とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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かんたん時系列


5年前/脳と記憶

4年前/黒山羊→落とし子

現在(本編開始)/マリオネット・シック


落とし子適合実験場 1/3

 とある一室、カーテンを締め切った暗い部屋の中で、女性はパソコンの明かりで顔を怪しく照らしながら面倒くさそうな顔の男に言った。

 

「──ふっふっふ、任務の時間だよ秋山クン。とある山奥から微弱ながらに魔力が発せられたとの報告があってね、調べてきてほしいんだ」

「微弱なんだろ、じゃあ単なる偶然とか小動物のモノとかそんなもんなんじゃないのか?」

「まあ待ちたまえ、この話には続きがあ……あーあーあー、カーテンを開けるんじゃないよ……ミステリアスさが薄れるじゃないか」

「うるせえな。目悪くすんぞ、白道」

 

 シャッとカーテンを開け放ち光を室内に入れる秋山は、女性──白道香織に呆れたような顔を向ける。やれやれと言わんばかりに肩を竦める彼女は、秋山を見て言葉を続けた。

 

「で、この話には続きがある。その微弱な魔力が反応した辺りを調べたところ、山奥の洞窟を何者かが利用していた痕跡が見つかったんだ」

「へえ。秘密基地ってわけか」

「悪党と魔術師は暗いところが好きだからね。地下や洞窟はうってつけというわけさ」

「お前、さっき自分がどういう状況だったか知ってて言ってるんだよな?」

「なんのことやら」

 

 視線を逸らしてすっとぼける香織だったが、それからふと秋山に問い掛ける。

 

「ところで、記憶に変化はあったかい?」

「ん? いや全然だ。この1年を丸々リハビリに使ってきたが、思い出せることは無いな」

「……そう、か」

 

 どことなくシュンとしている様子の香織を見て、秋山はあっけらかんと質問した。

 

「────。お前、俺と関係あったのか?」

「…………()()()()()()()だろう。こんな変人が知り合いだったら忘れる方が難しいじゃないか」

「自分で言うなよ。……ったく、じゃあさっさと行ってくるか。リハビリ明けの初任務だ」

 

 そう言ってバタンと扉を閉めて出て行く秋山。部屋に残された香織は、首に吊るして服の中に隠している指輪を引っ張り出して、指でチャリチャリと玩びながら皮肉気味に独りごちる。

 

「そんなわけない、か。心にもないことを言わなければならないのは、私への罰……といったところかな。…………はぁ~~ああ、辛い」

 

 机に突っ伏して、重苦しいため息をつく香織は、そういえばと思い出して顔をあげた。

 

「──()()()()に注意するように言うの忘れてたな。……まあ、なんとかするか」

 

 

 

 

 

 

 

 ──山の手前でバスを降り、目的の座標まで足を進める秋山。森の爽やかな空気を感じながらも、脳裏には自分と会話をするときに頻繁に辛そうな表情をする()()の顔が浮かんでいた。

 

「無関係とは思えねぇけど、隠してるってことは理由があるんだろうな。俺自身、記憶失ってる理由は頭撃たれたから……らしいし」

 

 秋山はそう言いながら、無意識に前髪で隠した額の手術の痕を指でなぞる。

 

「ま、そのうち思い出すか」

 

 さっさと思考を切り替えて、秋山はどんどん山の奥へと歩いて行く。一度死んで蘇生された、という事実が彼の楽観視の原因なのだが。

 それもあってか、()()の秋山への所業を白道香織だけが重く受け止めているのが良くも悪くもほどよい罰になっているのは、余談である。

 

 ──ともあれ、朝からのんびりと歩きながらも昼前には目的地に到着した秋山は、人が並んで入れる程度の広さをした洞窟の入口を前に腰のホルスターから拳銃を引き抜く。

 

「……怪物に魔術、魔術師に神格。事前に価値観切り替えられてなかったら、日本にうじゃうじゃ居るって言われても鼻で笑ってただろうな」

 

