とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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聖夜の負け犬ども 2/4

「──秋山(なにがし)、卓越した射撃能力を持っている。銃を使った戦闘であればおそらく私よりも上……だが、頭を撃たれたことによる弊害で魔力を操作できない」

 

 遮るような爆発音。円花の顔を狙って飛んできた無数の(ペレット)を片腕で防ぐと、金属と金属がぶつかったような不愉快な音が響いた。

 

「ちっ、【障壁】がウゼぇ」

「二流までならその手にあるモノで狩れるだろうけど、そこから上には威力不足だ」

「そうか……よっ!」

 

 秋山は何度も防がれて弾切れの散弾銃を捨てて、即座に腰のホルスターから対魔力用の弾丸を装填した拳銃を引き抜いて向ける。

 

 流石の春夏秋冬円花(ナイアルラトホテプ)でも食らうのは不味いと判断してか、銃口から逃げるように上体を逸らし──そこに合わせて小雪が鞭を振るうように体外に出した落とし子を振りかぶった。

 

「隙──あり……ぃいいっ!?」

「ざぁんねん、今のは惜しかった」

 

 しかし円花は逸らす勢いそのままに後ろにバク転し、魔弾と落とし子を同時に避ける。

 逃げた先に追従するように銃口を向けた秋山は、円花から向けられた指先とほんの一瞬感じた空気の()()()から反射的に屈む。

 

「──【不可視】かッ!」

「はっは、よく躱す」

「テメェの言えた義理かよ……っ」

 

 肩を掠めて頭上を通過した『見えないなにか』。純粋に魔力で構成された破壊力の塊──魔術師たちが【不可視】と呼んでいる波動が、秋山の背後に置かれていた駅名看板を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

 続けて空中に翳した手に三節棍を喚び出して、勢いよく飛んでくる触手状の落とし子に当たらないようにと打ち払う。

 先端のブレードと衝突して火花が散り、そして次の打ち合いの刹那、硬質化を()()()落とし子が三節棍を絡み、巻き取ろうとした小雪の体を、円花は逆に引っ張ることで手前に寄せて蹴り上げる。

 

「ふんッ」

「おごっ……!?」

 

 天井を陥没させるように叩きつけられた小雪は、しかして落とし子が体内を循環していることで破裂したトマトのようになることだけは避ける。

 落ちてきた彼女をとっさに受け止めて小脇に抱えた秋山の眼前で、円花は左手の印を結んだ。

 

「魔術が使えない射撃手、落とし子を無力化されたら戦えない魔術師。秋山クンは銃器以外の攻撃手段を手に入れる必要があるし、小雪クンは落とし子以外の攻撃手段の練度を高めた方が良いね」

「──この借りは必ず返してやる。待ってろ」

「そうかい。【部分顕現:アフーム=ザー】」

 

 互いのその言葉を最後に、ホームに冷気が満ち溢れる。数秒ほどホワイトアウトしたように視界が白く塞がれ、それが晴れた時には──その場には円花だけしか立っていなかった。

 

「……さて、大学に急ぐか。夜までには到着しておきたかったのにもう夕方だ」

 

 

 

 服に付いた霜を手で払い、円花は階段を上がっていく。線路にある避難用の隙間に潜り込んで隠れていた秋山が、その場を離れていく足音を耳にして、少ししてから小雪を抱えてホームに上る。

 

「……ったく。もしもし? 俺だ、春夏秋冬円花の捕縛は失敗した。──なぜ? じゃねえよ『生け捕りなんか無理に決まってんだろボケ』って上に報告しとけ。あとは丞久と与一に任せるしかねえ」

 

 懐から取り出した携帯の向こうに苛立たしげに静かにキレる秋山は、ホームに残る冷気の残滓による寒気で体を震わせる。

 

「俺は弾切れ、小雪は冷気にやられて動けない。車で待機しておくから、何かあったら連絡しろ」

 

 ──以上。と締めくくって、秋山は電話の向こうからの返答を待たずに通話を切った。

 すると、蹴り上げられた際に意識を刈り取られていたらしい小雪がおもむろに身動ぎする。

 

「あっ、ああ、あきっあきやまささささ」

「あん? ……起きたか」

「さっさむっ、さむさむさむさむす」

「……さっさと車に戻るぞ」

 

 小雪の体には血液よりも密度と重さのある液体(落とし子)が流れており、それが冷えてしまうことで、彼女は常人よりも寒さに弱い。

 ガタガタと震える小雪を抱えたまま、秋山はそれこそ妹を労うようにして駅から出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──夕方の街並みに、クリスマス特有の派手なイルミネーションが混じる。夜になれば今よりも派手に光り輝き、人々はその明るさに中てられたように、それぞれの聖夜を過ごすのだろう。

 

 そう思案する円花は、大学に続く道の途中にある噴水広場に訪れると、そこに立つ一人の女性を視界に収めてそちらに足を向ける。

 コートのポケットに両手を突っ込んだまま歩み寄る円花が見たのは、白衣姿の眼鏡の女性。

 

「……ショゴスロード。白痴教の幹部がこんなところで何の用かな」

「ただの私用さ、もし万が一にも無貌の神がこの国をめちゃくちゃにしようとしているなら、場合によっては連盟組織と組まないといけなくなるからね」

「ああ、そういう心配はしなくていいよ。この国に何かしようとか考えてないし、キミらの教祖様の()()()()野望をどうこうしようとは思ってないから」

「────」

「じゃ、そういうことで。私は忙しいんだ」

 

