とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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マリオネット・シック 6/6

 時間は遡り、秋山さんと小雪さんが来る前。魔力を吸い取りそれを燃料として目を覚ました人形は、寝ぼけ(まなこ)でこちらを見上げてくる。

 

『…………?』

「──おや、グッドモーニング。お目覚めですか、お嬢さん」

「今は昼だからデイタイムだろ」

「この子は今起きたんだから、モーニングでも間違いではないでしょ」

 

 真冬の指摘に返しつつ、手の中で起きた人形を見下ろす。しぱしぱと瞬きをして、それからピントが合ったように(しっか)りと両目で見据え──

 

『…………!?!?!?』

「めちゃくちゃイテぇ──ッ!!?」

 

 まるで真後ろにキュウリが置かれていたことに気づいた猫のように、あるいはすぐ眼前に大嫌いな虫が落ちてきた人のように。人形はそのまま跳ね上がって天井に吹き飛ぶのではというほどに震えて驚き、容赦なく指を噛んできた。

 

「うわあ……」

『──! ──!!』

「イデデデデデ! ちょっ、待って、離すから噛むのやめてくれる!?」

 

 かつては怪物の槍に貫かれたことがあったし、電撃銃が直撃して痺れたこともあるし、なんなら身の丈を超えるヘビにぶっ飛ばされたことすらある。でもそれはそれ、例え小さい人形だろうと、本気で噛まれれば痛いものは痛いのだ。

 

 その人形の必死さは、近くで見ていた真冬ですらドン引きするほどである。

 

「ほら、離した。離したぞ~!」

『……! …………』

 

 確かに中身が人間だろうからと、気遣いから手のひらで包むように持ち上げていたが。

 だからって顔の横にあった指を噛むのは酷くないか? ──とも思ったが、同じ立場なら確実に同じ事をしただろうから何も言えない。

 

『…………』

「こいつさっきからずっと喋らないけど」

『おーい、私たちは味方だぞ~』

「……魔術師、もといこの女性がおかしくなったのは一ヶ月前とか店員が言ってたな」

 

 フー! フー! と荒い呼吸で天井の角にクモの巣のように張り付いてる涙目の人形に少しばかりの罪悪感を抱きながら見上げ、いまだに床に転がっている女性──あとでソファに寝かせてあげよう──に視線を移して仮定を述べる。

 

「つまり──この子は人形にされてから一ヶ月、ずっと放置されてたんだと思う」

『放置ぃ!?』

「ありうるな。人形に変えた結月が逃げたことを気にせずにあたしを狙う奴だぞ」

『あ~~……それもそっかあ』

 

 腕を組んで呆れ気味に語る真冬に、言われてみればと結月がふよふよ浮かびながら納得する。

 

「とりあえず二人とも下がっててくれるか? この子もよってたかってじゃ怖いだろうし」

「あ、ごめん」

『はーい』

 

 ひとまず二人を下がらせて、一人で前に出て人形を見上げる。人形は角に張り付いたままカタカタと震え、いまだ呼吸も荒く落ち着かない様子でこちらを見下ろしていた。

 それもそうだろう、結月と同じ状態なら今この子は『自分がなぜこうなったか』の記憶があやふやで、意識が覚めたら目の前には巨人(にんげん)が居たのだから、怖いなんてレベルの話じゃない。

 

 ──なればこそ。

 

「大丈夫。俺たちは味方だ」

『…………』

「怖がらせてごめんよ、君をそんな体にした犯人は倒したから、安全なところに行こう」

 

 とにかく敵ではないと分かってもらうために、なるべく優しく伝えて安心させる。

 

『発言が危なすぎない?』

「絵面もヤバいしな」

「そこ、うるさいぞ。自分でもそう思ってたから言わないようにしてたのに」

 

 特にこの子に関しては慎重になった方がいいだろう。人形化しているから背丈は結月と同じだが、中身がどことなく幼すぎる。もしかしたら中学生か、下手したら小学生なのかもしれない。

 

『…………』

「お。……ふふ、よろしくな」

 

