とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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場捨様の恩返し 1/4

 ──『神』が最初に感じたのは、炎に包まれた建物の熱。しかしなぜここに居るのか、なにをすればいいのか。一切なにもわからない。

 

 ()()に招来されたことはわかる。でも、自分が『何』なのか、そして何をすればいいのか。

 

【【…………???】】

 

 

 その全てがわからないまま、『神』は一番近くにある人の気配に向かって歪な足を動かす。

 

『神』は外に出て、そこで男と少年を見つけ、そして──自身の名を呼ばれる。

 ──無貌の神(ナイアルラトホテプ)。そう、身勝手で快楽主義の、邪悪な神。()()()()()()

 

 快楽主義であるならば、邪悪な神であるならば。なぜ、どうしてこんなにも、あの傷だらけの少年が気になって仕方ないのか。

 その理由は、中途半端な儀式で中途半端に形成された自我。それらが無貌の神の中に、意図せずして人のような感覚を芽生えさせていたからである。

 

 そして、有栖川春秋が眼前の脅威から逃れるためにと言い放った提案──彼の言葉が、無貌の神に、強い興味と少年への執着を与えていたのだ。

 

 果たして無貌の神は、言われた通りに人を見た。言われた通りに人間を学んだ。

 その過程で、人と神格の境界に立つ危ういバランスの少女を見つけた。

 

 人を信じようとして、けれども手を取れなかった彼女の体を奪い、無貌の神は人間になった。全ては、あの時の少年にもう一度会うために。

 

 ──ただ、その為だけだったのに。

 

 

 

「……えー、と。明暗丞久は秋山と共に南極に……秋山小雪は……ショゴスの件で組織に戻っていて……有栖川真冬は楠木葉子と一緒に事務所で……有栖川春秋は有栖川千夏と共にイギリスのウイルス研究所で、姫島陽狩も……外国か。与一クンは今頃、竹田と姫島琴巳……と蛇神と行動を共にしているかな」

 

 げんなりとした表情で、無貌の神────春夏秋冬(ひととせ)円花(まどか)は、潮風に髪を揺らしながら何冊目かの手帳を覗いていた。

 

「有栖川春秋め……あのとき赤子も同然だった私をいいようにあしらいおって。言われた通りにした結果が十数人のスケジュールの同時把握だぞ……」

 

 パタンと手帳を閉じて、円花はコートの裏に仕舞うと、それにしても──と続ける。

 

「…………ここ、何処なんだ……?」

 

 視界いっぱいに広がる海。振り返れば、山を背にした町並みが広がっていた。

 

「ふむ。やっぱり、バスに乗りながらうたた寝するものじゃあないな」

 

 自虐気味に苦笑を浮かべて、円花が呟く。寝過ごしたバスの終点──その町に降り立った彼女は、けれども山に深紅の瞳を向けて続ける。

 

「それでもやはり……()()()()()()みたいだな」

 

 山の中に感じる、自身と同等の気配。

 うっかりうたた寝していようと、行く先々で必ず問題(ババ)を引く自身の運命に呆れて、円花はため息をついて早速と歩き出す。

 

「ひとまず、腹ごしらえかな。まったく……人間の体は食事や睡眠(メンテナンス)が必要で困るよ」

 

 そんな風にぼやく円花だったが、言葉とは裏腹に、その顔は楽しそうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──道路を挟んで海が見える定食屋。真昼時も相まって漁師などの男衆でごった返す店内の隅、そこに置かれた二人席に座る円花は、店員と共に自分のところに歩いてきた少女を視界に収める。

 

「お客さん、申し訳ないんだけど、見ての通り混んでいてね。相席でもいいかな?」

「ん? ああ、構わないよ」

「し、失礼しま〜す……」

「────。ふぅん?」

 

 若干の気まずさとバッグを抱えた少女が対面に座ると、円花がその異様さを理解する。

 こうして見てみるとわかるのだが、彼女の魂の形は、他の人間より()()()()

 

「なあキミ」

「うぇっ? あっはい、何でしょう」

「名前はなんていうんだ?」

「ええと……新生(しんじょう)(あゆむ)、ですけど……」

 

