とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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マリオネット・シック 5/6

 ──ドン! という小さな爆発音と共に放たれた弾丸が、高速回転しながら飛来する。

 

 それを()()()()、弾丸が当たる位置に握っていた警棒を添えると、甲高い金属音が響くと同時に斜めに逸れた弾が壁に刺さった。

 

「…………えっ」

 

 呆けた隙を突いてテーブルを回り込むように踏み込み、警棒を振りかぶる。

 ヒュンと空気を割いて振り抜かれた警棒が女性の顎を打ち抜くと、バチィン! という小気味良い音と共に頭がガクンと揺れた。

 

「づぁ、かっ、あ──?」

 

 脳が揺れ、痛みも相まって女性は膝をつき、一拍遅れて床に倒れた。念のため拳銃を手から離して弾とマガジンを抜き、テーブルに置くと、ほんの数秒でついた決着に真冬は唖然としている。

 

 

 

「……えっ、終わり?」

『もっとこう、魔術でドカーン! ボカーン! みたいにはならないのぉ!?』

 

 バッグから抜け出した結月までもがそんなことを言い、同調するように真冬が頷く。

 

「いやいや、『邪神が召喚されそうになってて世界が終わるかどうかの瀬戸際』くらいにならないとそんな規模の戦いにはならないよ。俺も魔術はそんな得意じゃないし」

 

 少なくとも、そういうのは先輩の領分である。あの人は一年で最低でも2~3回は世界を救っているし、世界滅亡の危機とまでいかない程度の事件ですら何十何百と解決している狂人だ。

 

 魔術をぶっぱなすだの怪物を召喚するだのといった戦争レベルの戦いは、出来ないししたくもない。当然だが巻き込まれるのも勘弁願う。──それはそれとして、そもそもの本題に触れる。

 

「……真冬、術者の意識を断って継続していた魔術は途切れたと思うけど、腕はどうだ」

「────!」

 

 長袖と手袋で隠していた左腕を表に出して、右手で持ち上げる真冬。すると、氷が溶けるようにじわじわと腕の無機質さが失われ、元の色白の柔肌へと戻って行くのが確認できた。

 

「な、治った……っ」

 

 意外にも真冬の魔力が多かったからか、術者が未熟だったからか、ともあれ抵抗しきって最後には打ち克ったわけだが、これも半分は運が良かっただけだと断言できる。その証拠に──

 

『真冬~~! よかったねぇ』

「……結月、お前……」

『うーん、私は手遅れだったっぽい?』

 

 ──完全な人形化を果たした結月は、元に戻れていない。真冬が治ったことを自分のことのように喜んでいる結月の顔は、現実を悟ったかのように、幼い人形の見た目とは裏腹に達観した大人びている雰囲気を放っていた。

 

「っ……与一」

「人形化『させる』魔術があるんだ、人形化を『治す』魔術も探せばあるかもしれない。でも、今この場には存在していないんだよ」

「なんで」

「ほら」

 

 すがるような目を向ける真冬に、ぽいっと女性の懐から出てきた携帯を投げ渡す。

 彼女が言っていた、メールで送られてきたらしい魔術を確認してみたが、そこに載っているのはあくまでも人を人形化させる方法だけであり、解除方法は載っていない。

 

『そんな気にしなくていいよ、私この体なら結構気に入ってるし』

「まあ確かに、人間みたいに食事できて睡眠もできて、原動力は他人の魔力……と箇条書きすれば、ある意味小人みたいなもんだけど」

『……てゆ~かさぁ、この部屋よくよく見てみると服だらけだね』

 

 宙に浮かんだ結月が飛び回りながら室内を見渡してそう呟く。弾丸を逸らしたせいで僅かに歪んだらしい警棒を縮めるのに苦労しつつ、同じように服の山へと近づいて調べてみる。

 

 洋服、和服、中華服、ゴシックロリータや制服などのコスプレっぽいものまで、まさに多種多様と言うべき豊富さではあるが、特筆すべきはやはりタグが付いていないことだろう。

 つまり、これらは全てこの女性の手作りということ。そして服の山の中には、これでもかと未開封の人形の箱が埋まっていた。

 

「挑発するためにわざとああ言ったけど、実際のところは素晴らしい出来だなぁ。……魔術に手を出さなければ、こうはならなかったのに」

「慰謝料代わりに何着か持ち帰れば?」

『いやさすがにダメでしょ』

 

 まだ怒りが収まっていない真冬のあっけらかんとした物言いに、さしもの結月ですら呆れたような表情を取る。とりあえず女性の身柄と携帯の魔術データを確保しないといけないため、連絡をしようと思った────その矢先。

 

「……ん?」

 

 持ち上げていた服の山を戻そうとして、不意に奥の方になにかが埋まっていることに気づく。片手で維持しながら片手を突っ込み、()()を引っ張りだして『何』なのかを確かめた。

 

