とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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場捨様の恩返し 4/4

「【儂はな、珠吉の飼っていた猫を依り代に顕現した神格なのだよ。確か……街の人々を守ってほしいだとかで藁にも縋る思いで儀式をしたのだとか】」

「珠吉さんたちが、儀式を……?」

「【ああ。と言っても、元々は単なる霊体……魂のみの状態で呼び出されてな、老衰で弱っていた体を使わせてもらっただけだ】」

 

 円花が単身で戦闘している裏で、バステトは懐かしむようにそう言った。

 

「【にゃん………………きち、もそうだな。儂と同じ魂だけの存在が、今は人間の死体を依り代に活動している状態に過ぎない】」

「そんなに呼びづらいですか?」

「【それ以前の問題だ】」

「うなん?」

 

 なんのことやらと小首を傾げるにゃんきちを呆れた顔で見るバステト。

 彼女はそれから断続的に響く戦闘音がする方を見上げ、意外だとばかりの表情をした。

 

「【それにしても……よりにもよって貴様が人助けをするか、無貌の神(ナイアルラトホテプ)】」

 

 

 

 

 

 

 

 ──走る足に合わせて、地面を踏み締める度に周囲に冷気が溢れる。

 寒さと足元の凍結で動きが鈍る緑の神(グリーンゴッド)の奉仕種族を三節棍で殴り殺し、傍らの木々や植物から放たれる根や蔓を円花は静かに見据えて、口許で短く唱えた。根と蔓の質量に膨大な魔力による魔術の質量で答え、大量の水や炎、空気の斬撃で押し返す。

 

【【■■■■……!】】

「可哀想に、お前の奉仕種族はもう居ない」

 

 最後の1匹の頭を三節棍でかち割り、使い続けて半ばから砕けたそれを捨てる。

 

「この体、凄いだろう? 膨大かつ消費量より回復速度が上回るために理論上無尽蔵の魔力に、卓越した身体能力と戦闘能力」

 

 まるで見せびらかすように、両手を広げてくるりと回る円花は、ピタリと足を止めて『冬だから』では済まされない気温の中で白い息を吐く。

 

「どうした? ()()()()()()のがそんなに不思議か? この冷気は単なる氷の魔術じゃない、アフーム=ザーの凍れる炎だ。緑の神(グリーンゴッド)よりも遥かに格上の神格の魔力に満たされたこの空間で、簡単に身動きできると思わないことだよ」

【【■■■■……!?】】

 

 何を言っているか伝わってこなくとも、驚愕していることだけは理解できるのか、円花は口角を歪めて左手を何かを掴むように緩く曲げる。

 

「【召喚(コール)】……私はいつも嘆いているが、魔術師は魔術の使い方が模範的(テンプレート)すぎるんだよねぇ。残念なことにルールブックに記載されている通りのことしか出来ないんだ、それが悪いとは言わないけれど」

 

 そう言いながら、円花は左手の中に作り出した──ある魔術師(あけくらたすく)が普段遣いしているものと同じ刀のコピーを鞘から抜き放つ。

 

 続けて左手で印を結ぶと、一言呟いた。

 

「【完全顕現:炎の精】……もう少しぶっ飛んだ戦い方が見たいと思って、試行錯誤し続けてこの方法を思いついたわけだ」

 

 左の手のひらを上に向けて、その先に呼び出した生物──炎の精を浮かばせていた円花。

 彼女がそれを無造作に鷲掴みにしたかと思えば、そのまま刀の刀身に押し当てる。

 

「魔術師は魔力さえあれば、こうして幾らでも武器のコピーが作り出せる。ならこう考えるべきだ、使()()()()()()()()()()()()ができるとね」

 

 炎の精が刀身に纏わりつき、刀を文字通り赤々と赤熱させる。通常、金属は熱すると脆くなるため避けるべきである。──だがそれは普通に使うならの話であり、【召喚(コール)】で複製できるなら、一々消耗を抑えようなどと考える必要が無いのだ。

 

「凍らせて、焼き斬る。植物だとしても腐っても神格だ……やるなら徹底的にやらないとね」

【【■■■■■■!!】】

「ほーらほら、抵抗しないと死んじゃうぞ?」

 

 刀を握って一歩踏み込む円花を近づけないようにと、緑の神(グリーンゴッド)はありったけの木の根と蔓をかき集め、彼女を呑み込みながら空中へと打ち上げる。

 

 けれども円花は根も蔓も全てを切り捨て、逆に自身を打ち上げた濁流がごとき物量を足場にサーフィンのように滑り、足の裏伝いにアフーム=ザーの炎──冷気を伝播させる。木の根も植物の蔓も、そして緑の神(グリーンゴッド)の本体である大木までもを凍らせて。

