とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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まがりの手 3/5

 バスの最後列に座りながら、ふと思ったことを雅灯さんに問いかけた。

 

「今更なんですけど、雅灯さんってどこでどうやってイゴーロナクと契約したんですか?」

「ああ……実家の倉庫に古本が埋もれてて、それがいわゆる黒魔術の書物だったのよ」

「えぇ」

 

 ──で、藁にも縋る思いでやってみたら成功しちゃった、ってわけか。

 素質があったからか、魔力さえ足りていれば成功できるくらい簡単だったのか。

 

 ……いや、イゴーロナクのことだ、敢えて接触しやすくしているのだろう。

 つまり雅灯さんは、まんまと蜘蛛の糸に絡め取られてしまったわけだ。

 

「あ、それともう一つ」

「なに?」

「例の違法薬物……についてなんですけど」

 

 そう問いかけると、雅灯さんは少し考えるように視線を逸らしてから口を開く。

 

「夫の資料いわく、あの製薬会社は下手な違法薬物の数倍は効果がありながらも依存性は低いモノを海外に売っていた。……おまけに、普通なら考えられない成分がその薬物から2つ検出されたらしいのよ」

「2つ?」

「1つは全く分からない未知の物質由来。そしてもう1つは……人間の血液」

「人の、血が……!?」

 

 そりゃあカブトガニの血なんかはワクチンに使われてたりするけど、人間の血かぁ。想像するだけで、なんともいえない忌避感が湧いてくる。

 

「──さ、無駄話はここまで。次で降りたら暫く歩くことになるわ」

「了解」

 

 おもむろにポチッと降車ボタンを押して、それから数分してバスを降りる。

 更に暫く山道を歩くのだが、冬が近づきつつある季節の山は虫が少なくて良いものだ。これが復讐旅でなければ、の話になるけど。

 

 しかし、このまま復讐を果たして、その後はどうするべきなのだろうか。

 雅灯さんがイゴーロナクに変貌しないのであれば、それが一番いい結末だ。

 

 だがいざ本当に変わってしまうとしたら、彼女をこの手で殺さなくてはならない。それも、死体を悪用されないように焼き尽くす必要もある。

 ──まあ、先輩や秋山さんが居ない時のトラブルなんてこんなもんだ。

 

「……あ、帰りが遅くなるってメールしとかないとな。……葉子さんでいいか」

 

 ふと思い出して、携帯を手に取った。なぜ葉子さんなのか? だってほら、真冬だと……なんかこう、鬼電してきそうだし。

 

 

 

 そんな内心のボヤキが聞こえているはずもなく、ずんずんと進む雅灯さんの後ろをついて行くと、やがて山の中腹をくり抜いたように堂々と佇む豪華な建造物が視界に入る。これがターゲットのお家か。

 

「……製薬会社社長、相楽(そうらく)玄曾(げんぞう)。こんな豪邸で暮らせるようになるまでに、いったい夫のような犠牲者を何人作ったのかしら」

「それで、どうやって侵入します?」

「────」

「雅灯さん?」

「────」

「あの、雅灯さん?」

 

 なんか急に雅灯さんがフリーズした。えっ、いや、まさかとは思うけど…………

 

「そこまで考えてなかった、ってコト!?」

「……大丈夫よ。相楽玄曾が今日ここに居るのも、客人用の出入口があるのもわかってるから」

「ああ、ちゃんと調べてるんですね」

「いえSNSに全部載せてるのよ、こいつ」

「ははぁ……」

 

 ネットってやつはこれだから。そんな風に呆れながらも、言われた通りに存在する客人用の出入口に向かうと、そこの扉が()()()()()

 

 反射的に【強化】で聴覚と嗅覚を鋭敏にさせるが、本来聞こえてくるべき音がしない。

 

「──雅灯さんストップ」

「どうしたの?」

「なにかが変です、人の気配がしない」

「……そう。入る前に念のためにカバーで靴を覆って、あと手袋も」

 

 雅灯さんにそう言うと、彼女はリュックから靴用のビニールカバーと手袋を投げ渡してくる。それを手足に填めてから、ゆっくりと扉を開けて中を覗き込み────異常事態の正体に気がつく。

