「おー、おじさんカッコいい。馬子にも衣装」
「それ……褒め言葉じゃないからね?」
船内のお店でスリーサイズを測り、体に合わせたスーツを着用して着心地を確かめる。
店内のモノではあるが、まるでオーダーメイドかのようにピッタリかつ動きやすいのは、匠の技と言わざるを得ないだろう。
「さて……早速人探しのお時間だ」
「おー」
「夜海ちゃん、誰を探すか覚えてるかな?」
「ふしんしゃ」
「シンプル過ぎ〜〜〜」
間違っ……ていないのがまた。ともあれ、さっき鉢合わせたときに自室の隣に入っていったのを確認していたから、先ずはそこからか。
夜海ちゃんと二人であてがわれた自室の方に戻り、件の女性が使っているはずの隣室の扉に軽くノックする。コンコンコンと小気味よい音が鳴ったが、十数秒待てども人の気配どころか音すらしない。
「……雅灯さーん」
【はいはぁい】
「おー、オバケのお姉さん」
「ちょっと部屋の中見てきてくれますか」
【堂々と覗いてこい宣言しましたね。まあ面白そうだしやりますけど】
なんでこっちはおじさんなのに歳上の雅灯さんはお姉さんなんだろうか、という疑問を頭の片隅に追いやって、雅灯さんにそう頼む。
ノリノリで浴衣の袖をまくる必要ない動作を挟んでから、雅灯さんは扉に体を押し当てる。
しかしその体は扉にぶつからずにすり抜けて、上半身を半ばまで埋め込んだ。
「ねぇ与一おじさん」
「ん?」
「オバケのお姉さん、なんで死んだの?」
「……えーと、だな」
──このお姉さんは夫とお腹の子が死んだ恨みで神に縋った結果、復讐を果たそうとして因果応報的に死んで悪霊になったんだよ。
などと馬鹿正直に言えるわけがない。
「……結構怖い理由だから言えないかな」
「ふうん」
そこまで興味がないのか、夜海ちゃんは特に追及するでもなく、部屋の中を見回している雅灯さんの左右に揺れる体を眺めている。
少しして体を室内から引っこ抜くと、彼女は首を傾げながら言った。
【居ませんね。トイレか風呂かと思って少し待ちましたが、そもそも留守みたいです】
「俺たちみたいに、船内を動き回ってるのかもしれませんね」
「どうするの?」
「そうだなぁ……カジノコーナーにでも行ってみようか、特徴的な人だから、誰かに聞いて回れば何人かは目撃してるかも」
【では行きましょうか】
部屋を離れて、カジノコーナーの方向へと歩く。
雅灯さんを影に沈ませて姿を隠し、改めて夜海ちゃんの手を引いている途中、こちらの背中を眺める紅い瞳には気づかないまま。
──カジノ、とは言うものの、子供も乗る船では当然だが金銭のやり取りはしない。
ゲームセンターのメダルゲームのように専用のコインと交換し、稼いだそれは夜の食事を豪勢にするチケットやお菓子と交換できるのだ。
……何が言いたいか、というとだ。
「……たのしかった」
「いやあ、凄いなあ。本当に」
夜海ちゃんがなんとなく拾ったコインでスロットを回した結果、テキトーに押したら7が3つ揃った。と言えば事の顛末は理解できるだろう。
カジノコーナーの傍らにある休憩スペースでお菓子をモリモリ食べる夜海ちゃんだが、それを余所に本来の目的である女性の捜索は難航していた。……船旅中に『難航していた』はちょっと不謹慎だな。
「カジノコーナーにも居ないし、聞いても見てないとしか言われないし……もう敵性魔術師を探す方を優先するべきなのかなぁ」
「与一おじさん、これあげる」
「ん? ああはいはい、ありがとう」
横からにゅっと差し出されたチョコバーを、口を開けて迎え入れる。
程よい甘さに脳が癒やされるのを感じていると、ふいに照明を遮る影がこちらを覆った。
「──やあやあ、探しものかい?」
「……貴女を探してたんですよ」
「悪かったよ、追いかけるのは得意だけれど、追いかけられるのは嫌いなものでね」
見上げた先に立っている女性は、自信あり気な表情でこちらを見下ろす。
その格好は、先ほどと同じ黒ずくめの服装ではあるのだが、コートやワイシャツではなく、黒を基調としたドレスに変わっていた。
「ははは、あんまり綺麗なものだから、一瞬誰かと思いましたよ」
「ん゛。……んん、それはどうも。キミも似合っているよ、ええと──」
「与一です、桐山与一。この子は夜海ちゃん……まあ保護者代理みたいな感じです」
「……夜海です」
「────。よろしく」
褒めた際に一瞬固まった女性は、それから一拍置いて自然な動きで夜海ちゃんと挟むように、こちらの隣にストンと座りながら言った。
「私はナイだ、ここに居る理由は──キミと同じだよ、与一クン」
「! ナイさんも、敵性魔術師を?」
「いえーす。……ああ、キミのこともちゃんと分かっているよ? 悪霊クン」
【…………ど、どうも〜】
部屋を覗き見た気まずさからか、敵性魔術師に見られている可能性を考慮してか、足元の影から顔の上半分だけを出して雅灯さんは返事をする。
「……お姉さん、お菓子いる?」
「ふふ、ありがとう。じゃあこれ」
女性──ナイと名乗った彼女は、こちらの膝の上に手を伸ばして反対の夜海ちゃんが差し出した大量のお菓子を入れた袋から1つ取り出す。
キャラメルを包み紙から取り出して口に放り込むと、ナイさんはその紙を強く握る。その手を広げると、紙はボロボロと崩れて塵となった。
「今のは……?」
