とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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船上人神共同戦線 4/5

 半魚人のバケモノ、深き者(ディープワン)に武器を突きつけられて怯える女性────の演技をして人質に紛れ込む魔術師は違和感を覚える。

 

 仲間二人が連盟組織に捕らえられ、残った自分ともう一人の魔術師で計画を進めていた最中、船内の至るところに張られた【人払い】の魔術。何ヶ所か、であればまだ納得ができただろう。

 

 だがその数は、数十どころか数百を超えていた。この数の魔術を扱える人物が居るとして、それほどの術者であれば、これらの【人払い】を破ればほぼ間違いなく存在を感知される。

 

 そのため、敢えて何もせずにいる。それは結果として正しかった。仮に民間人を人質にするためにと【人払い】を破壊していれば、即座に気づかれこうなる前に死体になっていただろう。

 

 けれどもそれは、結局のところ、少し寿命が延びただけに過ぎないのだと────

 

「っ!? …………!! しまっ……」

 

 ──頭上に現れた、鎖に繋がれた禍々しい手を見上げた瞬間に、女性はそう悟った。

 

 つい見てしまった、周りの人にも見えていないかと確認してしまった。

 その二つの動作があれば、()()()()()()()()()()()()()()()は、こちらを見つけてくる。

 

 

「──見つけた」

「!!」

 

 ゾッとするほどに冷たい声。頭上に浮かび上がる無数の『手』と繋がっている鎖を辿って根元に視線を向けると、その先で、少女を抱き抱えた青年がスロットの陰から真っ直ぐ見据えてきていた。

 

「くっ…………殺せ!!」

 

 女性は即座に深き者(ディープワン)に指示を出す。それも、青年ではなく人質を殺すように。

 とにかく自分の逃げる時間と隙を作るためにと、直接攻撃ではなく人質を守らせる手間を掛けさせる。反射的な選択は正しく、そして間違いであった。

 

 指示の通りに深き者(ディープワン)は武器を構え、人質の客に振りかぶるのだが。結論として、我先にと銛のような武器を叩きつけようとした2体のうち、1体の首から上が禍々しい『手』に刎ねられ、もう1体は二つの『手』で両サイドから挟むようにして圧し潰される。

 

 そのアクションを目にしながらも破壊された壁から通路に飛び出すように駆けていった女性を見て、青年──桐山与一が、三節棍を握る人物に言う。

 

「ナイさん、追って!」

「まっかせなさぁい」

 

 ドレスを翻して椅子を足場に人質たちを飛び越える女性──ナイがカジノコーナーから出ていくのを見送って、与一は背中や影を軸に伸ばす無数の『手』を携えながら、その視線を深き者(ディープワン)に向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──事前に人質たちに顔を伏せておくように言っておくべきだったな、という後悔を、全てが終わった後にするのは不味いと思いつつ。

 

「……夜海ちゃん、大丈夫?」

「じゃない」

「ですよねー」

 

 赤いような黒いような血溜まりの中に沈む深き者(ディープワン)の死体たち。腐った臭いと磯の臭いが混ざった肉の塊を横目に見て、夜海ちゃんは顔を青くする。

 

「……おじさん、いつもこんなことしてるの」

「いつもって程じゃないけど、バケモノと戦う時は大体こうだよ」

 

 なにせ基本的に友好的な怪物はそうそう居ないし、生命力が無駄にあるだけに少し過剰なくらいに攻撃しないと生きていたりするのだ。

 

 言い訳になるが、こうして【禍理の手】でぐちゃぐちゃにしたのにも、そういった理由がある。

 

「それじゃあ、バケモノが入って来られないようにしておくから夜海ちゃんはここで他の人と一緒にじっとしててくれるかな」

「与一おじさんは?」

「俺は……ほら、あのお姉さんと一緒に悪者退治をしないといけないから」

 

 そう言いながら、3本の【禍理の手】で破壊された壁の穴と破られた扉の近くに【人払い】を刻んで効果範囲を展開しておく。

 

 夜海ちゃんの頭に軽く手を置いて、それから壁の穴を通って部屋を出てナイさんと魔術師が向かった方向に駆け出すと、影から出てきた雅灯さんが隣に浮遊しながら不意に質問してきた。

 

【あの部屋、本当に大丈夫なんですか?】

「大丈夫ですよ、壁の穴と扉の近くに【人払い】を刻んだので、出ようとしても『出入口付近を範囲内とした【人払い】に近づこうとしなくなる』から、結果としてあの部屋からは出られません」

【ゲームのバグみたいな挙動ですね……】

 

 ともあれ、通路を走る途中。──不意に、ズンと空気が揺れた。

 船が揺らされたのではなく、空気が揺れた。同時に船内に充満する濃密な魔力と威圧感から、()()()()()()()()()のだと察する。

 

