とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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蛇神憑きと探偵の過去 4/4

 幼い子供を──当時の自分を抱き上げて、春秋さんは旅館から出ようとする。

 

『……すまない、龍一。すまない、悠花。こうするしかなかったんだ』

 

 けれども彼が道中でこぼす言葉は、まるで、懺悔のようであった。

 

『与一クン、本来ならキミも死んでいる筈だった。だが生き残った……生き残ってしまった』

「なに?」

 

 春秋さんの言葉は、何度目かも忘れた衝撃を与えた。死んでいる、筈だった……? 

 そのまま歩いて旅館を出た春秋さんは、少し離れた位置に当時の自分を寝かせると、暗がりを照らすように赤々と燃え上がる旅館を見上げる。

 

『──許してくれとは言わない。いつか死ぬことも、或いは殺されることも想定している。だが、ワガママが許されるなら……今は死ねない。私が()()に来た目的の全てが果たされて、終わったと確認できたその時まで、死ぬわけにはいかないんだ』

「……は?」

「与一クン、落ち着いて」

 

 一瞬、頭が沸騰したかのように苛立ちが生まれる。蛇神様が腕を掴み、そのお陰で沸いた苛立ちを抑え込む。春秋さんは、命の恩人で……幼馴染の父親。悪人であるはずが無いと、そう思っていた。

 

 ……いや、違うか。春秋さんも、この時殺したあの魔術師も、自分の行いが悪であるとは思っていない。ただ──それが信念であっただけ。

 

「わかってる。悪人ではないんだ、俺も、春秋さんも、ここにいる全員も。春秋さんにはおいそれと曲げられない決意があって、恨まれるとわかっていて、それでも俺たちを見捨てることを選んだ」

「……与一クン」

「もう、大丈夫。……元の時間に帰りましょう、多分出ないだろうけど念のため本人に連絡したいし」

 

 当時の自分を抱き上げて旅館から離れようとしている春秋さんを見て、蛇神様に言う。

 あの日起きたことは、これで全てだろう。両親が死んだ、魔術師を殺した、春秋さんに助けられた。おおよそ間違っている認識は無く、それが事実だったと再確認できただけ。それで充分────

 

 

 

『誰だ』

 

 

 

 ──ふと、春秋さんが振り返ってこちらを見るなりそんなことを言った。冷水を浴びせられたかのように、ぞわりと怖気が走る。

 

『…………!?!?』

【なん、こっちを、認識して】

「いやあり得ない。蛇神が言っていただろう、これは記憶の再現だぞ!?」

 

 三者三様に驚く竹田さんたち。それもそうだ、あの時この場に竹田さんたちが居たわけがない。

 であるならば、春秋さんは何に反応を──そもそも、この人は()()()()()()()? 

 

 こちら、ではない。

 

「……俺たちの、後ろ?」

 

 春秋さんの視線を辿り、自分たち……の、更にその向こう。背後で燃え盛る旅館の方へと同じように振り返ると、そこには『黒』が立っていた。

 

「────」

 

 最初は、黒焦げになった人間が、最後の力を振り絞って脱出しようとしていたのかと思った。

 でも違う。それは、人の形をしているが……絶対に人なんかじゃない。

 

 記憶の再現を覗いているだけの筈なのに、こちらの肌が粟立つほどの、刺々しくおぞましい気配。

 それは間違いなく、蛇神様に近しい威圧感────すなわち、神格の気配だった。

 

無貌の神(ナイアルラトホテプ)か。あの魔術師はお前の信奉者だったな、そうか……儀式は成功してしまったか』

「そんな馬鹿な、俺はあの時魔術師を殺して……儀式を中断させた……」

 

 まるで初めて足を使ったかのようなぎこちない動きで、『黒』は旅館の敷地から出て、春秋さんの元へと歩こうとしている。

 その動きを見ていた竹田さんが、思うことがあるのかおもむろに口を開く。

 

「私は蛇神しか見ていないからわからないのだけど、神格とは招来されると()()なるのかい?」

「どう、だろう。少なくとも、こんな()()()()では…………あ、そういうことか」

 

