とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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さよならスワンプマン 3/7

「……う、ううん」

「起きたか。調子は?」

「……あれ、えっと……」

「あたしは真冬。あんたが事務所で血吐いて倒れたのは覚えてる?」

 

 コンビニに停められた車内の後部座席で目を覚ました深景は、隣に座る真冬に声をかけられる。

 

「その、すみません。事務所を汚してしまって」

「……あー気にすんな。所長(やぬし)は旅行中だから」

「そう……ですか。ところで、小雪さんと……もう一人いた……確か……」

「葉子さん、な。二人ならコンビニに水買いに行った、あと暇だからって結月もね」

「お人形さんも? ……動くところを見られたらまずいんじゃ……」

 

 深景のごもっともな心配に、真冬は呆れたように苦笑して言葉を返した。

 

「小雪さんが子供に見えるのを利用して持って行かせた。じっとしてれば傍目から見てもただの人形だし、子供……に見える人が持ってれば違和感もない」

「そうですか……あの、真冬さんはさっきから何を見てるんですか?」

 

 深景は寝ぼけ眼を擦り、ピントを合わせて隣の真冬を見る。手元で携帯をいじっていた真冬はその質問に、画面を共有するように体を傾けて答えた。

 

「白痴教、ってのがなんなのかを調べてたのよ。んで、検索したら出てきた」

「はくちきょう……宗教団体、ですか」

「『この世は別次元の神が見ている夢が具現化した世界に過ぎず、神が目覚めれば、この世界も泡のように弾けて消える』……はっ、どうせ神が目覚めればすべてが終わるんだから、自殺するくらいなら皆で一緒に信仰しましょうってか。くっだらない」

 

 白痴教を調べるほどに、真冬の中の嫌悪感が強まってゆく。所詮はカルト宗教か、という偏見は、あながち間違いではないのだと。

 

「白痴教絡みの犯罪事件は起きていない……()()()()()()()()()()わけか。魔術師は隠蔽気質って与一も言ってたし、つまりはそういうことかも」

「あのとき研究所に来た人たちも、白痴教の信者だったんでしょうか」

「或いは白痴教に罪を被せるために偽ったか……その辺は考えるだけ無駄ね」

 

 そう言って雑にホームページを流し読みしてから、携帯の画面を消して懐に仕舞う真冬。

 それから彼女は、小雪たちがまだ戻ってこないのを確認してから深景に問いかける。

 

 

「……深景はさぁ、小雪さんのやろうとしてることは理解できてるわけ?」

「──ええ、まあ。少なくとも、私の体が……()()()()ことは理解できています。そのことを……小雪さんが気にしていることも」

「どうせ死ぬなら前向きに、ねぇ。やってることは白痴教の信仰内容とそう変わんないけど、少なくとも裏で他人を害する気は無いだけマシか」

 

 ため息をついて、真冬は続ける。

 

「『自分なんかの為に、どうしてあの人がここまで親切にするのかわからない』。あんたは、そう考えてるんじゃないの」

「────!」

「『私には返せるものなんて無いのに、ただ親切を受け取るのが申し訳ない』……とか?」

「こ、心が読めるんですか!?」

「はっ、んなわけないでしょ」

 

 目をキラキラとさせて声を荒らげる深景。小雪から聞かされてはいたが、なるほど確かに、彼女は幼いのだな──と真冬は脳裏で独りごちる。

 

「…………私も、わけがわからないまま殺されるのは嫌ですし、死ぬ前に外の世界をたくさん知りたいとも思いました。でも──」

「他人に迷惑を掛けてまでやるべきことなのか、迷惑掛けてる本人に聞くわけにもいかないと」

「……はい」

 

 表情を一転させてシュンとする深景に、真冬は何を言うべきかと逡巡して窓の外を見る。

 皮肉なほどに清々しい快晴を見て、仕方がないとばかりにおもむろに口を開いた。

 

「他人からの親切って、受け取る側からしたら、素直に受け取るか突っぱねるか……或いは深景みたいに困るかの3つに分けられるのよね」

「……そう、ですか?」

「あたしもさ、幼馴染がプレゼント贈ってきたり動物園だの水族館だのに連れてってくれたのが妙に鬱陶しかった時期があったのよ」

「幼馴染?」

 