 片手に光の強さを細かく調節できる連盟組織製の小型ライトを掴み、拳銃の下部に装着してパチッと点灯して洞窟内を照らすと、秋山はずんずんと内部に侵入する。

 

 中は真っ暗とまではいかない薄暗さで、うっかり壁にぶつかるというミスはしないだろうと脳裏で思考し、秋山の視線は踏みしめれば滑らない地面や天井付近に固定されたケーブルを見た。

 

「人の手が入ってるな……って白道も言ってたか。さて、鬼が出るか蛇が出るか──ん?」

 

 そう呟いた瞬間、足元でピッという気の抜けた音が鳴り、頭上の電球が手前から奥に順番に点灯して行く。洞窟内が明るくなった為にライトを消した秋山が見たのは、広い空間を挟んで更に奥へと続く通路と、無数の死体だった。

 

「……おいおいおい、どうなってんだこれ。しかもさっきのは……センサーか?」

 

 足元に視線を向けると、そこにはうっすらと赤いレーザーを伸ばしたセンサーが備え付けられていた。そこでふと、疑問が浮かび上がる。

 

「まだ施設の電源が生きている……のはまあ良いとして、()()()()()()()……?」

 

 ガラスの割れた棚や汚れたテーブル、椅子に、男女関係なく無造作に地面に転がる死体の数々。うへぇ、と嫌そうに呟きながらも、秋山は死体を仰向けにして軽く観察した。

 

「脈も止まって確実に死んでるが……外傷は無い。それに綺麗すぎる、()()()()()()()()()ってどういうことだ。こいつら、何時死んだ?」

 

 何から何まで不可解さだけが積み重なって行く。一旦外に出て白道に知らせた方が良いかと思案した刹那、天井の壁際から、一拍遅れて洞窟内に警報が数秒響いた。

 

「うおっ!? ……あ、止んだ。まさか、さっきのセンサーってこれが鳴る予定だったのか」

 

 あまりの高音に顔をしかめる秋山だったが、独りごちて視線を足元の死体に戻す。

 

 そして────ばちりと目が合った。ほんの一瞬、秋山の思考が止まり、反して脈が止まっているとキチンと確かめたはずの男の死体は、素人の操り人形のような挙動で立ち上がる。

 

 

「……は?」

 

 数歩下がりながらも、呆気に取られてそう呟くしかなかった秋山の眼前で。

 まるで服の着心地を確かめるように手足をぼんやりと眺めていた男は、それからおもむろに、自然な動作で腕を上げて()()()()()()

 

「あ? …………ぬぉおっ!?」

 

 ぞわりとうなじを撫でる怖気に従い、腕の軌道上から逃げるように横に踏み込む秋山の真横で不意にヒュンと空気が動き、遅れて地面に衝撃が走る。ほぼ脊髄反射で男の頭に1発撃ち込んでから落ち着いて足元を見ると────

 

「……嘘だろ」

 

 ──地面に、鋭利な切れ込みが入っていた。何をされたのかわからないが、とにかく、何かしらの攻撃で切り裂かれていたのだ。

 

 直感的に避けていなければ、今頃地面のような切れ込みを入れられていたのは自分だったことを察してぶわりと汗を滲ませる秋山は、男の方に向き直り拳銃を構える。

 

 確実に頭に当てたことは確認したが、しかして弾丸は着弾して潰れてぽとりと地面に落ち、男は何事もなかったかのように立っている。けれども秋山がもう1発撃ち込もうとしたとき、男の体が震えるのを見て引き金に置いた指を離した。

 

「……なんなんだよ、俺が見た資料にこんなやつ居たか……?」

 

 どうやら特殊弾による魔力的な機能の阻害は効果を発揮していたらしく、男──否、体内に居る『何か』は体を上手く動かせない状況に困惑しているようで、それこそ着慣れないキグルミに四苦八苦しているようですらあった。

