とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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さよならスワンプマン 4/7

 腹ごしらえも終わり、深景を連れた真冬たちは、とある施設に侵入する。

 凄まじい喧騒に様々なBGM。それらが入り交じるそこは──有り体に言えば、ゲームセンターだった。

 

「久しぶりに来るけどやっぱうるせーな」

「うあぁうあう、み、耳が……」

「周りの音を全部聞こうとするな、意識的に無視すればだいぶ楽になるぞ」

 

 深景にアドバイスしつつ、真冬は物珍しげに辺りを見回す小雪と葉子を見る。

 

「もしかして、あんたらも今までゲーセンに来たことないの?」

「そうね……警察官になるための勉強で忙しかったし、なってからも多忙だったから。まあ、もう警察ではないのだけど……」

「私も9歳の頃に保護されてから今まで組織内が活動範囲のほとんどでしたからねぇ」

『うーん私も人形になってからはこういうとこ来れなくなったからなぁ』

「わ、私も……外に出たのは初めてだから……」

「なんで不幸自慢大会になってんだよ」

 

 ──あたしもなんか捻り出すか。と思案しながらも、特に思いつかない。

 それが如何に幸福であるかと分かっていても、真冬はなんとも言えない疎外感を覚えた。

 

「それで、えっと、ここではどんな事をするんですか? ──あっ、あの箱は……」

『あれねぇ、ガンダム』

「……が、がんだむ」

『あの一帯は動物園と同義だから近づかない方が良いよぉ。ちょっとやってこようかな』

「30センチの人形がゲーセンでエクバやってる絵面とかSNSに晒されて終わるわ」

 

 飛んでいこうとする結月をひっつかんで深景に押し付けて、ため息をつきながらも、真冬が仕切り直すように口を開く。

 

「想い出作りってことでプリクラでも撮ろうかと思ったんだけど、プリクラ知ってる?」

「…………プリ……クラ……?」

「すいません若者言葉はちょっと」

「葉子さんはともかく、あんたはこの場で一番の若者(13歳)だろうが」

「一番は私ですよ?」

「論点そこじゃないから生後数日は黙ってて」

 

 謎の反論をしてくる深景を横目に、ゲームセンター初心者の葉子と小雪に簡単に説明をする。

 

 

 

「────ってこと。分かった?」

「なるほどつまり……豪華な証明写真機」

「全然ちげぇけど???」

「とりあえず、一回やってみればいいのでは。百聞はなんとやらですよ」

「……そうしようか。深景、行くぞ」

「…………。あっ、はい」

 

 アホなことを言う小雪に呆れる真冬は、そう言って声を投げかける。

 一瞬びくりと肩を跳ねさせると、振り返って目をパチクリとさせた。

 

「どうした?」

「いえその……誰かに見られてる、ような」

「まあ、顔も()()()だしなぁ」

「それもあるんでしょうけど……」

 

 ちょいちょいと指で自分の頬を触る真冬。鏡のように同じ位置の頬を触る深景の指に伝わるのは、肌の感触ではなく、ザラリとした炭の感触。

 彼女の首は半分ほどが炭化し、頬に伸びた侵食も、耳元や目尻に届こうとしていた。

 

「ん。わかった、葉子さんたちにも言っとくわ。一応大人だから頼りにはなる」

『なんて酷い言い草なのだ……』

「いざとなったら結月でも投げな。生き人形なんて初見なら普通にビビるから隙になる」

『おいこら。……投げないでよ?』

「投げませんよ」

 

 深景ならやりかねない。とでも言いたそうな疑念の籠もった顔で見上げて、結月は笑顔を返された。

 ともあれ、蛇足を挟みつつも早速と四人と1体でプリクラ機の中に入ると、見慣れない光景に小雪と深景がおぉ〜と小さく驚いている。

 

「これで……写真が撮れるんですか?」

「ん。現物で持っておけるし、今どきのやつはデータにも保存もできるのよ」

「はぇ〜〜……」

 

 カシャンと硬貨を入れて起動し、真冬がテキパキと設定を済ませる。

 

「……不味い」

「小雪さん? どうしたんですか?」

「深景ちゃん、見てください」

「……うん?」

「私の背丈ではフレームにイン出来ません」

 

 いざ撮影──といったところで、唯一身長が低い小雪がフレームに収まらないという問題が発生した。

 