 白痴教がやろうとしていることには、本当に心の底から興味がない。そんな態度をわかりやすく醸し出す円花が、女性の横を通って噴水の向こう側に歩いていこうとした──瞬間。

 

「──おっと」

 

 その噴水の下にある配管が破裂して、勢いよく水が噴き出す。

 だが、噴き出した水は空中で動きを止め、それから重力に逆らって巨大な球体を作り、女性の傍らまで移動してたぷんと表面を波打たせた。

 

「なんだ、やるのかい?」

「……下らない、だって?」

「────。ああなるほど、それが逆鱗だったか。まあ言わせてもらうけれどね、下らないだろう? たかが死者蘇生如きなど」

 

 時間は無い。だから、時間をかけるつもりはない。円花は短く思考をまとめ、女性の逆鱗に触れるどころか刃を突き刺す勢いで煽る。

 

「姫島陽狩……蛇神が自分の娘に宿っているからと放ったらかしにして、自分は戦力増強で海外旅行。親不孝ならぬ娘不孝だな」

「あの人の、何を分かっていると……!」

「キミらもキミらだろう、ヤツを想っているのなら、だからこそ言うべきなんじゃないのかい? 『いつまで死んだ人間のことを引きずっているんだ。前を向いて、娘に向き合ってやれ』ってさ」

 

 それは、間違いなく正論であった。円花は人ではないが、人でなしではない。

 むしろ、円花もまたとある人間を愛しているからこそ、人間同士の愛という感情には、ある程度の理解を示そうとしている。

 

「……無貌の神ごときが、姫島さんの、何を分かっていると……?」

「キミらこそ、母親に死なれて父親に置き去られた娘の何を分かっているんだ? ああ可哀想に、姫島琴巳はお父さんが嫌いだが、それはつまり……まだ期待しているという感情の裏返しなんだ」

 

 正論、正論、正論。子供を置いていく親が普通なわけがなく、正しいわけがない。

 それは、道徳倫理の欠如した魔術師ですら思考できることであり、魔術師の体を使っている神格でもわかることだった。

 

 けれども────他人から押し付けられる正論は、いつだって人を苛立たせるモノである。

 

「──無貌の神に理解されようなどとは思っていないさ。だが、極めて、非常に、不愉快だ」

「はっは、それでいい。戦いなんてのはいつだって我の押しつけ合いでしかないんだ。それに下らないとは言ったが……姫島陽狩がその下らない我を最後まで貫き通したなら、素直に称賛だってするさ」

「お前の称賛など要らない……!」

 

 女性──細波青井(ショゴスロード)は、浮かばせていた水の塊を開放して円花を囲むように展開する。カーテンのように広がる水には青井の魔力が混ざり、液体でありながら槍のように鋭く伸びて円花に襲いかかった。

 

「感情的だな、キミは私と同じか? ただ一人の人間を相手に、どうしようもなく焦がれている」

「っ……黙れ」

「母親を生き返らせたい父親が相手とはまた……中々どうして業が深いな。娘もいるんだぞ?」

「黙れと、言っているだろう!」

「はっは、ショゴスロードごときが、ずいぶんと他人を好いた()()が上手いじゃないか」

 

 青井の声が、水に混じって全方位から聞こえてきた。体を液状に溶かして混ざり、水を制御下に置いているのだろう──と思案して、円花は感嘆する。

 

「やるなぁ。さっきの水の操作といい、並の魔術師よりはずっと優れている。ただ【浮遊】で浮かせているんじゃなくて、【重力制御】で負荷を軽くしてから改めて【浮遊】を使っているな?」

「────!?」

 

 円花の推察通りの魔術で水を操作していた青井は、言い当てられて一瞬思考が止まる。

 

「はいおしまい」

 

 その思考停止の隙を突いて、円花は喚び出した刀を水のカーテンに突き刺す。すると、何か硬いモノを割る手応えが伝わり、制御されていた水の動きが崩れてバシャンと地面に落ちた。

 

「ショゴスロードにも、ショゴスやウボ=サスラの雛が生物に擬態する時と同じように『(コア)』がある。だが割られてもある程度の時間は生存できる後者2種とは違って、ショゴスロードの『(コア)』は割られたらそれまでの急所……脳ミソのようなものだ」

 

 ──地面に転がる、結晶のような物体。怪物の核にしては綺麗だな、と独りごちる円花は、呆気なく死んだ細波青井のその呆気なさに違和感を覚える。

 

「────。囮か」

「ご明察」

 

 それは、背後から聞こえた声だった。振り返った円花は、配管が破裂してめちゃくちゃになった噴水の残骸に隠れていた青井が、指先までピタリと合わせた状態の両手の先を自分に向けているのを見て────

 

 

 

 ──ドバン!! という音と共に、超圧縮された水が放たれて円花の顔面に叩きつけられる。

 ぐわんと大きく仰け反った円花を見て、青井は残骸から出ながら水に溶けていた体を元の人間体に作り直して眼鏡のズレを直す。

 

「……いやはや、今のは良かったよ。少なくとも、威力だけならダゴンのパンチより強いかもね」

「──冗談だろう」

 

 それでもなお、円花の顔には傷一つ付いていなかった。お返しとばかりに無傷の体から溢れた冷気を前に、青井は諦めたように脱力しながらも、周囲の水をかき集めて防壁を作ろうとする。

 

「その厚さの【障壁】はズルだろ……!?」

「なら、次からは事前に言っておくれ」

 

 

 青井の言葉にそう返して、円花は猛吹雪を発生させ、冷気で彼女を呑み込むのだった。




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