「……えっ」

「は……?」

『マジぃ?』

 

 

 ()()は、人形だった。灰色の髪にベレー帽が被せられ、ニットのセーターにロングスカートと秋頃に見かけるようなファッションをしている、25~30cmの可愛らしい人形。

 

 なぜこの人形だけが外に出ているのか、という疑問は出てこなかった。それよりも先に、この場の人間二人の視線が、結月に向いたからだ。

 

 具体的な理由は言えない。けれども確かに、この人形が、結月と同じ元人間であると全員が本能的に察してしまっている。

 

 

「──被害者は、もう一人居た……?」

 

 

 結月が最初の被害者で、真冬が二人目になるところだった。──ではなく、結月こそが二人目の被害者で、真冬は三人目の予定だったのだ。

 その事実を理解するのと、引っ張り出す際に掴んでしまっていたがゆえに魔力を吸い取っていた人形が目を覚ますのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──数十分後、玄関を開けて到着を待っていると、四人乗りの小型車が眼前に停車する。

 運転席と助手席が開き中から出てきたのは、黒いスーツを着た黒髪の男性と、それよりもさらに黒ずくめの格好をした黒髪の少女だった。

 

 ……少女の方が運転席から出てきたことに関してのツッコミはとっくの昔にしたから割愛するが、腰の僅かな膨らみから、それぞれが拳銃を携行していることは察しておく。

 

「民間人が魔術に手を出せる時代か。まさしく世も末って感じだな」

「今に始まったことじゃないでしょう、隠蔽されているだけで、今も何十何百と魔術・怪物によるこういった事件は起きていますから」

 

 愚痴を吐く男性に、少女が窘めるように言い返す。敷地に入ってきた二人がこちらに気づくと、揃って哀れむような顔をしてきた。

 

「難儀な人生歩んでるな、お前」

「それはお互い様でしょ……秋山(あきやま)さん」

「ご連絡、ありがとうございます。与一くん」

「はい。来てくれて助かりました、小雪(こゆき)さん」

 

 二人──秋山さんと小雪さんを連れて中に入りながら会話を続ける。

 簡潔に何が起きてどうなったかを説明すると、廊下を歩きながら秋山さんが言う。

 

「人形化の魔術……ね。幼馴染が徐々に侵食されたのに対して幼馴染の友人の方は一瞬で人形化した? ……となると、効果の違いは距離と魔力量依存ってことだな。解除の魔術は?」

「無かった。件の魔術を送ってきた相手が渡さなかったのか存在しないのかはまだ定かじゃないから、あとはそっちで調べてください」

「電子データ化された魔術とはまた、何事も時代の変化に合ってしまうんですねぇ」

 

 感心するような声色の小雪さんなのだが……やはり、なんというか、その格好が気になってしまう。黒髪に黒いスーツに黒い革手袋に黒いスカートに黒いズボン。

 足首の方を見るに黒いタイツも穿いているのだろう、まるで全身で太陽光を吸収するつもりであるかのような装備であるにも関わらず、その顔には一滴も汗が浮かんでいないのだ。

 

「……あの、小雪さん、暑くないんですか?」

「ええ、私の血は冷たいので、むしろ着込んでいないと夏でも寒くて寒くて」

「なるほど……?」

 

 こちらに向けたピースサインをチョキチョキと動かす小雪さんは、変なところでフレンドリーというか、普段はクールなのに時々幼くなる。

 ……ところで血が冷たいってなんなんだ。冷血だって言いたいのだろうか。一応、半分くらいが人間じゃないのはわかっているけども。

 

「おい、談笑しに来たんじゃねえぞ」

「わかってますよ、貴方はせっかちすぎていけない。いくら別件で殺りあったばかりだからって、そう面倒くさがるものじゃないでしょう」

「大変ですね……」

 

 この世界、わりと真面目に治安が終わっているのではなかろうか。日本ですら隙あらばこうして厄介事が起きるのだから、これが外国だったらと考えるとゾッとする。

 

「ったく……俺はあの()()()()()()じゃねえんだぞ、年がら年中戦えるかよ」

「それはそう。与一くんは『あの人』みたいになっちゃダメですよ」

「はいはい」

 

 ともあれ、面倒くさそうに声を荒らげる秋山さんにそう叱られてはひとまず会話を打ち切り話を進めるしかなく、先程女性と一戦交え…………た程ではない部屋に案内する。

 

「真冬ー、連れてきたぞー」

「えっ? ──うおちょっ、待っ!」

 

 扉を開けると、だらけきっていた真冬がこちらを見てくる。後ろから続けて入ってきた秋山さんと小雪さんに視線を移して、慌てた様子で近くに浮いていた結月を背中に隠そうとしていた。

 

「……ああなるほど。気にするな、与一から話は聞いてる。人形にされるところだった有栖川真冬と、人形にされた羽田結月だな」

「すげぇ雑……」

『──う、うぅ~~~!?』

 