「じゃあ今すぐ20センチくらい伸びろ」

「無茶言わんでください真冬ちゃん。────あ、その案で行けるかも」

「はぁ?」

「落とし子を足から伸ばして……こう……身長の嵩増しを……出来ました!」

 

 スーツの裾の裏からごぽりと溢れてきた黒い液体。小雪はそれで体を持ち上げて、文字通りに身長を嵩増しすることに成功する。

 

「…………。うん。やるとは思わなかったし、出来たのはスゲェ……んだけどさぁ」

 

 だがその見た目は低身長の背丈に高身長の足を移植したようにチグハグであり、それを見る真冬たちはそれこそバケモノを見るような眼差しを向けた。

 

『キモッ!!?? キャプテン翼みたいな頭身になってんじゃん!!』

「もうそれでいいわ。そのキショ…………ヤバい足元は写らないし」

「なぜ頑張りを貶されているんですかね」

「たぶん今の小雪さんを100人が見たら100人の意見が統一されますよ」

 

 葉子に容赦なくそう言われつつも、プリクラ機特有のやたらと高いテンションの指示に従いポーズを取る小雪。カウントダウンの刹那、隣に立つ深景が、彼女にフォローするように口を開く。

 

「わ、私はすごいと思いますよっ」

「……無垢な優しさが染みますね」

 

 ──小雪のボヤキは、甲高いシャッター音にかき消されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ぱさりと機械の中から落ちてきた写真を回収した深景は、両手でつまんで感慨深そうに眺める。

 

「……人はこうやって、想い出を残すんですね」

「まあ、数ある手段の一つって感じだけど」

「じゃあ、これは真冬さんたちで分けてください。私が持ってても無意味ですし」

「────。そうね」

 

 深景はにこやかに、残酷な事実を述べる。どうせ近いうちに死ぬのだから、という言外の意図を嫌でも理解させられ、真冬はプリクラを受け取った。

 

「写真は保管しておくとして……ひとまずスマホの待ち受けに設定しといたから」

「おお……」

『これ私の分ってプリクラ分けられても携帯とか持ってないから貼るとこ無いんだけど』

「体に貼れば」

『嫌に決まってんでしょ!?』

 

 横合いからスマホを覗き込む結月を見て、真冬はそう言いながらも考え込む。

 

「……真面目な話、あんたのサイズに合わせてキッズケータイでも買ったほうが良いかもね。万が一にも別行動を取ることになっても連絡手段が無いのは致命的だし。与一が帰ってきたらねだるか」

「与一……さん、って、あの事務所の家主さん……でしたっけ。どんな人なんですか?」

「んー、あー。苦労人で……女運が壊滅してる男。たぶん呪われてるんだと思う」

『その女運の無さに貢献してる内の一人は間違いなく真冬だけどね』

「うるせえ」

 

 負けじと言い返す結月に渋い顔をする真冬。その横でまたしても視線を感じたのか、深景がキョロキョロと辺りを見回して一歩真冬に近寄る。

 

「ま、真冬さん……」

「また視線? 葉子さんたちがトイレから戻ってきたら、ここを出たほうがいいか────」

 

 それとなく周囲に視線を巡らせる真冬は、一人の男が人混みを掻き分けて、迷いなくこちらに近づいてくる様子を視界に収める。

 向こうもまた、自分が見られたことを察してか、懐に手を入れて何かを取り出す。

 

「…………やべ」

 

 それが拳銃であると頭が理解するのと、真冬が深景を後ろに引っ張りながら上体を反らすのは殆ど同時であり──銃声が響くのと胸元を掠めた銃弾がクレーンゲームのガラスを割るのもまた、同時だった。

 

「ひっ!?」

「くそっ、堂々と撃ってきやがった」

 

 反射的に深景を脇に抱え、結月を掴んで駆け出すと、先程まで立っていた場所に銃弾が撃ち込まれる。

 この異常事態に周りの客が驚きもしない光景に、鷲掴みにされながらも結月が声を荒らげた。

 

『……なんで()()()()()()()()の!?』

「【人払い】の効果か? ……どちらにせよあの二人にも銃声は聞こえているはず」

「どっどどどうすれば!?」

「口閉じて大人しくしてろ」

「すっごい冷静ですね!?」

 

 深景にそう言われながら、ガラスを割られたクレーンゲームの裏に隠れて顔を覗かせる真冬は、どうにか隙をつけないかと男を見て────

 

