とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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さよならスワンプマン 6/7

「鉄板、とぉ……子供ぉ、抱えてぇ……階段を……駆け上がるって……軍の訓練でも、やらねえだろ……!」

『真冬ぅ〜がんばえ〜』

 

 ホームセンター裏の無機質な六階建てビル。駐車場拡大のために近いうちに取り壊されることは余談だが、真冬はその中の階段を上がっていた。

 

「ったく……浮けるんだからいいよなお前は……深景もそう思うよな?」

「────」

「深景? ……おい、寝るな!」

「────。は、はい……寝てないです」

 

 うつらうつらと船を漕ぐ深景にそう言うと、びくりと体を跳ねさせてまぶたを開く。

 

「なんだか……抱っこされながらの体の揺れが眠気を誘うというか……妙に心地よくて……」

『赤ちゃんじゃん』

「……絶対に寝るなよ、たぶんもう、次寝たら深景はそこまでだ」

 

 首筋に当たる呼吸が浅く、体温も低い。真冬は深景のタイムリミットを察すると、階段を上がりながら疲労を誤魔化すように口を開いた。

 

「──楽しいことを考えろ。なんでもいい、やりたいこと、行きたいところ、そういうのを考えてみろ」

「行きたい……ところ……?」

「あたしは……温泉に行きたい。小さい頃、与一の家とで家族旅行に行く予定だったけど、あたしは当日に風邪を引いて行けなかったんだよね」

 

 言葉にはしなかったが、真冬はその翌日に宿が火災に遭い、桐山夫妻が亡くなり与一が重体で入院したことを今でも覚えている。

 

「そんで、温泉まんじゅうでも食べたり、足湯に浸かったりすんのよ。……ソフィアっていう結月と同じ生き人形がこれまたスゲェ大食いでさ、きっと、食べ歩きツアーが始まって一日が潰れんの」

「…………楽しそう、ですね」

「楽しいわ。絶対に」

 

 口角を緩める真冬に、深景は逡巡するように一度口を閉じて、それから改めて言葉を発した。

 

「……私も、考えてみたんです。もしも普通に生きられたら、って。だけど……やっぱりだめですね」

「……ダメ? なにが?」

「──どんなに思い描いても、皆の姿はイメージできるのに、そこに……私の姿だけが無いんです」

「────。深景……」

 

 これから死にゆく自分に、()()()は無い。無情な現実は一時の逃避すら許してはくれないのかと、そう考え真冬が歯噛みする横で、瓶を浮かせて飛びながら結月があっけらかんと言った。

 

『それってつまりさぁ、自分よりも私たちを優先するくらい私らのことが好きってことでしょ?』

「…………そう、なん、でしょうか」

『私もさぁ〜あれしたいとかここ行きたいとか考える時は、ついつい真冬と与一とソフィアの顔が先に出てくるから。気持ちはわかるよ〜』

「お前よくそんな恥ずかしいこと言えるよな」

『真冬はこういうこと言えない性格だからねぇ、代わりに言ってあげてるの』

「お優しいこって」

 

 ニヤニヤとする結月に横目で感嘆と呆れの混ざった視線を送り、それからパチクリと目を瞬かせる深景の驚いたような声に耳を傾ける。

 

「……おかしい、ですよ。だって、小雪さんとは数日前に会ったばかりで……真冬さんと結月さん、葉子さんとも、今日会ったばかりなのに」

「人間の脳はそういう風に出来てんのよ。別に良いんじゃないの? 今日出会ったばかりの相手を…………好きに、なったって」

『恥ずかしがらずにスパッと言いなよ』

「うるせえ」

 

 頬を朱に染めてモゴモゴと言う真冬に、深景は合点がいったような声色で返す。

 

「……私は……皆さんのことが好きなんですね……。なんだか、腑に落ちました。だってこんなにも、みんなと離れたくないと思っているんだから」

『深景は私たちのことを最期まで覚えててよ。私たちも、死ぬまで深景のことを忘れないからさっ』

「…………。約束ですよ?」

『もちろーん。人形うそつかない』

 

