──とある未亡人の復讐の旅が終わった帰り道。そこで人形と悪霊を連れてお喋りしている不審者に、少女が『私の中に居る神様が貴方に興味を持っている』などという爆弾発言をしたのも束の間。
その少女が光りに包まれたかと思いきや、明るい茶髪から一転────色の一切が抜け落ちたような白髪に赤目の、常人とはかけ離れた特有の
「私は、そうねぇ。蛇神様って呼んでねっ」
「はあ。へ……蛇神様、ですか」
「? なにか気になることでもあるの?」
「それはもう山程」
姫島琴巳ちゃん……ではなく蛇神様は、そう言って小首を傾げる。
逆に聞くけど何故この流れで気になる事は無いだろうという前提で話を進めようとしてるのだろうか。
「……色々と質問があるんですけど、これは聞いても大丈夫なやつなのかな」
「内容によるわね」
「じゃあ先ず、貴女がたは何者なんですか」
「神様とぉ、従者?」
「全然違うが」
「似たようなものじゃな〜い」
即答で否定する女性──竹田さんは、焦げ茶の髪を後ろで括り、帽子を被った頭を呆れたように振ると、こちらに向き直ってきた。
「ヒメと蛇神が警戒していないなら問題ないだろう。桐山クン、キミは……イス人を知っているかな」
「……まあ一応は。実物に会ったのは今回が初めてですけど」
「私が
ヒメ……というのは琴巳ちゃんのアダ名だろうか。心底うんざりしているような顔で言う竹田さんに、蛇神様はくすくすと笑って言う。
「理由あって、って。竹田ちゃんの場合は単なる和食旅行でしょうに」
「和食……?」
「そうなのよぉ。この子、和食文化に興味を持って現代に来た変なイス人なの」
「へぇ〜」
「ふん。変な神の言えた義理か」
イス人にも色々あるんだなぁ。まあ、声しか聞いてない白道さんと眼前の竹田さんの二人しか知らないからサンプルとしては心許ないけど。
「──それで、私はさっきも言ったけど蛇神様よ。昔は
「ホウジョウ?」
「実り豊か、って意味ね。昔の私は……ちょこちょこ人にアドバイスを送る系神様だったのよ、『あそこ掘ると温泉出るよ〜』とか、『近々嵐が来るから気を付けてね〜』みたいな感じに」
「フランク過ぎない?」
「で、あるとき人前に姿を現そうとして、その依代に選んだ動物が蛇だったの」
「ああ、だから蛇神……」
ヘビ〜〜と言いながら、腕をうねうねさせている蛇神様。……なのだが、そうなると一つ疑問が浮かび上がってくる。
「……なんでそんな神様が、今や人の子に取り憑いて現代ライフをエンジョイしてるんですかね」
「それは1200年くらい前の話に遡るわね」
『…………1200年前って、なに時代?』
「え〜と、確か平安だったか? それより前から存在してるとなると……随分とまあ長生きなもんだ」
ソフィアの質問に答えながらも、そう考えている最中、ふと疑問を覚える。
……ハスターやらの招来する神格と、蛇神様のように古い時代から存在する神格は、何が違うのか。
あとさっきから雅灯さんが静かだなと思っていたけど、どうやら蛇神様にビビって影の中に引っ込んでいるらしい。今のカテゴリは悪霊だから、同じ霊的な存在である蛇神様は恐ろしく見えるのだろう。
「当時はフラフラ~っと日本全土をうろついては畑の土を見たりして、人の営みを眺めて楽しんでたのだけど、あるとき琴巳ちゃんの遠い祖先──姫島家お抱えの魔術師にとっ捕まっちゃったのよ」
「なんで……???」
「なんだったかしら、元々は遠い異国のナントカって女神が巫女に宿っていた神話を……模倣して、私を創った……とかなんとか言ってたわね」
「へぇ。…………それちょっと不味くない?」
蛇神様の言葉が正しければ、彼女は人が作った神様……人造神格ということだ。
人が神を作るなんてことは、あってはいけない。──やってはいけない。
なぜなら人が神を作るという行為に、一切の思想や思惑が反映されないわけがないのだから。
悪意を持って神を作れば悪神に育つし、善意を持って神を作れば善神になる。
……という単純な話ではないのだ。作られた存在には、絶対に人らしさが混ざる。