 後ろのヤジに対応していたこちらに悪意がないことを悟ったのか、人形は気まずそうに降りてくると、差し出した手のひらにおずおずと無機質な、しかし暖かさのある手を乗せてくる。

 万が一を起こさないように優しく握って軽く握手をすると、人形の表情が和らぎ、ふにゃりとした微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──これが二体目の人形との出会いであり、秋山さんたちを呼ぶまでの間に起きた一幕だった。あの日から早くも一週間が経過し、現在は、夏休みに突入した真冬たちを事務所で待ちながら依頼の連絡が来ないかと待機している。

 

 まあ、そうそう滅多に来ることはないのだが。それに依頼が来たからといって稼げるわけでもない。極々まれに先輩の探偵──明暗(あけくら)丞久(たすく)から仕事を手伝えと言われて半ば強制的に引っ張り出されることもあるが、それはそれで金払いが良い代わりにとてつもなく厄介で面倒な事件に巻き込まれるから一長一短だろう。

 

 などと内心で愚痴をこぼしていると、玄関の方から鍵を開ける音が聞こえてくる。

 ガチャリとドアノブを捻り開け放つ人物──真冬が、汗を滲ませながら入ってきた。

 

「…………あ゛~~涼しい」

「いらっしゃい。……結月は?」

『ここだよ~ん』

 

 あらかじめ出しておいたハンドタオルで汗を拭う真冬に問うと、デスクの前のソファとセットになってるテーブルに置かれたビニール袋の中から、チューブアイスを啜ってる結月が出てきた。

 

「あたしは携帯と財布以外持たないし、こいつの為だけにカバンとかリュックを用意すんのも面倒だったから、コンビニでスポドリとアイス買ったときの袋に突っ込んどいたのよ」

『いや~、これがねぇ凄い楽』

「そう……」

 

 長いプラチナブロンドの髪をポニーテールに纏めながらそう言った真冬は、ふと辺りを見回してから気になったように聞き返してくる。

 

「で、あの人形は?」

「ん? あー、ほらあそこ」

 

 斜め後方左上に指を向けて、真冬と結月は指先を辿る。そこには資料棚が置いてあり、二人の視線はさらに上へと向かって行く。

 棚を固定する天井に伸びた突っ張り棒の近くに何かがあると気付き目を凝らすと、そこにあったのは──爛々と妖しく輝く二つの緑色の球。

 

 ……ではなく、隠れながらこちらをじっと観察している、例の人形の瞳だった。

 

「──うおぉっ!?」

『ぎゃ──! オバケ!?』

「失礼なやつらだ……おーい()()()()、降りておいで。キミら前にも会ってるでしょ」

 

 なんとなく壁をみたらデカい虫がいた、とでも言いたげな反応をする真冬と自分の同族にビビる結月。人形はソフィアと呼ばれると、さも突然かのように浮遊してデスクの真ん中、閉じたノートパソコンの上にちょこんと座った。

 

「……名前がわかったの?」

「名前だけ、だな。燃料切れになって動けなかった期間が長すぎた所為か、この一週間で名前以外は何も思い出せなかったみたいだ」

「まあ、結月ですらほんの数日動けなかっただけで誰に何をされたかすら覚えてなかったし……一ヶ月も放置されてたらそうなるか」

 

 真冬と会話をしながら、指先で人形──ソフィアの頬を撫でる。向こうも頬擦りで応えているように、この一週間ですっかり懐かれていた。

 

『もうデレッデレじゃん』

「相手が何であれ、心を開くのに必要なのはいつだって時間と根気だからな」

「野良猫じゃないんだけど。……あ、ところであの女の件ってどうなったわけ?」

「似たようなもんだろ。はいこれ」

 

 呆れ顔の真冬が話題を切り替える。デスクの傍らに畳んでおいた新聞を拾って手渡すと、広げたそれを覗き込んできた結月と読んだ。

 

