すと、狙いを定めて即座に引き金を引く。

 液体生物たちの隙間を縫って飛んでいった弾がカンッと音を立てて消火器に当たり、一拍置いて破裂し中の消火剤が辺りにばら蒔かれる。

 

 テケリ・リ! テケリ・リ! という奇妙な鳴き声が響き、それを合図に駆け出した秋山は、消火剤が混ざったからか動きが僅かに鈍いそれらの横を通り抜けて通路の奥へと走っていった。

 

 

 

 

 

「……いや、あれが生き物なら電気や火が効くか……あとは凍らせたり、固まる前のセメントとかなら溶ける前に混ざる可能性はあるかもな。……こんなところにあれば、の話だが」

 

 走りながら思案して苦笑を浮かべる秋山。けれどもその顔は、丁字路の片側を塞ぐように閉め切られたシャッターを見て切り替わる。

 

「──シャッター……なんでこんなところに、あいつらを閉じ込めるため……じゃないな」

 

 ──研究員の方か。と呟いて、開いている方の通路に逸れる。

 誘導されているような感覚を覚えつつも、ひとまずは進まなくてはならないと判断して歩みを進め、それから少しして足音を耳にした。

 

「誰だ」

「──アルファか? 俺だ、ブルーだ! チャーリーはどうした!?」

 

 通路の奥から現れたのは、上着を脱いでワイシャツ姿になっている男──ブルーと最初に分かれていたエコーのみ。しかし、その後ろにもう一人の男──デルタの姿は無かった。

 

「……チャーリーは液状のバケモノに襲われて溶かされちまったよ。言っとくが冗談をほざいてるつもりは断じてないからな」

「──俺たちの方にも出たぜ。天井から降ってきてデルタの頭を呑み込んだかと思ったら、あっという間にドロドロに溶かしやがった」

 

 上を指差すブルーは、突然のことで何もできなかったのだろう。悔しそうに顔をしかめる様子を冷徹に流していた秋山だったが、ずっと黙っているエコーに疑問を抱いて声を投げ掛ける。

 

「そうか……エコー? どうした?」

「────」

「あの液体……生物……なのかは分からんが、アレを見てメンタルヤっちまったみたいでな」

「喋れないのか」

「────」

 

 喉を押さえて首を振るエコーを見て察したように頷く秋山は、来た道を横目にこれからどうするかを考える。精神に負荷が掛かり一時的な失語症になった足手まといと、ある程度は無事の手練れ。液体生物から逃げるには囮が居るし、この二人の始末には液体生物が役に立つだろう。

 

 両方をいっぺんに、纏めて始末できる絶好のタイミングがあれば──と考えていた秋山がおもむろに壁に手をついた瞬間。

 

「……うおっと」

「アルファ? ……なんだこりゃあ」

 

 ガコン、と手のひらで押された壁が内側にめり込み、そのすぐ横に出来た切れ目がスライドして偽装されていたドアが現れた。

 秋山は薄暗い通路の奥を覗いて、呆れたような表情で口を開く。

 

「……まさかとは思うが、あの液体生物から逃げるためにこの奥に隠れてんのか?」

「まあ……戦えたら研究員なんかやらねえわな。いやそもそもアレに弱点なんてあるのか」

「あるだろ。感電、燃やす、凍らせる。アレも生物扱いしていいならやりようは幾らでもあるんだよ、それらがいま俺たちの手元に無いからどうしようもねえって話に帰結してるだけで」

 

 そう言いながらも、手短にアイコンタクトを交わして順番を決めて喋れないエコーを挟むように、ブルーを殿(しんがり)として秋山が先頭になる。

 

 入口であったマンホールとは真逆、更に更に奥へと進んで行くルートに、さながら怪物が大口を開けて待ち構えているかのような錯覚を一瞬覚えるが、深呼吸を挟んで中へと入った。

 

「すぅー、ふぅー…………ん?」

「どうした」

 

 無意識に深呼吸を行っていた秋山だったが、不思議と清潔感のある──というよりは、言うなれば病院のような消毒臭さに眉を潜める。

 

「空気が変わった、ここで正解だな」

「こんなとこで何を研究してるんだか」

 