『それ』は神話上や信仰により生み出されたような中立の神にはなれないし、かと言って善悪のどちらか──0か100かの極端にも寄らない。
不確定要素が多すぎる。神を作ってはならない理由は、簡単に言えばそこに収束する。
「──とか、思ってなぁい?」
「…………ええ、まあ、はい」
ずいっ、と腰を曲げて下から覗き込むように見てくる蛇神様。白い髪に赤い瞳、それがまさに蛇のようで、一瞬思考が固まる。
「確かに当時の魔術師が
「好きに、ねぇ」
「なんだかんだで姫島家の女性──巫女とは上手くやれてきたし、今の代である琴巳ちゃんとも仲良くさせてもらってるしね〜」
蛇神様は背筋を伸ばして真っ直ぐこちらを見据えて、胸を張って言葉を紡ぐ。
「私は私が気に入った相手が好きで、気に入らない相手が嫌い。だから琴巳ちゃんも竹田ちゃんも、たった今出会った与一クンもソフィアちゃんも、もちろん雅灯ちゃんのことだって好きよ?」
「……そうですか」
極めて
……姫島家の巫女や自分の力を悪用する気は無いなら、今は見逃すべきかな。
そもそも、和食旅行をしているらしい竹田さんを連れ回している時点で、普段からなにやってるかなんて分かりきっているしね。
「──ところで、キミたちはこれからどこに向かうつもりだったんだい?」
「ん? ああいや、俺たちは帰宅する途中です」
「へぇ。…………いや、すまない、この質問はするべきじゃなかった」
「はい?」
こちらの会話を黙って聞いていた竹田さんが、そう言うやいなや申し訳無さそうな表情をして視線をちらりと動かす。
それに従って斜め下を見ると、蛇神様が好奇心旺盛なキラキラとした眼差しを向けていた。
──なるほど、竹田さんは
「つまり、今は暇ってことよね?」
「まあ、暇かどうかと聞かれれば暇ですが」
「じゃ〜あ〜、これから向かう予定だった温泉街に三人も来てくれないかしら」
『…………なんで?』
「だってその方が楽しいじゃない」
さも当然かのように言葉を返す蛇神様。……温泉街、か。車内上部にはめ込まれたモニターに映る駅名を見て、なるほどと呟く。
バスに乗ったり落とし子の村に行ったりで、本来の旅行先の更に奥へと向かってしまったからか、不運にも
「……わかっててやってたりします?」
「??? ……なにが?」
「──いえ、なんでもないです」
キョトンとした顔で小首を傾げる蛇神様の表情を見るに、神に試されているわけではないらしい。流石にそこまで悪辣ではなかったか。
ともあれ、ソフィアは嫌がってないし、影の中に引っ込んだ雅灯さんからも拒絶の意思は返ってこない。ひとまず同意して、あとは流れってことで。
「わかりました、行きましょうか」
「! ……ふふ、貴方なら断らないと思った」
「チョロそうって言いたいんですか」
「違うの?」
「…………この話やめましょう」
確かに頼まれたら断りにくいけれども。
などと思案しながら渋い顔をすると、蛇神様は体をぐーっと伸ばして息を吐く。
「じゃあ、私は到着するまで寝てるわね。琴巳ちゃんとも話してあげてくれる?」
「わかりました。またあとで」
こちらの言葉にふっと笑みを浮かべると、蛇神様はまた薄く発光して姿を反転させる。
白髪から明るい茶髪に戻り、閉じていたまぶたを開けると赤目も黒目になっていた。
「……ええと、温泉街に行く……みたいな話をしてたん、です……よね?」
「あれ、蛇神様に変わってるときって会話内容とかわからないの?」
「いえ……うっすらとだけは、わかります」
思い出すように視線を斜めに上げる琴巳ちゃんは、少し考えてから続ける。
「私と蛇神様は、なんというか──力関係は50:50なんです。ある程度自由にスイッチできるというのは、珍しいらしいんですけどね」
「そうなんだ? ……よくわからないなぁ」
「簡単な話だ、人間に宿りながらも、主導権は基本的に神格にある。つまり神格側が一生人間側を表に出さずに支配することも出来るわけだ」
「はぇ〜〜……」
竹田さんの注釈でようやく理解が及ぶ。そう考えると、蛇神様はマシな方ってことか。