 懐かしむように窓際に肘をついて頬杖をつくと、真冬はまぶたを閉じて言う。

 

「そいつは小さい頃に両親を亡くしてて、高校生になるまではあたしの家に住んでて……その恩返しってことだったのかと思ってた。それでようやく、なんで鬱陶しかったか分かった。それは、構ってくるあいつに、自分のために時間を使ってほしいという苛立ち」

「真冬さん……」

「でも、あいつがあたしに構うのは義務でもなければ苦でもなかったらしいわ。やりたいからやってるだけで、打算でも恩返しでもない。親切されてるあたしが捻くれた考え方をして、勝手に、あいつが親切するのは辛いに違いないと思い込んでるだけだったの」

 

 自分語りを終えて、凝り固まった関節をほぐすようにゴキゴキと鳴らすと、真冬は口角を緩めてふっと笑いながら深景に問いかけた。

 

「──小雪さんは、あたしの幼馴染と同じベクトルの善人バカなのよ。そんなに申し訳ないと思ってるなら、いっそのこと聞いてみれば?」

「……いいんでしょうか」

「どうせ今日か明日には死ぬんだから聞くだけ聞けっつってんの」

「ぶっちゃけましたね」

「薄々察してるだろうけど、あたしはこういうウジウジした空気と態度が嫌いなのよ」

「でしょうね……」

 

 遂にはぶっちゃけた真冬に苦笑する深景は、それからくすくすと笑う。良くも悪くも、真冬との語らいは深景の中にあった小雪や真冬たちを巻き込んでしまう申し訳なさによる重圧を和らげていた。

 

 

 

「──お二人さん、戻りましたよ〜」

「あっ、深景ちゃん。起きたんですね」

『ただーいまー。アイス食べよー』

 

 それから少ししてガチャリと運転席と助手席のドアが開けられ、レジ袋を手に小雪と葉子、アイスを抱えて浮いている結月が帰って来る。

 

 当然のように徳用サイズをスプーンで削り始める結月に呆れた顔を隠そうともしない真冬は、その流れで深景を一瞥して眉を上げて合図した。

 

「あ、あの、小雪さん」

「はぁい」

「私に親身になるのって、つ、辛く、ないですか!?」

「いきなりですね?」

「こいつ持ち球がストレートしか無いのか?」

 

 唐突な質問に困ったように返す小雪と呆れる真冬。けれども小雪は、真冬を一瞬チラ見して何かを察したようにしながら、一拍置いて言う。

 

「……()()()()。だって、これは私の自己満足なんですから。それは私に巻き込まれている深景ちゃんに言うべきでしょう。……貴女は、辛くないですか?」

 

 その言葉に、深景はハッとする。親切をされる側が困ることもあれば、する側もまた、迷惑ではないかと悩んでいるのだと。

 

 深景の視野が広がる。──否、たった今初めて、学びを得たのだ。

 

「────。ふふ、()()()()

 

 そう言って、深景は笑みを浮かべる。首筋から頬にかけての皮膚が徐々に炭化し、刻一刻とタイムリミットが迫りながらも、彼女は小雪に優しさを返した。

 

「私は、残り少ない時間を想い出作りに使いたい。せめて、皆さんに覚えていてもらいたい。だから、思いつく限りの色んな事がした──」

 

 と、そこで。彼女の腹の中から、グゴゴゴゴゴ……という空腹を訴える音が響く。

 

「…………」

 

 表情が固まったまま、色白の肌を赤くさせ、深景はキッと結月を見た。

 

「……もう! 結月さん!」

『えっ私ィ!?』

「罪をなすりつけるな」

「あだっ」

 

 深景は、真冬の曲げた指の関節でコンと額を小突かれる。そういえばと、ちらりと時間を確認しながら葉子が口を開く。

 

「お昼から少し時間も過ぎましたし、昼食がてら今後のことも考えましょうか」

「どこで食べます? ……というか何食べますか。どうせなら美味しいものを深景ちゃんに食べさせたいですし」

「そもそも飯食えんの?」

 

