とある探偵たちのクトゥルフ神話事件簿   作:兼六園

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聖夜の負け犬ども 4/4

 ──宙を舞い、禍々しい手が飛ぶ。

 その度に身の丈ほどもある白いカエル──ムーンビーストは体に穴を空け、真っ二つに裂け、投げた槍を投げ返されて地面に縫い留められる。

 

 霊感の無い端から見れば、謎の男が空を飛び回り、カエルのバケモノに穴が空いたり裂けたりするわけだけど、正直メンタルケアに努める余裕がない。

 

「くっ、そっ、数が多い……!」

【与一くん、後ろ!】

「カバー頼みますッ」

 

 着地に合わせるように前から飛んできた槍を【禍理の手】で掴み、地面に刺しておく。弾くと周りの人に当たりかねないため、迂闊なことは出来ない。

 後ろからも来ていることは気配でわかるが、そっちは【禍理の手】を共有して扱える雅灯さんに対応してもらう。同時制御は3本が限界と言っていたけど、まあ上手いことやってもらおう。

 

【うわあわわわっちょっとこれは……難しっ、すごい勢いで腕が絡む!?】

「もう少し冷静に制御してください」

 

 こちらも壁に突き立てて体を持ち上げたり体を宙に飛ばす用の2本と戦闘用の3本を常に動かしているのだから、それくらいで音を上げないでくれ。

 

 ……などとボヤきつつ、脳内で大雑把にカウントしてそろそろ3分が経過している。

 遥か上空では人間が出せるかどうかも怪しい爆発音や硬い物で打ち合う音が響き、まるで終末かと言わんばかりに嫌な魔力で満ちていたが。

 

「……俺たちの弱点、って言われてもな」

 

 ──ナイの言い分に、違和感が付き纏う。人の体を利用している神が、こんなところに来て、やることが『弱点を教えるために負かしに来た』……? 

 

 

 …………?? 本当に何がしたいんだ?? 

 

 

 ぜ、全然わからない。神格の思考が全然わからない。ムーンビーストを解体する片手間で考えたところで、その真意に気付けるわけもなく。

 ……ひとまず今は、時間内にムーンビーストを殲滅することを優先するべきか。

 

 

「──るぉおおオラァ!!」

「……なんだ?」

 

 そう考えて残りを片付けるべく校舎に入ると、廊下に躍り出てすぐの所で怒号が聞こえてきた。

 

 続けざまに響いた何かを粉砕する音を頼りに声の方へ向かうと──そこに立っていたのは、拳を振り抜いた姿勢で砕けた壁と向かい合う太陽さんだった。

 

「た、太陽さん!?」

「おう、与一。手伝いに来たぜ」

「手伝い……えっ? は!?」

「時間がねぇんだろ、あのカエルなら殴れば死ぬってわかったところだ。残りを殺るぞ」

「えっ、ああ、はい。……えぇ……?」

「っし、行くぞ」

 

 パシッと拳同士を打ち付ける太陽さんは、そう言って力強く笑う……のだが、一般人であるはずの彼は、こちらが感じ取ったムーンビーストの魔力の方向を的確に把握してそちらへと走り出した。

 

「太陽さん、敵の場所がわかるんですか?」

「ん? ああ……まあなんとなく、だな」

「あの怪力も、元から?」

「いや、ここで英語教諭やるための勉強の合間に鍛えてたら一気に伸びた感じだ」

 

 つまりここ数年で、ということになる。さっき先輩が言っていたけど、母親がシュブ=ニグラスの適合者……だったとか。もしや、その影響────神格の魔力に触れて育った才能が開花したのか? 