 大雑把な対応に困惑するように眉をひそめる真冬だったが、その後ろに隠れたままの結月が服を掴みながら威嚇するように唸っている。

 

「俺は秋山──羽田結月は何してるんだ?」

『ガルルルル……ソノオネエサン、ヘン』

「結月、原始人になるな」

 

 真冬に頭を指でつつかれて正気に戻った結月は、改まって秋山さん……の横で興味深そうに結月を観察している小雪さんを睨む。

 

『……ん~~~?? この人……なんか混ざってる……誰──いや、()なの……?』

「おやまあ。人の身から外れているからか、随分と勘がいいご様子」

「そういうのは追々な。改めて俺は秋山、こいつも『秋山』だから名前で呼んでやれ」

「はい初めまして、秋山さんとは兄妹()()()()()()()()()()()秋山小雪です」

「あ、はい、どうも」

 

 すっ、と小雪さんに纏めて渡された二人分の名刺を受け取る真冬は、情報量に圧倒されたのか借りてきた猫のように大人しい。珍しいものが見られたが、それを声に出した結月がアイアンクローを食らっているのを見て黙っておく。

 

「一応俺たちは警察関係者で、魔術がどうとか怪物がどうとかって事件の時に動いて解決するための存在なわけだが……例の魔術師は?」

「そこ」

「ん? ……おう」

 

 秋山さんに問われて、ソファに指を向ける。指を辿って視線を向けた秋山さんと小雪さんは、念のためにと両手を室内にあったリボンで縛られている女性を発見した。

 

「どことなく、安らかに寝てるな」

「慣れない魔術の行使で何日も魔力を消費し続ける生活を送っていたからかな。──秋山さん、カバーストーリーはどうするんです?」

「その辺はこっちで上手いことやっておくことだ。お前らが気にすることじゃない」

「…………」

 

 バッサリと切り捨てられてしまったが、なにも意地悪したくてこう言っているわけじゃない、ということは理解している。──関わりすぎるな、と警告してくれているのだろう。

 

 真冬(おさななじみ)を巻き込むな、悲しませるな、出来ることならカタギのままでいろ、お前は自分とは違うのだから。と、そう言いたいのだ。

 

 ……もっとも、既に手遅れな程に関わってしまっていることは、それこそ自分が一番よく理解している。仮に今さらになって記憶を消したとしても、力を失ったとしても、敵や事件から逃れることはきっと不可能なのかもしれない。

 

「──じゃあ、あとはお巡りさんに任せて民間人はお(いとま)しようかね」

「ああ。さっさと帰れ」

「帰り道に気を付けてくださいねー」

 

 しっしっと手を曲げる秋山さんと、朗らかに微笑を浮かべて手を振る小雪さん。真冬と結月を連れ、膨らみのあるバッグを担ぎ、部屋を出る──寸前、ふと思い出した用件を伝える。

 

「そうだ、もし結月と同じくらい……約30cmの異質な雰囲気の人形を見つけたら、迂闊に触らないようにしながら保護してもらえますか」

「……わかった、頭の片隅に入れておく」

「頼んます」

 

 

 

 

 

 最後に言うべきことを言って、秋山さんと小雪さんにあとのことを任せ、真冬たちと共に家を出る。すると、扉が隔てていたむわりとした熱気が体を撫で、引っ込んでいた汗が滲み出た。

 

「う゛お゛おおお……っ」

「あっつ……」

『あぢぃぃぃぃぃ!?』

 

 三人揃って無意識に呻き声が口から漏れ、一瞬だけだが部屋に戻るべきなのではという思考が脳裏を過った。時刻が夕方に差し掛かっているのに、夏の日差しは上から降り注いでくる。

 

「与一、さっさと事務所に帰るぞ……さすがにちょっと、暑すぎる……」

『うごいてないのに暑いよ~~~~』

「そうだな……()()()のこともあるし、早いところ帰ろう」

 

 真冬の肩に乗ってぐったりとしている結月を横目に、バッグに手を置いてそう呟く。

 

 この子──隠す必要もないから言うが、先程見つけた灰色髪の人形は、訳あって保護することになった。何があったかについて語るべきではあるのだが……今この場にいる全員の思考は、もう既に『さっさと帰ってクーラーを点けたい』で一致してしまっているのだ。

 

 そんなわけで、詳しい話と事の顛末は……また後日語るということで許してほしい。

 

 

「……はあ、事件も終わって明日寮に戻って……また日を改めたら夏休みか」

「夏休みねぇ……どうにも海とか山にいい思い出がないことしか覚えてないな」

『それ絶対今回みたいなことに巻き込まれてばっかりだからでしょ?』

 

 やいのやいのと言葉を交わし、暑さと嫌な思い出にげんなりとしながらも、町の中を歩いて帰路につく。こうして、長いようで短い、夏休み直前に起きた奇妙な事件は幕を閉じたのだった。




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