 三人で一列になって進む途中、背後の隠し扉が独りでに閉まる。やがてコンクリートの床はそれこそ研究所のような塗床になり、廊下を歩いて少しすると、奥の扉の隙間から光が漏れていた。

 

「……いいか?」

「ああ」

「────」

 

 ブルーとエコーに確認し、拳銃を片手にドアノブへと手を伸ばす。そして勢いよく開け放ち、中に躍り出た三人が見たのは、近未来的な円柱形のガラスケースを幾つも備え付けた一室。

 

 その中の一つ一つには鮮やかな赤色をした生々しい物体が保存されており、偶然視界に入った内の一つにだけは、明確に覚えがあった。

 

「これは……心臓、か」

「おいアルファ、見ろ。こっちは腎臓だ」

「臓器売買、にしては大掛かり過ぎる……この辺りの地上に病院はあったか?」

「どうだったか────」

 

 首を傾げるブルーが、不意に銃口を奥の扉に向けた。すると、ガチャリと開けられた中から眼鏡を掛けた白衣の女性が出てくる。

 

「お?」

 

 三人を見て一拍硬直する女性は、考えるそぶりを見せてから、気の抜けた表情で言った。

 

「もしかして救助に来たんですか? よかったあ、もう二日も閉じ込められてたんですよー」

 

 

 

 

 

 

 

 ──男性四名、女性二名。合計六人の研究員が、任務における保護対象の総数だった。

 

「本当に六人だけなんだな?」

「いやあ、まあ、リーダー的な人が居た……んですけどね~~、ここまで来られたならわかりますよね。まず最初に()()に食われました」

「俺たちは助けに行けと言われただけで、そっちの事情ってもんはわかっていなくてな。アレがなんなのか教えてもらえないか」

 

 三人が最初に出会った研究員の女性は、眼鏡のズレを直してから言葉を続ける。

 

「アレはショゴスと言いまして、見ての通りの不定形をした怪物ですね。体内の液体は便宜上『酸性』として扱ってますが、あれ大体のものは溶かすので、取り込まれたらお察しです。まあ取り込まれてもすぐ出れば火傷で済みますよ」

「即死ではないのは朗報だがあんまり嬉しくない朗報だな……」

「私たちはショゴスを使ってとある研究をしていたんですがねぇ、まさか収容してる容器をハッキングされて開閉されるとは思わなくて」

 

 がっくりと項垂れる女性。秋山は残された研究員たちを見て、慌てるでもなく恐怖するでもなく、極めて冷静であることの疑問を問う。

 

「あんなバケモノが外をうろついてる中に閉じ込められたにしては、平然としてるな」

「そりゃあ……私たちは研究者ですからね。三度の飯より研究が好きな連中の集まりですから、『どうせ出られないなら助けが来るまでいつも通りに仕事してよう』となるのは自然ですよ」

「イカれてんなあ。……で、肝心の研究ってのはなんなんだ? あの臓器と関係あるのか」

「あるもなにも、()()()()()()()ですよ?」

「は?」

 

 カラカラと明るく笑いながら言う女性に、秋山もまた困惑の顔で返す。

 その眼鏡の奥の、清々しいまでに黒く濁った瞳を向けて、女性は続けて言った。

 

「我々の研究内容は、ショゴスの変身能力を利用したあらゆる血液型に対応できる万能臓器の複製です。凄いでしょう? これが安定すれば、今後はドナー待ちの患者を減らせるんですよ!」

「────。へぇ~~~、すげー」

「そうでしょうそうでしょう」

 

 ふふん、と自慢気な女性だが、秋山の心境には()()()()という納得があった。だからこんな任務内容なのか、という納得。

 普通に考えれば、人智を超えたバケモノを使ったドナー臓器の複製などは、おぞましいにも程がある。しかし、馬鹿正直に道徳倫理を説くことは秋山の仕事ではない。

 

 ここで反感を買うよりは、と、ひとまずおだてる方向に舵を切ったのは正解だったらしく。女性は上機嫌のまま、そういえばと口を開いた。

 

「自己紹介がまだでしたね、私は細波(さざなみ) 青井(あおい)といいます」

「俺は……アルファと呼んでくれ」

「偽名ですよね?」

「ああ。うちのチームは当日に会うこともある赤の他人同士だからな、外国式の通話表(フォネティックコード)で呼び合う方が咄嗟の判断に役立つんだよ」

「はぇ~……」

 

