とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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船上人神共同戦線 1/5

 青い空、白い雲。潮風に──巨大な豪華客船。

 

 傍らにはクルージングツアー用の最低限の荷物を入れたボストンバッグが置かれ、その上には死装束(ひだりまえ)の黒い浴衣を身に纏う女性が腰掛けている。

 

【与一くん与一くん】

「はい、与一です」

【今日はソフィアちゃん、居ないんですね】

 

 そう、今回は悪霊──雅灯さんと二人旅である。今日のソフィアは葉子さんと一緒だ。

 

「葉子さんが小雪さんのついでに【召喚(コール)】を習得するとかで連盟組織の拠点に行ったので、ソフィアはそれについていきました」

【ああ……てっきり貴方にべったりなのかと思ってたけど違うんですねぇ】

 

 なんなら懐く速さは葉子さんのが上だったからね。とは口には出さず、人でごった返している方を見やる。クルージングツアー……とは言うものの。

 

「一応、今回はちょっと真面目な任務ですからね。それに、単純に隠し持てそうにないし」

【なるほど。船旅でずっとコートを着込むわけにもいきませんからねぇ】

 

 ちょっとした旅行先で人形を持ち歩くのは、仮にバレたとしても『なんかそういう趣味の人』で済まされるだろう。しかし船の中でそんなことをしてみろ、確実に通報されるし拘束されちゃうからな。

 

 という思考を挟んでいると、ボストンバッグの上に暇そうに腰掛けている雅灯さんが、思いついたようにおもむろに提案した。

 

【……もういっそのこと、全部明かしちゃえばいいんじゃないですか?】

「全部?」

【魔術や怪物、神格の存在を人に話すのって、駄目なんでしょうか】

「あー、それをやったら俺は殺されますね」

【えぇ……】

 

 

 根本的な話になるが、『なぜ悪意ある魔術師ですら、自身の存在や魔術の存在を明かさないのか?』。それは単純に、神秘の隠匿をする連盟組織の魔術師から最優先で命を狙われるからだ。

 

 連盟組織は魔術や神格といった人知を超えたモノが現代社会に蔓延る際のリスクを考えているからこそ、記憶処理魔術で出来る限りの隠蔽をしている。

 

 まあ、真冬みたいに魔術師でもなければ組織の人間でもない人の記憶処理はしなかったりするし、葉子さんのような部外者も身内絡みならと魔術のレクチャーを許容するような組織だ。

 

 そこそこ柔軟なだけマシと言えよう。……まあ、その甘さの所為で、今日も元気にオカルト掲示板では、偶然処理を免れたり半端に記憶が残った人たちが事実混じりの陰謀論を語り合っているのだけども。

 

 

「……俺が魔術がどうたら神格がこうたらと暴露しようものなら、間違いなく丞久先輩辺りがすっ飛んでくるし、俺の首も跳びますよ」

【その丞久(なにがし)さん、そんなに強いんですか】

「今の【禍理の手】を使える俺が10人居たとして、全滅までに10秒ってところです」

【1秒につき一人死ぬ計算なんですけど……?】

 

 呆れ顔の雅灯さんがそう言いながら風船のように浮かんで傍らに飛ぶのを見て、それからバッグを持ち上げて船の方に歩く。

 

 あれよあれよと事前に予約していた通りに話が進み、自室となる部屋に案内されて鍵を渡されると、中は清潔感のある一室となっていた。

 

【わぁ。船に乗ったの初めてですよ】

「俺もですね」

 

 ……いや、港に放置された廃船を拠点にしてるアジトに乗り込んだことはあるから初めてではないか。その廃船も先輩がダゴンごと真っ二つにしたけど……まあ、この話は別の機会に。

 

【おぉ〜、この客船カジノコーナーもあるんですね。夜に行ってみません?】

「雅灯さん、俺がここに来た理由覚えてます?」

【観光?】

()ぃいがいますねぇ……!」

【冗談ですよぉ、オホホホ】

 

 霊体ゆえに物理的に触れないからと、パンフレットを【禍理の手】でつまんでめくりながら言う雅灯さんは、視線を逸らしてすっとぼける。

 

「まったく。……【禍理の手】を勝手に使うのはいいですけど、人前でみだりに出さないでくださいよ? 魔術師以外には見えないだろうけど、一般人でも魔力の才や霊感があれば視認できると思うので」

【はぁ〜い】

 

 殺傷力のありそうな鋭い指先で器用にパンフレットをつまむ雅灯さんが、それを畳んでテーブルに置き直す。……復讐のための力が便利に扱われていては、本来の契約先(イゴーロナク)もさぞかし複雑なことだろう。

 

 片手間でキャビネットのファイルを整理したり、料理をしながら皿洗いをするのに使ったりと日常生活で使い倒してるのはちょっと申し訳ないと思うよ、うん。これからも便利に使うからよろしくね……

 

 

 

 ──などと考えていると、不意に扉の方から合わない鍵をねじ込もうとする音が聞こえてくる。誰かが部屋を間違えたのだろうと思いながら扉に近づき、こちらから鍵を開けて外に顔を出す。

 

「…………ん?」

「たぶん部屋間違えてますよ」

「ん、ああ本当だ。いやすまない、てっきりこの部屋だと、ばか、り────」

「? どうかしました?」

 