 

「なに、これ……!?」

「どうなってるんだか」

 

 豪邸の敷地内に、何人もの遺体が転がっていた。ボディーガードらしき黒服から、使用人らしきスタッフまで、誰も彼もが血にまみれている。

 

 鋭利な何かで真っ二つにされた遺体と、じゅわじゅわと音を立てて溶けている遺体。

 

「……おかしい」

「なにが?」

「無防備すぎるんですよ、なんで戦闘の痕跡が無い以前に抵抗すらせず死んでいるんだ?」

 

 それらに共通しているものとして──そう、無防備すぎるのだ。周囲に争った形跡や慌てたような痕跡が無いということは、一人一人が不意打ちを食らい、瞬く間に全滅したのかもしれない。

 

「誰がやったのかは兎も角……問題は件の社長が何処に居るのか、あとは犯人がまだここに居るとして、そいつは敵なのか……ってとこかな」

「……まさかとは思うけれど、私以外にも相楽玄曾に恨みを抱いてる人が居る?」

「どうですかねぇ、これで相楽玄曾も死んでいれば手間も省け────」

 

 ふと、ごぽりという水音が足元から聞こえてくる。とっさに肩提げのバッグごと、ソフィアを隣に立つ雅灯さんに渡しつつ押し退けると。

 

「っ──ごぼぼぼっ!?」

「桐山くん!?」

 

 突如として溢れ出した液体が、一瞬でこちらを包み込んで凄まじい勢いで体を引っ張る。

 そのままブンと投げ飛ばされ、窓を突き破って屋内の書斎に転がされた。

 

 

 

「ぐえぇ……なん、なんだ、いったい」

「いやはや、手荒で申し訳ない」

「……なにぃ?」

 

 第三者の声に顔を上げる。するとつい今しがた人をぶん投げてきた液体が集まり、人間の輪郭を形作って行き、やがて一人の女性が出来上がった。

 

 黒い髪にメガネを掛けて白衣を着た女性は、こちらが僅かに痛む体を立たせるのを待ってから、おもむろに言葉を続ける。

 

「どうも、わたくし白痴教幹部の細波(さざなみ)青井(あおい)と申します。貴方は桐山与一クンで間違いないですね?」

「……間違いではないけど、白痴教……?」

 

 白痴教、白痴教。……確か宗教団体だよな。

 

「宗教団体の幹部様が、まさかショゴスだったとはな。──いや、()()()か?」

「おお、正解(せぇいかぁ)〜い。ショゴスまでは見破れても、ロードだとはわからない人が結構居て参ってるんですよねぇ。やんなっちゃう」

 

 パチパチとにこやかに手を叩き、小馬鹿にした態度で感情のない称賛をしてくる。

 ……まあ事実として馬鹿にしているな。ショゴスロードはかなり知能が高い、人間が猿を下に見ているのと感覚は変わらないのだろう。

 

「一応聞いておくんですが、桐山与一クンは白痴教のことをどのぐらいまで把握してますか?」

「え? あー……あまり悪目立ちはしてない宗教団体、ってことくらいですけど」

「なるほど、魔術師絡みの組織だとは今知った……ということですね」

「そうなるかと」

 

 聞かれたことに答えると、ショゴスロード──細波さんは、ふむと考え込む。

 

「なるほど、なるほど。それが聞きたいだけだったので、質問は以上です」

「は?」

 

 あっけらかんとそう言って、細波さんが手持ち無沙汰を隠すようにその辺の本を取った。

 

「俺にその質問をするためだけに、虐殺(こんなこと)を?」

「そうですよ? だってお互いの時間の邪魔じゃないですか。あ、そちらのメインディッシュはまだ殺してないのでご安心ください」

「…………。ああ、そう」

 

 一瞬、カッとなった思考を無理やり冷ます。

 説教? 説得? 否、ここには()()()()()をしに来たのではない。

 

 いま重要なのは、雅灯さんが復讐を果たせるかどうか。そして、眼の前のショゴスロードを如何にして敵に回さないでおけるかどうかだ。

 