 我々の間を通り過ぎていく『黒』……無貌の神は、よく見ると、影や泥というよりはモヤのようなナニカ──視覚化されるほどに濃密な自身の魔力のみで人の姿を形成していた。

 

「魔術師の死で中断された儀式が、実は中途半端に成功していた。だから喚び出された無貌の神は、こんな姿で出てきたんだな……」

【ところで、アレ、明らかに与一くんのことターゲットにしてません?】

 

 人の背中に隠れてビビっていた雅灯さんが、そう言いながらのそのそと歩く無貌の神を指差す。

 無貌の神は、手……のような部分を持ち上げて、その先端を手足がバキバキに折れて気絶している子供──当時の自分に向けようとする。

 

「あら〜、モテモテねぇ」

「嫌すぎるんですけど」

 

『……与一クンが、気になるのか』

【【…………ょぉ、い、ぃい】】

『駄目だ、この子は渡せない』

【【…………だぁ、ぇえ、ぁあ?】】

 

 くぐもっている、人の声に近い音。春秋さんの言葉を真似ているが、なんだ……学習してるのか? 

 

『──もし、お前のような存在でもこの子を大事に想えると言うのなら、人間らしさを学びなさい』

【【……にぃ、んん、げぇえ、んん】】

「ん?」

『人を見て、人を学び、人と触れ合って。そうやって人間らしさを得て……それでもなおこの子が大事に思えたなら、改めて会えばいい』

「えっ、いやあの、春秋さん。春秋さん?」

 

 ……なんでこの人、気絶してる張本人そっちのけで勝手に約束を取り付けてるんだ? 

 そんな疑問を余所に、春秋さんに言われた無貌の神は、闇夜に溶けるように姿を消す。

 

 そして空間がぐにゃりと歪み、反射的に瞬きをした次の瞬間には──殺風景な元の場所に戻っていた。

 

 

 

「……これさ、春秋さんに会うことがあったら一発ぶん殴っても許されるよね?」

【むしろしないとダメでしょう、これ】

「はぁ。……はぁ〜あ〜〜あぁ」

『…………よいち?』

 

 なんというか、どっと疲れた。

 様々なことが起きていたのだと知って、受け入れられそうだった所に……実は神格の招来がされていたと知ってしまってもなぁ。

 

「……ああ、もう、しんどい」

 

 思わずその場にドカッと座り込んで、ムカつくほどに清々しい快晴の空を見上げる。

 

「大変ねぇ、与一クン」

「まったくですよ」

「慰めてあげよっか? ほら、おいで〜」

「……その体が誰のものか言えます?」

 

 地面に座るこちらの膝と突き合わせるような距離に座る蛇神様が、両手を広げて蠱惑的に笑う。

 

「あのですね、仮に蛇神様が良くても、法律とお天道様は許しちゃくれないんですよ」

「貴方って変な所で頑固ねぇ」

「蛇神、まずヒメにやってもいいか聞いてからにしたほうがいい。成人男性と未成年女子の迂闊な触れ合いは桐山クンに不利すぎる」

 

 腕を組みながら歩み寄る竹田さんのどこかズレた言い分に、蛇神様は「確かに〜!」とズレた返答をして、まぶたを閉じて発光した。

 

『…………なにやってるの、これ』

【与一くんを元気付けたいんですよ。たぶん。まあ面白半分でしょうね】

「いい迷惑だ……」

 

 雅灯さんが勝手に【禍理の手】を使ってこちらの肩に乗っていたソフィアを回収して、この妙なやり取りから二人揃って離れていく。

 

 ともあれ、発光が収まり蛇神様から琴巳ちゃんにチェンジすると、眼前の彼女は土の上で綺麗な正座をしたままこちらを見上げて言う。

 

「あの、いいですよ?」

「いいんかーい」

 

 思わず体を仰け反らせる。なんだろう、琴巳ちゃん、ちょっと警戒心が薄くないか……? 

