とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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蛇神憑きと探偵の過去 3/4

 ──ぐわんと視界が揺れる。

 エレベーターが急に動いたような内臓が浮く感覚になんともいえない不快感を覚えて顔を顰め、それから一拍置いて顔を上げると。

 

 そこに広がっていたのは、焼けて倒壊し、解体されて無くなった筈の無傷の旅館だった。

 

「……どういうギミックなんだ、これ」

「この土地そのものに刻まれた当時の記憶を再現して、精神を飛ばしたの。本来なら膨大な魔力で膨大な時間を探らないといけないのだけど──」

「桐山クンの12年前というピンポイントな情報のお陰で消耗せずに済んだ、と」

 

 いえーす、と言いながらドヤ顔をする蛇神様。だが、神格とはいえ『土地の記憶を元に光景を再現する』なんて離れ業が出来るとは。

 

【こんな凄いことしちゃって、琴巳ちゃんの負担にはならないんです?】

「大丈夫よぉ、神格が人間の体で出来ることは、極論その人間もできうることだから。つまり琴巳ちゃんのポテンシャルは()()()()()ってこと」

【はぇ〜……そうなんですね】

 

 雅灯さんの問いに答える蛇神様の言葉。それが正しいなら、琴巳ちゃんは魔術師としてはかなり才能があるということになるのか。

 

 それに────人間の体のポテンシャルさえあれば、神格はその体で如何様にも悪さが出来てしまうことも明らかになったと言える。

 蛇神様という例があるんだ。恐らく他にも、人の体で生きている神格は居るのだろう。

 

『…………よいち、見て』

「うん?」

 

 などと思考していると、ソフィアにそう言われて指された方を見やる。

 するとそこには、三人の男女が立っていた。その姿には、覚えがある。──いや、それは、決して忘れてはならない人物だった。

 

『…………もしかして、あれが?』

「────。父さんと、母さん。それに……10歳だった頃の俺だ」

「あら〜♡ 可愛い〜♡」

 

 頭上にハートマークを飛ばしてる蛇神様は置いといて、改めて土地の記憶が再現している当時の桐山親子を見る。父さん──桐山龍一(りゅういち)と、母さん──桐山悠花(はるか)。そして言うほど可愛げは無い小僧。

 

 三人は荷物を手に旅館へと入ろうとして、出入口手前のど真ん中に突っ立っていた竹田さんをすり抜けて中へと入っていった。

 

「お? おお……ビックリした」

「……ああ、そうか。あくまでも当時の再現だから、こっちからは干渉できないのか」

「さ、追いかけてみましょうか。夢の中みたいなものだから階段は上がれるわよ〜」

 

 真っ先に旅館へと入──ろうとして閉じられた扉をすり抜ける蛇神様。

 それを追いかけて全員で向かうと、旅館内にもやはり当時の光景が広がっていた。

 

【平和ですねぇ】

「今は、ですがね。あと数時間もすれば、外から来た魔術師による虐殺が起きます」

「ふうん。……蛇神、その事件発生の時間まで飛ばすことは出来ないのか?」

 

 竹田さんが問いかけるも、蛇神様はキョトンとした顔で小首をかしげながら返す。

 

「やあね、早送りなんて便利機能無いわよ?」

【何時間も待て、ってコト!?】

『…………ゎぁ』

 

 雅灯さんの声とソフィアのドン引きを前に、蛇神様がカラカラと笑って続ける。

 

「仕方ないわねぇ、なんとか時間を早められないか試してみるから、それまではその辺でもうろついて時間潰しててちょうだい」

「んまあまぁ、それくらいならお安い御用です。ほら、行きますよ雅灯さん、竹田さん」

【はいはぁい】

「扉も人も透けるのは変な気分だな……」

『…………すけすけ』

【透け……? ────!!】

 

 ソフィアがポツリとこぼした言葉を耳にした雅灯さんが、何かに気づいたようにハッとした様子で、こちらに勢いよく振り返った。

 

【与一くん与一くん、干渉されないからって、女湯とか覗いたらダメですよ?】

「帰ったら事務所に盛り塩しましょうね」

【あー! あー! 冗談ですから!】

 

 誰が覗くか。全く。

 