 

「──で、だ。春夏秋冬円花……いや、ナイ? だったか? あいつの事だが、マジで俺らを殺すつもりはないみたいだな」

「…………。その根拠は?」

「いや、普通に考えたらそう結論づけるしかねえだろ。なんであいつは、不意打ちであのデケェ蛇なりカエルなりで場を混乱させようとしなかった?」

 

 そう言われて、合点がいく。

 

「あいつは場所を指定しておきながらお前らより後から来て、案内させた東間を人質にすらせず、堂々と目の前で魔術を使った」

【彼女の言い分は『民間人を殺すつもりはない』、『与一くんたちを負かしに来た』、『弱点を教えようとしている』……ということですが】

 

 太陽さんと雅灯さんの言葉を纏めて、ナイの目的を推察し──思い至った。

 

「そういうことか」

「何かわかったのか?」

「はい。ナイが言いたかった、俺たちにある弱点。それは────」

 

 

 

 

 

 

 

「──なんで大学から人を追い出さなかった?」

「あぁ?」

 

 ゴウゴウと空気がうねる上空。巨大な蛇──忌まわしき狩人の背を足場に立つ円花が、黄色いレインコートの上に暴風を纏う丞久に問う。

 

「私が来ると分かっていながら、誰も追い出さなかった。だからこうなった」

「…………」

「キミたちのような()()()()()()()()魔術師の弱点がそれだ、民間人の命や権利を守るために戦おうとしている。──自分たちこそが民間人の命や権利を害してはならないと思うあまりに、彼らの日常を妨げられなかったのだろう?」

 

 呆れと憐憫の混じった表情を向ける円花は、一拍置いて更に続ける。

 

「問答無用で【人払い】を使ってでも全員を追い払えば良かったのに、クリスマスパーティーの邪魔をしたくないなんていう下らない善意で結果として危険に晒した。お前は優しいんじゃない、甘いんだよ」

「────。かもな」

 

 すらりと刀を鞘から抜きながら短く返すと、丞久は自身の言われた通りの甘さを反省するように強くまぶたを閉じて、それから腰を落とす。

 

「反省会は、お前をぶちのめしてからゆっくりあいつらとやるから死んでくれ」

「出来ないことは言うものじゃあないぞぉ」

 

 ニヤリと口角を歪めて、円花は【召喚(コール)】で三節棍を喚び出すと同じく構える。

 上空で円を描くように飛ぶ忌まわしき狩人の上で睨み合い──刹那、それぞれの頭上に形成された暴風と爆発が放たれ衝突し、花火のように炸裂した。

 

「ふッ」

「ぉおらっ!」

 

 タンっと跳ぶようにして接近しながら振り抜かれた三節棍を刀で迎え撃ち、武器の衝突とは思えない甲高い轟音が奏でられる。

 合間合間に挟まれる魔術の撃ち合いが人の感知できない高さで断続的に炸裂し続け、双方の得物が打ち合いの果てに砕ける度に【召喚(コール)】した。

 

「……ん?」

 

 そして爆発の煙に紛れて姿を隠した丞久は、【黄衣の王(ハスター)】を解除して別の魔力を纏う。

 反射的に反応して振り返った円花の目に映ったのは、枯れ木の枝のような角を側頭部から生やした、黒い魔力を纏う丞久の姿だった。

 

「【森の黒山羊(シュブ=ニグラス)】……!!」

「……マズった」

 

 果たして渾身の右ストレートが円花の腹部に突き刺さり、バキンと鉄板を砕いたような感触と共に、丞久は彼女の体を引き絞った弓矢のように弾き飛ばす。

 

「【──ちっ、【障壁】かよooo……」】

「ごっ、ほ、おえ、この馬鹿力め……」

 

 削りきれなかった衝撃が腹部に鈍痛を残し、さしもの円花でも顔をしかめる。

 

「……ああ、ああ。駄目だな」

「【あんnnn?」】

 

 エフェクトが掛かったような独特の声で首を傾げる丞久は、右手で腹部を押さえながら()()()()に笑みを浮かべる円花にぞわりと肌を粟立たせた。

 

 それは、恐怖心からではない。むしろ──刹那の内に湧き上がった、強い嫌悪感。

 その理由は、円花の左手の印とその口が唱えた言葉が、丞久の地雷を踏み抜いたからだ。

 

「【部分顕現:クトゥルフ】」

「【……テメェeee、本気かaaa?」】

「本気も本気さ、これ以上は……楽しくなりすぎる。メインデッシュはまだ先なんだ」

 

 クトゥルフ。深海の王。

 