 

 ガタガタと体のあちこちを痙攣させながら秋山の方へと歩いてこようとする男は、次第に動かしづらい体に苛立つように動くと、皮膚の表面に無数の黒いラインを浮かび上がらせる。

 

「──血管の中に、何か流れてる……?」

 

 秋山が気づいたのを合図にするかのように、男の皮膚を突き破って体内から黒い液体が溢れ出す。コールタールのようなどす黒い液体は粘性を持ち、不定形の()()が男の体を内側から崩し、遂には人らしさが辛うじて残るのが頭部や手足だけでしかない異形へと成り下がった。

 

 更には最悪なことに、周囲に転がる死体たちも男だった異形と同じだったのか、次々と起き上がっては後退りする秋山に対して扇状に散らばりながら迫ってこようとする。

 

「……よし、逃げるか」

 

 刹那の逡巡を挟み、プライドをかなぐり捨てて逃走を選んだ秋山は足に力を入れる。

 

 せめて手前の何人かを怯ませてから逃げるべきかと、引き金に指を置いたその時。──ふと、洞窟の中に一陣の風が吹き荒んだ。

 

「うおっ? ……なんだ?」

 

 背中側、すなわち洞窟の入口から吹いた風に思わず前につんのめる秋山は、なんとか転ばないようにと踏ん張る。その際に必然的に下がった頭を上げて何が起きたのかと確認すると、変わらぬ異形たちの中に、一つだけ異物が混じっていた。

 

「──ピンチみたいだから手ぇ貸すけど、そういうの気にするタイプ?」

「……いや、助かる」

「あ、そう。まあ言われる前に幾つか斬っちゃったけど別に良いでしょ」

 

 その異物は、少女だった。黒髪を後ろで纏め、コートを着込み、右手には刀を握っている。

 そんな少女が刃先の汚れを払うように刀をその場で気だるげに振るった瞬間、最初に相対した男を含む周囲の死体たちの半数が、体の内側から溢れていた黒い液体ごと真っ二つに裂けた。

 

「……お前、いつ斬ったんだ……」

「さっき。速すぎて見えなかった? ──しっかし、災難だなあんたも。よりにもよって落とし子に寄生された人間の相手をさせられるとは」

「落とし子? ……いや、あー……寄生っつうか、乗っ取りというか」

「あん?」

「そいつら、脈が無かったぞ」

「……マジか」

 

 はぇ~……と言いながらまだ斬っていない残りを見回して、少女は刀の峰を肩に置く。

 

「んじゃあまぁ、サクッと全滅させて奥に行きますか~っと。あ、あんた名前は?」

「秋山だ。お前は?」

「明暗丞久。はい夜露死苦ゥ」

「発音がヤンキーじゃねえか」

 

 一度振り返って秋山を見ると、少女──丞久はニヤリと笑って、その身に暴風を纏った。

 

 

 

 

 

 

 

 ──カチリ、と。刀を鞘に納める音が洞窟の中に小さく反響する。泥のように地面に広がる黒い液体と死体の数々を一瞥して、丞久は体を伸ばして関節を鳴らすと口を開いた。

 

「さぁてぇ、秋山だったか」

「すげぇナチュラルに歳上を呼び捨てにしやがったなお前コラ」

「歳上だから偉いとでも? 言っとくけど連盟組織は実力至上主義だぞ。お前を格下扱いできる歳下なんて……一人居たか。確か半吸血鬼の小娘が12歳くらいだったな」

「なんで吸血鬼が普通に居るんだよ……うちの組織おかしくねぇか?」

「そうだな」

 

 マガジンを抜いて残弾を確かめながら会話を交わす秋山に、丞久は言葉を続ける。

 