 ……余談だが、後で聞いた話では、雅灯さんは冗談でもなく盛り塩が本能的にキツいらしい。種族的には悪霊だから、なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 ──再現された旅館の中を歩き回り十数分。滅多に見られないスタッフの作業風景などを眺めるのにも飽きてきて、結局最後に四人で当時の桐山家……自分の動きを眺めることとなっていた。

 

『どうした、与一』

『……んー、いや別に』

『ははぁ。真冬ちゃんが居ないから寂しいんだろ、わかりやすいな』

『…………』

 

 父さんのデリカシーの無さに、当時の自分は呆れ気味に顔をしかめている。

 

『もう、龍一さん。思ってても口に出すものではありませんよ?』

『あだだだだ』

 

 母さんはそう言いながら、父さんの脇腹をえぐるように(つね)る。おっとりとした雰囲気ながらに、こういう所は本当に恐ろしい。

 

「かかあ天下って奴かい」

「まあ、父さんが母さんに逆らったことはないし……間違ってないですね」

 

 竹田さんが眼前で行われる、夫婦のイチャつきを眺めて小さく笑う。

 当時の自分も、宛てがわれた部屋で窓の外を見ながらポツリと呟いた。

 

『真冬が来たがってたのもあるけど、それ以上に凄かったな。千夏さんの暴れっぷり』

『あー、あー……まあ、そうだな。千夏はそこらの子供よりガキっぽいからなぁ』

 

 脇腹を押さえながらそう言う父さんが、思い出すように視線を斜めに上げる。

 

『…………そんなにすごかったの?』

「凄かったぞぉ、真冬のお母さん……千夏さんはこういう行事がものすごく好きだから、俺のトランクケースにしがみついてたのを覚えてる」

【えぇ……】

「最終的に父さんと母さんの二人がかりで絞め落とされて部屋に拘束されてたけどね」

 

 大の大人ってあそこまで情けなくガチ泣き出来るんだな……って、今でも子供ながらにドン引きしてたのをよく覚えているよ。

 

「────与一ク〜ン、みんな〜」

「ん?」

 

 不意に聞こえた声の方に顔を向けると、壁の向こうからぬっと顔だけを部屋の中に入れてきた蛇神様が、疲れたような表情をしていた。

 

「事件発生の手前辺りに時間を飛ばせるように調節したから、今から飛ばすわよー……」

「あの、大丈夫ですか?」

「んーあー、平気平気。じゃあ空間を再構築するから、『せーの』でジャンプしてくれる?」

「移動手段だけ平成初期まで戻ってません?」

 

 そんな、バラエティ番組じゃないんだから。

 

 ……と言おうとしたが、蛇神様は容赦なく拍手の構えを取る。仕方ないと頭を振って、竹田さんと雅灯さんを一瞥してアイコンタクトした。

 

「いくわよー、はいせーのっ」

 

 

 

 ──パン! という拍手音。瞬きをした刹那の内に部屋が組み替えられ、気づけば全員で出入口と受付に繋がる廊下に立っていた。

 

「ここは……廊下、か?」

「……父さん、なんでここに」

 

 辺りを見回した竹田さんの声を余所に、廊下の奥から受付に向かって走る父さんが我々の体をすり抜けて前へと駆けてゆく。

 血相を変えた顔に釣られて、みんなでその背中を追いかけて────辿り着いた先の凄惨な光景を目の当たりにした。

 

【っ、これは……】

「……酷いものねぇ」

 

 それは、雅灯さんや蛇神様ですら苦い顔をする光景。受付の台を破壊した()()が、その奥に座っていたのだろうスタッフをバラバラに解体し、そのパーツをまるで子供が遊ぶように弄んでいる。

 

『……おいおい』

『──ん。客か』

 

 父さんが冷や汗を垂らす眼前に、惨たらしい殺人を犯した怪物──ムーンビーストが居る。

 そしてその近くには、別のムーンビーストを待機させている一人の男が立っていた。

 

『わざわざ人が旅行しに来た先でやらかしやがって、ふざけんなよコラ』

『……魔術師か。私は今日この日、我らが神を呼び出す儀式の贄にここを選んだ。悪いが……例外は無い、全員等しく死んでくれ』

『させると思ってるのか?』

 

 父さんと男の会話は、こちらに衝撃を与えた。──父さんが、魔術師……? 

