とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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聖夜の負け犬ども 3/4

「──へえ、凌ぎ切るんだ。やるなあ」

「っ、ぐ……がっ、あ……」

 

 大量の水もろとも体の半身が凍結した青井を、円花は跨ぐようにして見下す。

 

「白痴教、ねぇ。──7年前に私に支部を乗っ取られたことすらあった組織が楽しそうじゃないか」

「……っ」

「でもまあ、そこそこ()()()のなら、ここで殺すのは惜しいかな。ほら、頑張ったで賞をあげよう」

 

 そう言って小さく開けた【門】に手を入れて、手のひらに納まる大きさのガラス瓶を取り出した。

 液体で満たされた瓶の中には()()のような物体がふよふよと浮いており、円花はその瓶を凍って動けない青井の額にコンと乗せる。

 

「……なんでおでこに乗せるんだ」

「いやぁ、ほら、一応負けた相手だし」

「…………。それで、これは?」

 

 凍っているものの辛うじて動く片腕を軋ませながら伸ばし、青井は額に置かれた瓶を掴む。

 手に取ったそれを見て────細波青井(オリジナル)が臓器の研究をしていたからこそ物体の正体に察しがついた。

 

「──! 脳の一部……!?」

「キミのオリジナルが殺されたあの日、頭を撃たれた男のモノだ。名前は……()()()()、だったかな」

「……どうして、こんなものを」

「こんなこともあろうかと、ってやつさ。(それ)を取り込んで情報を得るかは好きにするといい」

「…………」

「ではな。次邪魔をしたら全身を凍らせてかき氷機にねじ込んでやる」

 

 そう締めくくって、その場を歩き去る。後ろを見ずにひらひらと手を振る円花を一瞥し、青井は酸性の体液で氷を溶かして体を引っ張り出して起き上がると──逡巡してから瓶を叩きつけて割った。

 

 

 

 

 

 

 

 ──水角大学。友人が通っているこの大学は、()()()()()()、クリスマス記念でちょっとしたパーティーが開かれて賑わっていた。

 

「ほぉー、お前が丞久の弟子とやらか」

「ああはい、桐山与一です」

「俺は夏木(なつき)太陽(たいよう)、英語教諭だ」

「その体格で……?」

 

 丞久先輩の知り合いらしい男性──太陽さん。彼は4年前にこの大学で起きた連続自殺未遂事件の当事者で、先輩に巻き込まれたそうだ。

 

 明らかに『格闘技の世界チャンピオンです』みたいな一切の無駄のない筋肉を身に纏っているのだが、これで英語の先生らしい。えぇ……

 

「クリスマスパーティーしてるからって浮かれてんじゃねえぞお前ら。今日ここは……戦場となる」

「浮かれてんのはテメーだろ」

 

 構内のあちこちにある屋台で買ってきたのか、串焼きを手に戻ってきた先輩に、太陽さんが鋭いツッコミを入れる。それはそれとして渡された串焼きを受け取って食べつつ、暗くなっていく空を見上げた。

 

「ナイは先輩にここに来るように言い残しましたけど、まさかここで戦うんですか」

「ナイ?」

「前に言ったろ、春夏秋冬円花だ」

「あー。例の」

「……どちらにせよ、まずアイツが来ないことには何も始まらん。円花と違って社交的なら交渉できるかもしれないし、なんとか場所を移すしかないな」

 

 それとなく辺りを見回せば、世界の裏側で起きる事件も、魔術も。怪物や神格の存在すらも知らないであろう、ごく普通の学生らがやいのやいのと騒いでいる。今更羨ましい、とも思わないが──

 

「……守らなきゃなあ。ほなみも居るし」

「ほなみ? ……東間か、ああなるほど。アイツが前に言ってたデートの相手って与一の事か」

「ほなみって今日居るんですか?」

「居るぞ。たぶんその辺うろついてる」

 

 ……事前に来ること伝えておいたほうが良かったか? いや、ベタベタされて動きづらくなるか。

 

【そのほなみちゃん、どんな人なんです?】

「良く言えば愛嬌があって人懐っこい……悪く言えばガキっぽいやつですかね」

【はぇ〜……あ、初めまして〜。悪霊をやってる藤森雅灯と申します】

「────。お、おお。よろ、しく」

「ドン引きされてんじゃねえか」

【あれぇ……?】

「まあ驚きますよね」

 

 唐突に影から現れた雅灯さんが挨拶すると、太陽さんは口角をひくつかせて返す。

 

「与一、お前年明けたらお祓い行けよ」

「こんな真っ直ぐ純粋に心配されたのは初めてかもしれない」

「お前の幼馴染と葉子はこいつ見てないの?」

「会ってますよ」

 

 雅灯さんに指を差す先輩に問われて、その質問に本人が言葉を返す。

 

【塩撒かれたあとに普通に対応されましたよぉ、なんか変な人間は生き人形で慣れたとかなんとか】

「生き人形ってなんだよ……」

「それは……またそのうち」

 

 太陽さんは一応は民間人枠だからか、こちら側の事情はあまり知らないらしい。

 話していいかどうかをこちらで決めるわけにはいかないため、今はとりあえず保留にしつつ、食べ終えた串を捨てて夜を待つ。

 

「与一? どうした」

「……いえ。ただ、なんというか」

「ああ……そうか」

 

 少し離れたところで騒ぎを目にしていると、先輩が隣に立つ。なんともいえない感情を察してか、先輩は小さく笑って続ける。

 