「……『会社員の女性が拳銃自殺を図り、精神病棟に入院』……? はぁ? なにこれ?」

()()()()()()()()()、ってことだ。馬鹿正直に魔術がどうの怪物がどうの邪神がどうのと世間に明かせるわけがないからな」

「…………。ま、まさか……」

「だいたい想像の通りだと思うぞ」

 

 何かを察した様子で口角をひくつかせる真冬は、新聞を畳みながらドン引きしている。言いたいことはわかる。『もしかして誰も知らないだけでこんな事件が何度も起きてるのか?』と問われれば、はいそうですとしか答えられない。

 

「しかし、この女性も哀れなもんだな」

「……なんで?」

「たぶんあの人、()()()()()()()んだよ。趣味を持つ、遊ぶ、みたいな子供らしいことが出来ないまま大人になって、小さい頃好きだった人形への執着が歪んでしまったんだろうね」

 

 あの部屋の異常さを改めて思い返し、ちら、と結月とソフィアを見る。

 

「あの部屋にあった人形は全部、未開封の箱に入れられたままだった。『人形を手に入れる』がゴールラインになってしまっていて、手に入れてもすぐに興味が移る。それを繰り返していたところに、何者かから人形化の魔術を与えられた。そこで邪悪な考えが過ってしまうわけだ」

「……自分好みの人間を人形にすれば、そいつなら愛でることができるんじゃないか、って?」

『…………』

『うえ~、良い迷惑』

「ま、全部推察だけど」

 

 本人は精神病棟に隔離されてるから、正気に戻れるまでは話も聞けないし、聞けるとしたら半年後くらいだろうか。

 

「この人が原因の羽田結月失踪の件も聞き出せるか怪しいし、結局一切の証拠が出てこないから迷宮入りして捜査も打ち切り……事情を知らない側からしたら、ここしばらく救いが無い事件ばかり起きてることになるんだな」

『いやぁ、自分の机に花瓶が置かれてるのを見るのって新鮮だよね~』

「こんな感じで本人が全く気にしてないわけだけどな。あたしからすれば、もはや悲しんでる同級生が哀れなレベルだったわ」

 

 それでもまあ、なんやかんやと折り合いをつけて羽田結月の死は忘れられるなり受け入れられるなりして、流されて行くのだろうか。

 

「ともあれ、今回の事件は誰も死んでないだけマシな方だったよ」

『……うーん。私とソフィアちゃんは生きてる方にカウントしていいの?』

「人間が人形にされた際の同一性を哲学するとややこしくなるから生きてることにしよう」

「これでマシって……」

「事実だからなぁ」

 

 別に我々探偵や秋山さんたち警察関係者はスーパーヒーローではないのだから、全てを救うなんてことはできない。関わった事件で人が死んだことだって何度もあるし、被害者遺族が後を追わないように魔術で記憶処理をしたこともある。

 

 ──あくまでも、今回は運が良かっただけ。

 

『…………?』

「ん、大丈夫だよ。ソフィア」

 

 心配そうに手を伸ばしてくるソフィアに顔を近づけると、労うように額に手のひらを置いてくる。この子も記憶がないことが不安だろうに、こうして他人の心配をしてくれるのだから、なんというかこう……庇護欲がわいてくるのだ。

 

「ソフィアは俺が守るからな……!」

『…………!』

 

 演技っぽく両手を広げてソフィアと抱き合うと、真冬は呆れたような顔をして口を開く。

 

「お前は本当に美人に甘いな」

『急にナルシストになってどうしたの?』

「は?」

「やめとけ、真冬はそういうの鈍いから」

「????」

『えぇ……』

 

 なんのこっちゃと首を傾げる真冬は、結月に(こいつマジ?)という感情の籠った目を向けられていることには全く気づいていない。

 

 

 

 ……なんのかんのと言ったが、果たしてとある女学園の夏休み直前の小さな事件は終わった。

 幼馴染の同級生は人形に変わり果て、別の被害者も事務所に加わり、犯人は心を磨り減らし入院。苦い終わりに見えるとしても、けれどもいずれ、それすらも日常になる。

 

