とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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聖夜の負け犬ども 1/4

『クルージングツアー、航海中に致命的な不備が見つかり急遽中止!?』

 

 ──という見出しの新聞をデスクに置いて、ソファに深く腰掛ける女性に顔を向ける。

 

「……ってことなんですけど、先輩。ちゃんと俺の話聞いてました?」

「あ゛あ゛、聞いてた聞いてた。お前がまぁ〜〜〜た(たち)の悪い女に引っ掛かったって話だろ」

「3割くらいしか合ってないんですけど」

 

 南極帰りの疲れが抜けきっていない、濁音混じりの返事をする先輩──明暗丞久は、そう言って勝手に用意したコーヒーを啜った。

 というか『また』ってなんだ、それに質の悪い女1号はあんたでしょうが……とは言わないでおく。

 

「ところで南極はどうでしたか」

「ダゴンの細胞を取り込んで予測できない変異を遂げたショゴスを相手に、マイルドな遊星からの物体Xをおっ始めただけだ」

「よく生きてましたね」

「私としちゃあ、ついでの調査で昔封印されたイイーキルスの再浮上が確実だと分かっちまった事の方がよっぽどダルいがな」

 

 イイーキルス……か。なんか、こう……バカでかい蛆虫が根城にしてる氷山……という漠然としたイメージしか出てこないな。

 それから一息でコーヒーを飲み干した先輩は、一転して雰囲気を真面目に戻した。

 

「はぁ……めんどくせ。──そんで、だ。その『ナイ』と名乗った女だが……」

「はい」

「そいつ、()()()だったか?」

「────。はい、そうですけど……もしかして知り合いだったんですか?」

 

 先輩が見せてきたのは、懐から取り出した携帯の写真。そこには、()()()今よりも若い仏頂面のナイさんと、同じく若い先輩が写っていた。

 

「ガワとはな。一応確認しとくが、その『ナイ』は、無貌の神だったんだよな?」

「本人が断言したわけでもないですけど、まあ間違いないかと」

「明るい奴だったか?」

「はい」

「社交的だった?」

「いきなりアキネイター始めるのやめません?」

 

 謎の質問攻めをしてきた先輩だったが、返答を聞いて少し考え込む。

 

()()()()()()()()()、って時点でクロか。念の為に『本人が無貌の神の振りをしている』という可能性も考えてたんだけどな、与一の話を聞いて絶対にあり得ないと確信できた」

「……つまり?」

「──体の持ち主は春夏秋冬(ひととせ)円花(まどか)。8年前、私が連盟組織に入った15の頃に組まされていた魔術師なんだが…………まあ、なんだ」

 

 あの丞久先輩ですら言い淀む内容に嫌な予感を覚えつつ、言葉の続きを待つ。

 

「…………あいつは人の顔と名前を覚えるのが致命的に苦手でな、基本的に私と白道以外の人間は一纏めに下等生物呼ばわりしてる」

「えぇ……」

 

 予想の斜め上をいく情報に、流石にドン引きせざるを得なかった。

 

「だから、お前に友好的に接してきた時点で偽物なんだよ。あの日に居なくなって5年経つが、たった数年で性根が変わるわけがないしな」

「そんな物悲しい判別方法ある……??」

 

 よりにもよって、『社交的()()()()から偽物!』という人間に対してしていいものじゃない判断をするのはどうかと思うけれども、先輩の顔は冗談を言っているようには見えない。

 

「────『聖なる夜に黒山羊の大学へ来い』、だったか。じゃあさっさと行くぞ、今から向かえばちょうど夕方頃に到着する」

「それ、どこの大学なんですか?」

水角(みずかど)大学。4年前、私がとある人間に宿っていたシュブ=ニグラスと殺り合った場所だ」

「水角? ……よりにもよってそこかよ」

「どうした」

「いえなんでも」

 

 思わず呟いた言葉を拾われて、とっさに誤魔化す。しかし、驚きもするだろう。

 何故なら水角大学には、元クラスメートであり、以前ループに巻き込まれ、何度も死んだあいつ──東間ほなみが通っているのだから。

 

「……そういえば、秋山さんは?」

「あいつは別件で動いてる」

 

 

 

 

 

 

 

 ──タタンタタン、という音が耳に届く。誰一人として居ない電車の座席に腰掛ける女性は、隣の車両からこちらへと入ってきた男女に視線を向ける。

 