「私たちは、あっち側じゃないからな。私もお前も、青春を捨てた側の人間だ」

「守らなきゃいけない、でも……やっぱり少し羨ましい。ただそれだけです」

「難儀な人生歩んでるよなお前ら」

「シュブ=ニグラスの適合者が母親だった奴が言えた義理かよ」

「……俺たち主催で不幸自慢大会が始まるからこの話題やめましょうか」

 

 

 

 などと話していると、大学校舎から離れた場所で喧騒を眺めている我々不審者トリオに、何者かが近づいてくる。

 そちらに顔を向けると、そこに居たのは見覚えのある顔。愛嬌のあるその顔は、こちらを見てパッと表情を明るくさせて、()()()()に何かを言っていた。

 

「あっ、居た居た。もぉ〜与一くん! 来てるなら言ってくれても良かったのにぃ」

「……私との待ち合わせだから、仕方ないんじゃないかな。彼は悪くないよ」

「うーん……それもそうですね、ってあれ、夏木先生と……どちら様?」

「ああ、あっちも私の待ち合わせ人だね」

 

 東間ほなみと当然のように会話を交わす女性──ナイは、くつくつと笑ってこちらを見やる。

 一瞬で空気がピリピリとひりつくなか、無警戒に小首をかしげるほなみへと言う。

 

「ほなみ、こっちに来い」

「え?」

「早く」

 

 冗談でもなんでもない、真面目な声に何かを察したのか、表情を強張らせながらも言われた通りにこっちに来ようとするほなみ。

 だが、逃さないとばかりにナイはほなみと肩を組むように腕を回した。

 

「ひぃいっ」

「ナイ! やめろ!」

「まあ落ち着きなよ、与一クン。私だって無関係の民間人を殺そうなんて考えちゃいない」

「……!? こっ、殺……っ!?」

 

 紅い瞳でこちらを見るナイは、薄く笑みを浮かべてから改めてほなみを解放する。

 こっちに走ってくる彼女を背中に隠すように庇って、即座に刀を喚び出した先輩が前に出た。

 

「ようやく会えたな、円花。いや……無貌の神か、知り合いの体でなぁに暗躍してやがる」

「明暗丞久。──春夏秋冬円花ならともかく、私はキミには興味ないよ」

「遺言はそれでいいんだな?」

「いいのかい? 私とキミがここで戦ったら大学内の生徒や教員が軒並み死ぬけど」

「…………ちっ」

 

 あっけらかんと言いつつも、その言葉の意図を理解させられる。

 この場を待ち合わせ場所に指定して、現れる。ただそれだけのことで、生徒数百名と教員数十名を同時に人質に取ったのだ。

 

「……お前は、何が目的なんだ?」

「ん? あー、私の目的は()()()()()()()()()さ。ただまあそうだね、ここに来た目的は……キミらを負かすこと、かな」

 

 太陽さんの質問に、少し考えてからそう言うと、ナイはおもむろに左手で印を結ぶ。

 

「【完全顕現:ムーンビースト】」

「────。やめ……!」

 

【禍理の手】を使ってでもその言葉を遮ろうとしたが、その前に魔術は完了する。

 大学内のあちこちに無数の魔力反応が現れ、それから一拍置いて至る所から悲鳴が上がった。

 

「──ちょっとした試練だ。5分だけあげよう、それまでに構内全域のムーンビーストを、1匹残らず始末してみたまえ」

「くそっ、先輩!」

「わかってる、【黄衣(ハス)──「【完全顕現:忌まわしき狩人】」──がっ!?」

 

 反射的に先輩に言葉を投げかけ、それに返すように【黄衣の王(ハスター)】を起動したが、先輩はその直後に足元から呼び出された巨大な蛇に打ち上げられて上空へと連れ去られていく。

 

 頼みの綱をいきなり引き離されて絶望感が漂いながらも、ナイは更に続けた。

 

「縛りだ、明暗丞久には頼るな」

「俺だけに……やらせようって言うのか」

「そうだよ。安心したまえ、民間人が逃げられないように大学を【人払い】で囲ったけど、5分経つまでムーンビーストたちは絶対にキミ以外を狙わない」

「なにが、目的なんだよ……!」

 

 こちらの問いに、ナイは答える。

 

「──キミたち正義の魔術師の、弱点を教えてあげているんだけどなあ」

「……は?」

「それよりいいのかい、あと4分40秒だよ」

「────。始めるならそう言え!!」

 

 向こうのペースに呑まれながらも、とにかく悲鳴の聞こえる方へ【禍理の手】を伸ばす。

 

 校舎の壁に突き刺した『手』を巻き取る形でそちらへと飛んでいき、確かに学生らに手を出してはいないが威嚇をしているムーンビーストへと、別の『手』を射出して戦闘を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、私も明暗丞久の相手をしないとな」

 

 この場に残された太陽とほなみに聞こえるようにそう言うと、円花はもう1匹の忌まわしき狩人を喚び出して、丞久を打ち上げた上空に飛んでいく。

 

「……東間、ここに居ろよ」

「えっ、先生? どうするんですか?」

 

 円花が居なくなるのを確認しながら、太陽が懐から取り出したバンテージで両手にテーピングすると、ほなみに獰猛に笑いかける。

 

「決まってんだろ、与一に加勢してバケモノをぶん殴ってくるんだよ」

「……あの、先生ほんとに英語教諭なんですよね? 格闘技の世界チャンピオンとかじゃなくて」

「俺は生粋の教師だぞ」

「その勇ましい物言いで……!?」

 

 

 ほなみの当然の疑問をよそに、太陽は与一が宙を舞って飛んでいった方向へと駆け出すのだった。




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