 …………蛇神様が防犯ブザー代わりだからか。神様(あのひと)が警戒しない=自分も信頼して良い、という方程式が出来上がっているんだな。

 

「私も蛇神様を通して、ぼんやりとですが与一さんの過去を見ていました。……こんな目に遭っても他人に甘えられないって、大人も面倒ですね」

「うーんグサッと来た」

「ヒメ、桐山クンにトドメを刺すんじゃない」

「あっ、いえその、だから……ですね」

 

 琴巳ちゃんは言葉を区切ると、蛇神様のように両腕を広げながら続ける。

 

「──だから、いいですよ。だって……()()()()()辛いことも受け入れないといけない、おいそれと甘えること出来ないなんて、悲しいじゃないですか」

「…………子供ならでは、だなぁ」

 

 この子は少しばかり純粋すぎる。この時期の自分は、とにかく有栖川家に迷惑を掛けないように、なるべく早く独り立ちしなければと躍起になっていたんだったな。──果たして、許されるのだろうか。

 

 

「一つだけ、お願いしてもいいかな」

「なんですか?」

 

 お辞儀をするように、頭を下げて、幼馴染よりも歳下の子供の胸元に体を預けて。

 

「……暫く、何も言わないで」

「はい。わかりました」

 

 ──こうしてみっともなく甘えることが、果たして許されるのだろうか。

 疲れた頭が思考を途切れさせ、少女の温もりと香りに体を委ねる。

 

 これで、他人に甘えるのは最後にしよう。そう決意しながら、少しの間……本当に少しの間だけ、後頭部に回された手に撫でられているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──幾つかの土産を買い、袋を両手に駅のホームを歩く。次の電車が来るまで、琴巳ちゃんと竹田さんと並んでベンチに座った。

 

「いやあ、生き恥を晒しちゃったね」

「いいじゃないですか。なんというか……ちょっと可愛かったですよ?」

「冗談キツいぜ……」

 

 クスクスと上品に笑う琴巳ちゃん。その隣に腰掛ける竹田さんが、彼女を挟んで反対のこちらにふと質問を投げかけてきた。

 

「それで、これからどうするんだい?」

「どうしましょうかね〜。ここに来る前に仕事を任されたからそれをやって、先輩……連盟組織の信用できる魔術師に無貌の神について聞いて、あと電話に出ない春秋さんにコンタクト……多忙だなぁ」

「連盟組織、か。ヒメと蛇神のこともあるし、そろそろ交渉でもしてみるかな」

「あ、じゃあこの番号に掛けて俺の名前出してみてください」

 

 そう言って、竹田さんにメモ帳のページを千切って渡す。同じイス人同士だ、白道さん経由なら神格と巫女を巡る余計ないざこざは起こるまい。

 

 なによりこの二人に何かあるならこちらが出張るし、更にこちらに何かあれば巡り巡って先輩が出張って秋山さんも巻き込まれるからな。

 

 持つべきものは……コネだよ。

 

「……と、電車も来たし、俺は帰りますね」

「ああ、そうだね。私たちは次の電車に乗るよ。桐山クンたちと同乗したら……また変なことに巻き込まれそうだからね」

「うーん否定できない」

 

 互いに小さく笑って、到着した電車に乗る。扉が閉まる前に、そういえばと懐から名刺を取り出して、琴巳ちゃんにピッと投げ渡す。

 

「……これは?」

「うちの事務所の名刺。住所と番号書かれてるから、気が向いたら遊びに来なさい」

「────。いいんですか?」

 

 一瞬ポカンとしながらも、琴巳ちゃんはそう聞き返して名刺を両手で包むようにキャッチする。

 

「……()()()()()大人の都合を受け入れないといけない、おいそれと甘えること出来ないなんて、悲しいだろう?」

「!!」

「俺は父親にはなれないけど、不満を受け止めるくらいはできるよ。キミがしてくれたみたいにね」

「……はいっ!」

 

 扉が閉まり、電車が発車する。ひらひらと手を振る竹田さんと笑みを浮かべる琴巳ちゃんが風景とともに流れていき、そして踵で床を叩いて【人払い】を起動した。

 

