とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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さよならスワンプマン 5/7

 高速道路を降りて更に数分、ようやく到着したホームセンターの駐車場に車を停めた直後、眠っていた深景が呻きながら目を覚ます。

 

「……う゛っ、ぁあ……」

「深景。気分はどうよ」

「……また、眠ってたんですね、すみません……頭が、痛いです……」

「歩ける? 腕に掴まっていいから」

「…………はい……」

 

 後部座席から降りて外に出た深景は、ふらつく体で真冬の右腕にしがみつく。

 

「大丈夫、じゃないよな」

「……たぶん、もう、()()()()だと思います。全身が、悲鳴を上げているのがわかるんです」

 

 顔の右半分が殆ど炭化している影響か、頭痛に耐えるように顔をしかめる深景。見えないだけで服の下の肌も炭化しているのだろう、真冬の腕にしがみつく力は、込められているにも関わらず弱かった。

 

「あの……小雪さんと葉子さんは……結月さんも、居ませんけど……」

「三人は先に店内うろついてる。あたしはあんたが起きるのを待ってたのよ」

「……ごめんなさい」

「謝んなくていいって」

 

 しおらしい深景を連れてホームセンターの入口に向かう真冬は、すれ違う客からの奇異の目を無視しながらも、続けて問われた質問に言い淀んだ。

 

「……これから、なにをするんですか?」

「────。んー、まぁ、その、だな」

 

 口ごもる真冬は何を言うべきかと考え、間を置いて誤魔化すように言う。

 

「悪者退治、って言えば納得する?」

「…………。まさか」

「だよなぁ。……深景の『(コア)』を破壊した例の女が来ると見越して、ぶっ殺す準備をするところよ」

「……そう、ですか」

「やるのはあたしじゃなくて小雪さんだけど、まあ本当のこと言われてもいい気分でもないでしょ」

「……私のために、というのであれば、正直なところやめてほしいです」

 

 そう言って、深景は真冬の顔を見上げる。くすんだ灰色の髪、炭化した顔の右半分、色白だからこそ目立つ残りの左半分。

 それらがいっぺんに視界に入り込み、さしもの真冬でも思わず雰囲気に圧される。

 

「──安心しな。そりゃ確かにあんたの為でもある。でもな、ここまで逃げてばかりで、あたしも小雪さんもそれにムカついてんのよ」

「…………私怨、ってことですか?」

「はっ、私怨上等。一線を越える理由にしちゃあ、いささかお上品すぎるかもね」

「……いいんですか、そんな、貴女までそこまでしなくても」

「それはそう」

 

 ──でもね。と続けて、真冬は左手で深景の髪をくしゃくしゃと撫でて言った。

 

「うわうあっ」

「あいつを助けたいとか、あいつは許せないとか、そういうのって理屈じゃないのよ」

「……理屈じゃ、ない……」

「でもそこを妥協しちゃったら、あたしはきっと……胸を張って生きられなくなる。だからあたしは、この選択を誇るし、後悔する」

「……!」

 

 深景に合わせて店内をゆったりと歩きながら、真冬は堂々とそう言い切って小さく笑う。

 同情ではない、さりとて思い遣りのある不思議な言動に、深景は胸の奥で鼓動が強まるのを感じた。

 

 ────この人のように生きられたなら、と。

 

 

 

「ま、『ガキのお守りついでに悪人殺しに加担しまーす』とか、与一にゃ怒られそうだけど」

「いんやぁ、それはないでしょう」

「あん?」

「小雪さん……」

 

 不意に横合いから投げかけられた言葉に顔を向けると、そこにはなぜか、バーベキューに使うような鉄板を抱えている小雪が立っていた。

 

「私が知る限りでは、与一くんが最も()()()()()()人ですからねぇ」

「……あ?」

「あの子はたぶん、自分なりの()()さえあれば、普通に人を殺せるし加担もしますよ。というか事実として、葉子さんの復讐に手を貸したんでしょう?」

「────。そうかもね。そんで、その鉄板はなんなの? ツッコミ待ち?」

 

 怪訝そうな顔で鉄板を指差す真冬に、小雪はニヤリと笑いながら両手で掲げて見せた。

 

