「……えー、任務代表の秋山に代わって明暗丞久が録音。■■県の洞窟内に発生した微弱な魔力の発生源と思われる、落とし子を体内に保有している少女と遭遇し、これと戦闘となった」
秋山が任務前に持たされていたボイスレコーダーを片手に、丞久は言葉を紡ぐ。
「戦闘能力は素人そのものだが、体内の落とし子を使った攻撃はかなり汎用性が高い。手のひらから出した落とし子を振り回せば鞭に、粘性を保ったままくっ付ければ壁にぶら下がることも可能。鋭く尖らせるか先端を刃のように変化させて勢いよく射出すれば大抵のものは切り裂ける。ただし金属とは相性が悪いのか、私の刀は
刀の刀身に刃毀れ一つ無いことを確認し、件の少女を横目に一瞥して続ける。
「……戦いは素人でも防御性能は極めて高く、体内を落とし子が循環している所為か斬撃・打撃の両方に耐性があった。秋山の持つ特殊弾も試してみたが、落とし子が高密度過ぎる為に防御性能の低下は見込めず。肉体の方を気絶させても落とし子が操作して暴れかねない為、気絶は狙わなかったが、長い間洞窟内に居たからか少女の精神面が見た目以下の幼稚さを見せたので──」
そこで一度区切り、丞久は改めて少女を見る。地面に座る秋山の膝にちょこんと乗り、自分が差し出したジャーキーとゼリー飲料を食べている姿を見て、呆れたような声色で言った。
「──食料を渡したところ、あっさり大人しくなって無力化に成功した。保護する方向に落ち着いたので任務が終わり次第連れ帰るが、世話役は保護を提案した秋山にやらせるのが妥当と思われる。はいじゃあ後は流れでよろしく」
真面目な報告に飽きたのか、丞久は最後の最後で雑に締めて録音を止めた。
それからボイスレコーダーを懐に仕舞い、秋山に声を投げ掛ける。
「んじゃまあそういうことだから」
「……お前、俺に押し付けただろ」
「私は秋山と違って忙しいんだよ。ついこの間も大学で黒山羊と殺り合ったばっかなのに、これ以上厄介なもん抱えられるかよ馬鹿」
心底嫌そうな表情で返す丞久が少女を見下ろす。秋山の手から差し出されるジャーキーを噛み千切り、ゼリー飲料を啜るその光景は、子育てというよりは雛鳥への餌付けに近かった。
「んぐぁ、あ~うう」
「こらこらこら、ちゃんと噛んで飲み込め。喉に詰まらせたらどうする」
「ふっ」
「なに笑ってんだオイ」
「なんでもねぇよ子連れ狼」
くつくつと喉を鳴らすように抑えて笑う丞久に、じとっとした目を向ける秋山は、それから食べ終わるのを見て少女を抱えて立ち上がる。
「うお~~お~?」
「さて、奥に行く……のはいいが、こいつはどうする? 置いてくか?」
「勝手に外に出られても面倒だし連れてけ。背負っていけば両手も空くでしょ、露払いはしてやるけど最低限の自衛はやれよ」
「丞久、お前変なところで律儀だな」
「この場で一番強いのが私なんだぞ、お前らになんかあったら責任取らされるじゃん」
「あ~~。…………俺がそっちの立場でも同じこと言うだろうから反論できねえわ」
──よっこいせ。と言って少女を背負い、首に腕が回されているのを確認して、秋山は丞久の背中を追いかけるように奥へと歩く。
子供のわりに体温が低いこともあるが、それ以上の違和感に、彼は一瞬顔をしかめた。
──通路の奥に進むにつれ、どんどん人の手が入った形跡が多くなり、終いには頑丈な扉が眼前に現れる。しかしその扉は、どういうわけか大量の荷物がバリケードとなって塞がれていた。
「なんだこれ」
「がーう」
「さっきの広間と通路に別の道は無かった……おいガキんちょ、お前どっから出てきた」
「う? う~~……う!」
「──あそこか」
「あれは……通気孔か?」
少し考えるそぶりを見せる少女は、ビッと指を上に差す。そちらを見上げた丞久と秋山は、換気扇が外れている通気孔なのだろう空間を発見した。確かに少女の体格ならば問題なく通れるし、落とし子を上に伸ばして自分の体を引っ張り上げれば出入りは自由だろうと二人は推察する。
そしてなにより、問題点が一つあった。
「バリケード、か。中に設置して
「ま、この程度は障害にもならないな。ちょっと退いてろ、派手にヤるから」
「あん? ……おう」
丞久の提案にとりあえずと素直に従い数歩下がる秋山は、腕を水平に持ち上げて、拳銃に見立てた拳の人差し指を扉に向ける彼女の体から溢れた膨大な魔力を、見えずとも肌で感じ取る。
「…………ぅあう」