 右半分が炭化しきり、左半分に炎が撫でたような炭化の跡を作る顔で、深景は結月を見やる。

 右目は濁り焦点が合っていないのか、左目でなんとか姿を捉えて微笑を浮かべながら言うと、結月もまたニッと葉を見せるように笑った。

 

「……とかなんとか言ってたら4階か……ここに隠れるぞ、あとは葉子さんと小雪さんがあの女を仕留めてくれてれば万々歳だ」

『うーん、じゃあこの部屋にしよっか。中も広いし……あとこの瓶どうする?』

 

 結月は通路に並ぶ扉のドアノブにしがみつくと、器用に全身を使って捻りガチャリと開ける。

 

「あんたも一緒に天井に張り付いて待機。もしアイツが来たら何とかして足止めするから、隙を見つけたら上からぶっかけて」

『隙って……それに足止めなんて出来るの?』

「やるしかねーだろ。一応、落とし子の速度は聞いてたし、小雪さんが使ってるのも見たから────」

 

 真冬はそこで言葉を区切る。扉を背にした背後の窓の外で、一瞬何かの影が横切ったからだ。

 結月がオフィスだったであろう今は何もない室内に入り、天井付近に待機しようとしたその刹那。

 

 

 

 ──何処か上方に伸ばした落とし子で体を支えながらスイングする女が、両足でガシャンとガラスを粉砕して通路に侵入する。

 

「死ね」

 

 即座に体内に収めた液体を振りかぶる動作に合わせて深景に目掛けて射出。

 真冬はほぼ脊髄反射で、体をよじって左半身──その手に握る鉄板を射線上に滑り込ませた。

 

「づぅ、ぉおぉっ!?」

「──刃が通らない……?」

 

 ズドンと、それこそ剛速球が衝突したのではと錯覚する程の衝撃。ブレード状の落とし子と鉄板の間に火花が生じ、真冬は防いだ勢いのままに室内へと滑り込み、そのまま部屋奥の窓際まで移動する。

 

「なるほど、落とし子は金属を貫通しないのか」

「はっ、人間とか(やわらかいもの)ばかり狙ってたから知りませんでしたってか?」

「減らず口を叩く奴だな……」

 

 ──虚勢張ってんだよボケ! と言いそうになる衝動を堪えて、真冬は腕に残る衝撃に冷や汗を垂らす。

 続け様に振るわれる鞭のようにしなる落とし子の斬撃を鉄板で防ぐと、衝撃と共に火花がバチンバチンと散らばり、嬲るような動きに顔をしかめた。

 

「そのショゴスを渡せ。あの適合者はともかく、お前は今日出会ったばかりのそれに命を懸けようと思えるほど馬鹿ではあるまい?」

「知らね〜〜〜よ。あたしはなぁ、逃げっぱなしは癪に障るし、深景をモノだとしか思ってないテメェが気に入らないんだよ……!」

 

 甲高い金属音が断続的に鳴り響くなかで、女は真冬の返しに更に続ける。

 

「それは人間の振りをした化物(モノ)だ。事実、人間に擬態させたショゴスの使い道はそこらの実験用マウスと変わらないのだからな」

「……っ」

「────」

 

 落とし子を振るい、それを防いで火花が散る。女の冷徹な眼差しに苦い顔をする深景がしがみつくのを見て、真冬の堪忍袋の緒が切れた。

 

「──とことん目が節穴なんだなお前」

「なに……?」

 

 鉄板の盾の裏で、真冬は深景を抱き上げる腕に絶対に離さないとばかりに力を入れる。

 一瞬だけ天井に視線を向け、少しずつ瓶の蓋を緩めている結月の憤りを露にした顔を一瞥すると、虚勢の余裕を顔に貼り付けて笑みを浮かべた。

 

「初めて食うジャンクフードを旨い旨いってがっついて、ゲーセンでプリクラ撮って、モノ扱いに嫌そうな顔をする。これが人間じゃなかったらなんなんだ? 少なくとも、()()()()()人間らしいぞ」