「縦60センチ横30センチ重さ約5キロのバーベキュー用鉄板……を2枚重ねて溶接しました。これが対落とし子武器の一つです」

「馬鹿?」

「シンプルな罵倒が一番辛いんですよ」

「小雪さん、これ……どう使うんですか?」

 

 同じような怪訝な顔をしながらもそう質問した深景に、やれやれと頭を振りながら2枚重ねの取っ手の一つを掴んで腕を覆うように持つ小雪が言う。

 

「盾ですよ。落とし子を用いた攻撃は鋭く早いですが、金属を貫けるほどの威力はないので、これで充分防げます。はい持ってみて」

「……想像通りにおっっっもいわ」

「これと深景ちゃん抱えて動けます?」

「まあ、動けるし走れるだろうけど」

「よしよし、第一関門突破……と」

 

 右腕に深景がしがみついたまま左手で鉄板を持つ真冬は、両サイドの重さで露骨に額に青筋を立てる。

 

「……つうか、葉子さんと結月は?」

「ちょっと別のお買い物です」

「あ、()()()()来ましたよ?」

 

 深景がおもむろに指を向けると、その先から噂の張本人が歩いてくる。

 向こうも真冬たちに気づいたのか、傍らに大きな瓶を浮かせたまま早足になり────そして、店内にチラホラと客が残っているにも関わらず、結月は犬掻きのような姿勢のまま、当然のように浮遊していた。

 

『お待た〜〜せぇい』

「ん。…………おいちょっとまて、なんで結月を隠してないの!?」

『だぁって、じっとしてるのも面倒くさいんだもーん。逆に堂々としてると案外怪しまれないもんだよ?』

「マジックです、と最新式ドローンです、でゴリ押せて驚いてます……」

『ていうかマジでその鉄板シールド使うんだね、おもろ。写真撮っていい?』

「これでぶっ叩くぞ」

『やーん』

 

 げんなりとしている葉子の隣でケラケラ笑う結月。真冬は続けて、その傍に浮かせている瓶に視線を移した。

 

「結月さぁ、それ、なんで浮いてんの」

『ん? あ〜〜そうそうそうそう。私ねぇ、なんか自分だけじゃなくて周りも浮かせられるっぽいの』

「…………なんで?」

 

 ほら! と言いながら、結月はステンレスの瓶を手の動きに合わせて上下左右に動かした。

 疑問符を浮かべる真冬に対し、代表して小雪がその辺に置かれた金槌を手に取りながら説明を始める。

 

「まず前提として、【浮遊】という魔術があります。読んで字の如く、生物やものを浮かせて、ある程度は自由に動かせる便利な魔術なんですが……これすっごいシンプルなデメリットがあるんですよね」

「デメリット?」

「こういう小さかったり軽いものなら、さほど苦労せず浮かせられるんですがね……」

 

 手元の金槌をふわりと浮かせると、そのまま向かいの棚に飛ばして着地させる。

 しかし、背後の大量の商品を乗せてある棚に手をかざしながら続けた。

 

「……ん? 今【浮遊】使ってんの?」

 

 真冬が問い掛けると、小雪はこくりと頷く。手をかざした棚は、ピクリとも動いていなかった。

 

「この通り、【浮遊】は対象の大きさと重さが増すと、魔力もアホかってくらい消費して発動すらできないんですよ。ちなみに人一人を数メートル持ち上げるのに必要な魔力は魔術師三人分です」

『そんなレモンに含まれるビタミンじゃないんだから……あれ、じゃあ私の場合はどうなってんの?』

 

 呆れ気味に苦笑する結月だが、そもそもの疑問が浮かんで表情を変える。

 

「これは仮説ですが、恐らく人形にされた者は、体の変化に伴いデフォルトで【浮遊】の術式が刻まれた状態で()()()()()になってしまうんでしょう」

『はぇ~〜〜〜〜……』

「馬鹿の返事やめろ」

「小さくて軽い結月ちゃんなら、自分を浮かせることに疲れることはない。それにどうやら、その体はかなりの量の魔力を貯蓄できるみたいですからね。その瓶くらいまでなら問題なく動かせるかと」

『うーん確かに、特に苦ではないかなぁ』

 

 結月は瓶の蓋部分に乗って、自分ごと浮かせたままゆらゆらと揺れる。

 その瓶の形状と見た目をまじまじと確認する真冬は、ふと思い出して口を開いた。

 