 

『ではご機嫌よう。貴様という二人目の犠牲をもって、この旅館を赤に染める合図としよう』

 

 そんなわけが、と否定しようにも、この直後に行われた行動が全ての疑念を吹き飛ばした。

 父さんは、自分の元に槍を手にして向かってくるムーンビーストを見据えると──

 

『悪いな、カエルの相手はしたことがある』

『……ほう』

 

 そう言って、突き出した槍を避けてさも当然であるかのように蹴りの一発で天井まで叩き上げ、落ちてきたムーンビーストを床に叩きつけるように殴った。

 轟音を奏でて床を陥没させてめり込むムーンビーストは、血のような体液を漏らしてピクピクと痙攣し、やがて動かなくなる。

 

「……桐山クン、キミの父君、なんなんだ?」

「魔術師だったとは思わなかったけど、これを見て確信しましたよ。俺はあの人から【強化】の魔術を受け継いでいたんだって」

 

 そう、父さんの一連の動きは、【強化】を用いた身体能力によるものだ。

 けれども、父さんがムーンビーストを素手で殺した事実を前にして、男は余裕を崩さない。

 

『やるな。だが、貴様が強かろうと体は一つしかないんだ、全ては救えんぞ』

『あ?』

『【完全顕現:ムーンビースト】……さあ、何人救えるかな?』

『────。テメっ』

 

 男が左手で印を作り、唱える。すると傍らの空間に開いた漆黒の空間の向こうから、ずるりずるりと無数のムーンビーストが滲み出る。

 

 2匹、4匹、8匹と増えていき、そのうちの6匹が父さんを狙い、残りの2匹は男とともに旅館の奥に歩いていく。父さんは一瞬こちらを──否、来た方向に振り返り、逡巡した後に向き直った。

 

『……この、クソッ、野郎が……!』

 

 

 

 

 

 

 

 ──戦闘中、一度組み付かれて左腕をへし折られながらも、父さんは受付の前に残されたムーンビーストを全員始末した。

 如何に【強化】で身体能力を上げられようと、体力は無限ではなく、加えて以前のこちらと同じように、恐らく父さんの魔力は多くないのだ。

 

 右手で槍を握り、男のあとを追うべくフラフラと歩く父さんは、辺りに散らばる多量の血や人だったパーツを見て顔をしかめる。

 

「桐山クン、いいのかい、このまま見ていたら……キミはもう一度……」

「──見ますよ、最期まで。それに……ここで全てを見て、何があったのかをきちんと再確認する必要が出てきてしまったんですから」

 

 雅灯さんと共に復讐の旅に出なければ、帰りに蛇神様たちと出会わなければ。

 父さんが魔術師だったことも分からず、春秋さんを疑う要素も出てこなかった。

 

 ここまで来て、この偶然の積み重ねから目を逸らす訳にはいかない。

 

『はぁ、はっ……あいつ、どこ行きやがった』

 

 父さんがそう言って、ふとふすまが半開きになっている宴会場を視界に収める。

 

『……!』

 

 即座に蹴破って中に侵入すると、そこもまた無数の死体が血溜まりを作っており──唯一の生き残りは、逃げ込んでいた母さんと当時の自分だけだった。

 

『悠花、与一!』

『っ……龍一さん!?』

『ほう、貴様らは夫婦だったか』

 

 2匹のムーンビーストを側に置く男が、ニヤリと嗤ってそれぞれに槍を構えさせる。

 

『言っただろう? 全ては救えんとな』

『────』

『選べ、誰が死に、誰を生かすか……!』

 

 男がそう言った瞬間、父さんの行動は、母さんの行動は。恐らく即決されていた。

 父さんが男に槍を投げたのと、ムーンビーストが槍を投げるのは同時で。

 

 しかし父さんが投げた槍は1匹のムーンビーストが庇い、残りの1匹が投げた槍は、真っ直ぐ母さんと母さんが後ろに隠す当時の自分に向かい──

 

「…………そりゃあ、そうするよな」

 

 何処か、納得。きっと自分もそうしたことだろう、と。……二人の行動に、もう終わった行動に、傍観者はただ納得するしかない。

 

『さて……儀式を始めるか』

 