「……ま、ふゆ、さん……!」

「──不思議なもんだよなぁ、こんな人間らしい怪物が居るのに、怪物みてぇに性根が腐りきったクソみたいな人間が目の前に居るんだからなあ!?」

 

 どんどんと、真冬の語気が荒くなる。彼女がここまで本気になるのも、それは単純な理由だった。

 

「…………挑発のつもりか?」

「深景はお前に殺されるんじゃない。一人の人間として真っ当に生きて、これから真っ当に死ぬだけだ。この子があたしらの前で笑って死ぬことが、お前がこの件で何も成せなかったことの証明になる」

 

 ──今日出会ったばかりの人間を守りたい、そう思うことに、そんな相手をどうしようもなく好きになることに、理由なんて必要なかったのだろう。

 

 

「……そうか。────そうか」

 

 女は納得するように頷いて、右腕を肩まで上げて水平に構えると、ごぽりと溢れた落とし子を巨大なコウモリの翼のように形作る。

 

「ならばショゴスもろとも潰れて死ね」

「最初からやれよ、馬ァ鹿」

 

 無数のトゲを生やした板のような形状を前に、呆れの混じった声でそう言って、真冬はおもむろに盾を握る左手の人差し指だけを動かす。

 

『頭上注意〜!』

「……っ!」

 

 それを合図に、カランと床に蓋が落ち、上を向いた女に向けて、天井に隠れていた結月が瓶の中身を全てぶち撒ける。

 女は咄嗟に広げていた落とし子を傘のように広げて液体を防ぐと、後退りしながら口を開く。

 

「毒か? 無駄だ、毒は落とし子が取り込んで無効化する。炎でも魔力でもないなら────」

 

 そこで、女は違和感に気づく。

 

「……なん、だ、体が……」

 

 体内の落とし子が()()()()。全身が凄まじい速度で冷えて行き、激痛を訴える。

 

「づ、ぁ、が……!?」

「それは毒じゃねえ。ただし、ちょっとばかり普通より温度が低い」

「……液体、窒素……か……!」

「炎は用意できない、魔力での攻撃手段は持ってない、電気や氷は動きを止めるだけ、毒は効かない。あたしに落とし子は倒せない」

 

 まるで数時間冷凍庫に閉じ込めてから取り出したかのように体が冷え、吐息が白む女を前に、真冬は降りてきた結月を鉄板の裏に隠しながら続ける。

 

「だから、無敵の怪物を入れてる人間の弱点を狙った。秋頃にはキツいかもなぁ、−196℃で冷やされた液体が全身を巡る気分はどうだ?」

「……っ、この、非魔術師……風情が……」

「どうする? 素直に命乞いするならホームセンターでお湯でも作ってきてやるけど」

 

 そうは言いつつも、真冬はじっと警戒する。なぜなら、ここからトドメを刺すには不確定要素が多すぎるからだ。現に女は眼前で立ち上がり、体の外に溢れた状態で凍り付く落とし子の一部を掴む。

 

「ぐっ、ぅおおぉ……!!」

『うわキモッ!?』

「……マジかよ」

「っ……どうして、そこまで……」

 

 左手で掴み、右腕を軸に落とし子を体内から引き摺り出すと、その塊を床に捨てる。三人が心の底からドン引きする行動を取った女は、荒く呼吸をしながら腰のナイフを引き抜いて逆手に構えた。

 

「……お前たちには分かるまい、いきなり拉致されて……何割もの血液を抜かれて、代わりに怪物を体内に押し込まれた私の苦しみが……!」

「────」

「例え実験サンプルの一つだろうと、力を得たのなら、使うのが私の権利だ。この程度の、苦しみは……あの時に比べれば……っ!!」

 

 それが女の本音であることは、真冬たちにも嫌でも理解できている。けれどもそれは、真冬たちにとって、()()()()()()()()()

 

「──馬鹿が」「防御を捨てましたね」

 

 

 真冬の言葉に続ける声が、女の背後から聞こえる。そして1秒の間も置かずに、ライダースーツを貫通して女の腹に黒いブレードが生えた。

 

