とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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場捨様の恩返し 3/4

「心の準備はいいかい?」

「はい、やってください」

 

 向かい合って立つ二人。円花は両手を歩の頭頂部に伸ばし、ウサギの耳のような物体を掴む。

 イエティのような獣──緑の神(グリーンゴッド)の奉仕種族に変わる前に、なんとか引っこ抜けないかと考え、最終的に物理的な手段に出ていた。

 

「じゃあ行くぞ……ふんッ」

「────!? いだ────っだだだだだだ!? ギブギブギブギブギブギブ!!!」

「ぅな〜お?」

「ん。ダメか」

「し、死ぬ……!」

 

 瞬間、頭の内側に駆け抜けた激痛に歩は声を荒らげた。反射的にパッと手を離した円花は、自分の頭に生えたそれを掴んで強めに引き、かなりの痛みを感じてなるほどと理解する。

 

「なんと、いうか……頭蓋骨と脳に根が張ってるような感覚が……」

「これ、ウサ耳()()()()物体であってウサギの耳ではないからねえ。なんならこれのお陰でウサギの能力を得られるわけでもない」

「あ、そうなんですね」

「仮に得られるなら、魔術化させて生やせるようにするのもいいと思うんだが……要らないか」

 

 ピンっと指で物体を弾いて、さてと円花は思考を切り替える。

 元々の予定では場捨様のお参りをするつもりだったが、そこに緑の神(グリーンゴッド)の抹消まで加わった。

 

「神が神殺しか。まあ、よくあることだ」

「なう〜」

「はいはい、よっこいしょ」

 

 二人の実験を暇そうに眺めていたにゃんきちが、木の上から歩の肩に飛び乗った。それを見て、円花も二人の前を先導するように歩き始める。

 

 

 

 時折感じる奉仕種族の視線にうんざりしている歩を余所に、前を進む円花は暫くして口を開く。

 

「そろそろ社にもつく頃だと思うが────ん、噂をすればなんとやらか」

「おお、これまた……ご立派な」

「うぁん……! なぁーおぉ!」

「うごぉ」

 

 木々の間に置かれた身の丈ほどある社を発見した歩は、肩車されていたにゃんきちが、ふと興奮気味に跳ぶ勢いでつんのめる。

 転びそうになりながらもなんとか踏ん張ると、歩は社の裏に駆けていくにゃんきちの背中を見た。

 

「えぇ……もう、にゃんきち〜?」

「追いかけてみようか」

「ですねぇ」

 

 ため息混じりに同意して、歩と円花がにゃんきちの後を追う。草木を掻き分けて数分、社の裏に広がる空間に、()()は居た。

 

 

「【……人の子を見るのは数年ぶりだな】」

「お、おぉ…………うわあ」

「【そう畏まるな。取って食ったりはせん】」

「人……猫? 人猫?」

 

 ──それは、女性だった。

 

 しかし頭の形状が猫であることが、普通の人間とは呼べない理由であった。そんな彼女は、なぜか体を蔓に縛られ木に固定されている。

 

「取って食われそうな奴が何を言ってるんだか」

「【貴様は──ふっ、よもや邪神に助けられる日が来ようとはな】」

「場捨様……いや、猫神バステトだな。お互い初対面なのに、無貌の神という存在として、お前のことを知っている。変な感覚だ」

「【それは儂も同じだ】」

 

 場捨様──バステトは、円花を見上げ、それから視線を歩に移すと不意に問われる。

 

「物凄く青少年の教育に悪い格好になってますけど、なんで縛られてるんですか?」

「【──ある時、いきなり現れた植物……神格に、儂の()()()信奉者が襲われておってな。助けるために身代わりになって、それ以来時間を掛けて少しずつ儂の力が吸い取られているのだ】」

「助けた……それってもしかして、珠吉さん?」

「【……珠吉を知っておるのか】」

 

 バステトの顔を見て、歩が言う。

 

「はい。……数年前、恐らくその時に体調を崩したんですね。今は老人ホームに居ます」

「【そう、だったか。儂が姿を保てている時点で生きているとは確信していたが……】」

「体調を崩した原因が、緑の神(グリーンゴッド)ってことだね」

「そのぐりーんごっど、って何なんです?」

「超ドマイナーな神格。私もさっき『そういえばいたな……』って思い出したくらいだよ」

 

 すっとぼけるようにそう言った円花は、バステトが捕らえられた木の裏からにゃんきちが現れるのを見て、考えるように視線を上げる。

 