「それあれか、デュワー瓶。高温・低温の液体を入れるのに使うやつ……ってことは、液体窒素入れてきたの? ホームセンターで売ってんのね」

「ここはそういうのも扱ってる方のお店なので。……そしてこれが、対落とし子武器の二つ目ですよ」

「液体窒素は大抵の生物の弱点だろ」

「まあそうなんですが」

 

 ごもっともな意見に苦笑いしながら、手のひらから落とし子を出してグネグネと動かしながら続ける。

 

「落とし子の弱点は主に炎や魔力で、感電させたりすれば動きを止められます。そして当然、凍らせれば同じく動きが鈍くなるのですが────今回狙うのは()()()()()()()ではありません」

「落とし子じゃない…………。そういうことね」

「そういうことです」

 

 ニヤリ、と邪悪な笑みを浮かべる真冬に同じ表情を返す小雪。

 

「そういうこと……?」

『あーあーあ、波長合っちゃってるよ』

「嫌な部分の相性が良すぎますねこの二人」

 

 なんのことやらと小首を傾げる深景を横目に、葉子と結月はなんとも言えない顔をする。

 それからホームセンターを出ようかと踵を返した四人と1体は、人気の無さに警戒した。

 

「────! ちっ、もう来やがったか」

「真冬ちゃん、今のうちに言っておきますが、落とし子を使った攻撃速度はピッチングマシンの最高速度ストレートをイメージしてください」

「だいたい160〜170キロか……それなら普通に目で追えるわ。了解」

「え、こわ……」

「こえぇのはそんなもんを体の中で飼ってるお前らだろうが」

 

 いざとなったら抱えられるようにと右手を深景の腰に回す真冬だったが、首に腕を回す深景がピクリと反応するようにして声を震わす。

 

「っ、ま、真冬さん」

「なに?」

「何かが、来ます。これは……最初に私を襲った、あの女の人の魔力……!」

 

 深景がそんなことを言った────刹那、天井付近でヒュカッという鋭いモノを振るう音が短く聞こえたかと思えば、上を向くよりも速く。

 

 

 

「──まず一人」

「っ……しまっ──」

 

 切り取られた天井が床に落ちるのと同時に、誰のものでもない女の声が聞こえる。手のひらから網状に放たれた液体に全身を巻かれた葉子が、残像を残す勢いで投げ飛ばされ棚の向こうに消えた。

 

 遅れて何かがぶつかる音や棚が倒れる音が響き、振り返りざまに落とし子を鞭のように伸ばして振るった小雪の動きを、女は軽快に躱す。

 

『葉子さーん!?』

「……いつぞやぶり、ですかねぇ」

「そうだな。ショゴスも、どうやらまだ消滅していないらしい」

「…………っ」

 

 自分の『(コア)』を破壊した張本人を前に、深景は体を縮ませるように真冬にしがみついて震える。

 

「まかり間違っても、今になって罪の意識が芽生えたとは言いませんよね?」

「当然だ。私が白痴教に入るには……()()を自らの手で始末しないといけないからな、勝手に消えられたら困るんだ。もう逃げるなよ」

 

 深景に視線を向けるも、まるで物かなにかのように扱う女に、小雪は額に青筋ならぬ()筋を立てて返しながら真冬たちだけに聞こえるように小声で呟く。

 

()()()()()よ、貴女を殺すためにここに来たんですから。……合図したら棚を盾に裏から逃げてください、裏手のビルは取り壊し予定で誰も使っていませんので上手く隠れて

 

 女は出入口に繋がる方に立ち塞がり、そちらからも続々と銃を手にした男女が駆けてくる。

 小雪は裾から足元にバレないようにと少しずつ垂れ流した液体(おとしご)を倒れていない店の棚の方に伸ばし、ちらりと葉子が投げ飛ばされた方向を見た。

 

「連盟組織の一員、探偵の部下、おまけに生き人形(マスコット)。それでどうやってショゴスを守りきるというんだ? 大人しく差し出した方が得策だろうに」

「はっ、高がガキんちょ二人をそんな重武装で追い回してきたんだから、慎重に慎重を重ねて皆殺しにするのが一番賢いやり方だろうが。……いや、慎重ってよりは臆病な奴って呼んであげるべきかなぁ?」