 それは、丞久の────否、丞久の中にある(ハスター)と敵対し合う、最悪の存在であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ギリギリで5分。ラストの数秒で最後のムーンビーストを始末して、ホッと一息ついた。

 

「あ゛〜〜〜しんどかった」

「与一しか狙わないとか言っときながら俺にも襲い掛かってきた辺り、ムカつくことに俺が手伝うのを前提としてたみたいだな」

 

 テーピングした手の調子を確かめる太陽さんの言葉を聞きながら、校舎から出る。

【人払い】で大学の敷地から出られないというだけであって、ムーンビーストも、それを殺して回る我々もきちんと見えているため、生徒や教員たちはこちらを悍ましいものを見るような視線を向けていた。

 

【……なんなんですか、助けられておきながら感謝もしないなんて】

「お礼を言われたくて戦ってるわけじゃないからいいんですよ」

 

 不機嫌そうに言う雅灯さんを窘めつつ、【禍理の手】を解除する。

 ……ある意味、これが連盟組織が記憶処理をする理由の一つなんだろうな。

 

 人前でバケモノ退治をすれば、今度は自分がバケモノ扱いされる。

 創作でよくある展開も、自分が経験するのはそれなりにキツいとよく分かった。

 

「そういや丞久とナイ、どうしてるんだ」

「え? あー、そういえば。……ナイも先輩も負けるビジョンが見えないから、どっちが勝っても負けても変な気分になり────」

 

 そう、と口にする瞬間。数メートル先に、上空から何かが落ちてきた。

 咄嗟に太陽さん共々腕で顔にかかる土煙をガードして、それから晴れた先にある落下物を見る。

 

「…………あ、の、や、ろ、お……!!」

「うわ、先輩だ」

「なんで当然のように何百メートルも上から落ちてきて生きてるんだこいつ」

 

 落ちてきていたのは、着ていたコートをボロボロにして、顔や頭から血を流している丞久先輩だった。なぜか本気でキレている表情とその視線を辿って、上を向こうとした──その時。

 

「っ……!?」

「なん、だ」

 

 ズンと重圧が増したかのように、空気が変わる。船で起きたダゴンの招来時のソレとは違う。違いすぎる。これは──紛うことなき神格のモノ。

 

 ──そして、威圧感の正体が現れる。

 

「やあやあ諸君、明るくなっただろう?」

 

 上空に、ナイが立つ。その背中を照らすようにして更に上空にあるのは、巨大な火の玉。

 

「私はこいつが嫌いなのだけれどね、まあ、爆弾としては優秀だからさ」

 

 火の玉。しかしそれは、間違いなく命を持っている。火であり命、煌々と燃え上がるその巨大で強大なモノの名前が、するりと口を衝いて出た。

 

「──クトゥグア」

「大正解。……ほぅら明暗丞久、へばってる場合じゃないんじゃないかな?」

 

 火の玉(クトゥグア)は、離れていてもなおわかるほどの熱をさらに熱くさせ燃え上がる。

 ナイの言葉とクトゥグアの状態を見て、最低最悪の想像が脳裏をよぎった。

 

「ぐっ、く……っ、与一! 魔力貸せ!!」

「今から大学を吹き飛ばす。さて、キミたちは()()()()()()かな?」

「誰も死なせるわけ、ねぇ、だろ……!」

 

 左手で印を結ぶ先輩に駆け寄って、肩に手を置いて魔力を流す。

 熱を増し、ジリジリと肌を焼くクトゥグアを見上げ、【門】の向こうに姿を消すナイを余所に先輩が魔力を放出させる。

 

「出来る限り全員動くな!!」

「やるしかねぇ……【部分顕現:ヨグ=ソトース】……兎に角、遠くへ……!」

 

 声を荒らげて、ただひたすらに魔力を流す。動くなとは言っておいたが、平和を謳歌していた民間人が、いきなり現れたクトゥグアを前に動けるはずもなく。

 

 果たして先輩の術式が先か、クトゥグアの爆発が先か。意識がブラックアウトした状態では、知ることが出来ないのは当然だった。

 

 

 

 

 

『続』




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