「うあう」

「あっ、どこに行ってたんですか」

「んなぁお」

「【……そうか、人の子と契約したのだな】」

「へ?」

「【こやつは儂の眷族だったが、今は貴様と居たいそうだ。()()()()()()のだろう?】」

「ああ、はい。付けましたよ、ねぇにゃんきち?」

「な〜う」

「【にゃんきち……………………よい、名だ、な】」

「その間はなんですか」

 

 すっ、と目を逸らすバステトにジトっとした目を向ける歩は、それから円花に声を掛けた。

 

「まったく。……ナイさん、とにかく場捨様……バステト様? を助けましょうよ」

「……ん。ああはいはい、ちょっと離れてておくれ、少し冷えるからね」

「? わかり、ました? ……にゃんきちー」

「んなぉう」

 

 呼ばれていつものように肩車の姿勢になるにゃんきちを連れて、歩は後ろに下がる。

 円花はバステトを見ながら、左手で手刀を作り親指と薬指だけを曲げる印を結ぶ。

 

「さっさと済ませるが、冷たいのは我慢しろ。【部分顕現:アフーム=ザー】」

「【構わん、やってくれ】」

 

 円花が片足を上げて、バステトが頷く。上げた足──その裏に魔力が宿り、ドンと強く踏み込んだ動きに合わせて、ぶわりと冷気が放たれる。

 バステトを巻き込んで放たれた冷気は、彼女を拘束する蔓と背後の木を凍結させ、続けて円花は虚空から取り出した三節棍を振り抜いた。

 

「ふんッ」

「【ぐっ……ふう。礼を言う】」

 

 バキィ! と音を立てて砕けて倒壊した木の根本で、凍った蔓を無理やり引き剥がすようにして立ち上がるバステトが、体に付着した木屑や氷を払う。

 

「くくっ、バステトが無貌の神(わたし)にお礼か」

「【無貌の神に礼を言うのは本能的に嫌なのだが、言わないのも沽券に関わるからな】」

「……ナイさんとバステト様は、なにか関係があったりするんですか」

「まあ、ちょっとね」

 

 ここにいる自分とは違う無貌の神と、ここにいるバステトとは違うバステトが、古い時代のエジプトで上下関係にあった──などと言った所で理解はされまい。そう思案する円花は、ふと自身の足に絡まる感触に、おもむろに視線を下げる。

 

「なんっ…………だああああぁぁぁぁ……」

「な、ナイさ────ん!?」

 

 それがバステトを拘束していたものと同じ蔓だと認識した刹那、円花は蔓に引っ張られて鬱蒼とした暗い森の奥へと引きずり込まれていった。

 

「あの……私は戦力にならないからナイさんの無事を祈るしかできないんですけど……」

「【いっそ清々しい自己分析だな。……残念だが、儂も力を吸い取られすぎてこうして姿形を保つのが限界だ。しかしまあ────】」

 

 自分が足手まといであることを理解している歩に呆れと感嘆の眼差しをするバステトは、円花が引きずられていった方向を見て、遅れて聞こえてきた()()()()()()()()()()()ような音を耳にして続ける。

 

「【──アレを殺せる存在は片手で数え足りる程しかおらぬし、緑の神(グリーンゴッド)()()には該当しない】」

 

 

 

 

 

 

 

 ──空中で蔓を凍らせて腕力で砕き、円花はザザザッと地面に足を押し付けて止まる。

 コートに付いた汚れを手で叩いて落とすと、それから途中で落とした三節棍を改めて呼び出す。

 

「【召喚(コール)】……っと、お前が緑の神(グリーンゴッド)か。想像通り過ぎてつまらないな」

【【■■■■■…………!!】】

「なんて? すまない、植物語は未履修なんだ」

 

 心底興味が無さそうな顔で、口許だけで笑う円花に、眼前の巨木──緑の神(グリーンゴッド)は蔓と根を無数の槍のように射出する。

 

 それを文字通り片手間で振るった三節棍でその場から動かずに全て迎撃すると、辺りから現れた何匹ものウサギのような獣──緑の神(グリーンゴッド)の奉仕種族たちを見据えて静かに構えた。

 

「さて、害獣駆除と雑草刈りの時間だ。街のためにボランティアで働くなんて、私はなんて善良なラスボスなんだろうか」

 

 皮肉気味にそう言い三節棍の端を握る円花は、果たして開戦の合図かのように飛び掛かってきた奉仕種族の1匹を、破裂させる勢いで殴り飛ばすのだった。




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