「帰ったら、真冬と葉子さんに雅灯さんを紹介しないといけないのか……」

【塩撒かれないか心配ですねぇ】

『…………されそう』

「されるだろうなあ」

 

 バッグと影からそれぞれソフィアと雅灯さんが出てきて、帰り道まで他愛ない会話をする。

 この数日、目まぐるしく出会いと別れを繰り返したなぁと、そんな事を考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 ──次の電車を待つべく、ぼんやりとベンチにもたれ掛かる竹田。

 彼女は隣で発光した琴巳を横目で見やり、見慣れた白髪を視界に収めてから目を前に戻す。

 

「蛇神、お前のことだ。これから起こりうる事や桐山クンの行く末は、わかるんじゃないのか?」

「ふふ、まさか。……普通の神様ならともかく、私は人の身に縛られた存在よ? 私が出来ることの範囲は、その人間の出来ることの範囲に限定される」

「便利なようで不便な存在だな」

 

 ため息混ざりに言う竹田。蛇神はクツクツと喉を鳴らすように笑い、それから更に続けた。

 

「まあでも、与一クンはこれからも大変な目に遭うでしょうね。さっき琴巳ちゃんに慰められてた時にこっそり加護を与えたから大丈夫でしょうけど」

「……無断で何をやってるんだか。ちなみに加護とやらの効果は?」

「そんな大層なモノじゃないわよ、ちょっと運が良くなってちょっと健康的になれるくらい」

「言うほど『ちょっと』か……?」

「さあねえ」

 

 苦笑する竹田に、蛇神もまた口角を歪めて視線を斜めに上げてすっとぼける。

 

「さて……次はどこに行こうかしら。今から年末くらいまでは彼も大変だろうから、沖縄か北海道にでも行ってほとぼりが冷めるのを待ってみる?」

「決めるのはいいが……護衛を増やすべきだと思うぞ。私はヒメの保護者代理であって戦闘要員ではないからな。戦えばお前にも負ける」

「じゃあさっきの番号に連絡しましょうか。私に話させて? なんだか、()()()()()ができそう」

 

 ──神の勘か。と独りごちて、竹田は番号を入力した携帯を蛇神に渡す。

 

 複数の偶然が積み重なり、邂逅した存在──蛇神。彼女らとの出会いが近い将来、与一が新たな戦いに身を投じる切っ掛けとなるのは、また別の話。

 

 

 

 

 

『完』




お気に入りと感想と高評価ください。



姫島琴巳 (16/♀)
・巫女の家系の末裔。神格をその身に宿しているが、本人との関係は良好。母親を亡くし、それを切っ掛けとして家を空けるようになった父親との仲がギクシャクし、現在は日本各地を旅して回っている。好みのタイプは弱みを見せてくれる男。

蛇神 (?/♀)
・ギリシャのとある島に存在する女神ヘルペテを模倣して創られた人造神格。何百年と姫島家の巫女と関わったことで、その思考回路や人格は人間に寄ったモノへと変化しており、現在は竹田を引っ張り回しながら琴巳の体で旅をしている。

竹田 (23/♀)
・丞久と秋山、ミ=ゴと共に和葉村の事件を解決した後日、蛇神と偶然出くわしてあれよあれよと琴巳の保護者代理をさせられている被害者。琴巳と蛇神のためにと護衛を雇うべく連盟組織とコンタクトを取ったことで、余計に逃げられなくなっていることには、まだ気づいていない。


桐山龍一 (35/♂)
・与一の父親。学生時代のある時以降、魔術師であることを隠して生活していたが、旅館で襲われたことで魔術を使用。最期は与一を庇い死亡した。

有栖川春秋 (35/♂)
・真冬の父親。当時なぜか旅館で事件が起こることを知っており、何らかの目的で訪れたが、死ぬはずだった与一が生き残ったことで救助した。

無貌の神
・中途半端な儀式により、中途半端に顕現してしまった神格。このとき出会った与一に不思議なほどに執着しており、その執着は、現在も続いている。
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