とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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新生歩 1/5

 ──とある街で夜道を駆ける一人の少女が、何かから逃げるように路地裏に駆け込む。

 何度も後ろを振り返り、追っ手を撒いたことを確認して足を止め、ホッと一息つく。

 

「っ……? ──がッ」

 

 ──その刹那、バチン! と何かが弾ける音がして、少女は後ろに引っ張られるように足をもつれさせて仰向けに倒れる。何が起きたのかと認識するよりも早く、胸に焼けるような激痛が走り、呼吸すらままならないままその瞳から生気が失われ、瞬く間に息絶えた。

 

 路地裏から発せられた強い光に一瞬足を止める通行人は、不思議そうにしながらも何も続けて起きないことで再び歩き始め、喧騒は何事もなかったかのように少女の死を押し流して行く。

 

 少女の死体が転がる路地裏には、ブウウン、ブウウン、という羽音が響く。

 羽音の主である二匹の巨大な虫のような何かの内、一匹が鉤爪に器用に銃のようなモノを握り、もう一匹は端末のようなモノで、画面内を動き続けるマーカーの動向を観察していた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──探偵・明暗(あけくら)丞久(たすく)は、視界の中でスライドされて行く風景を眺めながら、運転席の男性にぼやくように言葉を投げ掛けた。

 

「『厄介事も一段落ついたし、依頼が来るまで休んでようかなー』って思ったときに限って、なんで朝っぱらから警察からの捜査協力で呼び出されないといけないんだろうな?」

「……すみません」

 

 ハンドルを握りながらも心底申し訳なさそうにする男性を横目に、丞久は続ける。

 

「お巡りさんを手伝うのは市民の義務だからまあ、別にいいけどな。あんたに文句言ったところで変わるモノはないわけだし」

 

 そう言って、丞久は手元の資料に目を通す。別件から帰って来て早々に頼られたということは、警察だけで調べようにも奇怪な点が多く、それだけ奇妙な事件であるということ。

 

「──少女が路地裏で感電死、ねぇ」

「はい。鑑識によると死亡時刻は昨夜の23時頃、ゴミを捨てようとした近くの店の人が遺体を発見して通報したのが深夜2時頃だそうで」

「みんな仕事が早いな。……ここ数日晴れ続き、雨が降る気配なんて欠片もないのに感電死、そんでもって着ていた服が()()と来たか」

 

 ──なるほど適任だな、と丞久は脳内で呟く。極端な話、『カエルが空から降ってきた』として、犯人は人間でも台風でもなく怪物でした。という案件があるとしたら、探偵とは名ばかりの奇怪事件請負人である彼女の担当だろう。

 

 もっとも、今回は『晴れ続きのなか病人が路地裏で感電死』であるわけだが。

 

「とはいえ、病人が抜け出すのも感電死も普通に起こり得ることだ。でもその程度の事故なら、わざわざ私は呼び出されたりしない」

「…………」

「資料には載ってないけど、まだ隠してること、あるんじゃないのか?」

 

 丞久がそう問い詰めると、男性は言葉に困るように喉をつまらせ、車を走らせながら頬に冷や汗を滲ませてようやく口を開く。

 

「……感電死、とありましたが、死に方が変だったんです。それと、ある総合病院に問い合わせたときに、反応がおかしくて」

「おかしい?」

「病人が抜け出してないかの確認をしたら、慌てた様子で『女のことなど知らない』って。まだ性別すら口にしてなかったのに、居なくなったのは女性だと断定してきたんですよ」

「それ、どこの病院だ」

「この近くの駅から暫く行ったところの、──病院っていうところです」

 

 手元の携帯で名前を打ち込み、丞久は『桐山与一』と書かれた着信の通知をさらりと無視して、検索して出てきた病院の外観を確かめる。

 

「普通の病院だな。少なくとも表向きは」

「えっ?」

「なんでもない、それで感電死が変っていうのはどういう話なんだ?」

「……感電死した、というのは、死因である胸に空いた穴の周りに電撃傷や火傷があったからなんです。でも、だって……そんなのは──」

「──指向性を持たせた電気が発射されでもしないと、そんな事にはならない?」

 

 男性の言葉に被せるように丞久が言うと、赤信号で停車したタイミングで訝しげな表情をしておもむろに顔を横に向けてきた。

 

「なにを、知ってるんですか」

「さあな。少なくとも、今の死因の話で犯人はともかく凶器が何かだけは分かったが」

「凶器って……まさか、電気を撃ち出す銃か何かがあるとでも?」

()()。──って言ったら? ……降りるからそこで停めろ」

 

 青信号で走り出した車を少ししてから傍らに停車させ、丞久は助手席を降りる。

 後ろの席のドアを開けて置いておいた竹刀袋を掴み肩に下げると、閉めてさっさと踵を返す丞久に向けて、助手席の窓を開けた男性が運転席越しに言葉を投げ掛けてきた。

 

「ちょっ、ま、ちょっと待ってください! 俺も手伝いますよ!」

「…………」

「俺だって警察の端くれです。子供が死んでるのに、なにもしないなんて──」

「あんたはいいお巡りさんだ。一丁前の正義感があって、世のため人のために働ける。……だから駄目なんだよ、ついてくるな」

 

 振り返った丞久の目尻が細められ、窘めるような声色に男性は何も言い返せない。

 