「…………。ごぼっ」

「お辛い過去があった、それには同情しましょう。でもね、『だから悪事を働いてやる』って、そんなんダメに決まってるじゃないですか」

 

 うつ伏せに倒れた女の足元に歩く少女──秋山小雪は、そう言って手のひらから伸びた落とし子をしゅるりと体内に戻す。

 

「でも、まあ。貴女はきっと、秋山さんたちに助けられなかった私だったのかもしれませんね」

 

 小雪が見下ろす先に、女は倒れ伏す。

 それはどことなく──小雪の足元から伸びる、影のようにも見えた。

 

「……下のあいつら、もう倒してきたの?」

「いえ、少し片付けて残りは全部葉子さんに押し付けてきました」

「おい」

「なんか絶好調みたいなので大丈夫ですよ」

 

 脳裏に釘打ち機を手に大暴れしている葉子を想起させる小雪は、ちらりと凍りついた落とし子を見ると、パンと手を叩いて提案する。

 

「この落とし子、液体窒素を入れてた瓶に詰めて封印しちゃいましょうか」

「……あー、そうするか。深景、ちょっと座ってて。結月は傍に居てあげて」

「……はい、お気をつけて」

『りょ』

 

 床にそっと降ろした深景の横でへにゃりとした敬礼をする結月。鉄板の盾を壁に立て掛けて、真冬は小雪とともに落とし子へと近づいた。

 

「とりあえず私の落とし子で……こう……おにぎりみたいにギュギュッと纏めちゃうので、瓶を立てて支えておいてください」

「ん。……ねえ、小雪さん」

「はぁい?」

 

 両腕から伸ばした液体を操り、不格好に固まる落とし子をミシミシと軋ませながら整形してゆく小雪に、真冬は考えるようにして続ける。

 

「こういう経験、与一もしたことあんのかな」

「さぁ? ……あったとしても、貴女のことが大事だからこそ語りはしませんよ」

「……そりゃそうか」

 

 巨大な手を形作る小雪が落とし子を持ち上げ、真冬の掴む瓶にギチギチに押し込む。そんな会話をしていた二人に、結月の怒号が届いた。

 

『真冬!!』

「っ、どうした!?」

『深景が!』

 

 瓶を小雪に押し付けて振り返る真冬は、視線の先に倒れた深景を映す。顔全体の殆どが黒ずみ、服の隙間からちらりと覗く素肌もまた、黒く炭化して末端から崩れ始めていた。

 

「……けほ、ごほっ、もう……吐き出す血すら、無い、みたいです……」

「深景……! ……深景。()()()()()?」

 

 ぐっと激情を抑えて、真冬は問いかける。深景もまた、ここが終着駅だと理解してか、ポツリと零す。

 

「……夕焼けが、見たい…………お、おく、じょう、に、つ、つれ、連れて、いって……」

「わかった、すぐに連れてってやる」

 

 深景を横抱きに持ち上げて、真冬は振り返る。同じ方向に顔を向けて蓋を探そうとした小雪もまた振り返り────そこに倒れている女が視界に入る筈だったのに、件の人物が、影も形もなかった。

 

「……嘘だろ、腹貫かれてたのに!?」

「あの傷では遠くに行けないはず…………いえ、今は深景ちゃんを! 私が警戒しつつ先導します!」

『蓋は……あった、私が瓶運ぶから行って!』

 

 三者三様に声を荒らげ、真冬と小雪が慌ただしく部屋を飛び出す。

 

 

 

 

 

 血の跡が階段の()()伸びているのを横目に、逆に4階から上へと走る二人は、落とし子(マスターキー)を鍵穴に差し込み屋上に繋がる扉を開け放つ。

 

 一瞬、ぶわりと風が舞って。それからチカッと光が眩しく輝き────

 

「……ああ、すごく、きれい」

 

 鮮やかなオレンジ色の空を前に、深景はただただ、まぶたを細めて感慨深そうに言うのだった。




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