 

「──アトラクションみたいで楽しかったね」

 

 逆手に握り直した刀で撫でるようにするりと真っ二つに切り裂くと、地面に着地した円花の背後で、一拍遅れてその大木は音を立てて倒れた。

 

 無茶な使い方をした刀はパキンと折れて魔力に分解されて、円花が指を弾くと周囲の冷気も、凍った草木も全てが元通りに治る。

 

「……前に私と戦った春夏秋冬円花の、100分の1にも満たない戦い方でこれか。もう少し加減しないと環境破壊になっちゃうなぁ」

 

 重いため息をついて、円花は踵を返す。気だるげに頭を掻こうとして──頭頂部にあったウサギの耳のような物体が消えたことに気がついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──社の方へと戻ると、そこには歩とにゃんきち、バステトの三人が居た。

 歩の頭頂部の異物が消えていることを視認して、円花は小さくホッとしている。

 

「ただーいま」

「お帰りなさい、ナイさん」

「頭は大丈夫かい」

「さっきのこと気にしてますよね?」

「うん」

「『うん』!?」

 

 意趣返しのようにわざと言い回しを変えた円花は、歩の顔を見て薄く笑う。

 

「冗談だ。……さ、社も見つけて緑の神(グリーンゴッド)も倒して平和になったことだし、帰るとしようか」

「バステト様はどうするんですか?」

「【…………。儂は、そうだな、消えるとするか。今の時代なら、もう儂が居なくても問題ない】」

「むしろここに神格(バステト)が居る所為で緑の神(グリーンゴッド)が引き寄せられたとも言えるからね」

「【その通りだ。街の事を思うなら、居なくなることが最善なのだろう】」

 

 しみじみと言って、バステトはそれから歩に近づくと、肩車されているにゃんきちを見上げておもむろに片手を翳す。

 すると、にゃんきちの体が光りに包まれ────人間の体が消え、歩の肩には淡い光を纏う半透明の黒猫が乗っていた。

 

「わっ、にゃんきち?」

【うなう】

「【これで儂が居なくとも存在は維持できるだろう。人の子──新生歩よ、貴様にも礼をしなければな。そのまま動くなよ】」

「え?」

 

 バステトは、黒猫に戻ったにゃんきちが肩に乗っている歩の胸元に指先をトンと当てる。

 その動きに合わせて、バステトの体から『ナニカ』が流れ込み、一瞬だけ歩の心臓が強く跳ねた。

 

「っ!? ……な、なに、が」

「【短命の定めを押し付けられた者よ。僅かばかりだが、儂の残りの力で寿命を伸ばしてやろう】」

「えっ、いや、あの……えっ!!?」

「【だが済まないな、力を緑の神(グリーンゴッド)に吸い取られすぎて本当に僅かだけだ。今の儂では……70年程しか引き伸ばせん】」

「4〜50年しか生きられないと思ってたらいきなり人間の平均寿命を超えたんですけど???」

 

 困惑した顔で円花とバステトを交互に見やる歩に、くつくつと笑いながら円花が言った。

 

「良かったじゃないか。神格の加護はクーリングオフ不可だから潔く受け入れたほうがいい」

「えぇ……まあ……うーん」

「【?? ……足りなかったか?】」

「────。イエ、ジュウブンデス」

 

 ──あ、これ余計なこと言うと更に盛られるな。と脳裏で独りごちて、歩は素直に受け入れる。

 ともあれ、歩への加護で限界を迎えたのか、バステトの体が足元から崩れ始めた。

 

「【……時間か。ああ、そうだ。無貌の神……いや、ナイと呼ぶべきか】」

「なにかな」

「【お前、人に焦がれているだろう】」

「──は?」

 

 どんどんと崩壊していく体で円花と向かい合い、バステトは言葉を続ける。

 

「【快楽主義の邪神が、悦に入るためではない善意で人を助け、そして誰に対してかは知らないが……ある人物に想いを馳せている】」

「────」

「【愛しているのだろう、その()()を】」

「……さあ、どうだか」

「【恥ずかしがるな。儂は珠吉を、この街の人間を、愛していたぞ。……お前はどうだ? 人の体を使ってまで、お前は、何がしたくてこの世界に居る?】」

 

 バステトは問いかける。しかし、その問いへの答えを聞くまでもなく、果たして体の全てを崩壊させて、彼女だった粒子は風に巻き上げられて消えた。

 

【……なぁ〜う、なぁーおぉお】

「ん、お疲れ様でした。バステト様」

「────」

 

 最後の問いに、円花は返さなかった。否、返せなかった。歩が横から覗き込んだその表情は、ポカンとしつつも、合点がいったような、歯車が噛み合ったような──そんな顔をしている。