「まあ、俺達の……雅灯さんの邪魔をしに来たのではないなら、それでいいよ。むしろ潜入の手間が省けたと思えば得ではある」

「おや、模範的な魔術師の鑑ですね」

「……俺は探偵だよ」

「さいですか」

 

「──桐山くん!」

『…………よいち』

 

 と、そこに。遅れてやってきた雅灯さんが、バッグを抱えてやって来る。

 肩にはソフィアが乗っていて、二人は細波さんを見るなり警戒した。

 

「あー、大丈夫。敵ではないです」

「……本当に?」

「ホントですよ。ソフィア、おいで」

『…………大丈夫?』

「へーき」

 

 ちょいちょいと手招きして、浮遊するソフィアがこちらの肩に乗り換える。

 指で頭を軽く撫でると、眼前で本を弄っていた細波さんが本棚を触り、それから一拍置いてガコンと音を立てて壁が開き始めた。

 

「おっ開いてんじゃーん」

「開けたんでしょ」

 

 呆れ顔の雅灯さんがツッコミをする。細波さんは微笑を浮かべて、開いた壁の奥にある階段に手を向けて格好つけたお辞儀をした。

 

「さあさ、貴女の目的地はあちらでございます」

「……相楽玄曾が、この先に?」

「だと思いますよぉ、ここの人間を殺したあと、配管の中を通って地下の空間を探っていたら、一人の反応がありましたから」

「──そう。桐山くん、ここでそいつを見張ってて。私は決着をつけてくる」

「…………。お気をつけて」

 

 ここで『加勢しますよ』なんて言った所で聞き入れはしないだろう。

 思わぬ反撃で死ぬ……なんてことになったら、細波さんに死体を溶かしてもらうとするか。

 

 階段を下っていって姿を消した雅灯さんを見送り、ため息をつく。……なんて嫌な考え方だ。先輩や秋山さんが居ないと余裕が無いし、真冬みたいに大事なやつが居ないと()()を取り繕えない。

 

「お労しいですねぇ。貴方の精神性は魔術師な(ふつうじゃない)のに、最低限普通らしくしようとするあまりに要らぬ苦労を背負いすぎる。彼女の復讐に加担してここまで来たのがいい例だ」

「……セラピストの真似事か? 先生」

「あっはっは。お喋りをする以上は落ち着いていてもらいたいんですよ。……分かってるんでしょう? 彼女の復讐がここまででも、この一連の事態はまだ終わったわけじゃあないと」

 

 その言葉に、一瞬言葉を詰まらせる。

 

「──彼女の復讐の終着駅が何処にあるか、私知ってますよ〜」

「……なに?」

「というより、白痴教側で調べていた事がこちらの一件とも繋がっていた、が正しいですね」

「…………未知の物質と人間の血が混ざった違法薬物の件に、別件が絡んでる?」

 

 質問すると、細波さんはこくりと頷いて懐から折り畳んだメモを取りだ────服まで液体の体を固めて作ってるのにそれどっから出したんだ。

 

「種無し手品でございます。……で、こちらがその目的地の座標。行くか行かないかはご自由に、ですがまあ……行くでしょう? 貴方は兎も角、彼女なら」

「──ええ、もちろん」

「雅灯さん?」

 

 ちら、と向けた視線の先。その階段の向こうから、タイミングを図っていたかのようにちょうどよく雅灯さんが戻って来る。

 

 雅灯さんの顔には返り血が付着しており、右手には硬いものを殴った跡があった。

 

「……終わりました?」

「終わったわ。イゴーロナクの手で適当に物を削り取ってから色々と脅して、黙るたびに殴ってたら少し時間が掛かっちゃったけど」

「血の気多いですね〜」

 

 くつくつと笑う細波さんを睨むが、それ以上の苛立ちがあるかのように眉間にシワを寄せる雅灯さんは、こちらの手にあるメモをかすめ取ると中身を黙読してから改めて返すなり口を開いた。

 

「……やっぱり。例の違法薬物の原材料の一つである『とある村人たちの血液』を送ってくる場所の座標ね、相楽玄曾の言った通りだわ」

「えっ──うわ近っ、こっから歩いて二時間も掛からない距離じゃないですか」

 