 こっちの部屋に入ろうとしていたのは、一人の女性だった。長い髪もコートも中のワイシャツも、そしてスカートからタイツからブーツまで、その全てが黒で統一されたとんでもないファッションの女性。

 

 拗らせた中学生でもまずやらないであろうすげぇ格好のそんな女性は、カラコンではないのだろう深紅の瞳でこちらを見て、()()()驚愕していた。

 

「────なんで」

「え?」

「あ、いや、なんでもないよ。……迷惑を掛けたね、じゃあ……」

 

 どうしてそこまで動揺しているのか分からないけど、女性はそう言って、一瞬こちらの背後に視線を向けてから隣の部屋に入っていく。

 

「なん、だったんだ? 今の人」

【なんというか「なんでお前がここに!?」の驚き方でしたけど、知り合い……ではないですよね】

「いやぁ、あれ程の美人は忘れるほうが難しいでしょう。あんな()()()()()()()()()()()()()()()……あれ、このフレーズどっかで……」

 

 ……? どこだっけ? まあいいか。

 

【なんだか印象的でしたしね、めちゃくちゃおっぱいデカかったですし。まあ私も負けてませんが】

「張り合わないでくださいよみっともない。というか、見てないので分かりませんからね」

【見て…………ない…………???】

「そんな驚くことある……?」

 

 なんなんだこいつ!? とでも言いたげな顔をされるが、なんなんだこいつはこっちのセリフだ。

 

【「男はみんなおっぱいの事しか頭にないんだよ」とは亡き夫の学生時代の言葉です】

「主語の方がよっぽどデカいんですけど」

 

 そんなくだらない会話を交わしていると、客船がようやく動き始める。

 今回の任務──敵性魔術師の儀式の妨害を果たすべく、こうして乗り込んだわけだが。

 

【……あ、そうでした。与一くん与一くん】

「はい、与一です」

【さっきの女性、去り際に私のことをちゃんと見てましたよ?】

「……マジで?」

【マジです】

「────。はぁ〜〜〜……」

 

 さっそくと魔術師疑惑のある人物が現れ、それが客船の隣人であると判明し、これから起こるであろう面倒事の気配にため息しか出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──青年が悪霊と話をしている隣室で、噂の女性はベッドに腰掛けて顔を手で覆っていた。

 

「私が……何をしたっていうんだ……」

 

 女性──春夏秋冬円花にとって、この場に青年(よいち)悪霊(みやび)が居ることは()()()()()()だった。

 

「与一クンが藤森雅灯の復讐を手伝うことは知っていたし、その過程で藤森雅灯……『イゴーロナクの契約者という呪物』を取り込んで力を得ることも、()()()()()()()必須だから止める必要は無かった」

 

 ──だが。と続けて、円花は重苦しいため息をついてベッドに背中から倒れ込む。

 

「なんで彼らがここにいる……!? この客船に潜伏している敵性魔術師の捜索には連盟組織の魔術師が来る予定だった筈だ、与一クンはクリスマスまではフリーの筈……どこでズレたんだ……?」

 

 春夏秋冬円花(ナイアルラトホテプ)は、今は人の体を使っているが故に、万能だが全知全能ではない。

 全ての人間が何処で何をしてどうするつもりかを完璧に把握することは出来ず、当然だが誰かの行動に注目している間は別の誰かの行動を把握できない。

 

 そのため、円花は与一が()()()で連盟組織──白道に頼まれてここに来たことを知らないのだ。

 それに加えて、今だけは、あまりにもタイミングが最悪と言えた。

 

「……ああ、クソ、不意打ち気味に与一クンの顔を見ただけでこれか」

 

 無駄に発育が良すぎて邪魔とさえ思える胸元に手を当てて、今にも外に飛び出して来そうなほどに爆音を奏でる心臓の鼓動を確かめる。

 

「……確かに会いたかったさ。彼に会うためだけにここまでのことをしでかしてきたんだ」

 

 ──でも。と呟いて、円花はベッドのシーツを手繰り寄せると、顔を隠すように(うず)めさせた。

 

「もっと後で、明暗丞久とかと居る所にカッコつけた登場をするつもりだったんだ……初顔合わせがあんな…………あんな間抜けな状況だなんて……」

 

 深い愛情を抱く相手と偶然出会ってしまった状況で、なおかつ出会った理由が『部屋を間違えたから』という凡ミス。

 強く賢い邪神()()()()()()()()()という義務感にも似た感覚が揺らぐのを感じて、彼女は暫くの間、ずっとベッドの上で悶えていた。

 

「……まあ、どうせ魔術師を見つけて殺すまでの間、嫌でも顔を突き合わせることになるんだ。早いところ、彼への感情をコントロールしなければな」

 

 起き上がりながら独りごちる円花は、コートを脱いでから思い出したように続ける。

 

「そういえば、この船レンタルドレスとかあるんだったな。着替えて……いや、流石に色気を出しすぎか。でもなあ……あ、寝癖ついてない、よな?」

 

 

 

 そう言ってウンウンと悩むように唸る彼女の、恋する乙女のような顔を見て、邪悪で凶悪な神格であるなどと果たして誰が気づけることだろうか。




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