丞久先輩はハスターとシュブ=ニグラスを宿してるけど、あれはただ力を取り込んでるだけだったかな。先輩そのものが神格とか言われても困るが。
──もしかしたら、どこかに肉体をずっと支配されたままの人間が居たりするのだろうか。いや、まさかな。そんな事をする理由が不明だ。
それになにより、連盟組織──ひいては先輩みたいな特殊な人間が気づかないわけがない。
「そういえば琴巳ちゃん」
「はい?」
「キミ、竹田さんに会うまではずっと蛇神様と二人で行動してたの?」
「まあ、そうなりますね」
「ご両親はどうしてるんだ?」
「────」
こちらが質問を投げかけると、琴巳ちゃんはすぅーっと真顔になり、それから
「母は……数年前に交通事故で。父はそれ以来、私のことなんて放ったらかしで色んなところに出かけっぱなしです。今は……外国にでも居るんじゃないですかね。どうだっていいですけど」
琴巳ちゃんがぽすっと座席に座り、気まずそうに顔をうつむかせる。
初対面の人間に家庭の事情がアレなのを語るのは、さぞかし気まずいだろう。
その気持ちはとても良く分かる。こちらが『大丈夫大丈夫、俺なんて両親とも死んでるから』なんて言ってみろ、車内の空気は地獄と化すぞ。
「……琴巳ちゃんは、お父さんが嫌い?」
「──わかりません」
「どうして?」
「……だって、亡くなった母は父と一緒にいるとき、いつも楽しそうだったから。私の記憶の中に居る母と父を考えると、どうしても……」
「嫌いにはなれない?」
こくりと頷く琴巳ちゃんが、こちらを見上げてくる。ふと肩に乗るソフィアを掴んで、彼女の膝にそっと乗せて言葉を続けた。
「なら、それでいいんだよ。……ごめんね、ちょっと竹田さんと話があるからソフィア預かってて」
「え? ああ、はい。……よ、よろしく……?」
『…………よろしく』
そうして座席から離れて、反対のドア脇に背中を預けて寄りかかる竹田さんに近づく。
意図せず地雷を踏んだことへの罪悪感を抱きつつ、横目でソフィアと話をしている琴巳ちゃんを一瞥してから同じように対面のドア脇に寄りかかる。
「……まだ生きてるんだから仲良くすればいいのに、っていうのは、俺の押しつけなんだろうなぁ」
「分かっているだけ、まだマシかな。少なくとも私がこの前ある村で出会った二人組よりはマシだ」
「村?」
「和葉村……と言ってね、そこで現代文で満点取れなさそうな魔術師と一緒に事件を解決したんだよ」
「あー、魔術師の大半は
なにせ、こちらの知り合いにも『そういうの』がそこそこ居るからね。
「──ところで、キミは私たちの目的地に行くのは嫌なんじゃないかい?」
「……そう見えました?」
「嫌ならそう言えば良い。あとで、私とヒメで蛇神をあやしておくさ」
「大丈夫ですよ。……かれこれ12年前の話だから、そろそろ受け入れるべきですし」
きっと、この出会いがなければこの先一生行くことはなかったであろう場所だ。
ここで逃げるのは、何か間違っている。……そんな気がしてならない。
「キミは……なんというか、難儀な人間だな」
「最近そういうことをよく言われるもんだから、ようやく自覚できそうなところです」
思い返せば、ここ最近は他人の問題にしょっちゅう首を突っ込んでいる気がするな。
例えば葉子さんの復讐に付き合ったり、雅灯さんの復讐に付き合ったり、蛇神様のおねだりで嫌な思い出のある温泉街に行くことになったり。
「俺、やっぱり呪われてんのかな」
「呪われては……いるんじゃないか?」
悲しいことに、否定が出来ない。つい前日にイゴーロナクの契約者という呪物を取り込んでいるのだから、すなわちそれは呪いと言える。
とかなんとか話をしていると、車内に次の駅のアナウンスが流れる。
それは目的地である温泉街がある駅で、無意識ながらに心臓が跳ねた。
そこは、桐山与一という人間の記憶に残る、両親の姿があった最後の場所。そして────
「──俺が、魔術師になった場所」
あの日の夜に起きた事件も、炎に包まれた旅館の熱も、今でも尚──鮮明に覚えている。
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