「あんた以外にも、私のやってることを善意で手伝おうとした警察の人間は何人か居たが──そいつらはもう居ない。()()()()()()()?」

 

 すっとぼけるように口角を緩めて、丞久は着ているコートを風に翻して歩き出す。

 

「他の連中には私が犯人探しに動いたことを伝えて、あんたは()()()捜査してろ」

「っ……!」

 

 悔しそうにしながらも、男性は一瞬吹き荒んだ暴風に顔を逸らす。視線を戻したとき、既に丞久の姿は影も形も存在していなかった。

 

「なっ、なん、なんだ……あの人……」

 

 

 

 

 

 

 

「──電車移動も久々だな」

 

 くだんの病院に向かうべく、車を降りた丞久はホームで電車を待っていた。

 待っている間にそれなりに人が増えてきた頃、ようやくと電車の到着を知らせる音声が流れたとき、ふいに違和感を覚える。

 

「……?」

 

 ホームのある一定の範囲に入らないようにと、なぜだか人が離れている。ちょうど車両一つ分だけぽっかりとスペースができ、その中に立っているのは、丞久ただ一人だけだった。

 

「チッ、人払いの魔術か。誘われてる? いや……誰かが車両一つ占拠してるのか……」

 

 思案している丞久をよそに、タタンタタンと車輪が線路を走る音が近づき、それから緩やかに眼前に電車が止まる。他の客は一車両だけを無視する自分や周りに一切の違和感も抱いていないのか、誰も何も言わずに乗り降りして行く。

 

 そして間を置いて発車する直前、丞久はするりと誰も入ろうとしない車両に滑り込む。

 車内には警備員らしき格好の、しかし腰のホルスターに警棒やスタンガンを納めている男たちと、手首を結束バンドで縛られシートに寝かされた病衣の少女。男の内の一人は、丞久の介入に驚いた様子で慌てて立ち上がっていた。

 

「なんだお前は……? どうして人避けが効いていない!?」

「馬鹿が。人払いの魔術は魔力の多い人間だったら抵抗(レジスト)出来るし、根本的に神格の類いには通用しない。覚えておけ」

 

 スンと鼻を鳴らして、丞久は口角を歪める。即座に警棒を抜いて構える男たちと──()()()()を一瞥して、竹刀袋をドア横に立て掛ける。

 

「一、二、三人。加えて二匹か」

「……なんだと?」

「何か隠れてるな。そいつとそこの子供が人払いをしてる理由か」

 

 丞久の言葉に、恐らくはリーダーなのであろう男が代表して聞き返してきた。

 

「──同業者か」

「惜しい、あんたらみたいなのを痛め付けて警察に突き出す方だ」

「そうか。……なら死んでもらう」

 

 男がさっと手を上げると、背後の空間が歪み、バチバチと音を立てて隠れていた『何か』が姿を現す。それは、ピンク色の甲殻類のような胴体に、渦巻き状の楕円形の頭。片手が物を掴めるような鉤爪に、片手が鋭いハサミ。

 

 更にはコウモリのような翼を持ち、低空飛行をしているのか、ブウウンという低い羽音が車内に響く。丞久はそんなおぞましい怪物を見て────心底面倒くさそうに表情を歪めた。

 

「出たよ出た出た出た出た。またお前らかクソ甲殻類、人間と組んで脳ミソ集めか?」

 

 はぁ~~~~~……と重苦しいため息を肺から絞り出し、それからガタンゴトンと揺れる車内から外を横目で見て、一言ぼやく。

 

「帰って寝てぇ……」

「──殺せ!!」

 

 その言葉を合図に、甲殻類の怪物──二匹のミ=ゴは、鋭い鉤爪とハサミを振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──例の病院が終点の駅から更に歩くことと、背後に山があることを調べ、なるほどなあと合点のいった丞久はそのまま電話を掛ける。

 

「……秋山か? 私だ。──病院に向かう電車の中で魔術の心得がある警備員っぽい奴三人とミ=ゴを二匹片付けたから後処理頼む。面倒くさがるなよ私もイヤなんだから。うい、よろしく」

 

 画面を消して懐に仕舞い、ちらりと視線を動かす。床に倒れている三人は気絶し、怪物二匹も絶命して溶けるように形を崩していた。

 

「利害の一致で協力してるのかね。病院側はこいつらの技術力を医療に利用し、ミ=ゴは患者の脳を提供されてる。この甲殻類共は裏山の資源も採掘できて一石二鳥……ってところか?」

 

 しかし──と続けて、丞久は視線を斜めにずらす。拘束を外したが、いまだシートに寝そべり眠ったままの茶髪の少女に膝を貸している彼女は、車内で起きた一方的な暴力など知ったことではないとばかりに穏やかな寝息を立てていることに呆れたような表情を向ける。

 

「大物だな……それにしても、疑わしい病院に向かおうとしたらドンピシャで別の重要人物にかち合うって、ババ抜きでいきなりジョーカー引かされた気分になるな」

 

 ため息混じりに、顔を前に戻して車窓から外を見る。憎たらしいほどに雲一つ無い快晴が、あまりにも眩しくて、丞久はまぶたを細めた。

 

 

 

 

「……さて、どうしたもんか」

 

 その手のひらには、件の病院の名前が刻まれたカードキーが転がっていた。




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