 少女──歩の自己紹介に、ああそういえば居たな。と円花は脳裏で独りごちる。

 明暗丞久に助けられた人造人間(クローン)。現在は一般人として過ごしている、という最低限の記録だけが手帳と記憶の中にあった。

 

「私は春夏(ひと)…………ナイだ、よろしく」

「ナイさん? 外国の人なんですか?」

「うーん、まあ、エジプト……のハーフかな」

「はぇ〜……」

 

 少なくとも、無貌の神の()()()はかつて古い時代にエジプトで信仰されていた事があるため、円花の誤魔化しはあながち嘘ではない。

 

「じゃあ、注文しようか」

 

 自己紹介もそこそこに、円花がテーブルに置かれたメニュー表を開く。

 

「…………。すいません、海鮮丼の上を2つと天ぷら盛り合わせを1つ」

「あいよー」

「えっ? いやあの」

「ん? 食べられない?」

「食べ……られますけど、いいんですか?」

「お金のことは気にしなくていい」

 

 そう言いながらメニュー表を閉じて元の場所に置き直す円花の、その深紅の瞳を持つ顔を見て、歩は少し考えてから問いかけた。

 

「あのぉ、すごい変な質問をするんですけど…………もしかして魔術師だったりします?」

「────。なんでそう思ったんだ?」

「うーん……なんというか、纏う……空気? が物理的に少し変、と言いますか。私、ナイさんみたいな雰囲気の人に助けられたことがあるんです」

 

 ──知ってるよ。とは、間違っても口には出せない円花が、表面だけでも取り繕う。

 

「明暗丞久さんって言うんですけど、ナイさんの知り合いだったりしません?」

「………………ああ、友人だよ。ほら」

「わあ、ホントだ」

 

 コートのポケットから取り出した携帯のアルバムを開いて、円花はおもむろに写真を見せる。

 乗っ取った当時から弄っていない()()──丞久が半ば無理やり撮影した、円花とのツーショット写真を歩に見せて納得させた。

 

「丞久さんの友人なら言っても大丈夫かな。実は私、クローンなんですよー」

「んぐっぶ」

 

 携帯を仕舞ってお冷やを飲もうとした円花だったが、歩の唐突なカミングアウトに噴き出しかける。

 

「それで色々あって戸籍を手に入れたり新しい住居を貰ったりしたんですがね……どうせなら来年の春に2年生からスタートしようと思ってて、今は勉強がてら色んなところを見て回ってるんです」

「…………そうか、大変だったようだね」

「大変だった分、これからは普通に生きる……って決めてはいるんですけどねぇ」

 

 一瞬、どことなく暗い表情をする歩。しかし暫くして持ってこられた海鮮丼と天ぷらを見て顔色を明るくし、そういえばと店員に声を掛けた。

 

「あの〜、この町って、ところどころに招き猫ではない猫の置物がありますよね」

「ん? ……ああ、場捨(ばすて)様のことかな。この町に向けて大津波が起きたことがあるらしくてね、そのとき猫の神様が山に逃げるように忠告して助かった……っていう眉唾な逸話があるんだよ」

「へぇ〜、そんなことがあったんですね」

「それを詳しく知る手段はあるかい?」

「どうだろうなぁ」

 

 円花に聞かれて店員は考えるように唸ると、ああと思い出したように言葉を続ける。

 

「当時の津波被害は80年前くらいの話らしくて、経験した人はほとんど死んじゃってるんだけど、唯一まだ生きてる人が老人ホームに居るよ」

「老人ホーム?」

「ここから道なりにずーっと歩いていったところだね。ただ、数年前に山に行こうとしたときに体調を崩して以来……言っちゃあなんだけど、ボケが酷くなっちゃってねぇ。会えても話せるかどうか」

「そう、ですか……」

 

 そこまで言って、店員は店の奥からの「手伝え!」という怒号に肩を跳ねさせて慌てて戻っていく。ガヤガヤとした声に包まれた店内で、示し合わせたわけでもなく同時に食べ始めると、円花が呟いた。

 