「……なに?」

 

 声高らかに、真冬はそう言って眉間にシワを寄せる女に更に続ける。

 

「だってそうだろ? あんたは逃げ回るあたしらを遠くから監視してるだけで、ここまでの戦いは部下任せ。ここに来てようやく顔を見せたのは、殺す予定の深景が死にかけててラッキーだったから。そのクセ葉子さんに不意打ちカマして優位に立ててると判断したらベラベラと喋り始めやがった」

「────」

「あんたは、典型的な臆病者だ。臆病なうえにプライドだけが()()()高い。落とし子使って無敵を気取ってイキるのはさぞかし気持ちいいだろうなぁ?」

「────」

 

 傍らの結月と小雪をしてドン引きさせる程の言い分。真冬の口撃を浴びせられた女は、無言で顔を上げ──その瞳は、真冬しか映していなかった。

 

「…………殺す「はい隙あり」がっ!?」

 

 女が口を開いた瞬間、小雪は細さを数でカバーしてこっそりと棚を掴んでいた落とし子を思い切り巻き取り、容赦なく女に叩きつけて下敷きにする。

 

「今です! 走って!」

「じゃあ後はよろしくぅ!」

『すっごいイキイキしてる……』

 

 にこやかにホームセンターの裏口へと走っていった真冬とその後ろを追従して飛んでゆく結月を尻目に、小雪は棚から外した落とし子を体内に収める。

 

 それから即座に棚を押し戻して立ち上がる女は、何かを考えるように視線を床に落とし、逡巡を挟んでから襟元に付けてあったマイクに声を飛ばした。

 

「──逃げた奴を追う。A班B班C班はこいつを囲んで叩いておけ」

「おや、私の相手はしないんですか」

「あの小娘を殺して、戻ってきた時にまだ生きていたら、私が直々に殺してやる」

「出来ないことは言うもんじゃないですよ〜?」

 

 それとなく心を乱すように楔を打ち込む小雪の挑発に、苛立たしげに舌打ちをする。

 ついでとばかりに先端をブレード状にしながら触手のように振るった落とし子を避けて、女は真冬たちを追いかけるようにその場を後にした。

 

 

 

「さて、この数は……どうしたものか」

 

 残った小雪に、十数人の男女は多種多様の銃器を構え、ジリジリと近づく。

 ──そんななか、静かな店内に、おもむろに。

 

「私も混ぜてくださいよ」

 

 不意に女性の声がして、敵の内の一人が顔を陳列棚と棚の間に出来た通路へと向ける。

 そして、その顔にバスバスバスバス! と勢い良く空気が弾ける音と共に放たれた無数の釘が突き刺さり、男は声すら出せずに仰向けに倒れた。

 

「……えーっと、葉子さん?」

「はい」

「大丈夫、ですか?」

「はい」

 

 男たちも、女たちも。乱入してきた女性──楠木葉子に、銃は愚か敵意を向けることすら出来なかった。なぜなら、彼女はまるで、ホラー映画のシリアルキラーのような雰囲気を放ちながら現れたからだ。

 

 投げ飛ばされて頭から血を流し、顔全体を赤く染めた葉子は、釘打ち機と接続されたコンプレッサーをそれぞれ両手で掴んでいる。

 

 据わった目付きで周囲を一瞥する異様な人物に、果たして誰が声や意識を向けられようか。

 

「……あの、大丈夫です、よね?」

「はい」

「会話できます……?」

「はい。びっくりするほど快調です」

「その出血で……?」

 

 頭の出血は止まっておらず、今なおポタポタと床に赤い水玉模様を作っている。

 

「……私はもう、既に一線を超えてますからね。だから、今度は子供を守るために手を汚しましょう」

「よ、汚れているのは顔……」

「今そういうのはいいので」

「あっはい」

 

 威嚇するように、コンプレッサーがドルルルルルと低く唸った。

 ようやく異様な雰囲気を振り払った敵を前に、葉子は釘打ち機を構え、小雪もまた全身から溢れるように放出した落とし子をうねらせる。

 

 果たしてホームセンターの中に、加圧された空気の弾ける音と幾重もの銃声が響き渡る。

 しかし【人払い】により、激戦を思わせる音を街中の誰もが聞くことは無いのだった。




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