少女もそれを理解したのか、怯えるように秋山の首に回す腕の力を込めて背中にしがみつく。
「安心しろ、アレは俺たちに向けられてるわけじゃない。ビビる必要はねぇよ」
「う、う~~あう」
首裏に手を回して伸ばした片手で少女の頭をくしゃりと撫でてやる秋山は、その
秋山のそんな行動を余所に、魔力を指先に集中させる丞久が、ポツリと呟いた。
「────【不可視】」
指先を起点に発生した、言葉の通りの見えない力の塊。それがバリケードを壁際に押し退けるようにグシャリとひしゃげさせ、扉を室内へと押し込みながら轟音を奏でて粉砕させた。
「……こんなところか」
「おい、中に何か居ると仮定すると派手に音を立てるのは不味いんじゃないか?」
「むしろ出てきてくれた方が探す手間も省ける。ほらさっさと行くぞ」
「脳筋がよ……魔術師って皆こうなのか」
たった一人で魔術師全体に風評被害を与えながら室内に侵入する丞久。追いかけて中に入った秋山は、先程までの洞窟をある程度そのまま利用していた空間とは違う、ちょっとした建造物の中のような構造をした部屋に驚いた。
「すげぇなこりゃ」
「……お、白骨死体あんじゃん」
「ノリが軽い……」
「うがう」
部屋の中を見渡して、それからすぐに、椅子に座ったまま白骨化している死体を発見した。白衣を羽織ったそれの近くには、資料を纏めて保管しているファイルが落ちている。
「結構分厚いな……記録は5年前から……今年? 意外と最近の研究だったんだな」
「どうした?」
「記録だ、落とし子を使ったここでの実験の内容だな。──えーっと…………」
「おい? 丞久?」
「う~?」
パラパラと読み始めて、内容を確かめる丞久は渋い顔をして硬直する。
「──まず、ここでやってる実験ってのは怪物と人体の融合……というよりは共生だな。怪物すなわち【無形の落とし子】を人間の体に注入することによりメリットを得よう、という実験をガキんちょ含む人間相手にやってたわけだ」
「メリット?」
「まず一つは高い防御能力。落とし子という物理耐性のある生物が体内を循環することで物理攻撃に対する防御能力が格段に高くなる」
「へぇ……防弾チョッキ要らずになるのか」
「二つ目は──生存能力だな。落とし子は自分の宿主である人間を生かすためなら、人間が食えば命に関わるモノを自分経由で栄養に出来る。その辺の虫、ドブネズミ、他人の血肉、そして……宿主の糞尿、皮膚や髪の汚れなんかだ」
「……ああ、やっぱりそういうことか」
秋山は丞久の解説に、合点がいったように頷いて背中の少女を降ろす。
彼女の頭に置いた手から伝わる
「さっき膝に乗せたときから違和感はあったんだ、どういうわけか
「んにゃにゃにゃ」
「私らの言語は理解できてるけど、なんか野性動物っぽいのも研究の影響かねぇ」
髪を掻き乱すように撫で回す秋山だったが、事情を理解して顔をしかめる。──確かに、これは人智を超えたすごい研究ではある。
だが人間を人の形のまま怪物に変える実験であることもまた事実であり、ここまで来て生存者が少女しかいない現状を考えれば、失敗するとどうなるかなどは想像に難くない。
「そもそも────どうやって落とし子を人体に入れてるんだ? 融合じゃなくて注入するんだとして、血や水分は邪魔になるはずだ」
「ん? いやまあ、それは簡単だろ」
「……まさか、
「だろうよ──お、ちょうどその記述見っけ。『血液を抜きながら落とし子を体内に注入、水分総量のうち3~4割を置換すれば安定するが能力が著しく低く、6~7割を置換すれば高いスペックを発揮できるが適合前の死亡率も高い』とよ」
「……おぞましいな」
ちらりと少女を見れば、他人事のように小首を傾げられる。憐憫の眼差しを向けようとして、秋山は頭を振ってそれをやめた。
「このチビはどっちだ?」
「6~7割の方だな、『唯一の成功例』って部分に記載された身体的特徴が合致してる。ついでに言えばここでは
「……で、失敗例があの死体共か」
「──本来なら、死体はあの廊下の先にある地下の焼却室で処理されるはず、なんだけど……この骨を見るになぁんかあったみたいだな」
丞久がコンコンと頭蓋骨を小突くと、下顎がポロっと落ちる。──あっやべ。という呟きを遮るように、その瞬間、廊下のあちこちにある扉を開け放ち、液体が漏れ出る無数の死体が現れた。
「おいおいおい、ゾンビ映画が始まったんだけど……丞久! 出番だ!」
「ごめん今読むのに忙しい」