「──ふんっ!」

「がっ!?」

「……うわ」

 

 男の背後で消火器を振りかぶる葉子の姿を捉え、それからガゴォン! という無慈悲な鈍い音を聞く。

 

「真冬ちゃん!」

「あーこっちこっち」

「大丈夫?」

「あの男に同情してる程度には。死んだ?」

「…………。息はしてるから問題ないわ」

「そうかな……そうかも……」

 

 角がわずかにヘコんでいる、元々の色とは別の赤色が付着した消火器を手に駆け寄ってくる葉子に呆れ気味に返す真冬。深景を抱えたまま立ち上がり、結月を上に飛ばしながら二人で駆け足になる。

 

「小雪さんは?」

「わからない、私は銃声を聞いて急いで走ったから……こちらに来ているとは思うのだけど」

「とにかくゲーセンから出るぞ。深景!」

「はい黙ってます!」

 

 抱えられながら両手で口を塞ぐ深景を一瞥し、真冬は頭上を飛ぶ結月に声を投げかけた。

 

「結月、怪しいやつは?」

『う──ん、居ない!』

「ホントか?」

『少なくともこっちに向かって来ようとしてる奴は居ないかなぁ』

「──じゃあどっかで待ち構えてるか、だな。ったく魔術ってやつは……」

「敵が【人払い】を使っている……として、この現状は言うほど()()()ではないですよね」

 

 辺りを見ながら言う葉子の視線に映るのは、当然のようにゲームセンターを楽しんでいる客でごった返した店内の光景。

 

「────。()()()()()()()()()と仮定して、同時にゲーセンから人が居なくなっていないことも両立する可能性が一つだけある」

「可能性?」

「それは──」

 

 そう言って足を止めた真冬は、葉子の後ろにある自販機横のベンチから立ち上がった男がポケットからナイフを取り出すのを見る。

 

「葉子さん!」

「っ!?」

 

 ハッとして振り返る葉子だが、それよりも早く男はナイフを振りかぶる。

 避けるのは間に合わないと悟り、急所を隠すように消火器を前に差し出す彼女だったが。

 

 続けて自販機の上から降ってきた小さな人影──小雪が男に肩車するようにして乗っかると、両手で彼の頭頂部と顎を掴んだ。

 

「よっこいしょ」

「かひゅ」

 

 ゴキンという音と共に頚椎を破壊された男は、脱力してよろめく。小雪は肩から降りて彼を引っ張りベンチに寝かせると、男が着ている上着のフードを目深に被せて寝ているような細工をした。

 

「人混みの中なら手を出さないだろう作戦は失敗ですね。こいつら思ってたよりは頭が良いみたいです」

『……小雪さん、どこにいたの?』

「えっ、銃声が聞こえてからはずっと天井に張り付いてました。落とし子の黒色で体を包むと、いいカモフラージュになるんですよ」

『こわ……』

「さ、逃げますよ」

 

 あっけらかんと言いながら、小雪が先導してゲームセンターの出入口へと向かう。

 

「あ、その消火器貸してください」

「え? ああはい、どうぞ」

 

 店から出て駐車場に向かうやいなや、葉子が持っていた消火器を手から伸ばした落とし子で掴むと思い切りスイングして投げ飛ばし、敵の一員なのだろう銃を向けて待ち構えていた女に叩きつける。

 

「ひえぇ……」

「小雪さん……子供の前だぞ」

「すみませんねぇ」

 

 急いで鍵を開けて乗り込む四人と1体は、その場から逃げるように車を走らせる。

 法定速度ギリギリで走らせ高速道路に入って一段落つけると、思い出したように葉子が後部座席に座る真冬に声をかけた。

 

「あの、真冬ちゃん」

「ん?」

「さっき言っていた、人払いの魔術を使うのと人が居なくなっていないことを両立させられる可能性……というのはなんだったの?」

「ああ、そりゃ簡単な話よ」

 

 疲れたのかぐったりともたれ掛かり、肩を枕にして眠っている深景を起こさないようにしながら、真冬はバックミラー越しに葉子の目を見て言う。

 

「【人払い】って、名前からして『その範囲内から人を遠ざける魔術』でしょ?」

「……そう、だと認識してるけど……」

「じゃあ例えば────自分を中心に指定して、自分だけを包むようにして半径数十センチに【人払い】を使ったらどうなる?」

「……範囲内から人を追い出す魔術の副次効果で、外から範囲内を感知できなくなるから…………。誰も内側の人物を認識できなくなる?」

「そういうこと」

 