「行ってみるかい」

「へ?」

「例の老人ホームと山だよ。場捨様……かどうかは知らないが、神格の気配が漂っているのは確かだ」

「はぁ。そういうの、わかるんですね」

「同類だからね」

「…………?」

 

 米と一緒に口に入れたイクラを、ぷちっと奥歯で噛み潰す。飲み込んだ円花は一拍置いて、天ぷらに箸を伸ばす歩にあっけらかんと言う。

 

「──私もね、いわゆる神様ってやつなんだ。理由あって人の体を借りているんだよ」

「……なるほど」

 

 と言いながら天ぷらを齧る歩は、少し考えてから、合点がいったように言葉を返した。

 

「要するにウルトラマンみたいなモノですね?」

「その例えられ方は初めてかなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 ──老人ホームまでの道のりを歩く二人は、波の音を聞きながら会話を交わす。

 

「……とまあ、そんな感じで、丞久さんは敵をボッコボコにしたんですよ」

「やることが派手だなあ」

「凄かったですよ……みご? とかムーン……なんとか? とか色々出てきましたし」

「へぇ。……丞久はヨグ=ソトースの部分顕現が出来るのか

 

 歩の解説で、円花は情報を得る。

 大雑把に誰が何処に居るかは分かっていても、誰がどういった魔術を使えてどんな能力を持っているかの全ては把握できていないためだ。

 

「参考になるよ。今は丞久とは会っていないからね、何をしてるかは知らないんだ」

「ナイさん、神様なのにわからないんですね」

「人間の体を使っている時は、人間の出来る範囲でしか能力を発揮できないんだよ」

「ふぅーん」

 

 とは言うものの、この理論にも例外はある。それこそが無尽蔵の魔力と膨大な魔術の知識を持つ、万能と言っても過言ではない春夏秋冬円花の体を使っている、邪神たる自身のことなのだが────

 

「神だからって未来を見通せるわけじゃないし、宝くじで一等を引けるわけじゃないし、無条件で不老不死になれるわけじゃない」

「そういうものですか」

「私とて、万能ではないんだ」

 

 ──ひとまず、そのことは誤魔化しておく。別にバレても困らないが、懸念材料を増やしたくないというのが円花の本音であった。

 

「それにしても、場捨様って本当に居るんでしょうか。逸話なんですよね?」

「居るだろうね。80年前(さいきん)の出来事なら、例えば……魔術師が招来した神格が信奉者を生き残らせようとしたのが、逸話として伝わっている可能性がある」

「80年前は最近じゃないですよ……」

「あっはっは、神様ジョーク」

 

 口許だけで笑いつつ、隣の歩を横目で見て脳裏で思考を働かせる。

 すなわち、寝過ごした先で、偶然にも明暗丞久に救われた人間と出会う。これを偶然で片付けていいものなのか、という疑問。

 

「偶然。……ふ、乱数調整(ぐうぜん)ね」

 

 春夏秋冬円花──の体を使っている彼女は、邪神である。振り回す側であって、振り回される側ではない。けれども人の身である以上、自身はその枠組みから外されてしまっているのだろう。

 

「しかし、場捨……()()()、か」

「? なにか問題が?」

「ああいや、まあ、うん。ワニとかイヌじゃないだけ、ずっとマシって話だよ」

「は、はぁ……」

 

 なんのことやらと小首を傾げる歩だったが、横断歩道の信号で並んで足を止めたとき、円花と同時に向かいに立つ老婆を視界に収める。

 

「……あのお婆さん、なにか変な気が」

「そうだね」

 

 歩は雰囲気の異質さに違和感を覚え、円花はその魂が()()()()()()であることに気がつく。

 

 ちらりと視線を上げて信号が赤いことを確認し、ぼんやりと眺める円花の眼前で、老婆はふらりと歩道に躍り出た。ふらふらとした足取りに、歩が叫ぶ。

 

「うわ────!? ちょちょちょっとぉ!?」

「……なにやってんだか」

 

 歩はそのまま前に走り、車が来ていないことを何度も確認しながら老婆を連れて向かいの歩道に向かう。それを円花は、じっと、()()()()()()

 

 

 

 興味のない相手には、思い遣りが無い。それこそが、円花の中身が人間ではないことの証左だった。




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