「お前俺らになんかあったら責任取らされるとか言ってなかったか!?」
「マジでちょっと頑張っててくれ、この資料やたらと句読点が多くて読みにくい」
「一回、その辺に、置け!!」
資料を読むことに集中し始めた丞久を横目に、ノールックで発砲し一人一人に当てる秋山。弾丸は僅かしか刺さらず、皮膚の裏を流れる落とし子に衝撃を吸収されるが────
「……その弾は当たりさえすれば、最低限の術式だけでも体内に浸透するぞ」
落とし子たちは魔力的な機能の阻害で体を上手く動かせないのか、錆びた人形のようにぎこちなく硬直し、続けて秋山の背後から迂回して伸びてきた黒い触手のブレード一つ一つが、それぞれ一人を担当して胴体や首を切り落とした。
「チビ、よくやった」
「ぅあう」
少女を褒めつつ、触手状に伸びた落とし子が体内に収納されるのを見送ってからスライドが下がりきった拳銃のマガジンを抜き、空のそれを最後のマガジンと入れ換えてから口を開く。
「とはいえ……あとワンマガジンしかねぇぞ、弾切れになったらいよいよ役立たずだ」
「あん? お前【
「──言ってなかったか、俺は魔術が使えない。頭吹っ飛ばされて一回死んだのが影響してる……とかなんとかって白道から説明されたな」
「白道ぅ~~? ……ああ、あのイス人か。──つーか魔術使えなくて武器も消耗品ってマジかよ、何考えてんだうちの組織のやつら」
「それはそうと、読み終わったのか」
「ん。意外と短かったわ。なんか死ぬほど読みづらいだけだった」
ファイルを脇に抱えて戻ってきながら言う丞久は、秋山の返しに呆れたようにため息をつく。それから焼却室に続いているのだろう廊下の奥の扉を見やり、おもむろに言葉を続けた。
「……この洞窟施設の始まりは、そこの白骨研究員がとある村で村長の立場に扮して村を支配しているらしいツァトゥグア信奉者から、無形の落とし子を譲り受けたのが切っ掛けらしい」
「なんて?」
「まあ聞け。こいつは村長
「……捨てられたか?」
秋山の呟きに、丞久もまた頷いて返す。
「可能性としては『他の魔術師に村長(偽)が仕留められた』か、或いは……『違うビジネスを始めてこっちを切った』か、だな」
「それでなんでこいつだけ普通に死んだかも疑問だよな。チビ、お前がやったのか?」
「!?」
「違うってさ。てことは……自殺か、餓死か……とにかく焼却室に
「あ? 焼却室?」
首をブンブンと横に振る少女から丞久に視線を移した秋山が、丞久の指差した方を見る。
焼却室と廊下を隔てる重厚な扉を視界に納めると────不意にその扉が衝撃で軋む。
「うおっ」
「資料の最後の記述だ、『我々はある時、落とし子と死体の処理に失敗した。落とし子は死体を栄養にし、落とし子同士で結合し合い巨大化。焼却室およびこの部屋は封鎖せざるを得なくなり、代表として私が残ることとなった』」
外に居る三人の気配を感じ取ったのか、内側から出てこようと何かが扉に圧力を加えている。片手で器用に刀を抜いて、丞久は続けた。
「あの骨に責任押し付けて、外からバリケードで塞いで、施設内と洞窟内に死体をガワにした落とし子を残して、揃いも揃って臭いものに蓋をした。要するに……
ひしゃげた扉の隙間に指をねじ込むようにして黒い液体が染み出し、ギギギギッと軋ませて抉じ開ける。それは、廊下を埋め尽くすほどの質量を持った、巨大な無形の落とし子だった。
「くそっ、チビ!」
「うあぅ!?」
「あ、これも持ってて」
「は!?」
拳銃をホルスターに戻して少女を脇に抱えた秋山は、後ろ手に放り投げられた資料を余る片手でなんとかキャッチする。
そして丞久を挟んだその向こうから、まるで表面張力が限界を迎えて水が決壊したかのように、触手状に伸びる落とし子の一部が無数に枝分かれして殺到するのだった。
「っ、丞久!」
今にも丞久を絡め取ろうとする触手たち。しかし彼女は冷静にそれらを視界に納めつつ、左手をうなじに持って行き何かを
「【
続けてそう呟いた刹那、丞久を中心に暴風が巻き起こり、全ての触手を切り刻んだ。
「──はい撤収撤収、さっきの広間まで戻らねえと私らも呑み込まれるわこれ」
黄色いレインコートを身に纏い、フードの奥で気だるげな眼差しを落とし子に向けながら、丞久は刀に付着した水気を振って落としていた。
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