 などと会話を交わしながら、狭くはないが広くもない研究室の中を歩いていた秋山と青井。

 その二人のもとに、両手で抱えた箱を持ち歩くブルーと、研究室内を道案内をしていたのだろう男の研究員がやって来る。

 

「おうアルファ、なんか取ってこいとか言われたから持ってきたぜ」

「火炎放射機か?」

「ちげーよ」

「あの……地下で使ったら酸素と逃げ道が無くなるのであっても使わないで下さいね」

「あっ田中さん、あとは私が説明するから作業に戻っていいですよ~」

「では……」

 

 青井に言われて軽くお辞儀をしてから、田中と呼ばれた男は踵を返して去る。

 続けて彼女がブルーが持ってきた箱を開けると、中に入っていたのは拳銃と弾薬だった。

 

「これ、ここで仕事することになったときに支給された試作品? だとかで持ってたんですけど、そもそも研究員が銃撃てるわけないのでずっと仕舞われてたんですよねぇ」

「マジかよ……メンテナンスもしてないんじゃ銃の方は使わない方がいいな」

「じゃあこの弾薬は……なんだ? なんか変な模様が刻まれてるが」

「あー、それ術式ですね。薬莢と弾丸そのものに魔術的効果を付与してるんです」

「なんて?」

 

 箱に納められていたむき出しの弾薬をつまんで持ち上げると、薬莢と弾丸に見たこともない文字列のような模様が刻み込まれていた。

 青井の答えにすっとんきょうに返した秋山に、彼女は続けて説明する。

 

「ショゴスなどのあの手の怪物は、魔力による防御性能が高くて大抵の近代兵器の威力を最小限に抑え込んでしまうんですよ。ですがその弾なら、着弾した部位の魔力を乱す力があるのでその防御性能を低下させることが出来るんですねぇ」

「すまん、もっと分かりやすく言ってくれ」

「怪物の体に脆弱性を作り出せるってことです。それこそハッキングのように。例えば元々火に弱いショゴスに(これ)を撃ってから燃やせば、通常よりも更に大きく被害を与えられるわけです」

 

 セールストークのような胡散臭さにげんなりとしながらも、秋山は銃弾のサイズを確かめる。拳銃用の9mmなら、手元の拳銃のマガジンに込められるだろうと考えて、腰に差していたマガジンの1つを抜き取り1発ずつ外して交換した。

 

「仮にこれを当てたとして、そのあとはどうするんだ。液体を弾丸で倒すなんてそれこそマシンガンが幾つも必要になるぞ」

「ここ研究所ですよ?」

「……可燃性の薬品、あんのか?」

「ありまぁす」

「あるのにこの様かよ」

「いやあ、それはそうでしょう」

 

 マガジンの弾を交換する秋山の手際を見ながら、青井はあっけらかんと言う。

 

「『全員で襲い掛かれば勝てるけど、何人かは死にます』。さあ、その()()()になる勇気ある人は居ますか? という話なんですよ。目の前でリーダーが食われたのを皮切りにパニックになりましたしね、それに────」

()()()?」

「……いえいえ。それで、このあとはどうやって逃げるんですか? アルファさんたちが来た道を戻るなら結構遠いですよね?」

 

 誤魔化すように頭を振る青井の問いに、秋山は一拍黙ると、ブルーに視線を向ける。

 

「全員で纏まって動く。ブルーはエコーが話せるようになったか見てきてくれ」

「了解」

 

 ブルーをこの場から引き離すように指示を出し、秋山は逡巡してから青井に質問した。

 

「細波青井、お前らは本当に、ただ臓器の複製だけを研究してるのか?」

「ん? ……まあ、そうだね。私はやりたいことがあったんだけど、許可が降りなくてね」

「やりたいこと……?」

 

 素が出たのか、丁寧口調が崩れている青井は、目尻を細めて秋山を見る。

 

「そう質問したってことは察してるんじゃないかな。──私はね、『私』を作りたいんだ。ショゴスを利用して、『私』を100%再現したい。アルファさんはスワンプマンって知ってるかな」