「──不味いな、この感覚からしてまだクトゥルフは喚ばれていない……ダゴンか、方向的には……甲板だな、少し急ぐか」

【その辺の専門用語はちんぷんかんぷんなんですけど、どれが何なんです?】

「あー……深き者(ディープワン)の上司がダゴン、社長がクトゥルフ、って覚えておけばいいかと」

【なるほど。部下と上司がやらかして、社長が喚び出されたら不味いことになると】

「そんな感じですね」

 

 合っているのかそうではないのかよく分からない例えをしながら、船内から外側に出る。

 すっかり夜も更けてきた空間の向こうにある気配がどんどんと濃くなり、無意識に恐怖心が掻き立てられると、起きている()()の輪郭を捉えた。

 

「────ッはっはっはァ! そらそらどうしたぁ? 魔術師が聞いて呆れるぞ〜!?」

「くそっ、この……バケモノが……!」

「バケモノを使役しながら言うセリフか!」

 

【わー、楽しそー】

「これ見なかったことに出来ないかな」

 

 やたらとテンションの高いナイさんが、甲板の上に居る巨大な魚人──ダゴンと、それを喚び出したのであろう魔術師を、半ば一方的に痛めつけている。

 

 しかし踵を返そうとしたその瞬間、グリンと首がこちらを向いて、ナイさんと目が合った。

 暗い外で紅い瞳だけが爛々と輝いている所為で本気でビックリしたのだが、おそらく誰であっても同じ反応をしていたことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ──桐山与一がカジノコーナーで深き者(ディープワン)と戦っている裏で、ナイこと春夏秋冬円花を振り切った魔術師の女性は、窓の外に甲板が見える場所で足を止める。呼吸を整えていたが、そこに足音が響いた。

 

「──ドレスを汚すのは忍びないからね、着替えさせてもらったよ」

「なん、なんだ、お前……」

「…………まさか、知らないのか?」

 

 ドレスから普段着の黒い衣服に戻った円花が悠々と追いつくと、女性が困惑気味に問いかける。その言葉を耳にして、円花はようやく理解した。

 

 ()()()()()()()()()()()()、と。

 

「春夏秋冬円花、この名前に覚えは?」

「……知らん、それがお前の名前か」

「──ああ、ああ。なるほど、その程度の危機管理能力で()()()()()をしてたのか」

「なに……?」

「一丁前にキレるなよ三流」

 

 呆れ気味に、否──心の底から呆れた顔をして、円花は眉間にシワを寄せる女性にため息をつく。

 

「二流以上なら連盟組織所属・元所属の魔術師のデータは集めている。だから最低でも『円花』、『丞久』、『陽狩』の名を聞けば即座に逃げるか警戒するべきなんだ。()()()()()()()から」

「ふん、ここまでただ逃げてきただけだとでも? 囲まれているんだよ、お前は!」

 

 円花の言葉の真意にも気づけず、女性は、愚かにも交戦を選んだ。

 さっきの『手』を操作していたのがこの女でないのなら──という、ありもしない勝算を皮算用して。

 

 周囲からぞろぞろと現れ、5匹、6匹、7匹──と数を増していく深き者(ディープワン)に囲まれながら、円花もまた三節棍を肩に担ぐ。

 

 飛び掛かられるまで秒読みの段階まで緊張感が高まるなか、それからゆったりとした動作で左手で手刀を作り、薬指と親指だけを曲げる印を結ぶ。

 

「──やれ!」「【部分顕現────」

 

 女性の合図で全方位から飛び交ってきた深き者(ディープワン)に一瞥すらせずに、ただ一言。

 

「────:クァチル・ウタウス】」

 

 円花は、そう唱える。

 

 ただ、それだけで、周囲の深き者(ディープワン)は塵となって消える。近くの椅子や壁の一部を巻き込んだ力場に触れて、その全てが、ボロボロと崩れて消えたのだ。そしてその力場の範囲内に巻き込まれた女性は──

 

 

「……っ? な、んだ……これ、は」

 

 若い女性だった筈の彼女の体は、まるで老婆のように老け込んでいた。

 手のシワを見て、体の異変を倦怠感と痛みで理解して、窪んだ眼差しで円花を見る。

 

「簡単に言えば、時間を急加速させた。要するに老化だよ。深き者(ディープワン)たちも塵になるまで劣化させたからね、キミもこれからそうなる」

「……馬鹿、な……まだ、私は……」

「ちなみにさっきも、キャラメルの包み紙を捨てるのが面倒で手の中だけを範囲に使っていたり──って、もう聞こえていないか」

 