 葉子と小雪の言葉に真冬が疑問を浮かべるが、深景はこくりと頷いて返した。

 

「はい、むしろエネルギー補給が出来れば、体の崩壊を多少なりとも遅らせられるかと」

「ふうん。……いや待て、一つだけ重要な問題が残ってるぞ」

「問題?」

 

 真冬に言われて小首を傾げる深景がオウム返しする。彼女は神妙な面持ちで、小雪がエンジンをかけるのを横目に極めて真面目な声で呟いた。

 

「”美味い”の定義って、なんだ……?」

「ま、真冬ちゃん? それは真面目に議論するべき話なのかしら?」

『あー、真冬は普段は頭良いんだけどたまに揺り戻しみたいにアホなこと言い出すの。気にしないで』

 

 葉子がバックミラー越しに後ろを見て慌てると、後部座席の真ん中で徳用アイスを大口でバクバク食べ進めている結月が冷静に解説する。

 

「でも確かに……皆さんの『美味しい』が私の『美味しい』と同じとは限らない……!」

「深景ちゃん? 良いのよ乗らなくて!?」

「とりあえず車走らせますから、最初に目に入ったドライブスルーに入りますよ〜」

 

 またもやハッとさせられた──とでも言わんばかりに真面目な返しをする深景。

 それら全てを無視する小雪はコンビニの駐車場から出て車道を走らせるのだが、こうして長いようで短い、四人と1体──或いは三人と2体と言うべきグループの珍道中が幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──真冬たちが乗る車が、ありふれたバーガーショップのドライブスルーに寄る。

 そんな光景を眺める人影が、離れた位置にあるビルの屋上に二つあった。

 

「お、ドライブスルーに入りましたね。私も久しぶりにジャンクフード食べたくなってきました」

「……なぜ追撃の許可を出さない」

「何度も言ってるでしょう。民間人は巻き込まない、これが大前提だって」

 

 柵に背中を預けるようにもたれ掛かる白衣の女性は、呆れながらライダースーツの女に言う。

 

魔術師(わたしたち)は殺人鬼じゃあないんですよ。暴れたいだけならどっかでテロでもしてきてください」

「…………」

「まったく、白痴教(うち)は一応、表の顔は健全な宗教ってことになってるんですから」

「……本当にあのショゴスを殺れば、私を白痴教の幹部にしてくれるんだろうな」

「さあ?」

「なに……?」

 

 肩をすくめてすっとぼける女性に、女は腕を振るう。手首から伸びる黒い液体が刀身を形作り、柄にあたる部分を握ると刃先を首筋に寸止めした。

 

「ふざけているのか?」

「私の役目はあくまでも、貴女が仕事をした件で教祖様(リーダー)に『こいつ思ったより使えますよー』って報告すること。幹部に据えるかどうかは彼が決めます」

「お前たちの気分一つで合格か否かを決めるのか。傲慢だな」

「いいえ、『お前たちの』ではなく『リーダーの』、ですよ。白痴教はリーダー……もとい教祖の言葉が絶対なんです。なぜだと思いますか?」

「カルト宗教とはそういうものだ」

「……ふ、もっとシンプルですよ」

「──っ!?」

 

 ずい、と一歩踏み込む。刀身がずぶりと首に突き刺さるが、けれども女性は何事もないかのように淡々と言葉を続ける。

 

()()()()()()()()()。ただそれだけ」

 

 女は背筋に駆け抜けた怖気に従い、反射的に刀身ごと体を後退させる。ちらりと首にめり込んだ刃先を見たが、血が一滴も──それどころか、女性の首にも傷一つ付いていなかった。

 

「────。そうか、お前()……」

「はぁい、そういうことです」

「…………。あのショゴスは殺すが、被害を広げるな、という条件で殺ればいいんだな」

「二度も言われないと理解できませんか?」

「……ちっ、()()()()()()が」

「さあ、行ってらっしゃいませ〜」

 

 女は女性に吐き捨てるように言いながら飛び降り、黒い液体──落とし子をビルの壁に伸ばして振り子運動のような軌道で飛んでゆく。

 

 

 