 魔術で作り出した状況とその推理をする真冬と葉子。そんな二人の会話を聞いていた小雪が、感嘆するように横から声を投げかけた。

 

「いやはや、ほぼ無知の状態からそこまで推察できるんですねぇ。やっぱり探偵向いてますよ。──いえそもそもなんで無知なんですか、与一くんから魔術のこととか何も聞いてないんですか?」

「うん、まったく」

「……ああそう。まあ……あの子も【強化】しか使えませんからねぇ」

 

 能力与一の顔を思い浮かべて苦笑する小雪は、バックミラーで後ろをちらりと見ると、眠っている深景に視線を向けてから言葉を続ける。

 

「……ゲームセンターの連中は、十中八九落とし子の適合者の仲間でしょうね。そしてあの女は、次こそ確実に私たちを狙って襲いに来る」

「その根拠は?」

「こればかりは私の主観になりますが、あの女は同じ適合者の私が気に入らないと思うんです。私も気に入らないですからね、()()()()()()()()()

「嫌な絆だわ」

 

 半笑いでそう返す真冬は、横目で深景の寝顔を見る。眠ってはいても辛そうにしている彼女の炭化は更に進み、右頬の半ばと右目を侵食し、眉の方にまで届こうとしていた。

 

「……想定より深景ちゃんの限界も近い。だからこそ、私はこの子に致命傷を与えたあの女を許せない。この私怨を抜きにしても、落とし子を悪事に使われれば被害が酷くなるのは想像に難くありません」

『それでどうすんの〜? 倒すの?』

「はい」

 

 真冬の肩に乗る結月に軽く問われると、小雪はさらりと言う。

 その瞳に静かな殺意を滾らせて、高速道路を走る車のアクセルを踏み込みながら彼女は提案した。

 

「ヤツを今日中に殺します。手伝ってください」

『嫌すぎる〜〜〜』

「……既に手を汚した経験のある私ならまだしも、真冬ちゃんを巻き込むというのは流石に……」

 

 ドン引きしている結月と諭すように言う葉子を余所に、真冬は逡巡するように視線を下げると、一拍置いて口を開く。

 

「いや、あたしもやる」

「えっ……真冬ちゃん!?」

「やられっぱなしは癪に障るしね。それに、あたしにも手伝わせるってだけで、直接引導を渡すのは小雪さんがやりたいんでしょ?」

 

 その言葉に、小雪は苦笑いしながらバックミラーに視線を向ける。

 

「ええまあ……殺人(そこ)を子供にやらせるほど外道ではないですよ。真冬ちゃんには、深景ちゃんの盾になってもらおうと思っています」

『盾ぇ?』

「──落とし子にも弱点はある、対策を練れば貴女でも攻撃を防げる。と言ったら?」

「……へぇ」

 

 興味を煽るような言葉に、わかりやすく乗っかる真冬は、口角を上げて微笑を浮かべる。

 言外の了承に内心でホッとしつつ、小雪は真冬を見やり──それから結月に視線を移して、ふと湧いた疑問をぶつけるように問いかけた。

 

「……そういえば、ずっと聞こうと思ってタイミングを逃していたんですが」

『なに?』

「結月ちゃんって浮いてますよね」

『どっちの意味で?』

「物理的にですよ」

『ああ、そっちね』

 

 車内で浮遊し、結月はダッシュボードに着地して座り込む。小雪はそれを見ながら、なんやかんやと誰もしなかった質問をする。

 

「貴女、()()()()()()()()()んですか?」

『なんで? ……って言われてもなあ、なんで……なんでだろう? さっぱりわかんない』

 

 自分の小さい体を見下ろして、結月は首を傾げて疑問符を浮かべる。

 

「そういや確かに、こいつとソフィアが浮遊できる理由まったくわかんねぇわ」

「もしかして、なんらかの魔術を無自覚に使っている……とか?」

 

 なんとなしにそう言った葉子の声に、小雪が少し考えて合点がいったように呟いた。

 

「浮遊……なるほど、【浮遊】だ。あの魔術なら説明がつく。……ということは」

『??? どゆこと?』

「説明はあとで。ただ、貴女のお陰で、落とし子の適合者に致命打を与える策を一つ思い浮かびました。次の目的地は──ホームセンターです」




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