 時間が進む。時間が進む。

 進んで、進み続けて、体も着ていた服も、その全てが劣化して塵になるまで崩壊していく。

 

「残念、悪党は負ける定めなんだ。大丈夫、キミの相方もすぐに送ってあげ──」

 

 

 

 刹那、ズンと大気が震えて、甲板に射していた月光を遮るように影が生まれる。

 窓の外に視線を向けようとした円花の体を、窓も壁も纏めて破壊しながら現れたヌメる巨大な手が掴み、そのまま甲板まで引きずり出した。

 

「おおっと、随分なご挨拶じゃないか」

「……殺せ、ダゴン」

 

 巨大な手の主──怪物・ダゴンの足元で、男の声が発せられる。その指示を実行するべく、ダゴンは円花を掴む手を上へと掲げて、全力で下へと叩きつけた。けれども、轟音はおろか、衝撃すら発生しない。

 

「ハンデだ、【顕現】は使わないであげよう」

「……!?」

 

 殺すつもりで攻撃させた対象の声が、遥か頭上──ダゴンの肩から聞こえてくる。

 

「果たして手加減(なめぷ)している私とこれから来る与一クンを相手取りながらクトゥルフを招来できるかな? そぉら頑張れ頑張れ」

 

 遅れてドボンと重いモノが海に落ちる音と、円花を掴んでいた腕が肩口から存在していないのを見て、男は何が起きたのかをようやく理解した。

 

「ちっ……殺す……!」

「品性が無ければ語彙も無いのかい? 本当に口だけだなぁ、どいつもこいつも」

 

 

 そう言って、円花はタンっと軽やかにダゴンから飛び降りながら、腕を斬り落とすのに使ったのだろう刀を振りかぶる。

 甲板から海の方に手を翳した男の動きに合わせて引っ張られた海水の壁に一閃を防がれるが、袈裟から逆袈裟へと繋げてV字に海水を斬り裂き、隙間から足をねじ込んで腹を蹴り飛ばす。

 

「がッ!?」

「────ッはっはっはァ! そらそらどうしたぁ? 魔術師が聞いて呆れるぞ〜!?」

「くそっ、この……バケモノが……!」

「バケモノを使役しながら言うセリフか!」

 

 魔術とダゴンの攻撃を避け、殴り、蹴り飛ばし、斬り裂いて嬲り殺す。

 小さくも無視できないダメージを蓄積させていく途中、円花の耳が二人分の声を聞き取った。

 

【わー、楽しそー】

「これ見なかったことに出来ないかな」

「ん。──ちょうどいい、早く来たまえ」

 

 円花は首だけを声の方向に向けて、暗がりでも分かる独特の魔力を放つ人物──与一とその後ろに隠れている雅灯を視界に収める。

 

 カートゥーンアニメかと疑うほどに大げさに肩を跳ねさせた二人が駆けつけると、ヒビの入った刀を捨てて再度【召喚(コール)】でコピーを作る円花が、与一と雅灯の近くまでバックステップした。

 

「何がどうなってるんですか、これ」

「あとはこいつらを仕留めれば終わりさ。それでだ、提案なのだけど……」

 

 刀の切っ先でダゴンを指しながら、相手方も警戒して動かないのをいいことに、与一を横目にあっけらかんと言葉を続ける。

 

「与一クン、キミがダゴンを仕留めてくれ」

「……なんで??」

「これくらい出来なきゃあ、この先やっていけないからさ」

「いや、まあ、そりゃそうだけれども」

 

 ──無理じゃないか? 

 

 暗に言葉の裏にそんな思考を巡らせる与一に、円花もほんの少し厳しさを混ぜて返す。

 

「これからも誰かの手を借りないと、人助けすらできないと言うのかい?」

「────。それは……」

「キミはもう一流の側だ、与一クン。キミこそが……これからは弱い者に手を貸す番なんだよ」

「ナイさん……!」

「……キミが勝てたらご褒美をあげよう。ほら、頑張りたまえよ」

 

 ダメ押しとばかりに続けて、パチリとウインクを1つ。与一は強くまぶたを閉じると、逡巡してから決意したように前を見据えた。

 

「ご褒美に釣られたわけじゃないけど、仕方ないからやってやりますよ」

「ふふ、それでこそだ。それと悪霊クン、キミもきちんと与一クンを補佐してくれ」

【言われなくともっ】

 

 ちゃんと汚れ一つ付けていないレンタルスーツの襟と裾を正す与一に微笑を向けつつ、円花は刀を片手にダゴンと男を引き離すように横に歩く。

 

 

 

 西部劇か、時代劇か。そんな雰囲気が甲板の上に潮風とともに流れ──果たして決戦が始まった。




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