「やれやれ、ショゴスとショゴスロードの違いもわからない人間風情に言われましてもねぇ」

 

 残された女性は頭を振る。それから白衣のポケットに手を入れると、携帯を取り出して電話をかけた。

 それから数コールののちに、電話の向こうから男性の声が聞こえてくる。

 

【──なんだ】

「あっもしもし? こないだ落とし子の適合者が白痴教に入りたいとか言ってきて、それで入団テストをさせてるの、報告しましたよね。覚えてます?」

【ああ、終わったのか】

「ああいえ、まだです。ただ……狙ってる死にかけのショゴスちゃんを護衛してるのが連盟組織の魔術師でしてねぇ、苦戦気味みたいです」

【そうか】

 

 淡々とした返しに、女性は苦笑する。

 

()()()()()の後輩が優秀だと、嬉しいやら厄介やらで複雑なんじゃないですか?」

【知るか、俺には関係ない】

「まあそうでしょうね、そもそも今この国に居ないんですもの。スカウト旅行の方はどうですか」

【順調、と言いたいところだが。そうでもない、今はイタリアに居る】

「……なんで?? イギリスに行くとか言ってませんでしたっけ? 確か……魔力を念動力に変換できる超能力者を観測したとかなんとか」

【イギリスで暮らしてるそいつが、俺がイギリスに行くのと同じタイミングでイタリアに旅行していた。要するに入れ違いだ】

「ふっ、ありゃりゃ」

【笑うな】

「いやぁ笑うでしょうよ」

 

 くつくつと喉を鳴らして笑う女性は、自分の居ないところで面白いことが起きている事に愉快そうにする。男性のどことなくムッとしているような声を聞きながら、女性が横目で道路の方を見た。

 

「しかし、貴方の計画どうこうは好きにすれば良いですけど、魔術師が企てて動けば誰かが邪魔をする──というモデルケースは私の前で見事に発揮されていますよねぇ。特に件の最強最悪の魔術師……えーっと……しゅんかしゅんとうちゃん?」

【…………。春夏秋冬(ひととせ)だ。春夏秋冬 円花】

「ああそうそうそれそれ。彼女に邪魔でもされたら不味いじゃないですか?」

【問題ない】

 

 女性の心配に、男性は断言して答える。

 

【アレは今、一人の男にご執心だ】

「彼女って確か、神格に乗っ取られてるんですよね? じゃあつまり……神が男に惚れ込んでると?」

【そうでなければ、俺たちはとっくにヤツにちょっかいを掛けられている。あの神格は愉快犯(そういうやつ)だ】

「うへぇ、そういう変なのも居るんですね」

【ああ。居る。ある神格が()()()()()()()()()()が、アレも()()()()存在の一つだからな】

「えぇ……」

 

 ──だから放ったらかしにしてるのか。と言葉にはせずに独りごちて、女性は誰にも見られていないが呆れと驚きを混ぜた表情を取った。

 

【……それと、今お前が関わっている件が終わったら、桐山与一を追跡しろ】

「はい? 誰ですそれ」

【さっき言った神格が執心してる探偵だ】

「あ〜、なるほど可哀想に。……まあ、いいですよ。ただもうちょっとこう、休みを挟むとか……」

【なにか言ったか】

「はーい頑張りまーす」

 

 とほほ、と呟きながらガックリと項垂れる女性。仕方がないとでも言いたげに口角を緩めて、締めくくるように間を空けてから口を開く。

 

()()さんは本当にショゴス使いの荒いお方なんですから。テストが終わったらまた電話しますよ」

【……油断はするなよ、()()

「はいはい。ではまた〜」

 

 通話を切った女性──細波は、携帯をポケットに仕舞う。柵に体重を預けると、手のひらに集めた細胞を変異させて眼鏡を形成し、それを顔に掛けた。

 

「必要ないのに、掛けてないと落ち着かない。コピー元の習性ですかねぇ」

 

 白衣を風にはためかせて、細波(ショゴスロード)は。

 

「……アルファ(なにがし)には、いつ会えるのやら」

 

 さながら想いを馳せる乙女のように、アンニュイな表情で静かにそんなことを言うのだった。




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