 そう言われながら携帯のマップアプリで座標を見ると、山を挟んで更に奥、意外と近いところにその目的地はあった。ご近所さん……いや、交渉のために近いところにこの建物を配置したのか。

 

「……雅灯さん、貴女の復讐相手は殺し終わりましたよ。それでもまだ続けるんですか?」

「当然でしょう」

 

 彼女は即答し、右手のひらに口を作り、それを見ながら言葉を続ける。

 

「……最初からわかっていたのよ。社長を殺した所で次は現れる。ここで私の復讐を終わらせるだけだと、これからも被害者が増えてしまう」

「だから、自分の番で元を断つと。雅灯さん……やめるなら今が最後のチャンスです。ここが、貴女の引き際なんですよ」

「どうせ成否に関わらず死ぬなら、最後までこの力を役立ててから死にたいの」

 

 ──だから手伝って。そんな言外の言葉に、一瞬悩む。しかし、頷くしかない。

 

「…………はあ、わかりましたよ」

「──! ありがとう、桐山くん」

「……それと、来ないのは分かってるけど細波さんはどうするんだ?」

「私? いやあ私はほら、ここの処理とかありますし。遺体はこちらで溶かしちゃうんで、行くなら早めに行ったほうがいいですよ。その座標に今から向かうなら、着く頃には夜になっちゃいますし」

「あ、そう」

「ではまた、()()()()()()会いましょう」

 

 何が楽しいのか、ニコニコと笑みを浮かべる細波さんに見送られて、長いようで短い復讐を終わらせ豪邸の敷地を出る。

 最後の旅路、その終着駅。薬物の原材料提供をしているらしい村に向かうこととなったのだが、暗い表情の雅灯さんがポツリと呟く。

 

「あの男」

「……はい?」

「相楽玄曾。あのクソ野郎は、夫にしたことを何も覚えていなかった」

「……そうですか」

「他にも何人もの人を、奴は裏で夫のように罪を被せて社会的に始末していたみたい。()()()()()()である夫の名前も、顔も。欠片も覚えていなかった」

 

 山道を歩く彼女はどことなく疲れたような顔をしている。復讐の旅があと少しで終わってしまうからか、或いは死ぬことが分かっているからか。

 

 どちらにせよ、疲れてしまうものなのだろう。人はずっと怒り続けることは出来ない。どう頑張っても、どこかでガス欠してしまうものだ。

 

 故にこそ、やはりどうしてもこの疑問が湧いてきてしまう。果たして……本当に、雅灯さんは旦那さんの復讐のためだけに行動しているのか? と。

 

 

 

 

 

 少しずつ日が落ちて、夕焼けが暗くなってゆく。それはまるで、彼女の寿命を指しているかのようで────道路を照らす電灯と月明かりを頼りに件の村まで歩く途中、不意にぞわりと肌が粟立つ。

 

「雅灯さん、わかりますか」

「ええ、見られてるわね。獣……じゃない、けど、人……でもない?」

 

 足を止めて、周囲を見回す。ソフィアをバッグに収め、走ろうかと逡巡した、その刹那。

 

「ん? ──っどぉおおおっ!?」

「えっ……なぁあああぁああ!?」

 

 

 暗がりに紛れて足元に伸びてきた、触手のようなナニカ。それが、我々二人の足に絡みついてくる。それを認識したのも束の間、次の瞬間には道路に引き倒され、森の奥へと引きずられてゆくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──じゅわじゅわと死体を溶かしながら、細波青井は独りごちる。

 

「9年前に行われた誘拐、及び無形の落とし子の適合実験。その計画がパッタリ止んだ時期と、かの村の人から提供された血液を混ぜた薬物を作り始めた時期……なぁぜぇか、()()()()()んですよねぇ」

 

 すっとぼけるように、青井は暗くなってきた夕焼けの空を見上げ、二人の向かった先に何があるかを把握したうえで言葉を紡ぐ。

 

「つまりはそういうこと。二人して、いや二人と1体して落とし子に支配された村に突入したわけですが──聞かない方も悪いですよねぇ」

 

 ナムナム、と。両手を合わせて口角を歪める青井の隠滅作業は、丸一日続いていた。




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