「……あーそれだそれ、その弾丸。当てた奴の魔力の働きを弱めるんだろ」

「ああ、そうだ」

「ははぁ道理で。なんかこう、撃たれてる奴だけ固い豆腐斬ってる感触だったわけだ。いつもの落とし子はゼリー斬ってるみたいだからな」

「違いがわかんねぇ~~」

 

 げんなりとした顔をする秋山だったが、()()()()を停止させた液体を尻目に問いかけた。

 

「そんで、落とし子ってのはなんなんだ」

「ん。無形の落とし子っつってな、ツァトゥグア……神格の一つに奉仕する種族だ。魔術使うか魔力の込められた武器を使うか焼くかしないと殺せないから厄介っちゃあ厄介なんだが……」

「この特殊弾でより効率的に倒せるようになった、ってことか。…………聞き流しそうになってたけど吸血鬼が居んのかうちの組織」

「んやぁ、まあ、たぶんお前の想像する方ではないぞ。いわゆるヴァンパイアではない」

「あ、そうなのか」

 

 秋山が脳裏に浮かべたであろう吸血鬼(ヴァンパイア)のイメージを否定しつつ、丞久は言う。

 

「なんだったかな、血が主食の特殊な食屍鬼(グール)が居て、さらにはそいつに惚れちまったイカれ女が居たらしくてな。そいつらの子供が半端な吸血鬼……半吸血鬼だったんだと」

「ハーフ的な意味の『半』じゃなくて中途半端の『半』だったのかよ」

「……んで、そいつを組織に連れてきた魔術師はその数日後……今から13年前に失踪した園崎ナントカ、っていう魔術師だったわけだ」

「へえ。──ん?」

 

 洞窟内の先へと歩きながら丞久の話に耳を傾けていた秋山は、先程の言葉との矛盾に気づく。

 

「おかしくないか? お前さっき12歳って言っただろ、そいつを1()3()()()に連れてきた……?」

「あの小娘、成長速度が普通の人間より少し遅いらしい。見た目と精神は小~中学生くらいだけど、実年齢で言えば20歳前後って聞いたな」

「……そんな奴が居るとはな」

「無事に帰れたら一回顔会わせとけよ、お前にパートナーとかが出来なかったら組むことになる可能性はゼロじゃあないから」

「へぇへぇ、考えとく────」

 

 そう言って小さくため息をついた秋山だったが、ふと通路の奥から聞こえてきた足音に抜けていた気を引き締めながら銃口を向ける。

 丞久もまた少し横に動いて抜刀の範囲に秋山を入れないようにしながらも鯉口を親指で切ると、二人の耳に明確に足音が届いた。

 

 

 

「…………う~~、あ~~~?」

「こんなガキんちょの死体まで落とし子の入れ物にしてんのかよ、胸くそ悪い」

「待て丞久、こいつ……さっきの奴等とは違うぞ。喋ったってことは、まだ生きてる」

 

 切れかけの薄暗い明かりの奥から現れた足音の正体は、小さな女の子だった。

 簡素な病衣のような衣服に身を包み、無機質な瞳が二人を見上げる。

 

「う~~あ~う?」

 

 けれどもその幼さに反して、先程まで相対していた連中と同じだったのか。彼女の手のひらからは、どろりと黒い液体が溢れ落ちる。

 

「……殺すなよ、相手は子供だ」

「あのなあ、格上が格下にやる一番難しい手段がなんだかわかるか? 手加減だよ」

 

 秋山の提案に冗談めかして返す丞久の目は、その液体の使い方を熟知しているかのように液体を垂らす腕を振りかぶる少女に向けられている。果たしてその腕を振り抜いた瞬間、丞久の下から上へと掬うような抜刀がかち合う。

 

「──実質、二対二ってところか」

 

 硬質化した液体と刀の刃がぶつかり、火花を散らして先端が逸れると、秋山たちの頭の上を通り抜けて壁の一部を砕く。更に溢れ出た液体は、独りでに少女の周囲を蠢き、まるで彼女を守るかのように敵意を二人へと向けていた。




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