 ──投げると同時に駆け出した父さんと、咄嗟に与一(むすこ)を押し退けた母さんが纏めて槍に貫かれる。しかしそのおかげで、当時の自分に槍が当たることはなかった。これこそが、あの男の間違い。

 

「……俺は後天的な魔術師なんですが、俺みたいな人間が後天的に魔術に目覚める場合の、一番簡単な方法ってなんだと思います?」

「それは、なんだ?」

 

 眼前で親が自分を庇い、そして死んだ。幼い心にその事実は衝撃が重すぎた。

 自分で言うのもなんだが、子供の心は真っ直ぐだ。感情は、純粋に周りの影響を受ける。

 

「簡単な話ですよ、強い感情を抱いて……明確な目的を持てばいい」

 

 子供ながらに抱いた、親の仇に対する、強い感情と明確な目的。とどのつまり────

 

 

「男への殺意です」『殺してやる』

 

 

 当時の自分──桐山与一は、父さんと母さんを貫いた槍を驚くほどスムーズに、且つ静かに引き抜く。与一すらも貫き全員殺せたと思い背中を向けている男を前に、力強く踏み込んで接近する。

 

『……ん』

 

 けれども振り返った男の視界に与一は映らない。当然だ、このときもう既に跳躍し、天井に座るように足を置いたのだから。

 

『────づぅあぁああッ!!』

『なにっ……!?』

 

 ドンッと天井に穴を空ける勢いで力を入れ、真上から落下してきた与一が、ムーンビーストを槍で床に縫い付ける。出来の悪い串焼きのような、モズの早贄のような死体が完成し、続けざまにムーンビーストが握っていた槍を奪い取り、男を殺すつもりで全力で振るう。

 

『──ッがぁああ!!』

『ぐっ……!』

 

 しかし振り抜いたものの、男は自身に【障壁】を張っていたのか、硬い壁を殴ったような鈍い音を立てながら宴会場の壁を突き破って吹っ飛んだ。

 

【……け、獣……?】

「まあ、この時の俺は無意識に使っていた魔術で実質暴走してましたからね」

 

 我ながら、あまりにも理性が無さすぎる。だが、暴走の対価はすぐに現れた。追いかけようとしたその体が、不意に崩れ落ちる。

 踏み込みに使った右足と、槍を振り回していた際の左腕が、度を越えた【強化】と暴れ回る動きに耐えられずに折れたのだ。

 

『──づ、ぐぎ、ぃいぃぃいいっ』

 

 それでもなお、あの日の自分は、ただひたすらにあの男を殺したかった。許せなかったのだ。弱い自分が。両親を殺されたことが。

 親を喪い、仇が居て、復讐する力がある。──幼い心に、我慢の二文字があるわけがない。

 

 果たして左足と右手の槍で一歩一歩男のもとに向かい、壁の穴を超えて廊下に出て、半ば執念で追いついて男を発見する。

 やつは逃げながら旅館に火を付け、燃え上がる建物をも利用して魔法陣を作り、与一が追いつく前に儀式を完遂させようとしていた。

 

『……たかが魔術師と小僧ごときに、私の計画を崩されてたまるか……っ』

 

 旅館の中庭のような空間で、男は独りごちる。──その背後に与一(おれ)が片足で立ち、槍を振りかぶっていることなど露知らず。

 

『さあ、大量の血を、魔力を、死体を用意した。我が声に応えよ、【完全顕現:無貌のか(ナイアルラ)────

 

 儀式など、魔術など、知ったことではないとばかりに、投擲された槍は的確に心臓を貫く。

 術者の死を切っ掛けに活性化しかかった魔法陣は機能を失い、旅館はどんどんと炎に包まれる。

 

「……こうして復讐を果たした俺は、折れた足で逃げられるわけもない。だから、ここで現れた筈だ」

 

 どさりと倒れた当時の自分──桐山与一の元に、一人の人間が現れる。

 

『……与一クン、まだ、生きているな……?』

『…………っ、あ、う』

『大丈夫、私だ。春秋だ』

『……は、る、ぁき、さん?』

 

 

 

 金髪を揺らして、自分を抱き上げる男性。それは、真冬の父親にしてイギリス人の──家に居るはずの人物、有栖川春秋その人であった。




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