「ちょっとした贅沢な魔術さ。さて、二人居るとされる敵性魔術師だが……私の調査では、ダゴンとクトゥルフの招来を対価として大量の
「なんで夜なの?」
「それはだね、お嬢ちゃん」
カラカラと口の中でキャラメルを転がすナイさんが、人差し指を立てて続ける。
「悪ぅい奴は、人目を気にするからさ。だから夜に活動するんだ」
「…………。あかるいと、見られるから?」
「そう! お嬢ちゃん天才〜」
「ふふーん」
「知育番組じゃないんだから……」
ナイさんのわざとらしい大げさな拍手に、夜海ちゃんはドヤ顔で返した。
楽しそうならいいか、と思いつつ、夜海ちゃんが持つお菓子の袋からチョコバーをもう1本取り出す。
「敵性魔術師を探し出して、事前に策を潰すというのは難しいんでしょうかね」
「それは統率者を失った
「……それは、駄目だな。犠牲者が出る」
「正義の味方の辛いところだねえ」
──つまるところ、我々の戦いはプロレスなのだ。相手の策を受けきったうえで全部叩き潰すか、最初から何もさせないかのどちらか。
後者は船に乗られた時点で失敗している。そのため、相手の出方を伺うしかない。
「まあ安心したまえ、なにも追いかけてくるキミたちから逃げ回っていただけじゃあない。こんなこともあろうかと、私は部屋の一つ一つに【人払い】を刻むために動き回っていたんだよ」
「【人払い】を、部屋に?」
「ちょっとした応用さ、部屋に刻むんじゃなく、部屋を囲うように展開してきた」
「────なるほど」
【人払い】の魔術は、陣の範囲内から人を追い出し、範囲内へ干渉しようという意識を逸らす魔術だ。おそらくナイさんは、『範囲内から人を遠ざけるという魔術の効果』で部屋を囲むことで、逆に部屋の中から外へ出ようという意識を逸らしている。
そんなことが出来るのか? という仮定はしないとしても、疑問はある。
──それだけの魔術を船内全体でやってきたとして、どれだけ魔力を消費したのだろうか。
「大丈夫なんですか?」
「平気さ、魔力の総量には自信がある。それに、これだけ挑発すれば……相手は乗る」
「そうかなぁ」
「魔術師ってのは、意外とプライドが高いものさ。わざわざこんな客船のツアーに混ざって儀式をやろうとしている時点でその典型だとわかる」
──実力を示したがっている、ということか。なんともまあ傍迷惑な話だ。
「ねえ、おじさん」
「どうかした?」
「まじゅちゅ…………魔術師が、悪いことしたら、パパとママも危なくなる?」
「……うん、そうなるね」
「でも、そうはさせない。だろう?」
夜海ちゃんにそう言って、こちらを見据えて口角を緩めるナイさんは、それからピクリと何かに反応したように不意にカジノコーナーを見渡す。
「……思ったより早かったな」
「ナイさ────」
彼女がそう言った刹那、扉をぶち破って、壁を粉砕して、ぞろぞろと何かが侵入してくる。
突然の轟音と、続けて鼻に突き刺すような磯臭さが部屋を満たし、カジノコーナーに居た乗客らとスタッフの悲鳴が上がった。
それもそうだろう。
おぞましい怪物──半魚人と形容する他に適当な言葉が見つからないバケモノが、銛のような、槍のような武器を握って現れたのだから。
「ひっ」
「夜海ちゃん、落ち着いて」
「……私が掛けた【人払い】を破ればバレると判断したか。だから唯一【人払い】を掛けていないここに乗り込んできたワケだ」
「どうしますか」
「
武器を客とスタッフに向けて威嚇する半魚人……
いきなりバケモノを見てしまった夜海ちゃんがこちらのスーツにしがみつき、それをあやすように背中を擦りつつ、ナイさんと会話を続けた。
「俺たちと敵性魔術師は、お互いにお互いが魔術師だと知らない。つまり、最初の一回は絶対に不意打ちが成功する……として」
「その不意打ちで何をするか、だね?」
「それなんですが、これを見てください」
言葉に続いて、足元からジャラリとチェーンを揺らして顔の辺りまで伸び上がる【禍理の手】。それを見たナイさんは、察したように返す。
「……なるほどね、悪霊クンと同じか。
「そうです。そして魔術師にはこれが見える。ただ魔力があったり霊感のある人にも見えるのは夜海ちゃんで証明済みですが、いきなりこんなモノが視界に入れば、
まるで人質にしているかのように客たちを取り囲む
「あの人質たちの中に魔術師が紛れ込んでいるとして、【禍理の手】をいきなり見せれば絶対に反応する。ただし、居ても居なくても俺は先ず民間人を守るために
「魔術師が居たとしたら、相手もキミのその手を見て逃げることを優先するだろう。居なかったとしてもこの場の乱闘騒ぎを耳にして儀式を始めるために外で動きを見せるはずだ」
ナイさんはこちらの顔を見て、淡々と言う。
「与一クン、私は魔術師が逃げると判断してそちらを優先する。どちらにせよ、ここの
「わかってます、大丈夫。ここに居る民間人は誰一人として殺させません」
「……わかった、信じるよ」
そろそろ行動開始しないと、しびれを切らした
「──ああそれと、与一クン」
「はい?」
「服を汚しちゃあ駄目だよ」
右手を伸ばして、その手に虚空から三節棍を呼び出すと、ナイさんは左手でドレスの裾を広げて笑う。
「
含みのある言い方。けれどもそれを上回るミステリアスな微笑に、不覚にも目を奪われるのだった。
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