 出来ることなら、もう二度と真冬にも結月にも当然ソフィアにも、危険な目には遭ってほしくないし、遭わせたくない。だが────

 

「……俺と同じで、もう手遅れか」

「ん?」

「なんでもないよ」

 

 日常に戻ってほしい? それは無理だ。もう遅い。真冬たちはもう、関わってしまった。

 であるならば……自衛の手段が要るか? いや、仮に戦う手段を与えたら、他人を守るために使うのが真冬という人間の持つ精神性だ。

 

 それなら自慢の運動神経で逃げることに全力を注がせるべきだろう。秋山さんと小雪さんの名刺も持ってるから、運が良ければ助っ人として呼び出せるかもしれないしな。

 

「前途多難だな…………で、お前らはいったい何をやってるんだ?」

「なんかニヤついてたのがむかついたからお仕置きだお仕置き」

『にょわ~~~~~~~~!!?』

「程々にな」

 

 ……頭痛の種こと真冬は、人が悩んでいるのを余所に結月をレジ袋に入れて持ち手を軸にぶん回していた。これだけ元気なら、まあなんとかなるか、という気にすらなってくる。

 

『…………!?』

「これも愛だよ、愛」

 

 眼前の拷問に何も言わずともドン引きしているソフィアの頭をベレー帽の上から撫でて、ため息をつきながらそう呟く。

 ──などと悩んでる自分がだんだん馬鹿に思えてきた辺りで、不意にデスク脇の固定電話がプルルルルと甲高い音を奏でた。

 

「真冬、もうちょい静かに回してくれ」

「んー」

『止める選択肢は無い感じぃぃぃぃぃぃぃぃぃ

 

 回転数が上がるのを横目に、ソフィアが両手を口に当てて黙るジェスチャーをしているのを一瞥して、一拍置いて受話器を取る。

 

「──はいこちら桐山(きりやま)探偵事務所、ご依頼ご相談どちらも承って…………」

 

 できる限り朗らかに対応し、電話口の向こうからの返答を待つ。おそらく真冬は、対応しようとしたこの顔がどんどん真顔に戻って行く光景を目の当たりにしたことだろう。

 

「……わざわざ食事に誘う為だけに仕事用の番号に掛けてくるのやめてくれない?」

 

 ──なぜならそれは依頼の電話ではなく、単なる友人からの誘いの電話だったのだから。

 そして、この電話の向こうにいる人物が真冬と共に巻き込まれる次の面倒事を呼び寄せた死神だったことは、もはや言うまでもない。

 

 

 

 

 

『完』




お気に入りと感想と高評価ください。



桐山 与一 (22/♂)
・本作の主人公A。女難の相が濃く出ている苦労人。高校時代にのちの先輩探偵に出くわし、魔術や魔力について学ぶことになり、その後流れで探偵を始めた。探偵としての知名度はそこそこ。

有栖川 真冬 (18/♀)
・与一の幼馴染。与一の女運が壊滅的に悪いことは理解している。魔術・魔力関連の知識は無く、友人が失踪したと思ったら自分の体が人形化し始めるという恐怖体験に襲われた。

羽田 結月 (18/♀)
・本エピソードの被害者A。真冬の唯一と言ってもいい友人。休日の外出中、魔術を得た件の女性に人形にされるも、意識がある内になんとか自宅に逃げ込んだことで発見された。
今のところ人形化から戻る方法は見つかっていないが、本人はさほど気にしておらず、人形生活をわりとエンジョイしている。

ソフィア (?/♀)
・本エピソードの被害者B。女性の家で発見し、与一が保護したが、名前以外何も思い出せない記憶喪失状態だった少女人形。現在は桐山探偵事務所で与一と一緒に暮らしている。

魔術師の女性 (26/♀)
・本エピソードの犯人。幼少期から抑圧されて育ち、好きだった人形への執着を拗らせていた所に何者かから人形化の魔術を与えられ、歪んだ欲望を増長させて事件にまで発展させた。拳銃は闇サイトで購入しており、現在は自殺未遂のカバーストーリーに沿って精神病棟に入院している。
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