「いや知らねえ」

 

 青井は秋山の即答に苦笑しながらも、部屋の隅に置かれていたホワイトボードを引っ張ってきて説明を始めた。簡単に言えば、原子レベルで全く同一の存在のことをスワンプマンと呼び、本来であればスワンプマンの元になった人間は落雷で死亡するのだが、今回はその限りではない。

 

 ボードに描かれたデフォルメされた二人の細波青井を見て、秋山は頷いて口を開く。

 

「臓器を作れるなら、人間だって作れるわけか。そりゃ許可なんか降りねえだろ」

「とはいえ、ショゴスで作る人間って安定しないらしいんだよねぇ。かといってショゴスに人間並の知恵を付けさせるとショゴスロードっていう上位種になっちゃうらしいし……」

「じゃあショゴスロードで人間を作ればいいんじゃないか。頑張れば脳ミソだって作れそうなもんだが──おい待てその顔は()()()顔だな?」

「…………お、おほほほ~~」

 

 秋山のふとした言葉を聞いて、イタズラがバレた子供のように汗を垂らしながら顔を逸らす青井が、呆れ顔の秋山の視線に耐えられなかったかのようにポツポツと呟くように喋りだす。

 

「そのぉ~……裏でこっそり私の細胞とショゴスを混ぜて、『私の脳』を複製してそれを取り込ませたりした……んですけどねぇ~……ハッキングでケースが開いたときにちょうど収容されていたのがそのショゴスで……まぁ~~、はい」

「さっき何を口ごもったのか疑問だったが……お前が犯人だったからか」

「はい」

「『はい』じゃねえよ」

 

 はぁ~~~~、と長く重いため息をついて、秋山は()()()()()と思案する。

 指を突き合わせてモジモジとし、叱られている犬のようにシュンとしている青井を見て、秋山は仕方ないとばかりにマガジンを拳銃に装填してスライドを引きながら言った。

 

「まあそれは俺の裁く罪状じゃねえからな。せいぜいお上にクビ切られないことを祈れ──」

 

 そう言った秋山だったが、不意に耳に届く1発の銃声。ビクリと肩を跳ねさせた青井を庇うように立ちながらも顔を向けた先にあるのは、つい先ほどブルーが向かった別室。

 

「まさか……」

「な、なにが起きて……」

「離れるなよ」

 

 特殊弾を入れた拳銃を早速と構えながら、青井が後ろにくっついていることを確認しつつ銃声のした方へと歩いて行き中に入る。

 

 室内に入った二人が見たのは、頭に風穴を空けて仰向けに倒れている研究員の男性と、拳銃を構えたブルー。そして────目を血走らせて興奮気味に呼吸を荒くするエコーが、銃口から硝煙を立ち上らせている拳銃を握っていた。

 

「…………ろす、殺してやる……俺は生きて帰るんだ……お前らを殺してでも……!」

 

 そんなことを口走る、話の通じなさそうな状態のエコーを前に、秋山は静かに部屋に入りながら別の研究員に言葉を投げ掛ける。

 

「何があった」

「わ、わからない……落ち着かせて喋れるようになったあの人がショゴスのことを聞いてきたから生態や能力を説明しただけなのに、いきなり興奮して銃を撃ってきて……」

「なぁんで精神磨り減らした人の精神を落ち着かせてからもう一回削ったんですか」

「お前らもしかして『馬鹿と天才は紙一重』の馬鹿の方なのか?」

 

 さしもの青井ですら呆れる行動をやらかした研究員たちが原因で、周りを害してでも助かろうとする精神状態になってしまったのだと察した秋山は、そう言いながらもふと思い至る。

 

「……なあ、ショゴスって体内に器官を生やせるよな。なんか口とか作って、テケリリテケリリ……って変な声で鳴いてたし」

「ん? ああはい、出来ますよ」

「耳も生えるのか?」

「……生えますよ?」

()()()()()?」

「────。あっ」

 

 秋山の問い掛けの真意を理解した青井が咄嗟にエコーの方へと向き直った時には遅く。

 

「……? なん

 

 

 

 ──刹那、エコーの背後の壁を粉砕して液体生物が現れると、一瞬で彼を呑み込んだ。




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