 わざわざ対面に腰掛ける二人のうち、男はギターケースを傍らに置いて深くため息をついた。

 

「……ったく、南極から戻ってきてそうそうに別の任務かよ」

「まあまあ、そう言わずに。こればかりは我々がやらないといけませんし」

「へえ、それはまたどうしてだい?」

 

 男女の会話に、自然に混ざる女性。二人は女性の問いに疑問を抱くでもなく普通に会話を続けた。

 

「テメェが相手だと、百人差し向けた分、100枚死体袋を用意しないといけなくなるからな」

「貴女が相手では、必要なのは量ではなく質──ということですね」

「なるほど、なるほど」

 

 ──でも。と独りごちると、女性は電車が停車したタイミングでおもむろに立ち上がる。

 

「キミらでも、まだ少し力不足かな」

「……だろうな」

「まあ、自覚はしてますよ」

 

 二人もまた同じように立ち上がり、女性とそれぞれ別のドアから降りて自然な動作で距離を取る。男が床に置いたギターケースを開くと、中から出てきたのは────楽器ではなく、無骨な銃器だった。

 

「──春夏秋冬円花、10年前に連盟組織に加入、8年前に明暗丞久とチームを組まされ、その3年後……今から5年前にとある村の村民約二百名を虐殺し逃亡。連盟組織内で指名手配されていたが、今まで誰も見つけられたことはなかった」

「よく調べているね」

「でも、ここ数日の間で唐突にその姿や痕跡を見るようになり、今こうして遭遇した。流石に馬鹿でも気づけますよ、()()()()()()って」

 

 二人の言葉に、女性──円花は口角を歪める。

 

「尻尾を見せれば食いつくとは思っていたさ。それが後輩だと、嬉しさも倍増だ。秋山兄妹……いや、記憶喪失者と落とし子の適合者クン?」

「……情報収集に秀でているのは連盟組織だけの十八番じゃあねえってことか」

「バレているなら、隠す必要もないですね」

 

 そう言って、男女──秋山と小雪は、それぞれが武器を構える。

 秋山は腰に拳銃を入れたホルスターをぶら下げたベルトを付け、その手には散弾銃を握り、小雪もスーツの袖で隠した腕を突き破るように溢れた黒い液体──無形の落とし子を振るえるようにした。

 

「といってもまあ、貴女も春夏秋冬円花じゃないんでしょう。それくらいはわかってます」

「へぇ?」

「『本来の春夏秋冬円花は丞久と白道以外を下等生物と見做している』、つまり俺らと社交的に会話しているお前は春夏秋冬円花じゃあない」

「その判別方法はいかがなものかな……」

 

 円花──のガワを使っている無貌の神をして、その判断には顔をしかめるしかない。

 誰も居ない、否……【人払い】で三人以外を追い出した地下鉄のホーム。その清潔感漂う白い空間に、なんともいえない空気が流れる。

 

「それで? 春夏秋冬円花の体を使って、テメェはいったい何をやらかそうとしてる?」

「────世界の滅亡さ」

「……っ!」

「って言ったらどうする? 別にそんなこと考えてないよ、()()()()は、春夏秋冬円花が()()()()()()ことだ。彼女がやろうとしなかったことを私がやったところで、楽しくもなんともないからね」

「じゃあなんなんだよ」

 

 秋山が呆れたような顔で問いかけると、円花は表情を戻して二人を真っ直ぐ見て返した。

 

「キミたち()()()魔術師には弱点が多すぎる。だから、暇な私が赤ペン先生になってあげるのさ」

 

 皮肉気味に、正義の──と強調する。小馬鹿にされていると察しながらも、秋山と小雪は、散弾銃と落とし子をそれぞれ円花に向けた。

 

「来なよ、鉄砲玉コンビ。肩慣らしに死なない程度にボコボコにしてあげる」

「はっ、手加減宣言かよ。ありがたいね」

「損な役回りですね。今回の私たち」

 

 

 

 ──果たして行われた、誰も居ないホームでの、魔術師同士の戦闘。

 

 もしも【人払い】を認識できる魔力の持ち主が居たならば、おそらくは駅を通過するその一瞬、窓の外に凄惨な戦いの痕跡を見ることが出来ただろう。




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