 

「……何がしたくて、この世界に居るのか」

「ああ、そういえばナイさんって神様なんですよね。そもそもこうして活動している理由って、いったいなんなんですか?」

 

 ──円花は。……無貌の神は。自身の感情に、ようやく言葉を当て嵌められた。

 あの時出会った少年に会いたい。そのために人を学びたい。この執着としか言いようが無かった感情には、名前があったのだ。

 

 ドクドクと、心臓の動きが早まる。これは人間の体を借りているがゆえの影響なのか、それとも無貌の神という呼び出された神格にバグが生じているのか。あるいは……その両方なのか。

 

「──どうしても、会いたい人が居てね」

「ほぉ〜……がん……ばってください?」

 

 その時初めて、円花は演技でもなんでもない笑顔を浮かべることとなった。

 歩が円花の笑顔の奥にある瞳の、ドス黒く重い感情に気づかなかったのは幸運なのか。

 

 

 

 二人と1匹で山を降りる途中、円花の体は、不思議なくらいに熱かった。

 気づいてしまったのだ。自分が、思春期の小娘のように、一人の人間に焦がれていたことに。彼を──桐山与一を、愛していることに。

 

「……私が、かぁ」

「ナイさんナイさん」

「……ん、なにかな」

「私は珠吉さんに報告を済ませたら、このあとはひとまず家に帰りますけど、ナイさんはこれからどうするんですか?」

 

 歩のふとした質問に、円花は考えてからまあいいかと独りごちて返す。

 

「そうだね……実は、ここに来ること自体は予定にはなかったんだ。今度、理由あってとあるクルージングツアーに参加する予定で、その前に暇潰しでぶらついていたらこんな所に来てしまったんだよ」

「へえ、船旅ですか……いいなあ」

「そんな良いものじゃないよ、悪さをする予定の人間を捕まえる為に行くんだから」

 

 マイルドに表現したが、より詳しく言うと円花の目的は、船と海、大量の人間という定番のセットで儀式を行おうとする魔術師を殺害す(とめ)ることだった。

 

「そんなわけで、私も老人ホームに行って……その後は一旦拠点に戻るよ」

「多忙ですねぇ」

「全くだよ。クルージングツアーが、多少なりともご褒美になってくれるといいのだけど」

 

 疲れたように苦笑を浮かべる円花に、賛同するように同じ表情を浮かべる歩。

 肩の上で器用にバランスを取りながら眠るにゃんきちを落とさないようにゆったりと歩き、それから暫くして老人ホームにたどり着くのだが。

 

 

 

 ────結論から言うと、珠吉は亡くなっていた。時間にして円花が緑の神(グリーンゴッド)を倒し、バステトが消滅した頃、珠吉は椅子に座ったまま、糸が切れたように脱力して亡くなっていたのだ。

 

 歩と円花が到着した頃には老人ホームは野次馬に囲まれていたのだが、しかして不思議なこともあったらしい。どういうわけか、珠吉の膝には、年老いて骨と皮だけになった老猫の死体があったのだとか。

 

 まるで寄り添うように、眠るように死んでいる老猫を乗せたままの珠吉の顔は、どことなく笑っているようにも見えたそうだが──そんな猫と珠吉の関係は、一人の人間と、一人の神だけが知っている。

 

 

 

 

 

『完』




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場捨様 (?/♀)
・80年前に招来された猫神バステト。年月が経過して信奉者がどんどん死んでいくなか、唯一生きていた珠吉との間に強い繋がりが出来ていた。

珠吉 (94/♀)
・当時バステトを招来した人たちの内の一人。『場捨様』は当時の珠吉たちが呼び間違えたまま広まってしまった名前。現在は唯一の信奉者としてバステトとの繋がりが強くなっており、緑の神(グリーンゴッド)に力を吸われたバステトの影響で体を弱らせていた。
最期は消滅したバステトに合わせて命が燃え尽きて死亡。その傍らには、依り代に使わせた老猫が丸まって眠るように死んでいたらしい。

新生歩 (15/♀)
・クローンゆえの寿命問題を抱えていた一般人。ナイと名乗った円花と共に山を登り、バステトの眷族と契約したり消滅前にバステトから得た加護で寿命が伸びたりと、様々な経験をしていた。

にゃんきち (4/♂)
・以前に山で死んだ人間の体を依代として活動していたバステトの眷族。現在は歩に名付けられることで契約し、彼女と行動を共にしている。

春夏秋冬円花 (?/♀)
・桐山与一に執着している無貌の神。自身の抱く感情が愛だと気づいた。気づいてしまった。
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